愛され側室な日々★1
大体想定通りだわ。客間に通された私は、紅茶を飲みながら思っていた。会話した時、 ラウル様はユージーンしか見ていなかったし。ラブな波動を感じたものね。
当のユージーンは、先ほどから落ち着かない様子でウロウロしている。
「ユージーン、落ち着きなさいな」
「だって、リリアさん......」
ユージーンは泣きそうな表情でこちらを見ている。リリアは彼女を元気づけようと言う。
「あんなイケメンに夜な夜なトロ甘に愛されちゃうのよ!? もっと喜ばなきゃっ」
「ひぃ」
ユージーンは耳をふさいだ。
「無理です、そんな。あんなひと嫌いだし!」
「ぁん、それは恋の前兆よユージーン。TL 小説ではうぶで頑ななヒロインが、経験豊富 なヒーローに心も身体も甘く溶かされていくのよ~」
私はぐへへ、と笑う。彼女は私の言葉など聞くまいと、しっかり耳をふさいでいた。涙 目のユージーンを見ていたらなんだかぞくぞくしてくる。なんだろう、無垢な乙女に色々 吹き込むの楽しいかも。ぐへへ。こうなったら私の知識を全部教えてあげちゃおうかしら。
ユージーンににじり寄ろうとしたそのとき、ノックの音が聞こえた。あん、何よいいとこ ろなのに。ドアを開けると、黒髪の騎士が立っている。私はその人を認識した直後、抱き 着こうと腕を伸ばす。
「ぁん、ミゲル様あ!」
抱きつく前に、彼は私をさっ、と避けた。勢いで廊下の壁に激突する私。
「ぎゃん」
彼は私を完全に無視し、ユージーンに近づいていく。
「ユージーン様、部屋を用意したのでこちらに」
「わ、私、リリアさんと同じ部屋がいいです」
ユージーンは慌てて私のそばに来て、ぎゅっと腕を掴む。ミゲルはかぶりを振った。 「だめです。あなたは正室で彼女は側室。部屋を同じにするわけにはいかない」
ユージーンは泣きそうな顔で私を見た。あん、可愛いわ。でもユージーンが陛下に甘く 愛されるところも見たいかも。私は経験豊富っぽい口調で言った。 「ユージーン、大丈夫よ。同じ後宮にいるんだもの、いつでも会えるわ」
「リリアさん......」
ユージーンはのろのろ私の手を離し、ミゲルのそばへ向かう。ドナドナされる子牛みた いね。ミゲルはこちらに視線を向け、少し待っていろ、と告げた。
わかってるわ。お預けプレイね。なんなら、縛って行ってくれてもよかったのだけど。 言われた通り部屋で待っていたら、廊下から女の子たちの声が聞こえてきた。
「絶対におかしいわよね」
「そうよ、あんな地味な子が。それにもう一人は悪霊憑きでしょう」
悪霊付きって私のことかしら。私はドアから顔を覗かせ、外の様子を伺う。
「はいはい、ここは関係者以外立ち入り禁止。勝手に入ってきたらだめだよ」 赤髪の騎士、ハミスが、花嫁候補の女の子たちを追い返していた。その中にはミランダもいる。
「陛下にあわせてください! もう一度チャンスを」
「もー、しつこいなあ」
ハミスはため息をついて、少女の一人を抱き上げた。
「きゃっ」
「俺がお相手してあげるから。ね?」
「やっ、離して」
彼は部屋に女性を連れ込んだ。間を置いて、甘い声が漏れ聞えてきた。その声が止んで しばらくすると、二人が出てくる。女性はぼーっとした顔でハミスにもたれかかっていた。 一体何をしていたのやら、頰が紅潮し、唇が濡れている。ハミスは彼女の髪を撫で、妖し く笑った。
「次は誰にする?」
ミランダたちは真っ赤になって走り去った。
さすが騎士団いちのプレイボーイ。鮮やかな手並みだわ。ミゲル様もあれくらい積極的ならいいのだけど。私に気づいた彼が、こちらへ近づいてくる。
「やあ、リリアちゃん。側室になれて良かった......のかな?」
ハミス様は私の気持ちに気づいてるんだわ。
「運命だもの。仕方ないわ」
「でも、ミゲルが好きなんでしょ?」
「あん、道ならぬ恋ほど燃え上がるものよ」
私が身をくねらせたら、彼が笑った。
「はは、面白いね、リリアちゃん」
「ハミス様はお好きな女性はいないの?」
「そうだな。今一番気になるのはリリアちゃんかな?」
ハミス様はそう言って、私の髪に指を絡めた。やん、私ってばモテモテだわ。この美貌 だから仕方ないけど。そのとき、ミゲル様がやってきた。彼はハミス様に目を止め、不可 解そうな表情になる。
「何してるんだ、ハミス」
「なにって、パーティにきてた子が何人か勝手に入ってきたから追い払ってたんだよ」
「......なぜ衣服が乱れている?」
「さあ。暑いから?」
ハミスはしれっと言う。ミゲル様はため息をついて、私を手招いた。
「リリア、ついてこい。部屋に案内する」
「後宮に入るのはまずいんじゃないの?」
からかうようなハミス様の言葉に、ミゲル様は「俺がこいつに手を出すわけがないだろう」 と答える。 ミゲル様に連れられ部屋にたどり着くと、何か欲しいものがあるかと尋ねられた。私が欲 しいものなんかわかってるくせに。
「何もありませんわ」
そう言ったら、ミゲル様が黙り込んだ。 ぁん......私は今日から違う男性のもの。ミゲル様はどうお思いなのかしら? きっと身を
引き裂かれそうな想いのはずだわ。彼はこちらに背を向け、口を開いた。
「その......私は混乱しているが、おまえもだろう。まさか、おまえのような妙な女が選ば れるとは思っていなかった」
私はミゲル様の話を聞かず、衣服越しに見える彼の広背筋をうっとり見ていた。騎士服 がこんなに似合うひとが他にいるだろうか。脱いだらすごそう......ゴクリ。
「何か困ったことがあれば言え。発作のことや......家の様子が気になるなら俺が見てくる。 必要があれば家族にも会える。なんでもいい、言え」
たくましい背中を見ていたら、息が荒くなってきた。すぐそこにベッドもあることだし ......。反応しない私を奇妙に思ったのか、彼が振り向く。
「リリア?」
眼鏡の奥の切れ長の瞳と視線が合う。ああっ、もうたまらん! 私はミゲル様に躙り寄り、 ばっ、と抱きついた。ミゲル様はギョッとして固まった。
騎士服の上から、筋肉質な身体を撫で回す。いい身体だわ~。彼のベルトに手をかけ、 引き抜こうとする。
「ミゲル様、ハアハア、私、初めてはミゲル様がいいんです」
「なにを言っている......離せっ」
「皇帝のものになる前に抱いてえええ」
ミゲル様は私を蹴り飛ばし、大股で部屋から出て行った。あん......つれないわ。でもそれが彼の愛よね。側室である私には手が出せない。全ては私を想ってのことに違いないわ。 私は自身を抱きしめ、うっとりと目を閉じた。
★
「なんなんだあの女は」
ミゲルは部屋の外で呟いた。急に側室だと告げられ、さぞ混乱しているかと思いきや... ...抱いてくれだと? 全く理解ができない。抱きつかれたときの柔らかい感触が思い浮かび、 慌ててかぶりを振る。彼女はもう皇帝のもの。発作を起こしたからといって、相手にして はいけない。ベルトを直し、心を落ち着けながら歩き出すと、侍女が声をかけてくる。
「ミゲル様、陛下がお呼びです」
「ああ、今行く」
ミゲルはそう答え、じっと侍女を見た。侍女が頬を染め、「あ、あの何か?」と尋ねてくる。
「いや......」
この一見清楚に見える女も、好きな男に飛びついてズボンを脱がしているのか。そう思うと、女というものがわからなくなる。 後宮を出たミゲルは、ラウルの元へ向かった。部屋の戸をノックしたら、「どうぞー」と声 が返ってくる。
戸を開くと、椅子に掛けダーツをするラウルの姿が見えた。放った矢が的にささると、「やった!」とガッツポーズをする。ミゲルに気づいた彼は、背もたれに腕をかけて 振り返る。
「やあ。どうだった? 僕の正室と側室の様子」
「二人を部屋に案内しました。ユージーンは落ち着かない様子でしたが......」
リリアはいつも通りおかしかった。ラウルは的に狙いを定めながら問う。
「あの二人、ミゲルが連れてきたんだよね?」
「ええ」
「あのリリアって子はミゲルが好きらしいよ」
その言葉に、ミゲルは目を見開いた。あの女、何を言っているんだ。ミゲルは戸惑いな がら言葉を紡ぐ。
「な、なんてことを......それは気の迷いです。彼女は発作持ちで、それを恋愛感情だと思い込んでいる」
「そーかな」
ラウルは矢じりをくるくる回しながら呟く。
「自分の感情を取り間違えたりしないんじゃない? 経験豊富らしいし?」
「まさか」
何を言っているのだ、あの女は。妄想と現実を混同しているのか。
「それにしてもめでたいね。恋ができそうな子が二人も見つかった」
ラウルは嬉しそうに笑い、こちらを見上げる。
「ユージーンとリリア。今夜、どっちの部屋に行こうかなあ。どっちがいいと思う?」
試すようなまなざしに、若干いら立ちが芽生える。
「......お好きになさればいいのでは」
「ダーツで決めよっか。真ん中に当たったらユージーン。当たらなかったらリリア」
ラウルは矢を的に定め、ひゅっと投げた。矢は中央に突き刺さる。ミゲルはほっ、と息 を吐いた。ラウルがじっとこちらを見ていたのに気づき、慌てて顔を伏せる。するとラウ ルが噴き出した。
「面白っ......ミゲル、そんな顔するんだ!」
彼はケラケラ笑いながら、ミゲルに指を突きつけてくる。この......。ミゲルは顔を引き つらせたあと、咳払いした。
「......リリアは発作持ちなのです。だから」
「はいはい。やっぱり、最初は正室だよね」
ラウルは椅子から立ち上がり、ドアを開けた。彼はドアに手をかけ、ゆるく笑う。
「ねえ、今日はユージーンのところに行くけど、別にリリアを抱いてもいいんだよね? 君 が連れてきたんだから」
「お好きになさればいいのでは」
ミゲルは主に対するとは思えぬ冷めた声で答えた。あの女の変態具合を知って、ドン引 きすればいいのだ──。ラウルはにやにや笑いながら「おやすみ、騎士団長様」と手を振 る。
苛立つミゲルを残し、バタン、とドアが閉まった。
☆
「ああ、ミゲル様に会いたい」
私は窓の外を眺めながら、ほうっ、とため息を漏らした。私が後宮にやってきてから三日経った。生活はがらりと変わったけれど、日々問題なく過ごしている。 それでも私はため息をつかざるをえない。
ミゲル様ってば、困ったことがあればなんでも話せって言ったくせに、会いにきてくれないんだもの。若い男性は、基本的には後宮に出入りしてはいけないのかもしれないけれ ど。さながら私は籠の鳥。皇帝に奪われた令嬢なの。花瓶から花を抜き取り、花弁をちぎる。
「好き、まじ好き、超好き、愛してる......」
嫌いって選択肢はないのよ。ただ会えないと切なくて、身体が火照るの......早く縛って ほしい......。私は吐息を漏らしながら、茎だけになった花を見つめた。ふと、にゃあ、と いう鳴き声が聞こえる。視線を動かすと、窓の外に何か灰色のものが見えた。
あら? 何かしら。私は窓を押し開けると、子猫が木の上で震えていた。まあ、かわいい 猫ちゃんだわ。
「どうしたの? 降りられなくなったのかしら」
子猫はちーっと返事をした。どうして猫って、登れるのに降りられなくなるのかしらね?
ちょっとおばかさんなのかも。私は窓から身を乗り出し、猫へと腕を伸ばす。猫はちーっ、 と切ない鳴き声を出す。やっと手が届いて、柔らかい毛並みの感触が伝わってきた。
「よしよし、もう怖くないわよ」
身を乗り出し過ぎたせいで、ずるりと身体が傾いた。そのまま窓から落ちてしまう。
「ひゃう!?」
猫を抱えているせいで腕を伸ばすこともできず、私の身体が落下していく。耳元で木々 がバサバサと音を立てる。落ちる──! 私は目をぎゅっとつむった。と、何か暖かいもの に包まれる。
「何をしてるんだ、おまえは......」
耳元で響く、呆れの混じった声。私は顔をあげ、目を瞬いた。
「きゃうっ。ミゲル様!」
あん、私ってばミゲル様の腕に抱かれてる~! ハアハア、いい匂い。その密着具合に身 体が熱くなり、ぁん、と声をあげてしまう。
「妙な声を出すんじゃない。ああ......傷がついてる」
ミゲル様は眉を寄せ、私の頬をそっと撫でた。はぅん。少し寄った眉がセクシーでドキ ドキしちゃう★立てるか、と尋ねられ、身を起そうととしたけど、足首に痛みが走る。ど うやら、足をひねってしまったみたいだわ。ということは......!
私は期待を込めてミゲル様を見上げる。ミゲル様は嫌そうに眉をひそめたが、ため息を ついて私を抱き上げた。
「手当てする」
お姫様抱っこキター! 手当てといえばラブイベントフラグよね。私は目を閉じて妄想を始める。
「あ、ミゲル様......っ、そんなに舐めちゃいや......」
「ちゃんと消毒しないとダメだろう?」
ミゲル様の舌が私の傷口に這う。嫌がっているのに執拗に舐められ、私は涙をこぼす。
「そんなに痛かったのか? 俺が慰めてやる」
ミゲル様は涙をなめ取り、彼の唇は私の唇へ近づくのだ......。
ぐへへ。いいじゃない......この妄想は影響保存版だわ......。私は妄想の中で甘く愛され、 ビクンビクンと震えた。
「はぅ......」
「おい、また発作か? 」
「じゅるっ、大丈夫ですわ」
「よだれを拭け」
ミゲル様は私を抱き上げたまま、小さな建物に連れて行った。近くでは騎士たちが訓練 しているから、おそらく騎士団が常駐する屯所だろう。建物に入ったミゲル様は、私を椅 子に座らせた。彼は私に背を向け、ごそごそと戸棚を漁る。
「湿布はどこだったかな......」
私は舐めまわすようにミゲル様の背中を見た。ああ、広い背中にしがみつきたい。だけど足が痛くて動けない。私がハアハアと息を切らしていたら、抱えていた猫がにゃあ、と 鳴いた。ミゲル様が振り向いて、こちらにやってくる。
「可愛いな。腹が減ったか?」
彼は、長い指先で猫の頬をくすぐる。いつになく優しい笑顔がステキできゅんとした。 ぁん......私の頰も可愛がってえ!願いを込めて頰をつきだしたら、べしっ、とガーゼを貼 り付けられた。痛いけど愛を感じるうぅ。ミゲルは身をかがめ、「足を出せ」と言 った。ドレスをめくりあげようとしたら、彼がその手を抑える。
「そんなにめくりあげなくてもいい」
「ミゲル様になら全部見られても平気ですわ」
「あのな......」
ミゲル様はため息を漏らし、眼鏡ごしに鋭い視線を向けてきた。
「おまえはもう、そういうことを言っていい立場じゃない」
ぁん、切ないわ。思いを告げられないなんて。猫ちゃんも私の思いに呼応するみたいに、 ちーって鳴いている。
ミゲル様は私の足もとに跪いて、湿布を貼り付けた。ひんやりして気持ちいい。何より 伏せ目がちのミゲル様がかっこよすぎる。湿布を張り終えた彼は、私を見上げて尋ねる。
「他に痛むところは?」
「あなたを想って毎日胸が痛いですわ」
「そういうのいいから」
本当なのに、ミゲル様ったらつれないんだから......。私はミゲル様の顔を覗き込む。
「ねえミゲル様、時々会いに来てもいいでしょう?」
「ダメだ」
「ぁん、どうして?」
「おまえは陛下の側室だろう」
「でもこの気持ちは止められないわ。K.O.I だから★」
「俺のことは考えるな。そのうち陛下が部屋にいらっしゃる。それを待て」
あん......ミゲル様ったら私が他の人に抱かれても平気なのかしら?
きっとヤセ我慢ね。私たちは運命で結ばれてるんだもの。ミゲルはいったんその場から 離れ、深皿に注いだミルクを持ってきた。
「これ、そいつにやれ」
私は子猫にミルクを与えた。チロチロと舌を出してミルクを飲む姿が可愛らしい。子猫 を撫でながら、私は言う。
「この子、どうしたのかしら?」
「捨て猫が産んだんじゃないか。毛並みが悪い」
「お母さんがいるのかしら。探してみようかしら」
「その足じゃ無理だろう。俺が預かる」
ミゲル様は優しく子猫を抱き上げた。あん、私もあんな風に抱かれたいわ。
「私、ミゲル様じゃなくチロに会いに来ますわ。それならいいでしょう」
「......名前をつけるな。情が移る」
チロチロミルクを飲んでたからチロよ。可愛いでしょう。にしてもミゲル様、猫がお好 きなのかしら。私も猫みたいに可愛く振舞う練習をしなくっちゃ。