イケメン神父とイケメン騎士に取り合われちゃう☆4
☆
さあ、待ちに待った舞踏会当日がやってきたわ! 私はサーモンピンクのドレスを纏い、ミゲル様の迎えを待っていた。首筋にはダイヤのネ ックレスをあしらい、銀髪は蝶の髪留めでまとめてある。自分でいうのもなんだが、相当 の美少女だ。ミゲル様まだかしら? そわそわしていたら、ガラガラと馬車が走る音が聞こ えてきて、私はハッとした。急いで玄関へ向かうと、ミゲル様が馬車から降りるところだった。
きゃうん、素敵~!
式典用の白を基調にした騎士服をまとい、サーベルを下げている。真っ黒な髪を撫でつけ、 正装をしたミゲル様は、イラストにも描けないほど超弩級のイケメンだ。ハアハアしなが ら見つめていたら、ミゲル様がこちらに視線を向けた。彼は一瞬動きを止めたが、無表情 で「早く来い」と言った。
無反応なのね。照れてるのかしら? ぁん、きっと心の中では押し倒したいと思っているはず。野性を押し殺すミゲル様も素敵 だわ。私とミゲル様が馬車に乗り込むと、中には女性が二人いた。ちぇ、二人きりじゃな いのね。......にしてもこの二人、見たことあるわ。あ、そうか。社交界にいたお嬢さんた ちね。
二人のうち、黒髪の少女が眉をひそめる。
「まさか、あなたも皇妃候補なの?」
「ええ。伯爵令嬢のリリア・リヴァルです」
「ミランダ・カーンよ。こっちはユージーン」
ユージーンは私を見て会釈した。淡い紫色のドレスが、灰色の髪によく似合っている。私 は、ユージーンに笑いかけた。
「そのドレス似合うわ。とっても素敵ね!」
「そ、そうかしら......」
ユージーンは顔を赤らめている。私は真っ赤なドレスを着たミランダに視線を向けた。
「あなたは牛追いみたいね」
「誰がよ!」
ミゲル様がかっとなったミランダを抑えつける。
「おい、騒ぐな。出発するぞ」
私たち四人を乗せ、馬車がガタゴト走り出した。ミゲル様は私の隣に座る。ハアハア、いい匂い。さりげなくすり寄ってみたら、ぐいと押しのけられた。あん。きっと人目がある から照れてるのね。隣に座れたのはうれしいけど、なんだか物足りないわ。私はミゲル様 を見て、小首を傾げる。
「ミゲル様、縄は......?」
てっきり当然のように縛り付けられると思っていた。というか、私の身体が縛られること を欲していた。ミゲル様は冷たく言う。
「おまえは縛ると興奮するだろう」
「ゃん、ミゲル様ってばいじわるっ」
私はミゲル様の肩をチョンと突いた。そのとたん、ミゲル様の首筋にぶわっ、と鳥肌が立 つ。ミゲル様、体調が悪いのかしら......? 心配だわ。彼はギリギリまで私から距離をとって、堅い声で言った。
「今日ばかりはおまえを縛れない。だから自制しろ。いいな」
こんなに素敵なミゲル様と一日中一緒で、我慢できるかしら?
馬車はガラガラと音を立てて、城へとたどり着いた。城門の前にはすでに馬車が数頭止ま っている。ユージーンとミランダを馬車からおろしたミゲル様は、私に腕を差し出した。
「掴まれ」
「えっ、いいんですか?」
「他の男にぶつかって、発作を起こされても困る」
やだもう、ツンデレってやつ? 本当は私のこと心配してくれているのよね。優しい人だ わ。私はミゲル様の腕を取り、城の階段を登った。まっすぐ前を見て階段を進むミゲル様、 とてつもなく素敵だわ。この階段が、ずっと続けばいいのに。だけどそんなわけもなく、 すぐに階段を登り切ってしまう。
階段の先には、シャンデリアが輝く会場があった。大きな会場には、着飾った紳士淑女が 集まっている。ああ、これが夢にまで見た生誕祭! 小説そのものだわ。なんて素敵なのか しら......。こんな場所で愛する人と踊れたら幸せだわ。というか私、ミゲル様と踊れるの かしら? 騎士と踊っちゃダメって決まりはないわよね?
私の熱視線を感じたのか、ミゲル様が小声で言う。
「私ばかり見るのはやめろ」
「だってミゲル様、素敵だもの......」
「おまえは皇帝陛下の花嫁候補だぞ」
ミゲル様が囁く。あっ、そうだった。でも、私はもうミゲル様にフォーリンラブ、オンリ ーワンラブだわ。 ユージーンとミランダは、会場の豪華さに呆気に取られている。社交界も煌びやかだけれ ど、こちらはさらに豪華絢爛なのだ。なんせ国中の財で作られているんだものね。 会場には 100 人の皇妃候補たちが集っている。みんな着飾って、ギラギラした目つきをし ていた。無理もないわね。皇帝の目にとまれば、とんでもない玉の輿だもの。会場に用意 された席にたどり着くと、ミゲル様は私の手を外させた。あん、もっとくっついていたい。 すがるように見たら、彼は厳しい視線を返した。
「おまえはここで待て。皇帝との面会時間まで、余計なことはするなよ」
「どちらに行かれるの? 私も行きますわ」
ついていこうとしたら、ミゲル様が手を突き出した。
「ステイ」
「わんっ」
さっさと歩いていくミゲル様を見送って、私は吐息を漏らす。縛られなくても従順になっ ちゃうなんて。今の私はミゲル様の愛の鎖に繋がれているんだわ。......にしても、なんだ かお腹が減ってきちゃった。ちょっとくらいなら動いてもいいかしら? 私は愛の鎖のこと は忘れ、食べものが並べられているテーブルへ向かう。
全部美味しそうだわ。どれを食べようかしら? 私は目いっぱいのお菓子を皿に盛って、ユージーンとミランダのいる席へ戻る。
「あなたたちもどう?」
ケーキを二個食いする私をみて、ユージーンが胸をおさえる。
「すごいわね、リリアさん......私、なんだか胸がいっぱいで」
「そう? とっても美味しいわよ、このケーキ」
私はケーキをパクパク食べながら言う。ミランダは私をみて、鼻を鳴らしている。この人、 ケーキが嫌いなのかしら。こんなに美味しいのに変わってるわね。ユージーンは両手を握りしめ、不安げにつぶ やく。
「ミゲル様に聞いたのだけど、皇帝とお話する時間があるんですって。なんの話をすれば いいのかしら......」
私はケーキを飲み下して答える。
「簡単よ。好きなものの話をするの」
「好きなもの?」
「ええ。私は TL 小説が大好きだからその話をするわ。あなたは?」
「私、編み物くらいしか趣味がなくて......」
「じゃあ編み物の話をすればいいのよ。それで、皇帝陛下のお好きなものを聞くの。まず はお互いを知ることが大事でしょう?」
ユージーンは真面目な顔で頷いている。
「それならできそうだわ」
ミランダは私とユージーンの会話を聞いていたが、やれやれとでも言いたげにかぶりを振って立ち上がる。ユージーンは彼女を見あげて尋ねた。
「ミランダ、どこに行くの?」
「くだらない会話に付き合っていられない。お化粧なおしをしてくるわ。陛下の覚えをめ でたくしなければならないのだから」
去っていったミランダを見送り、私は首を傾げた。
「なんだか機嫌が悪いみたい」
「ごめんなさい。ミランダは悪い子じゃないの。ただちょっと、気難しくて」
ユージーンはそう言って眉を下げる。そうよね。嫌な子とは友達になりたくないもの。ユ ージーンはいい子だから、その友達もきっといい子だわ。私は笑顔を浮かべた。
「気にしてないわ。それより、好きなものについて話す練習をしてみましょうか」
「ええ」
私はユージーンと向き合った。
「私、TL 小説が好きなんです。あなたは?」
「わ、私、編み物が好きなんです」
「へえ、今度何か作ってほしいわ」
「私でよければ」
ユージーンは嬉しそうに頰を染めた。
「私、人づきあいが苦手で......ミランダしかお友達がいないの。仲良くしてくれたら嬉し い」
あら、私なんか一人も友達がいないのよ。イケメンとの妄想で忙しいから寂しくないけどね。
「もちろんよ」と答えたら、ユージーンが身を乗り出した。
「TL 小説って、どんなお話なの?」
「イケメンに愛されるお話よ」
「いけめん?」
「そうよ。ほら、ミゲル様はとっても素敵よね。ああいう男性に甘く愛されるのが TL 小説 の特徴なの」
ユージーンは目を瞬く。
「そ、それがお話のテーマなの?」
「そうよ! それにね......TL 小説って、ちょっとえっちなお話なの。読んでおくと、いざ という時役に立つわ」
そう言ったら、ユージーンが真っ赤になった。彼女はあたりを気にしながら声を潜める。
「は、はしたない読みものなの?」
「ええ。残念ながらこの世界には TL 小説がないのだけど」
「そう......」
ユージーンは相槌をうったあと、不思議そうに首を傾げた。
「この世界?」
ああ、いけない。転生者なんて言っても通じないわよね。
「この国では手に入らないの」
「そうなのね。私も、ちょっとだけ読んでみたかったわ」
ユージーンがそう言った直後、艶やかな声が響いた。
「それ、面白そうだね。俺も読んでみたい」
声がしたほうに視線を向けると、ユージーンの座っている椅子の背もたれに、男性が肘を ついていた。少し長めの金髪に、ターコイズブルーの瞳。超弩級のイケメンがそこにいた。 その姿は見間違えようもない。
──皇帝陛下だわっ! 私は興奮気味に彼を見つめた。白薔薇後宮物語におけるメインヒーロー、ラウル・アーガ イル。さすがメインヒーロー、キラキラが半端ないわ。彼は私と視線を合わせ、笑みを浮かべた。
「TL 小説。俺も読んでみたい」
「男性には面白くないかもしれませんわ」
そう答えながら、私は困惑していた。なぜかしら。色気たっぷりでイケメンなのに、飛びつきたくならないわ。ラウルは軽やかな動作で長椅子に腰掛け、ユージーンの隣に座る。ユー ジーンはびくりとして身を竦めた。
彼はじっとユージーンを見つめ、長い指先を髪に絡め た。
「灰色の髪、珍しいね」
至近距離で囁かれたユージーンは真っ赤になった。彼女は慌ててソファを離れ私の方へや ってくる。ラウルはキョトンとした顔でユージーンを見ていた。きっと、女の子に逃げら れたことなんてないのね。私はユージーンを背に隠しつつ言う。
「ユージーンは異性に慣れてませんの」
「そうなんだ。君は?」
「私はそれはもう、めくるめく男性たちとの甘い日々ですわ」
実際にはキスすらしたことないけど、読んだ TL 小説の数で言えば、私はかなり経験豊富だ。
「へえ、それはすごい。俺もお相手してもらえるのかな」
「ええ、何回でも」
原作ではメインヒーローだし、そりゃもう何回もお相手したわ。ラウルはユージーンを見 て言う。
「そちらの彼女は不慣れだから、一夜の遊びは難しいかな?」
その言葉に、ユージーンがきゅっと唇を噛んだ。彼女は私の腕にしがみつきながら、声を 上ずらせる。
「わ、私たちは陛下の生誕を祝いに来たんです。そういう戯れはやめてください」
「皇帝なんかつまんない男かもよ? すごいブサイクかも」
「なんてことを言うの。誰だか知らないけれど、きっと、陛下はあなたよりずっと素敵よ」
ユージーンの言葉に、ラウルが目を細めた。
「そっか。じゃあ......そいつがどんな男でも結婚したい? 嫌な奴でも?」
「したいわ」
多分売りことばに買いことばだったのだろう。ユージーンは真っ赤になりながら彼をにら む。ラウルは微笑んで、私に目をやった。
「君は?」
「私、ミゲル様がオンリーワンですの」
「へえ、ミゲル? 君たち、ミゲルが連れて来たんだ」
ユージーンは私の背後に隠れたまま、声を尖らせる。
「わかったでしょう。私たちはあなたと、あ、遊んだりしないわ。どこかに行ってくださ い」
「わかったよ。怒らないで、シンデレラ」
彼は肩を竦めて立ち上がり、他の女の子たちのほうにぶらぶら歩いて行った。いきなり現 れたミゲルに、女の子たちは戸惑いつつも頬を染めて会話している。いろんな子にコナをかけて。陛下ってばどういうおつもりなのかしら。
「シンデレラ、って......お話の灰かぶり姫のこと? 私の髪が灰色だからって、ひどいわ、 あんな言い方」 ユージーンは涙を浮かべて訴える。彼女は皇帝を挑発したとは気づいていないのだろう。
「褒めたのよ。シンデレラはとっても美人だったっていうし」
「私は美人なんかじゃないもの......馬鹿にされたんだわ」
そうかしら。ラウルはずっとユージーンを見てたわ。魅力がないのに見つめたりするかしら?
私はなんとなく予感したわ。これは......ラブイベントが起こるフラグ!
★
「一体、ラウル様はどこへ行ったんだ?」
ミゲルは、空っぽのミゲルの居室を見回した。皇妃候補 100 人との謁見前に名簿を渡そう と部屋に来てみたら、姿がなかったのだ。途方に暮れて主人を失った椅子を見つめていた ら、バタバタと靴音が聞こえてきた。部屋にかけこんできたのはハミスだ。
「おいミゲル! 陛下が女の子たちと話してるぜ」
「は!?」
ミゲルは慌てて部屋を出て、ハミスとともにパーティ会場へ向かう。かくしてラウルは、 花嫁候補たちと楽しげに会話していた。
何をしてるんだ、あの人は......! ミゲルは大股でラウルに近づいていく。肩を叩くと、彼は無邪気な表情でこちらを見た。
「あ、ミゲル」
「こちらへ」
ミゲルはラウルの腕を引っ張って、柱の陰に連れていく。ラウルは柱にもたれ、優雅な仕 草でシャンパンを飲んだ。彼はグラスから唇を離し、ターコイズの瞳で会場を見回す。
「さすが騎士団が選りすぐっただけある。みんな可愛い子だね」
「陛下、会話は居室でとお願いしたはずです」
「居室じゃ本音なんか聞けないしね」
「......聞けたんですか? 本音」
彼はふっと笑い、飲みかけのシャンパンをミゲルに押しつけた。そのまま二階への階段を 上がっていく。最上段に立ったラウルが手を打ち鳴らすと、女性たちの視線が集まった。 ラウルはにっこり笑い、すっと手を上げる。
「こんばんは。ラウル・アーガイルです。皇帝です」
女性たちはみな彼が皇帝だとは知らないで話していたのだろう。唖然としている。ミゲル はリリアとユージーンに目をやった。ユージーンは目を見開いているが、リリアにさほど驚いている様子はない。まさか、知っていたのか。ラウルのことを──? ラウルの顔を知っているのは限られたものだけだ。当初抱いていた疑惑が再燃する。
あの女は一体何者な のだろう。
「今日はお集まりいただいてありがとう。生誕祭ってことになってるけど、本当は花嫁選 びの会でした」
その言葉に、女性たちが騒めきだした。
「ってわけで、君たちの中からひとり皇妃を選ぼうと思います」
ラウルは会場をぐるりと見回し、ある女性に目を止め微笑んだ。ミゲルは視線を追い、ギ ョッとする。皇帝の視線の先にはリリア・リヴァル。まさか、リリアを──。
「ユージーン」 名を呼ばれたユージーンが「ひっ」と悲鳴をあげた。会場がますます騒がしくなる。
「だれよ、ユージーンって」
「あの灰色の髪の子じゃない?」
「うそ、あんな地味な子が......」
ラウルはざわめきの中、言葉を続ける。
「皇帝陛下がどんな人間でも妻になりたいか? って尋ねて、「はい」って答えたのはたった一人。ユージーンだけだったからね」 ユージーンは真っ青になって震えている。ラウルは微笑み、ユージーンのそばにいたリリ アに目をやる。
「そしてもう一人。側室としてリリア・リヴァルを迎える」
ミゲルは思わず「マジかよ」と呟いた。なぜそうなるのだ──。
「む、無理。私、帰ります!」
ユージーンがたまりかねたようにダッと駆け出した。ミゲルは慌てて駆けていき、ユージ ーンを拘束する。リリアは身悶えながら、あん、羨ましいとかなんとか言っている。なぜ あの女はあんなにも呑気なんだ。ユージーンはミゲルの腕の中、必死にもがいている。
「い、いや、離して」
つくづく正常な反応だ。ラウルは会場を見下ろしてあっけらかんと言う。
「その他は帰ってねー」
そう言われて帰るはずもない。大人しかった女性たちが階段に向かってわっと駆けだした。 ミゲルはユージーンを兵士に預け、駆けて行って階段をふさぐ。ハミルもそれに加勢し、 のんびりした口調で言う。
「はいはい、下がってねー」
先ほどまでしとやかにしていた女たちは、髪を振り乱しながら訴える。
「ふざけないでよ! こんなのフェアじゃないわ!」
「そうよ、私は侯爵令嬢なのよ! あんな地味女に負けるなんてありえないわ」
淑女なんて絶滅したのか。もみくちゃにされながら、ミゲルは天を仰ぐ。階段に駆け寄らなかったのは、リリアとユージーン、二人だけだった。