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愛され転生ヒロインを目指せ★2

 頭がガンガンと痛い。うう......一体なにが起こったというの......私はうめきながら瞳を開 いた。向かいのソファにはミゲル様が座っており、打ち上げられたマグロを見るような目 をこちらに向けている。

「......大丈夫か」

「は、はい」


 ミゲル様は指を組み合わせ、唇に手を当て私を見つめた。思慮深そうな、切れ長の黒い瞳 に見据えられ、心臓がドクンと高鳴る。やだ、やっぱりイケメン......。つるの細い眼鏡が よく似合ってるわ。私は彼に飛びかかりかけたが、身動きが取れない。気がつくと、両手 両足を縛り付けられ、ソファに転がされていた。

「あのう、なぜ私は縛られているのでしょう」

「君には悪霊がついていると聞いたからな」

 ミゲル様はそう言って眼鏡を押し上げる。あん、知的な仕草だわ。

「12 歳のとき、13 歳の少年を襲って泣かしたとか」

「ええ、そうなの」


 でもそれがどうしたのかしら。あっ、そういえばその頃から、社交界に行っても避けられ るようになった気がするわ......。ミゲル様は真面目な顔で続ける。


「悪霊に憑かれた者は記憶を喪うらしい。一度きちんと除霊をしたほうがよいのではない か」

「は、はい」

 え? なんでこんな心霊相談みたいな会話をしているのかしら。原作だと、ミゲル様は一 目で私にフォーリンラブ★なのに。

「では、私はこれで。役目があるのでね」

「あ、ちょ、待っ」

 席を立ったミゲル様が出て行こうとするので、私はソファから転がり落ち、ずりずりとい も虫のように這った。

「待ってえ、ミゲルさまあ」


 彼は不気味そうにこちらを振り返り、素早く扉を閉めた。私は扉に激突して「ぎゃん」と 叫ぶ。 美しい後ろ姿は、すでに扉の外に消えてしまっている。私は赤くなった鼻を押さえ、「ミゲ ルさまあ」と切ない声を漏らした。


 ★


 ──女性を不気味だと思ったのは初めてだ。ミゲル・ランディはざわつく胸を押さえた。 相当に美しい少女だと思い、寄っていったのが間違いだったか。ミゲルは本来、容姿で女 性を選ぶような男ではない。だが、これは任務なのだ。皇帝の花嫁候補を探すという仕事。


ミゲルは憂鬱な表情で、数日前のことを思い出す。 ミゲルは自身が仕える皇帝、ラウル・アーガイルに呼び出され、彼の居室に来ていた。騎士としての仕事ではなく、皇帝が好むチェスの相手をするためだ。眩い金髪に、ターコイズブルーの瞳を持つ皇帝は、 椅子の背に身をもたせかけ、悩ましげに嘆息した。チェスの手順に迷っているのかと思っ たら、彼はこう言う。


「恋、したいなあ」

 ラウルの眼前に座ったミゲルは、「そうですか」と相槌を打った。この主が突拍子もないこ とを言い出すのはいつものことだ。いちいち相手してはいられない。主が身を乗り出した ので次の手を打つのかと思いきや、ラウルはこう尋ねた。

「ねえ、ミゲル。君は恋をしてる?」

「いえ、私は職務をこなすので精一杯ですから」

「確か婚約者がいるはずだろう?」

 ラウルが駒を置くと、ミゲルはすかさず次の手を打つ。

「婚約者だからといって、恋愛感情を抱くとは限りません」

  「そんなんじゃだめだなあ」


 ダメと言われ、ミゲルは眉を寄せた。生まれてこの方、何かで劣っていると言われたこと はない。ラウルはこちらを指さし、鬼の首を取ったように声をあげる。

「ほら、そのしかめっ面。巾着みたいだな。君には癒してくれる恋人が必要だよね」

「陛下が恋をする、というお話ではなかったですか」

  ミゲルの言葉を無視し、ラウルは愉快そうに言う。

  「そうそう。今度僕の生誕祭があるじゃない? 100 人くらい女の子を集めてよ。1 人くら いは僕が恋したくなる子がいるかもしれないし」


 100 人と簡単に言うが、パーティまであと二週間足らずだ。しかも適当な娘を見繕うのでは なく、ラウルが気にいるような娘を探さなければならない。困難な要求を突きつけられ、 ミゲルは呻いた。

「陛下、それは」

「僕の命令は絶対だよ。なんせ皇帝だもーん」


 ラウルはアハハ、と大笑した。──いいご身分ですね。ミゲルは君主に対する忠誠心を駆 使し、言葉をこらえた。 気ままな主とのやりとりを思い返していたミゲルは、社交界の喧騒に意識を戻した。着飾 った令嬢たちは、チラチラとミゲルに秋波を送ってくる。皆、醜くはないが気品と言うものに欠けている。


 やはりこんな片田舎に、皇 妃にふさわしい女などいないのだ。ミゲルはため息をついて階段を降りていく。もう一度 会場を一巡してみよう。中身はどうあれ、容姿の美しい女ならラウルも文句は言うまい。 ただし、先ほどの女は問題外だ。


 男の股間に顔を埋めるような女を連れて行けるか。階段 を降りきったところで、垂れ目で赤髪の騎士が寄ってきた。 ミゲルと同じく騎士服をまとった彼の名前はハミス・ケント。ミゲルの部下であり、皇立 騎士団の副団長だ。彼は艶のある赤髪をさらりと揺らし、優しげな声で尋ねてくる。


「ミゲル。先ほどのご令嬢は?」

「悪霊がついているらしい。部屋で休ませている」

「へー。綺麗な子だったな」


 ハミスはニヤニヤ笑いながら、ミゲルの肩を小突く。

「おまえ、襲われてたじゃないか。さすが騎士団長さまはモテるなあ」

「悪霊のせいだろう」

 本人のせいではないとはいえ、悪霊がついている時点で、パーティに呼ぶことなどできない。ミゲルはハミスを横目で見た。


「おまえは候補者を見つけたのか、ハミス」

「うん、連絡先ならこの通り」

  ハミスはメモ帳にびっしり書かれた名前を見せてくる。誰にしようかな~。鼻歌を歌いな がらメモ帳をめくる彼に、ミゲルは眉を寄せる。

「......言っておくが皇妃候補だぞ。おまえの好みの娘を見繕っているわけではない」

「わかってるって。この中で舞踏会に呼べそうなのは一人か二人かな~」


 にやつきながらメモ帳を眺めるハミスに不安が募る。彼は女性であれば誰彼構わず口説く ような男だ。ある意味今回の任務に向いているとも言える。いっぽうミゲルはこういう任 務が苦手だ。女の機嫌を取るよりも、巻き藁相手に剣を振っているほうがよほど得意なのである。きらびやかな場所も好きではない。早く自宅に帰って、酒を飲みながら気楽な格 好で剣を磨きたい。


 ミゲルが自室でくつろぐ想像をしていたそのとき、ハミスが「うおっ」 と声をあげた。ミゲルは彼の視線を追ってギョッとする。 先ほどの女が、縛り付けられたままこちらにズリズリ這ってくるのだ。銀の髪がモップの ように垂れ下がり、美しい顔立ちを覆っている。彼女は階段をのたうつように降りて、ミ ゲルの足元に擦り寄る。


「ミゲルさまあ~」

「なんなんだ君は!」


 ミゲルは彼女を退けようと蹴飛ばした。女性を蹴るなど騎士にあるまじき行為だが、反射 的な行動だった。女に目がないハミスすらも、その奇行に引いている。彼女は蹴られた衝 撃で鼻血を流していた。アメジストの瞳をうるませ、こちらを見上げてくる。

「ハアハア、私を花嫁選定会に連れて行ってくださあい」

「なに?」

 なぜこの女は、選定会のことを知っているんだ──。ミゲルはハミスと視線を合わせる。 生誕祭が正室選びを兼ねていることは秘密事項だ。秘密を知っている人間を放ってはおけ ない。ミゲルは身をかがめ、無言で女を抱え上げた。


 彼女は「ぁん」と甘い声を出し、潤んだ瞳でこちらを見つめる。ミゲルは彼女と目を合わせないように歩き出す。 ハミスはミゲルと女を周りから見えないようにして付き添う。休憩室のカーテンをひいて、 その前に陣取った。ミゲルは女をソファに下ろし、縄をほどく。自由になった女は、毛虫 のごとくクネクネと身をよじらせた。


「あん、いきなり二人を相手にするなんて刺激が強いですう」

 何を言っているのかよくわからないが、ひとまず尋ねる。

「君は──何者だ? なぜ花嫁選びのことを知っている」 少女はぎくりとしたあと、目をそらした。

「あのぅ、噂で」

 すさまじく怪しい......。ミゲルは眉を寄せ、彼女の顎を掴んだ。

「あんっ」

 彼女は悩ましげな声をあげ、ミゲルを見つめる。

「ミゲルさまぁ。私、初めてなんです......」

「悪霊か? 悪霊の力で花嫁選びのことを知ったのか」

「優しくしてくださぁい」

「質問に答えろ」

「あのさぁ、会話が噛み合ってないぜ」


 ハミスが口を挟む。ミゲルは咳ばらいをし、「名前は?」と尋ねた。彼女はすっくと立ちあ がり、先ほどまでの奇行はどこへやら、優雅なしぐさで礼をした。 「私はリリア・リヴァル。伯爵家令嬢でございます」

「伯爵家......」

「へえ、成金令嬢じゃないんだ。じゃあいいんじゃない? 舞踏会におけるマナーは理解 してるだろうし」

ハミスの言葉に、ミゲルは眉を寄せた。

「正気か? 悪霊がついている女だぞ......」


「だって、最低一人は連れて行かなきゃ。騎士団長の面目が立たないだろ」 そうだ。たとえ生誕祭に出たところで、この奇妙な女が皇帝に選ばれるわけがない......。 それにもう時がない。ノルマは 100 人だ。部下にも任務を課したが、騎士団長のミゲルは あと二人か三人探さなければならない。ミゲルはリリアを見据え、こう告げた。

「......では、リリア・リヴァル。君を舞踏会に招待する」

「本当ですか!?」


 リリアはパッと目を輝かせた。ミゲルはその反応に疑惑を深める。まさかこの女──皇妃 の座を狙っているのか。自然と声が厳しくなった。

「その代わり、悪霊を落としてからにしてもらう」

「ひどおい。悪霊なんかついてませんわっ」

「異常な人間は自分がおかしいという自覚がない。それに、君のためを思って言っている んだ」

「私の、ため......?」

 彼女の頰がぽっ、と薔薇色に染まった。リリアは顎に拳を当てて、ぴょんと跳ねる。

「あん、私頑張りますぅ」

 こちらを見つめる熱っぽい瞳に、ミゲルは顔を引きつらせた。


 ──疲れた......。 城門前に佇むミゲルは、かつてない疲労を覚えていた。パーティーが始まる前は完璧に撫 で付けられていた黒髪は、リリアとのやりとりで乱れている。普段接することのない人種 と会話すると、こうも疲れるものなのか。心情としてはさっさと別れたかったが、礼儀と してリリアを会場の外まで送り届ける。


「じゃあ、また」

「はいっ」


リリアは嬉しそうに頷いて、馬車に乗り込んだ。鞭を振る音と共に馬車が動き出し、可愛 らしく手を振る姿が窓から見える。その様子を見ている分には、とても悪霊が取り憑いて いるようには思えなかった。ハミスはリリアに手を振り返しつつ、こちらを伺う。


「あの子、可愛いじゃないか。何より白薔薇のように美しいし」


先程は忌避していたくせに、調子のいい男だ。ミゲルはふんと鼻を鳴らす。

「おまえは女ならなんでもいいんだろう」

「騎士団長さまはお固すぎるな」


騎士団長と副団長が両方女好きだったら、その団は崩壊だろう。ミゲルは去って行く馬車 を、苦々しい思いで見送った。

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