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囚われの身の上☆

 ずきずきと頭が痛むのを感じながら、私はうっすら瞳を開いた。ぼんやりした視界に、祭 壇が映りこむ。その前に立っているのは、白いドレスを着た花嫁だ。あら、これって私の 未来かしら。私は手を伸ばしかけ、身動きが取れないことに気づく。なんと、私は緊縛さ れていた。もがいていたら、花嫁がくるっと振り向いた。


「あら、起きたの」

「蛇女!」


 そこにいたのは蛇女、ならぬミランダ・ヴィーだった。車いすに乗った花嫁。美しいけれど、その瞳は どこか冷えている。彼女は嫣然と笑み、「ミゲルと結ばれたらしいわね。よかったこと」と 言う。どうしてミランダがそんなこと知ってるのかしら。困惑する私の目に、見知った人 物が映った。


「マージ!」

 ミランダの背後に影のごとく控えていたのは、侍女のマージだった。彼女は目を伏せ、「ご めんなさい、リリア様」と声を震わせる。

 どういうことなの? どうしてマージが......。

「ふふっ。あなたが書いた、「白薔薇後宮物語」だったかしら。読ませてもらったわ......ミ ゲルが相手役のモデルなんでしょうけど、低俗でくだらない。あんなのは夢物語よ。ねえ、 マージ」


 ミランダの言葉に、マージは硬い表情で頷く。

「ミゲル・ランディのせいで、姉は死にました」

 どういう意味かと私は尋ねた。

「彼女の姉は、ミゲルに遊ばれたの」

 ミランダはマージの肩にそっと手を置いた。

「たかがメイドを勘違いさせて、あの男も罪作りよね?」

 マージは鋭い目つきでこちらを睨みつける。


「ミランダ様に聞きました。姉は彼を思っていたのに、ミゲル様は姉を捨てたんです。姉 はショックでやせ細って......昨年息を引き取りました」

 まあ。お姉さん、死んでしまったの......。それは、とても悲しいことだわ。でも、だからってミ ゲル様を恨むのは筋違いよ。私は毅然とした口調で言った。

「ミゲル様はそんな人ではないもの。この縄をほどいてちょうだい。私はあの人のところへ帰る」

「あなた縛られるのが好きなんでしょう? ベッドの上で縛られてよがるシーンがやたら と出てきたわよ」


 ミランダがせせら笑う。あん、それは緊縛に興奮したわけじゃなくってよ。(妄想の中の) ミゲル様の深い愛に感じていただけ。そもそも私、ミゲル様以外に縛られてもうれしくな いんだから☆ その時、教会のドアがバンと開いた。そこに立っていたのは、私の騎士、ミゲル・ランディ様だ。


「リリア!」

「きゃん、ミゲル様っ」


  私は縛られたままそちらへ這って行こうとした。しかし、マージが後ろ手にしていたナイフを取り出し、私の首に突き付ける。


「きゃうっ」

 あなた、なんてもの持ってるのマージ! ナイフを突き付けられた私を見て、ミゲル様がハッと立ち止まった。ミランダは目を細め、 「婚約の儀式をしましょう、ミゲル・ランディ」と言う。


「何を言ってるんだ」

 ミゲルはミランダをにらみつけ、そばにいるマージに視線を向けた。

「おまえ、確かリリア付きの......」

「彼女の顔に見覚えはない? あなたが遊んだメイドの妹よ」

 ミランダの言葉に、ミゲルは眉を寄せたが、ハッとしたように目を見開く。


  「おまえ、エリンの......」

  「ええ。あなたに捨てられた姉は、食事もとらずに毎日泣き暮らして、しまいには衰弱死 しました」

 その言葉に、ミゲルは息をのんだ。


「死んだのか、エリンは」

「あなたのせいよ! 絶対に許せない......」

 ミゲル様は歯噛みしてミランダを睨みつけた。

「あの女の言うことを信じるな。君は騙されてるんだ」


 近づこうとすると、マージが「来ないで!」と叫んだ。彼女はリリアの首筋に強くナイフ を押し当てる。その瞳が苦し気にゆがんだ。

「リリア様は良い方です。だからこんなことに巻き込みたくはなかった......」

「なら離せ。そいつは関係ないだろう」

「これにサインしたらね」


 ミランダが差し出したのは、一枚の用紙だ。あれは......結婚誓約書だわ! 蛇女ったら、 ミゲル様を脅して無理やり結婚する気なんだわ。そんなことさせない。私は冷静な口調で告げる。


「構わなくってよ、マージ。そのナイフを突き立てても」

「え......」

 戸惑うマージに、私は微笑みかけた。

  「もともと今の人生は二回目ですもの。突然終わっても悔いはないです」

「リリア様、それはどういう」

 私は日本で生まれて、男性経験もなく死んだわ。今では、元の自分の名前も思いだせない の。なぜかピーナッツを詰まらせて死んだことは鮮明に覚えてるんだけどね。ああ、死ぬ 前にまたピーナッツが食べたい......。


「彼の足かせになりたくないの。そんなことになるなら、私は、小鳥に生まれ変わってミゲル様を愛しますわ」

「馬鹿を言うな、リリア」

 ミランダは冷たい目でリリアを見て、「本人がそう言ってるのだから、刺してあげたら?」

 と言う。マージはぎゅっと目をつむって、ナイフを振り上げた。ミゲル様が悲鳴のように叫ぶ。


「リリア!」

 その時、教会の扉が勢いよく開いた。 わっと入ってきたのは、皇立騎士団だ。ミゲル様は、ふいを突かれて固まったマージから ナイフを取り上げる。ミランダは舌打ちし、車いすを動かして逃げようとする。駆け寄っ てきたハミスが、手早くそれを阻止した。ミランダはきつい目つきでハミスを睨みつける。 ハミスは、いたずらをした妹を叱るみたいな口調で言った。


「おいたが過ぎるよ、ミランダ」

「黙りなさい、拾い犬の分際で」

「俺の弟を侮辱するな」


 ミゲル様の言葉に、ハミス様が目を瞬く。それから照れたように髪をかき回した。ミゲル 様はマージを他の騎士に引き渡し、私のほうに駆け寄ってきた。

「大丈夫か、リリア」

  「ちょっと血が出てしまったの。ミゲル様が優しく舐めてくださったら治るかも」

「大丈夫そうだな」

 ミゲル様はため息をついて、私を起き上がらせる。ミランダとマージは、騎士に連行され て行った。ハミス様がぽつりとつぶやく。

  「言っとくけどな、俺は別に恩義なんか感じてないぜ。トップの座なんてめんどくさいと 思ってるだけ」

「そう言うな。これからはおまえが団を引っ張って......」

  「だーかーら、辞めるなって言ってんだろ」


 ミゲル様の言葉を遮り、ハミス様は一枚の用紙を突き付けてきた。

「離縁状。リリアちゃんのサインを入れれば、自由の身だ」

「皇帝は離縁をする気はないと......」

 困惑するミゲル様に、ハミス様は肩をすくめた。

「あの人、ユージーン様にぞっこんだからな。貴族たちから娘を側室にって言われてうんざりしてたらしい。欲のないリリアちゃんは、側室にうってつ けってわけ」

 あら、欲ならあるわ。ミゲル様にトロ甘に愛されるって欲がね☆

「だから、俺が折衷案を出したんだよ」

 ハミス様の言葉に、私たちは目を瞬かせた。


「ああん、私ったらどんな服でも似合っちゃうんだわ」

 私は姿見に映った自分を見てうっとりと見とれた。ツインテールに結んだ銀髪、それを結 わえるのはミゲル様を象徴する黒いリボン。


薄めの生地がどこか無防備なエプロンドレス とワンピース。真っ白なタイツは男性の所有欲をそそる絶対領域。エナメルの靴はバックルがついていてカワイイ。最強美人侍女、リリア・リヴァルちゃん爆誕☆ こんな私を見たら、きっとミゲル様は理性を失って......キャーッ♡身をくねらせていたら、ノックの音が聞こえた。


「おい、リリア。着替えたか」

「はい♡」


 ドアを開くと、ミゲル様が立っていた。彼は動きを止めて、食い入るように私を見ている。私はスカートをつまんで、くるっと回って見せた。

「ふふっ、どうですか? カワイイ?」

「いや、まあ、うん」


 彼はそう言って目を泳がせた。やだ、ミゲル様ったら照れてるんだわ。ここはキッスの予 感☆。私が唇を突き出したら、彼が「すまない」と言った。やだ、なんで謝るのかしら? 「おまえは伯爵令嬢なのに、侍女をやらせることになるなんて」

「あん、そんなこと。ミゲル様と一緒にいられるだけで、リリアは幸せですわ」


けなげに微笑む私を見て、ミゲル様が瞳を緩めた。長躯をかがめ、私の唇をふさぐ。耳介 の裏をくすぐる人差し指に背中がぞくぞくした。あ、あん......とろけちゃう......。彼は私 の唇を何度かついばんで、頬から耳もとに唇を滑らせた。何度も耳の裏に口づけられて、私はもだえる。


「ど、どうして耳ばっかりい」

「いつもは隠れてるから、見えてると触りたくなるな」


 あん、いやらしい言い方。ピンチを乗り越えたからなのか、ミゲル様もちょっと興奮して るみたい。眼鏡の奥の熱っぽい瞳が素敵......。


「他の隠されてるところももっと触って......」

 うるんだ瞳で見つめたら、ミゲル様がかすかに息をのんだ。

「おいおい、いちゃつくのが早くないか」

 その声に、ミゲル様がびくっと震えた。彼の背後には、ハミス様が立っている。

  「ハミス! いるなら声をかけろ」

「かけたっつの。皇帝陛下がお待ちだぞ」

  姿見に映った私の顔は真っ赤になってる。こんな顔で皇帝陛下に会うの? やん、我ながらはしたないわ。


 私とミゲル様は、並んで陛下の前に立っていた。陛下は不機嫌に肘をついて、こちらと目 を合わせようとしない。まるで子供みたいに、頬がむっと膨れている。そんな顔をしてて も美形なのよね、この人ってば。

  「あのさ、僕は君たちの仲を認めたわけじゃないからね」

  「しかし陛下、侍女の件は了承なさったと......」

 ハミス様の言葉に、ラウル様はふんっと鼻を鳴らす。

「しぶしぶだよ。だってリリアがいないと、ユージーンが寂しがるからね」


 私はちょっと感動した。陛下ってば本当にユージーンに夢中なんだわ。ハミス様はじっと りした瞳で私とミゲル様を見比べた。

「君たち、もう寝たの?」


 やだもう、そんな話。デリケートなことなんだから、他の人がいるところで言わないでほしいわ。私とミゲル様がもじもじしていると、ハミス様があっけらかんとした口調で言う。


「いや、まだみたいですよ。せいぜいAくらいのもので」

「ハミス、余計なことを言うな」


 ミゲル様が口の軽いハミス様をたしなめる。ラウル様の瞳がますます不機嫌な色に染まっ た。

「A も B も C もぜったいダメ。僕が許すまでいちゃつくの禁止」

 思わぬ言葉に、私とミゲル様は同じく「えっ」と漏らした。ラウル様は意地悪そうに私た ちを見比べる。


「えっ、って何。まさか大手を振っていちゃつけると思ったの。甘いねえ。職も失わず、 好きな彼女といちゃいちゃ。皇帝の女を奪っといて、そんなうまい話はないよ」


  陛下ってばなんでこんなに意地悪なのかしら。私に対する所有欲? でもそんなそぶり、 今まで見たことないわ。ラウル様とは、ユージーンの話しかしたことないし。ミゲル様は どうお思いなのかしら......。ミゲル様は困ったように眉を寄せていたが、意を決したよう にラウル様を見据えた。


「......わかりました」

 私はぎょっとしてミゲル様を見る。ええっ、そんな! せっかくいちゃいちゃ後宮ライフ が始まると思ったのに!

「行くぞ、リリア」


 愕然とする私の肩を押して、ミゲル様は歩き始める。部屋の外に出ると、ミゲル様が私に 向き直った。眼鏡の奥の瞳は真剣そのものだ。


「いいか、リリア。陛下のおっしゃることはもっともだ。俺たちはタブーを犯したんだか らな」

「でも......」

「俺たちにできるのは誠意を見せることだ。わかるな」

「だって......」

「あの方は子供っぽいところがあるが、悪い人ではない。きっとわかってくださる」

「でもでも......」

「とりあえず、侍女寮に荷物を移そう。準備はしたか?」


 ミゲル様はそう言って、さっさと歩き始める。ま、待って。さっきの続きは? この火照 った愛されボディをどうすればいいのっ。ミゲル様は私の部屋に入ると、荷物を担ぎ始め た。そのたくましい広背筋を見ていたら、先ほどの熱がぶり返す。ここなら誰もいないし、 ちょっとくらい......。私は息を荒げながら、ミゲル様ににじり寄った。気配を感じたらし いミゲル様が振り返る。


「ミゲル様ああああああ」

「!?」


とびかかろうとした私を、ミゲル様がサッと避けた。つんのめった私は、ベッドの枠で頭 を強打する。


「ぐふっ」

 頭から血を流し、ぴくぴく震える私を見て、ミゲル様が恐る恐る近づいてくる。

「お......おい、大丈夫か」


 肩に触れたミゲル様の手を、私はガッと掴んだ。そのままミゲル様を押し倒し、馬乗りになる。額からダラダラ血を流す私を見て、ミゲル様が悲鳴を上げた。私は鼻息を荒くしな がら、彼のベルトをほどこうとする。


「誰も見ていませんわ、ですからさあ、重いの丈をぶつけてください!」

「何を言ってるんだおまえは、どけ!」


 ミゲル様は私の喉に掌底を食らわせた。

「うぐおっ」 あまりの痛みに悶絶し、彼の上から転がり落ちる。ミゲル様はベルトを直し、私を抱き起こした。

「わ、悪い。大丈夫か?」


 私は満身創痍で彼のシャツを掴む。

「み、ミゲル様......掌底はないですわ......カンフー映画の敵にしか使っちゃいけない技ですわ......」


 なんだかミランダにさらわれた時よりひどい目にあってる気がするわ。ミゲル様はハンカ チを取り出して、私の額にそっと当てた。


「俺だっておまえを抱きたい。だけど今は駄目なんだ。わかってくれ」

 もう、ミゲル様ったら真面目なんだから。でもそんなところが好き。


  「わかりましたわ。我慢します」


 うなだれてしょんぼり答えたら、ミゲル様がふっと笑った。大きな掌が、私の頭を撫でる。あん、近 くにいるのにいちゃつけないなんて拷問だわ。


でも頑張らなきゃ。この試練を潜り抜けれ ば、ミゲル様とのトロ甘王宮ライフが待ってるんだから。失血のしすぎで頭をふらつかせ ながら、私はミゲル様の肩にそっと身をもたせかけた。

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