愛され側室な日々★3
★
その日の夕方、ミゲルが帰り支度をしていたら、かさりと葉が鳴る音が聞こえた。窓の 外に視線を向けると、木々の合間を人影が駆けて行くのが見えた。窓を開けてみたら、枝 に白いものが引っかかっていた。ミゲルは手を伸ばし、それを手にする。どうやら封書の ようだ。差出人の名前はない。
ひっくり返して表書きを見ると、「ミゲル様へ」となっている。なんだか嫌な予感がしたが、 確認しないのもまずいだろうと封を切る。はらりと便箋を取り出すと、頭の悪い文章が連 なっていた。
「♡ミゲル様へ♡
私は皇帝に囚われて籠の鳥になってしまいました......だけどずっとあなた一筋です♡私 の愛を受け取ってください♡あなたの小鳥より♡♡♡」
意味不明な内容といい不必要なハートマークといい、誰が書いたか一目瞭然だ。意外にも流麗な筆 致だが、よく考えたらあの女は伯爵令嬢だった。こんなものを書いたと知られたら、彼女 もミゲルも不貞の罪で捕らえられてしまう。
ミゲルは手紙を握りつぶそうとしたが、ちーっ、という鳴き声を耳にして手を止める。 カゴに入れられた子猫が、丸い瞳でこちらを見上げていた。
あの日、彼女に出会ったのが間違いなのか。それとも王宮に連れて来たのが間違いだっ たのか。邪険にはしても、結局気にかけてしまうのが誤りなのか。手紙を封に戻し、懐に 突っ込む。
「......おまえの拾い主には手を焼かされるよ」
ミゲルはそう言って、チロを撫でた。
☆
ミゲル様、私の思いを受け取ってくださったかしら。私は美容パックを施しながら、鏡を 覗き込んだ。はあっと息を吐き、曇った鏡面に相合傘を描く。傘の下に書かれた文字は、 もちろん「ミゲル」と「リリア」だ。それを眺めてにやついていたら、ノックの音が響い た。返事をすると、侍女が入ってきた。彼女は開口一番こう言った。
「ミゲル騎士団長からお手紙を預かっております」
「ええっ!?」
私は猛スピードでそちらへ向かい、侍女から手紙をひったくる。そこにはただ一言。
「妙な手紙を送るな」
あん......素っ気ないけれど愛を感じるわ。下手な返事をしたら、二人とも罪に問われてしまうものね。
「なんにしろ、これはミゲルさまからの初お返事♡記念に飾っておかなきゃ〜」
私は画鋲を手にし、手紙を壁に貼り付けた。机に肘をつき、にやつきながらそれを眺める。 ミゲルさまったら綺麗な字だわ。字は体を表すって本当なのね。私は眠るのも忘れて、ミゲル様からの手紙を眺めていた。
結局一睡もできずに朝を迎えた私は、ふらつきながら鳥の鳴く裏庭を歩いていた。ここを 通ると騎士団の訓練所まで近道なのよね。にしても眠いわ~......。
「リリアさん?」
声をかけられ振り向くと、ユージーンがこちらにやってくるのが見えた。彼女の首筋には、 赤い痕がつけられている。あらまあ見せつけるわねえ。ユージーンは私の視線には気づか ず、首を傾げた。
「どうしたの? こんな早くに」
「ミゲル様に会いに行くの」
「えっ......それは、まずいんじゃないかしら」
「わかってるわ。私は籠の鳥。だから偶然を装ってミゲル様に接触するの」
私はタオルを取り出した。これをさりげなくミゲル様にお渡しするのだ。ユージーンが感 心したようなため息を漏らす。
「すごいわね、リリアさん。行動派だわ」
「うまくいったら報告してね」
「ユージーンも、陛下との愛の契りについて聞かせてちょうだい」
「な、なに言ってるの、もう」
ユージーンは真っ赤になって、せかせかと歩いていく。私は生ぬるい視線でそれを見送っ た。陛下とはどうやらうまくいってるみたい。やっぱり行動することが大事よね。私もミ ゲル様に夜這いしちゃおっかな~★
でもダメよ。私は籠の鳥。告白を禁じられた身としては、影から愛を伝えるしかないの。 私は憧れの先輩を見つめる乙女のように、木の陰からこっそりミゲル様を見つめた。 彼は訓練所近くの水道で、バシャバシャと顔を洗っている。私はすかさず寄っていき、「M.R」とイニシャルを縫い込んだタ オルを差し出した。
「ミゲル様、どうぞ」
彼は眼鏡がなくてよく見えないのか、ずいっと顔を近づけ、私の顔を覗き込んだ。あん... ...眼鏡をかけていないミゲル様も素敵だわ。ハアハアし出した私に、ミゲル様が眉を寄せ る。
「おまえか......」
「そうですわ、ミゲル様。リリアにおはようのキスを、ふべっ」
ミゲル様は私を押しのけ、タオルを受け取り顔を拭う。私はどきどきしながら尋ねた。
「ねえ、ミゲル様のお宅ってどちらにありますの?」
「教えない」
「あん、そんなこと言わないで」
「来る気だろう、うちに」
「何をおっしゃるの? 私は籠の鳥。ミゲル様のうちになんか行けませんわ」
瞳を潤ませた私に、ミゲル様がため息を漏らした。
「......王宮で会えるんだから、家など知る必要はないだろう」
あん、ミゲル様がデレたわ。デレ期到来ってやつかしら。私への愛に目覚めたのかもね。
ニヤニヤしていたら、彼が手をつきだしてきた。
「なんでもいいが、眼鏡を返せ」
私はミゲル様に眼鏡を渡し、なおも問いを重ねる。 「ミゲル様って、どれくらい目がお悪いの?」
「おまえの姿がぼやけるくらいだ」
「これくらいなら見えますか?」
私はミゲル様に身を寄せた。整った顔が間近にあって、切れ長の瞳と視線が合う。ぁん... ... イケメン! 私は彼の唇めざし、自分の唇をつきだした。もう少し、もう少しで届きそう......! ミゲル様が私の肩と腕を掴み、足を引っ掛け地面に倒した。
「ぐはっ!」
「さっさと後宮に戻れ」
ミゲル様はタオルを首に引っ掛け去っていく。私は地面に倒れたまま歯噛みした。あぁん、 ミゲル様ってば立場を気にしてるのかしら。側室になってから全然縛り付けてくれないわ。 彼が私を縛るのは愛の証なのに。 欲求不満が爆発しそうなの。こうなったら自炊するしかないわよね? 自室に戻った私は、マージに頼んで羊皮紙とインクを持ってきてもらった。羽ペンにイン クをつけて、ミゲル様と私の恋物語(妄想)を思いのままにつづる。
「ふう、こんなものかしら」
あれから三日間毎日書いていたら、文章は 10 万字に達した。すごいわ。私、小説の才能が あるかもしれない。あるいはミゲル様に対する思いが強いのかも。 イラストが書けたら冊子にできるのにな★宮廷画家に頼んだら描いてもらえるかしら? 私は画家を探すべく、部屋を出て美術室へ向かった。美術室には国宝や、王族の肖像画が 並んでいる。室内に入った私は、ユージーンがリンゴをデッサンをしている姿を目にした。私は、彼 女の手元を見下ろして感心する。
「あなた、絵がうまいわね」
「そうですか? 昔習っていただけですが」
ユージーンの筆致は淀みない。絵が上手い人って素敵よね。りんごなんて描いてないで、もっと面白いものを描けばい いのに。そうだ、ユージーンにイラストを頼んでみようかしら。
「ねえ、ユージーン。人間は描ける? 例えばラウル様とか」
「ええ、多分」
ユージーンは頷いて、ラウルを描き出した。まあっ、ものすごく似てるわ。
「ミゲル様は?」
「あまり観察したことがなくて......」
つまり、ラウル様は観察しまくってるのね。そりゃあそうか。恋仲なんだもの。
「ちょっぴり過激な絵は? 描ける?」
私の言葉に、ユージーンが赤くなった。
「そ、そんなの描けません」
「陛下に毎晩愛されてるんでしょ?」
「り、リリアさん、そんな風に言わないで......恥ずかしいです」
恥ずかしがるユージーン、可愛いわ。初日から夜這いをしかけた陛下の気持ちが、ちょっ とわかるかも。
「私がミゲル様に縛り付けられてる絵がいいのよ。難しいかしら?」
ユージーンは赤くなりつつ、ササッと絵を描きあげた。縛り付けられた私を、ミゲル様が見下ろす構図だ。全体的に耽美な雰囲気が漂っている。
「いいじゃない! 素敵だわ」
へえ、ユージーンには私がこう見えてるのね。すごい美人じゃないの。私はイラストを手 にうっとりする。
「素敵......さすが毎晩陛下に愛されてるだけあるわね」
「や、やめてくださいっ」
ユージーンは耳を塞ぐ。げへへ。もっと恥ずかしがらせてあげようかしら。私はユージー ンの耳元に囁きかけた。
「陛下はどんな風にあなたを愛するのかしら。目隠しとかするの?」
「り、リリアさんっ......」
ユージーンが恥ずかしそうに目を伏せる。あ、これはやってるわね、目隠しプレイ。私は ユージーンの首筋に指を這わせた。彼女がびくっと震える。
「ふふ、ユージーン可愛い。首が弱いの?」
「あ、やっ」
首筋を撫でるたび、ユージーンがびくびく震えた。私は女の子には興味ないけど、なんか 変な気分になってきたわ......。ミゲル様への渇望ゆえに、新しい扉を開いちゃったのかし ら? ユージーンが涙目になった頃、ラウルがひょこっと顔を出した。
「何してるの? 二人とも」
「へ、陛下」
ユージーンは慌てて私のそばを離れ、ラウルの後ろに隠れた。あん、つい最近まで私の後 ろに隠れてたのにい。親友を取られた気分だわ。ラウルはユージーンの頭を撫でながら私 を睨む。
「ちょっとリリア。ユージーンをいじめないでよ」
「いじめてるのは陛下じゃありませんの。純情なユージーンに目隠しプレイを......」
「リリアさんっ!」
ユージーンは慌ててラウルの背中を押す。
「行きましょう、陛下」
「なに? 気になるな」
「なんでもないですから!」
「顔真っ赤だよ、ユージーン」
ラウルとユージーンはいちゃいちゃしながら歩いていく。
「いいなぁ......」
二人を見送っていたら、つい本音が漏れてしまう。本当は妄想じゃなく、ミゲル様に直接 目隠しされたり縛られたりしたいのに。──違った。手を繋いだりお話ししたりしたいの に。私はイラストを抱きしめ嘆息した。
「道ならぬ恋って辛いわ......」
この気持ちを解消するには、創作に消化するのが一番よね。羊皮紙を広げて執筆していた ら、メイドが紅茶を運んできた。彼女は積まれた羊皮紙を見て、不思議そうに尋ねる。
「リリア様、それは?」
「え? ああ、私が書いた小説よ」
「えっ、リリア様、小説を書かれるんですか?」
「まあ、書いたのは初めてだけど」
彼女は冊子をめくっていたが、挿絵ページに到達すると、真っ赤になった。
「リリア、様、これって」
「ふふ。少し大人な小説なの。あなたには早いかしら?」
私は髪をかきあげ、いい女風に答えた。侍女は挿絵ページを指さし、おずおずと尋ねる。
「あの、この方、騎士団長のミゲル様......ですよね?」
「ええ」
私はため息を漏らし、指を組み合わせて顎を乗せた。
「道ならぬ恋よ。こうやって形にするしか行き場がないの......」
「そうなんですね」
侍女が神妙な顔で頷く。ふふ、恋を創作意欲に昇華した私。大人よね。
「わ、私、応援します、お二人のこと」
「ありがとう。あなた、名前は?」
「マージです」
彼女は冊子を胸に抱き、上目遣いでこちらを見た。
「お借りしてもいいでしょうか。お部屋でゆっくり読みたいのですが......」
「いいわよ。一部しかないから、扱いに気をつけてね」
私は余裕の笑みを浮かべ、彼女に冊子を貸した。




