愛され側室な日々★2
その夜、私は自室でミゲル様へのラブレターを書いていた。思いを告げるなと言われた けれど、差出人の名前を書かずにおけば、誰からのものかわからないでしょう? ふふっ。 鼻歌を歌いながら封をしていたら、ノックの音が聞こえた。はあい、と返事をして戸を
開けたら、侍女が立っている。一礼した彼女に「どうかした?」と尋ねる。
「陛下が今から訪ねたいと仰せです」
まあ、ラウル様が来るの!?
やだ、私、甘く求められちゃうのかしら? ミゲル様への愛を綴ったばかりなのに......。 とりあえずこの手紙はしまって、っと......。手紙を引き出しに入れ、ドキドキしながら待 っていたら、ノックの音が聞こえた。
「はい」
「入っていい?」
ラウル様キター! どうぞ、と言うと、ラウル様が室内に入ってくる。薄い夜着から覗い
た鎖骨がセクシーだわ。彼はさらりと金髪を揺らした。
「ごめんね、突然来て」
「いいえ、私は陛下の側室ですもの」
ラウル様はベッドに腰掛け、ドアの近くに立っていた私を手招いた。私はラウル様に近 寄っていき、隣に座る。彼は私の髪を梳いて、綺麗な髪だね、と囁いた。これはキスの流 れだわ。そしてその先は......あん。いわずもがなよね。
私は腹をくくって眼を閉じる。仕方がないわ。初めてはミゲル様だと決めていたけれど ......。にしても、一体どんな風に愛されるのかしら。
私はラウル様にタイで縛り付けられ、ベッドに押し倒される。
「ラウル様、あんっ、だめえ。私には好きなひとがいるの」
「君はもう僕のものだよ、リリア......君に新しい縛りあとをつけるのは僕だ」
「ああーん!」
そして二人は夜の海を漂うのよ......。
「ぐへへ」
妄想を終え、よだれを拭う私に、ラウル様が話しかけてくる。
「あのさ、僕、ユージーンに嫌われてるみたいなんだよね」
「え、ユージーン? そうかしら?」
なんだ、ユージーンの話? 私を抱きに来たんじゃないのね。ラウル様はとうに私の髪から手を離している。よかったような、残念なような。
にしてもユージーンが陛下を嫌ってるって本当かしら? 確かに嫌いって言ってたけど、 それは嫌よ嫌よもなんとやらではないのかしら。イケメンが嫌いな女子はいないもの。し かも権力者だし。
「そう。まあ、皇妃になって喜ぶタイプじゃないってわかってるんだけどさ」
ラウル様は肘をついてため息を漏らした。長いまつげが頬に影を落としている。あぁん、 イケメンの憂い顔ってステキ。
「初日、夜這いしたら泣かれてさ。次の日部屋に行こうとしたら鍵かけられてたし」
後宮にきたばかりの日に夜這い? さすがTL小説のヒーロー、手が早いわね。
「身体ばかり求められているようで不安なんじゃないかしら?」
「そうなの?」
「私はいつでもウェルカムですけど、ぐふ」
「特殊なんだね、リリアは」
そうかしら。でもユージーンが私と真逆のタイプなのは確かよね。彼女はきっと、気持ちを大事にする子だと思うもの。原作ではユージーンは出てこない。陛下は私を溺愛し、 側室は迎えないのだ。考えてみれば、いろいろと変更点があるみたいね。ラウルは困った ように首を傾げる。
「どうしたらいいかわからなくて。女の子に嫌がられたことないから」
自慢に聞こえるけれど、事実だろう。イケメンの上に皇帝だものね。ここは(TL 小説を 読んだ数が)経験豊富な私が提案しなくっちゃ。
「まずは仲良くなることが大事ですわ、陛下」
「仲良く?」
「明日、ユージーンとお茶をする約束をしてるんですの。陛下も一緒にいかが?」
「僕がいたら嫌がらないかな」
ラウルは不安そうな目で私を見る。ふふっ。恋してるのね、陛下ったら。私は微笑まし い気持ちで答える。
「大丈夫ですわ。私が先にユージーンとお茶をしますから、さりげなく来てください」
翌日、私はユージーンを誘って庭へ向かった。陽の光が差す美しい庭園は、お茶をする にはうってつけだ。私と共に歩くユージーンは、嬉しそうに庭を眺める。
「ありがとう、リリア様。ここのところ気がめいっていたから、お誘い嬉しいわ」
「私も退屈していたから」
それにしても気がめいっていたって、もしかして陛下のことかしら。あの方が聞いたらすっごくへこみそうね。しばらく歩くと、バラ園の向こうにある真っ白な東屋が見えてく る。そこにラウルの姿を認めて、ユージーンがびくりと身体を震わせた。ラウルは私たち に気づいて、こちらに歩いてきた。ユージーンは青ざめ、素早く踵を返す。
「わ、私、用事が」
「ユージーン」
ラウルの声に、ユージーンがびくりと立ち止まる。ラウルは穏やかに声をかけた。
「何にもしないよ。リリアがいるんだし」
ユージーンは戸惑い気味にこちらを見た。私は大丈夫、というように頷いてみせる。
「ユージーン、とりあえず座りましょうよ」
東屋にたどり着いて促すと、彼女はおずおずと椅子に腰掛けた。侍女がお茶を運んできて、茶会が始まったけれど、会話は弾まなかった。ユージーンは硬い顔で俯いているし、 ラウルは他人に気を使ったことなんかない。結局そのお茶会では、私ばかりが話していた。 お茶会がおひらきになると、ユージーンは素早くその場をあとにする。私はユージーンを 追い、話しかけた。
「ねえユージーン、待って」
ユージーンは立ち止まってこちらを振り向き、硬い声で尋ねる。
「リリアさん、あなた陛下が来ると知ってたの?」 「ええ......陛下はあなたと話したいそうよ」
「私は、話しすことなんかないわ」
この嫌いようはただごとじゃないわね。
「陛下に何か嫌なことでもされたの?」
「......いきなり、キスされました」
悲壮な表情でユージーンが放ったセリフに、私は目を瞬く。
「それだけ?」
「それだけって、私、びっくりして」
ユージーンは声を震わせた。引っ込み思案な乙女にとったら、夜這いされ、唇をうばわ れたのがよほどショックだったらしい。
「ユージーン、陛下はそれ以上を無理強いしたの?」
ユージーンはかぶりを振った。
「それならいいじゃない」
「よくないです、陛下は毎晩来るし。いつ鍵をこじあけられるかと思うと......」
怖いんです、とユージーンが言った。贅沢な悩みだわ......でも、彼女は TL 小説のヒロイ ンじゃない。しかも私とは違って、身も心も清らかな乙女なのよね。汲み取ってあげなく ちゃ。私は、彼女の肩にそっと触れた。
「自分の気持ちを、陛下にお話ししたらいいわ」
「でも、また、き、キスされたら」
「大丈夫。何かあれば私が助けに入るわ」
「本当、ですか?」
私は優しく微笑んだ。陛下、経験豊富な(TL 小説を読んだ数が)私がお助けしますわ!
その夜、陛下が私の部屋へやってきた。案の定私に何かをする気はないらしく、ユージ ーンの話ばかりする。
「それでユージーンがさ」
「だからユージンが......」
「はあ、ユージーンで......」
あああ、このままじゃユージーンがゲシュタルト崩壊しちゃうわ。私は陛下の台詞を遮った。
「陛下、ユージーンは陛下とお話したいそうですわよ」
その言葉に、彼が目を輝かせる。
「えっ、本当?」
「ええ。私がセッティングいたしますから、彼女とちゃんと向き合ってくださいませ」
「ありがとう! 君はなんていい人なんだ」
ラウルは私の手を握りしめ、上下に振った。ふふ、陛下ったらはしゃいじゃって。よっ ぽどユージーンのことがお好きなのね。それにしても私、ヒロインなのに恋のキューピッ ドになってしまってるじゃないの。まあ楽しいからいいけれど。
私はユージーンと陛下を引き合わせるべく、双方二時に庭園へ来るよう伝えた。お茶は 朝摘みのセイロン。お茶菓子はバターたっぷりのマドレーヌ。極上のアフタヌーンティー を飲めば、二人の舌はこの上なく滑らかになるはず。私はそれをこっそりと見守るってわ け。これもリリア・リヴァルとして初の友達のためよ。
ユージーンは緊張した面持ちで待っていたが、ラウルに気づくと慌てて立ち上がり、礼 をした。ラウルは目を瞬き、ユージーンの手前に腰掛ける。私は植え込みの影からそれを 覗き見ていた。
「何してるんだ?」
その声に振り向くと、いぶかし気な表情のミゲル様が立っていた。きゃん! 嬉しい遭遇 だけど、今はそれどころじゃないわ。私は指を唇に当て、「しっ」と囁いた。ミゲルは私の 肩越しに東屋のほうを見て、目を細める。
「あれは......ミゲル様とユージーンか」
私たちが見守っていることにも気づかず、ラウルとユージーンがお茶をし始める。
「ら、ラウル様、お砂糖はおいくつ?」
「ひとつ入れて」
「わかりました」
ぎこちないが、ユージーンはラウルと会話しようと努めていた。がんばれ、ユージーン。 私は拳を握って応援する。ミゲル様が小声で、「おまえは一体、こんなところで何をしてる んだ?」と尋ねてくる。
「二人が仲直りできるかどうか見守ってますの」
「そんなことをして、なんの得がある」
「あら、ミゲル様は得になることしかなさらないの?」
そう言ったら、ミゲル様が眉をよせた。私は言葉を続ける。
「ミゲル様のおっしゃった通り、陛下が部屋に来ましたの」
「......そうか」
「でも相談されただけで何もありませんでしたわ。陛下はユージーンにしか興味がないんです」
「おまえ、それでいいのか」
私はミゲル様を見上げ、にっこり笑った。
「私、ミゲル様一筋だもの♡」
「あのな......」
その時、ユージーンが口を開いた。
「あの、夜のこと、なんですけど」
おっ、来たわ。私はミゲル様に、静かにするよう目配せした。彼も興味があるのか、私 と共に耳を澄ます。ユージーンはたどたどしく、自分の思いを告げた。
「私、陛下みたいに慣れてなくて......まだ心の準備ができてないんです」
ユージーンが話すのを、ラウルはじっと聞いている。 「だから、もう少し待ってほしいんです」
ラウルは紅茶を一口飲んで、ぽつりと呟いた。
「......僕が嫌いだから、避けられてるんだと思った」 「混乱してるんです。わからなくて......なんで私が選ばれたのか」
「君は、僕がどんな人間でも妃になりたいって言っただろ」
ユージーンは動揺したように目を泳がせる。
「あれは、ラウル様が......挑発したから」
「嬉しかったんだ。他の子は誘われたらホイホイ寝そうな子ばっかりだったから」
「そ、そんな」
ラウルはユージーンの髪をさらりと持ち上げた。 「この髪も、珍しくて素敵だな、って思った。本当だよ」
ユージーンはかあ、と赤くなる。
「私......からかわれてるのかと」
「からかったりしないよ」
「だって、灰かぶり姫って」
「褒めたつもりだったんだ。シンデレラみたいに、僕の心を一瞬で掴んだ」
ユージーンはますます赤くなる。ラウル様ってばキザだわ~。さすが TL 小説のヒーロー ね。彼はユージーンを見つめ、真剣な声で尋ねた。
「君がいいって言うまで何もしない。それでいい?」
ユージーンが頷いた。ラウルはほっとして手を差し出す。
「手を握ってもいい?」
ユージーンはおずおずと頷き、彼に手を差し出した。ラウルは彼女の手を握りしめる。
私はほっこりした気分でそれを見ていた。なんだか世話焼きおばさんの気持ちがわかる。 おばさんじゃないけどね!
「よかったわ~」
しみじみと言う私に次いで、ミゲル様がつぶやく。 「......陛下がユージーンをあれほど気にいるとは」 「可愛いですもの、ユージーンは」
「おまえも黙っていればな」
「ぁん、やだわ。世界一可愛いだなんて」
私はくねくねと身を動かした。
「耳は大丈夫か」
ミゲル様は冷たく言ったあと、さりげない口調でこう続けた。
「まあ......世界一かはわからないが、白薔薇のように美しいのは確かだ」
その言葉にどくん、と心臓が鳴った。それは原作にある台詞だわ。ミゲル様は私をその 気にさせて、王宮へ誘うの......。それが私たちの悲恋の始まりよ。たとえ結ばれなくても、 ミゲル様は私のオンリーワン、オンリーラブよ。カップルを成立させたことだし、私にも 何かご褒美が欲しいわよね。
「ミゲル様......」
私は指を組み合わせ、んー、と唇を近づけた。ミゲル様が思い切り押しのけてくる。
「ぁん」
「まったく......いつになったらその発作は治るんだ」 「治りませんわ。これは恋の病だもの」
笑顔で答えたら、ミゲル様がため息を漏らした。