愛され転生ヒロインを目指せ★1
残念なヒロイン
金髪の美少年が、泣きながら私を指さして叫ぶ。
「あの子、おかしいよ! 普通じゃない!」
彼のパンツを握りしめながら、私は思ったの。そりゃあ普通じゃないわよ。だって私、この世界の人間じゃないもの。
ここは、私が死ぬ前に読んでいた TL 小説「白薔薇後宮物語 ~イケメン皇帝に愛されました~」の世界である。
TL 小説というのは、イケメンとの恋愛を描いたちょっとえっちな小説のこと。TL 小説は 非常に素晴らしいものだ。とにかく恋愛に奥手なヒロインが、なぜか出会 ったその日からイケメンに愛され、甘く囁かれちゃうのである。最高である。
私は常日頃からこの世界に行きたいと思っていた。その夢が叶ったのは今から十八年前。
生まれ変わる前、私はしがない OL をしていた。生まれてこのかた彼氏なしの干物女。良いことといえば茶柱が立ったのを見るくらいの残念な生活。 そんなある日、会社から帰った私は、いつものように高校時代のジャージを着て、TL 小説を読み ながらナッツを貪り食っていた。読んでいたのは一番のお気に入り、「白薔薇後宮物語」で ある。
ヒロインは伯爵令嬢、リリア・リヴァル。ひょんなことから皇帝の花嫁 候補となった彼女は、魅力的な男性たちに囲まれて快楽を知っていく。展開が進み、 ヒーローがエロいことをしだした際、私は興奮のあまり前のめりになった。
そしてその拍子に、食べていたピーナッツを喉につまらせてしまったのだ。 お陀仏。ちーん。 そして私は、「白薔薇後宮物語」の世界に生まれ変わった。
転生したのはまさにドンピシャ、「白薔薇後宮物語」 のヒロイン、リリア。ふわふわした銀色の髪、輝くアメジストの瞳。シミ一つ ない真っ白な肌。伯爵令嬢に生まれ変わった私は、見た目だけなら妖精のようだと言われ てきた。しかし、私の頭の中はほぼおっさんと同じだ。 イケメンとベタベタしたい。イケメンといやらしいことをしたい。脳内は年中発情期なの である。
私が住むリヴァル家の屋敷は、王都からは少し離れた牧草地帯にある。領地では羊や牛が 飼われ、辺りには年中めー、だのもー、だのいう声が響いている。いくら美女とはいえこ んな田舎の令嬢が皇帝に愛されてしまう。それどころか美貌の騎士にまで求愛されてしま う。まさにファンタジーよね。
いま、 私は自宅の書庫で本を読んでいる。はたから見れば美少女の読書タイムにしか見えないだ ろうが、私が読んでいるのはえっちなことに関する本だ。ちなみに原作のリリアも本好きだけど、猥本を読むシーンはない。 TL小説の主人公っていうのは、私と違って奥ゆかしい美少女が多いの。
「絶頂……エクスタシーが最大限に達した瞬間……」 いやらしい単語を調べて悦に入っていたその時。書庫の扉が開き、可愛らしい少女が入っ てきた。
「おねえさま、こんなところにいらしたの? おとうさまが呼んでらしたわよ」
あどけなくこちらを見上げるのは、今年七歳になる妹のシンディだ。私の妹だけあって将 来が楽しみな美少女である。シンディは私の読んでいる本を指差し、「何のご本を読んでる の?」と尋ねてきた。私は笑顔で答える。
「ふふ。閨の作法について書かれた本よ」
「ねや?」
「殿方を満足させるにはどうしたらいいか書かれてるの。げへへ」
私はよだれをぬぐい取って笑う。
シンディは、「よくわからないけどお姉様こわい」と言い ながら逃げ去った。私はリヴァル家では異質な存在だ。もともと現実世界に生きていたんだもの。この夢のような世界で浮いているのは仕方がないわよね。
リヴァル家は特に由緒があるわけでもなく、特別お金持ちなわけでもない。だけど私は見 染められるのだ。そう、皇帝の花嫁候補を探していた王宮護衛騎士、ミゲル・ランディ様 によって! 理由? ヒロインだからに決まってるじゃないの。
私は本を閉じ、書庫の窓へと視線を向ける。見えるのは牧草を食べる羊と牛のみ。のどか でいい景色だけど、ちょっと退屈。スコッツウェルズは、本当に何もない田舎だわ。
転生してから早 18 年。現代では干物女だった私は、ピチピチの乙女になった。窓ガラスに 映っているのは眩い銀髪とアメジストの瞳を持つ美少女。ハイスペイケメンに愛されるにふさわし いラグジュアリーガールなのだ。
「ミゲルさまあ、早く迎えにきてえ。身体があついのぉ」
私は自分の身体を抱きしめ、身をくねらせた。たしか、ミゲルさまが私を見初めるは 18 歳 の時に開かれる社交界だったはずだ。身をくねらせていたその時、父が書庫に入ってきた。
「リリア、ここにいたのか」
私は動きを止め、くるりと振り返った。
「お父様。なに? 私にご用事?」
「ああ。二週間後に社交界があるのだが......」
「イベントキター!」
興奮して叫ぶと、父はびくりと震えて身を引いた。
「だ、大丈夫か? いつもの発作か」
彼はおびえた表情で尋ねてくる。いつもの発作とは何かしら。私がイケメンといちゃつく妄想をしている時のことだろうか? 娘に対してとは思えぬ遠慮がちな声で、父は尋ねて くる。
「やはりやめておくか? 12歳の時以来、奇異な目で見られることも多いだろうし......」
そう、私は12歳の社交界デビューで、13歳の少年のパンツを脱がせたのである。ある 意味、あれが私の初体験ね。
「大丈夫ですわ、お父様。必ずミゲルさまの目にとまり、皇帝にあんなことやこんなこと をしていただくわ......」
うっとりと言う私に、父は訝しげな眼差しを向けていた。
そして二週間後。私は社交会場にやってきた。シャンデリアが照らす華やかなサロンに、 着飾った紳士淑女が集まっている。毎年社交界の時期になると、貴族たちはカントリー・ ハウスに移動する。
昼は乗馬、夜はパーティ。男女の駆け引きと、そのあとに待つめくる めくロマンス。まさに夢のような日々を過ごすのだ。昼はパソコンにかじりつき、夜はピ ーナッツとチューハイをかっ喰らっていた現代人時代とは雲泥の差である。 私が初めて社交界にやってきたのは 12 歳のとき。その時はすさまじい数の人間が私を取り 囲み、天使だ妖精だと褒め称えた。しかし、今はどうだろう。
誰も寄ってこなーい! 紳士も淑女も、遠巻きにこちらを見るだけだ。はっきり言って今日の私はめちゃんこ可愛 いというのに、いったいなぜ!? 銀の髪は緩くシニョンに結い上げられ、スパンコールを散らしたドレスは淡い水色。
首元 にはパールのネックレスがあしらわれている。今年流行の愛されグロスをつけたおかげで、 思わずキスしたくなる可愛い唇に仕上がっているし、いつイケメンにドレスを脱がされて もいいように、身体は念入りに洗ってきた。
もしかして、私が可愛すぎて寄ってこられないのかしら。きっとそうよ。みんな遠慮しちゃってるのんだわ。
じゃあこちらから近づいて行こうっと。そう思った私は、桃色のドレスを着た女の子に寄っていく。彼女はおどおどと辺りを 伺いながら、緊張したように身を縮めていた。灰色がかった髪に、同じく沈んだ色の瞳。 私に比べたら地味だが愛らしい子だ。
「こんにちは」
私は笑顔で彼女に話しかける。女の子は私を見るや、目を泳がせた。
「こ、こんにちは」
「そのドレス、とっても素敵ね」
「ありがとう」
褒められて嫌がる人間はいない。彼女は嬉しそうにはにかんだ。目当てのイケメンじゃな いけれど、社交界だし女の子の友達を作るのも悪くないわね。私、友達いないしね! そ う思っていたら、黒髪の女の子が寄ってきた。彼女は私を見て、つっと眉を上げる。
「ちょっとユージーン、この人が誰だか知ってるの?」
「え?」
「彼女は......」
黒髪の女の子に何事かを囁かれ、ユージーンが青くなった。先ほどまでの笑顔を引っ込め、 「じゃあ私はこれで」と言って、黒髪の女の子と共にそそくさと去っていく。えっ、なに? どうしたのかしら。気がつくと、私の周りだけぽっかりサークルができていた。人々が遠 巻きに私を伺い、ひそひそと話す。
「あれが悪霊憑きの令嬢か......そうは見えないが」
「いや、確からしいぞ。若く麗しい男を見ると、奇声をあげて飛びかかるそうだ」
「あんなに美しいのに不憫なことね......」
実際の会話はこうだったが、私の脳内ではこう変換されていた。
「あれがリリア嬢か......」
「なんと美しい。今すぐ押し倒したい」
「ふん、おまえなど相手にされないぞ」
「なんだとっ、おまえこそ鏡を見ることだな!」
そしてイケメンたちが取っ組み合って私を求めるの......。 やだもう、モテる女って辛いのね! つり合いなんて気にしなくていいから早くイケメンが 寄ってこないかなぁ。私が近づくと、モーセの奇跡みたいに人が避けるから、こちらから イケメンを探すのが難しい。きっとみんなこの美貌に恐れをなしてるんだわ。美しすぎる って罪なのね☆
仕方ない。とりあえず腹でも満たそうか。私は食べ物が並べられたテーブルへ視線を向け た。あら、ピーナッツ。最後の一皿ね。ピーナッツのせいで死んだ私だが、相変わらず目 がないの。 チューハイがないのが残念だけど、シャンパンでも結構イケるのよね。
ピーナッツの皿に 手を伸ばすと、誰かと手が触れ合った。 私は視線を動かし、その人物と視線を合わせた。額にかかる黒髪と、黒曜石のような切れ 長の瞳。端正な顔立ちを縁取る眼鏡。徽章のたくさんついた騎士服。彼は──ミゲル・ラ ンディ様だ!
ミゲル様はふっと視線をそらし、「失礼」と手を引いた。その拍子に、黒髪がはらりと落ち て額を覆う。
ギャー、イケメン! 私は息を荒くして、ミゲル様を見つめた。彼は怪訝な顔で私を見返す。
「顔が赤いが......熱でも?」
大きな手を伸ばし、自然な動作で私の額に触れる。──はうっ!感電したかのような衝撃 が走った直後、私はミゲル様にしがみついていた。なんだかものすごく甘い匂いがする。 イケメンっていい香りがするのね~。マーキングする熊のごとく、たくましい身体に自分の身体を擦り付ける。
「ミゲルさまあ~ハアハア、いいにおい」
「は、離せ......っ、なんだこの力は」
ミゲル様は真っ青になって私を押しのけようとする。やん、照れちゃってかわいい☆私はますます興奮して、ミゲル様の腰に抱き着いた。そんな私を見て、周囲がざわめ きだす。
「悪霊だ!」
「発作だ、リリア嬢が例の発作を!」
私は喧騒をよそに、息を荒げつつミゲル様にすり寄る。ミゲル様は私の肩に手をかけ──思い切り膝打ちをした。
「がっ」
私は頭を揺らし、そのまま昏倒した。