3 妹の代わりに学校へⅢ
あんな悪戯みたいな文章にだれが付き合うというのだろうか。
その問いかけに応えてやる、オレだ。
オレは夕焼けのオレンジと黒に代わる寂しい時間に屋上へ向かっていた。
さすがにみふゆ宛てに用があるなら応えてあげるし、悪戯であるのならオレが注意すればいい、そう思い上に向かう階段を上がる。
一緒に帰ろうといってくれた朝の子たちには申し訳ないが。
ゆっくりと屋上の扉を開ける。
そこに待っていたのはーー。
「みふゆちゃん!」
にっこりと笑うふわふわ笑顔が待っていた。
俺たちと同じぐらいの年のはずが、ちょっと幼く見える。
ちょっと明るい茶色の髪を小さく結び、前髪には子供用のような猫のヘアピンが着けられていた。
ーあれ? あのヘアピンどこかで見たことがあるような…?
何かを思い出しそうになったが、それよりも先に考えてしまう。
…こいつが、あのよくわからない手紙を入れたやつなのか?
その疑問は彼女の言葉で肯定された。
「呼び出しちゃってごめんね! 久しぶりにみふゆちゃん学校来たって聞いて居ても立っても居られなくって!」
「えっと、やっぱりあなたが…手紙を?」
「そうだよ! みふゆちゃんがケータイ持ってたらメールしたんだけど、解約したって聞いたから。」
たしかに妹の体調に影響がないようにと入院にあたって携帯電話は止めてしまったんだった。この子、そのあたりの話も知ってるってことはみふゆと顔見知りってことか。
あんな文章だったけど、告白みたいな空気…ってちょっと待って。
オレは今みふゆとしてここにいるわけだが…彼女もしかして…百合ってやつか!?
思っていたのと違い頭が混乱してしまう。
「それで…あの…そのね!」
彼女が顔を赤らめる。だめだ、それ以上は茨の道だぞ!!
オレが止めようと口を開けるがすでに遅く。
彼女の口からその言葉が紡がれた。
「みふゆちゃん…お願い!! もう一度、貴大さんとの仲を取り持って!!」
彼女の口から出た言葉は思っていたものとは違いっていた。
な、なんだ…みふゆへの告白じゃなくって、好きな人とのキューピットになれと
そういう話だったのか、まったくドキドキして損したぜ。
でも、こんな可愛い子から好きって思われてる貴大ってやつがうらやましいな。
「良かった、告白じゃなくって…って、え?」
貴大?…はて、どこかで聞いた名前のような?
「ってオレのことじゃねーか!!」
「きゃっ!?」
大声で突っ込みを入れてしまい、彼女が驚いたように声を上げる。
「あ、ご、ごめんね」
俺は混乱する頭で必死に考える。なんでこの子オレの事を!?
そもそも初対面だよなっ…
えっと、こんな時どう答えればいいんだ!? OKを出したらオレは自分の恋を応援しなくちゃいけないのか、わけがわからない。
その時彼女がじーーっとオレの事を見て言った。
「貴大…さん?」
「ふぇ!?」
や、やばいバレた!?
「や、やっぱり貴大さんだ え、えぇ! なんでぇー!!??」
彼女が真っ赤な顔をして目をグルグルと回す。
「ち、ちがっ!?」
「ち、違うわけないですよ! 私が貴大さんを見間違えるわけないですもん!!」
な、なんだその理屈は!? でも、両親さえ騙すことのできた入れ替わりをこうもあっさりと見破るとは一体彼女は何者だよ!?
「落ち着いて、え、えっと!?」
落ち着かせようと彼女の名前を呼ぼうとするが、彼女の名前なんてわからないぞ…
その様子に彼女がぴたりと落ち着く。
「もしかして…私のこと…わ、わからないです?」
彼女の言葉にゆっくりと頷き肯定する。そのしぐさに彼女の目はうるうると潤んでいく。うん、これやらかしちゃった。
「そ、そんなぁーーーー!! うえぇーーーん!!!」
彼女の涙は滝のごとく、その瞳から零れ落ちる。
うわぁ、オレ女の子の涙には弱いんだよ!!
「な、泣かないで、えっと!?」
「”りの”は莉乃だもん!! うえぇーーーーーん!!!」
泣きながら自己紹介をする、そうか莉乃ちゃんっていうのか……莉乃?
莉乃と名乗った彼女、その泣き顔と猫のヘアピンを見て俺はようやく気が付いた。
「お、お前、莉乃か!?」
「ふ、ふぇ……思い出したの? ”お兄ちゃん”」
ー莉乃。 有栖川 莉乃
彼女はオレのもう一人の妹ともいえる、幼馴染だ。思い出すもなにも忘れたことはない、彼女はずっと昔小さいころに引っ越しをしてそれっきりになってしまった女の子。まさかみふゆと同じ学校に通っていたとは…。
「久しぶりだな…莉乃。」
「う、うん…じゃなかった、はい!」
彼女は目頭に涙を溜めながら満面の笑みでほほ笑む。
その笑顔に幼いころの彼女と被り、そしてぴったりと重なった。
*
「それにしても、どうして貴大さんが…?」
ようやく落ち着いて話ができるようになったころ、彼女はしごく当たり前の質問をする。その質問に俺は包み隠さず話す。
「そんな、みふゆちゃんが…」
みふゆが寝たきりで意識不明になってしまったことに顔を青くする莉乃。
「それで、オレが代わりに学校にきたんだが…」
「っ!?」
聞いちゃいけないんだろうと俺は軽く言葉を濁すと
オレの言葉に彼女が察してくれたようで、莉乃は顔を赤くして慌てて手と首をブンブンと振る。
「ご、ごめんなさい、まさか本人だとは思わなくて!わ、忘れてくださいっ!!」
「いや、しかしだな…」
「わ・す・れ・て・く・だ・さ・い!」
「は、はい。」
彼女の有無を言わせぬ言葉にオレはうなずくしかなかった。
「そ、それにしても…あんな文章だと全然伝わらないと思うぞ!」
オレは話題を変えるように彼女に手紙のことを話す。
「えぇ! 正直に書いたんですけど!?」
莉乃は不服そうに頬を膨らます。
「だって、なんだよ願いが叶うって…痛いやつみたいじゃん。」
「願いが叶う?」
莉乃が首を傾げる。なんのことかわかっていないようなので彼女の手紙を取り出す。
「ほら、ここ最後の文章ーー。」
「こ、これ、私のじゃないです…」
え・・・?
俺は再度その手紙を見直す。
『放課後、屋上へ来てください。そうすれば、あなたの願いが叶いますーー。』
「え、だってこれ机に入ってたぞ…?」
「わ、私が入れたのは下駄箱なんですけど…」
一体どういうことだ・・・。
その時、夕日が完全に沈み。あたりを夜が包み込む。
その瞬間。 足元がまばゆく光りだした。
「な、なんだ!?」
「え、え!? これなんですか!?」
辺り一帯を包み込む光は屋上を大きく囲むように広がる。
そしてついにその姿が形をなした。
それは屋上に描かれた巨大な魔法陣だった。
「貴大さん…こわい!」
「くっ…莉乃!!」
オレは必死に莉乃を抱きしめる、もうみふゆのように大事なものを無くさない為に。
彼女のぬくもりを感じながら、オレの意識はスーッと遠くなっていった…。
そして光が収まると屋上には人影は一切なくなっていたのだった。