63 三つ巴の勝利条件
今年も終わるらしいので、更新
船倉は薄暗く、潮と腐った臭いが充満していた。思わず顔をしかめる。
『戦闘狂の坊やには珍しい。よかったのかい?戦うチャンスだろう』↵
「俺たちが来た目的は殺すことじゃないだろ。お前のよく分からんリクエストの品を探すことだ。あのブラフ、多分引っかかるぞ」
誰がゲリラ戦なんてやりたいものか。
今回に限っては、殺人は手段であって、目的ではないのだから。……楽しくなって突っ込んだのは認めるが。
「で、お前が探してる物が何か、いい加減教えてくれてもバチは当たらんだろ」
『坊や、記憶力には自信があるかい?さて、なんだったか。覚えているような、覚えていないような』↵
「冗談でもキツイぞ」
正体も分からないものを探せってか?ただでさえ、探し物は苦手なんだ。
『忘却癖があるのは君と同じだよ、坊や。まあ、そのうち思い出すさ』↲
「そうかよ、っと。まあそりゃ船倉にも当然いるよな」
暗視スキル越しに何人かと目が合う。荷下ろし担当のNPCか?なんともまあ、酷い格好なもんで。
「何も言わない?変だな、このゲームのNPCはお喋りだと思ってたんだが」
もう一度顔の上に表示されるアイコンを見直す。確かにNPC。いや、だが。彼らのいる場所は……檻の中。その顔はどれも生気がなく、絶望しているのだろう。
「まさかこの船の[商品]か」
『勘の鋭い坊や。おそらくはそうだろう。奴隷解放でもして英雄になるかい?』↵
「何を期待してるのやら。見られた以上、殺すしかないだろ」
その瞬間、背後から凄まじく嫌な予感を感じ、振り返る。反応したのは間違いなく危機感知。勘に従って避ければ、立っていたところを投げナイフが通り抜ける。なーるほど、なるほど。そりゃ、奴隷がいるなら護衛もいるか。
「出て来いよ。言っとくが俺はNPCだろうと容赦なく殺すぞ」
「その謳い文句で出てくるような輩はいないだろう」
「なんだ、護衛は喋れるじゃないか」
上等、上等。やはり喋れるやつを殺さなきゃつまらない。殺人はあくまでも手段だが、しかし手段を楽しんじゃいけないとは言ってない。これはゲームだ。楽しまなくちゃ勿体ない。
『呆れた坊や。それでよくワタシに文句を言えたものだ』↵
虚空切真如の鯉口を切る。
「【逆月】」
漏れた月光が遅れて剣閃を空に描き、金属同士のぶつかる激しい音と共に掻き消える。暗視越しにも見えないはずなのに、何故だか護衛の驚く顔がよく見える。
「それじゃ、せいぜい楽しもうか」
同時刻 甲板
ツキハという台風が通り過ぎた後の甲板は静かなものだった。なにせあの首狩りがどっから襲い掛かってくるかも分からない。
マーガリンたちNPC勢力も、Masqueradeも迂闊には動けない。
ツキハの予想通り、ブラフは効果的に機能していた。
もっとも、それはつい一分前の話であり、
「——そういう訳で、おそらく首狩りは来ないだろう。彼にも目的があるからね」
「つまり、ブラフだと」
「ああ。彼、なかなかに賢い。自分の価値を客観的に理解している人間ってのはそう多くないんだけどね」
『コック』はとうの昔に見破っており、今はただ次の一手を思案しているだけに過ぎなかった。
「ふむ、ケネット君、侵入してから何分経ったかな?」
「ええっと、五分程度かと」
「思ったより時間をかけ過ぎてる、か。やれやれ、予定通りとはいかないね」
『コック』は何かを思案しながら、NPCをその大きな包丁で切り伏せる。
ツキハが見えたときには天啓とすら思ったものだったが、アレは天災の類と言って違いない。良いも悪いも同時に運んでくるのだから。
「君たち、タイムリミットは覚えてるね?」
「衛兵の到着です」
「よろしい」
同時刻にパトラの街中ではNPC殺人がかつてない規模で起こっていた。
そのほとんどはMasqueradeによって引き起こされたものである。ここまで派手に戦闘を行って尚、到着する気配がないのならば、攪乱としては上々だろう。
「多少引き伸ばしてはいるだろうが、それもあと十分が限度だ。引き際を見誤らないように」
そう言いながら、『コック』は自らの調理器具のひとつを取り出した。
「じゃ、各員作戦開始」
同時刻 甲板先端付近
「多分、アレはお兄ちゃんのブラフですね」
「やっぱり。ツキハくんああいうの好きだからねぇ」
やはりこちらでもブラフであることはバレていた。
「で、どうするんですか。このままだと衛兵が到着するかジリ貧で負けてお釈迦になるのがオチですけど」
「んーそこを考えるのが妹ちゃんの仕事じゃないの?」
「頭が多くて困りはしないですから。まあ、そうですね……私たちの勝利条件から逆算しますか」
「勝利条件?」
「密輸品の輸送、つまりは荷下ろしの完了。もしくはお兄ちゃんを含め侵入者全員の排除。どっちかの達成でこの楽しい戦場からおさらばできます」
「簡単に言ってくれちゃって~」
「ねえ、貴方たち」
ボヤくマーガリンを無視して、ユイは自分の前に立つNPCに話しかける。
「なんでしょう姉御!」
「積み下ろしの状況ってどうなってますか?」
「さっきまでは順調に運んでいたんですが、なにやら侵入者が来たとかで止まってまして……」
「ツキハくんね」
マーガリンとユイは思わずため息を吐いた。どうやら、彼の目的はあの辺りにあったらしい。
「他の場所はどうなんですか?」
「地上の冒険者との交戦中とのことで」
「妹ちゃん、どこから片付けるつもり?」
考えたのはほんの一瞬だった。
「マーガリン、地上の敵の排除をお願いします。その間、こちらは私たちでどうにかします」
「最後にツキハくん、だね」
「はい」
各々の行動は決まり、再び船上の戦いは胎動し始める。
見てくださった方、感想をくれた方、ブクマしてくれた方、ありがとうございます。正直スキル関連とか設定とかほとんど忘れてるので、来年もゆっくり更新していけたらなと思ってます




