62 三つ巴
なんのやる気もおきないので更新…
夜。
往来の少ないパトラ三番港に一隻の船が音も無く入港した。
「これが密輸船ですか」
「ええ。俺らのシノギです」
別大陸の技術で作られたという大きく平たいガレオン船へとマーガリンとユイは乗り込んだ。
「護衛ってこの船を守ればいいの~?」
「そうです姉御!積み下ろしの最中に別の組から襲撃があるもんで……」
「確かに量が量だもんねぇ」
偽装された積み荷が次々と降ろされていく。
とはいえ、何かが襲撃してくるような様子はなく、20%ほどの荷下ろしが終わった。
「暇だねぇ」
「ほんとです。こんなことならお兄ちゃんのためにレベリングしたほうが効率的ですよ」
「それはどうだろうねぇ。私の勘だとそろそろなんだけど」
ニヤリと意味深にマーガリンは笑う。その時だった。
「……おい、どうした?」
NPCのひとり、彼女たちの下僕三号が焦ったように通信魔法の先へ叫び出した。
「どうしたんですか」
「姉御、なんか変です。下の倉庫から連絡が途絶えました」
「へぇ」
「貴方の勘、悪いのだけ当たりますよね」
直後、船尾の扉が吹き飛んだ。
「うん、作戦成功かな」
濃密な血の匂いと共に、仮面を付けた男たちは船の下から現れた。
「『コック』、NPCどもが逃げてますね」
「殺そう。通報でもされたら面倒だ」
返答は魔法をもって行われた。
密輸船から蜘蛛の子散らすように逃げていたNPCたちが、次々と撃ち抜かれていく。それでも逃げおおせた者も、地上からの侵入班に殺されていく。
「で、護衛のプレイヤーがいるはずなんだけど」
ぞろぞろと甲板へとMasqueradeの面々は歩き出す。
その遥か頭上。マストの上にマーガリンはぶら下がっていた。
「はじめるよ」
ただ、短く。それだけを告げ、マーガリンは猟銃を構える。
マーガリンの右眼がにわかに熱を帯びて青白く輝いた。アイアンサイトの上に幾つかの紋章が浮かび上がり、ターゲットを探すようにクルクルと回って一直線に連なった。
絞り出すように、マーガリンは息を吐く。
「【射殺すは隻眼の狩人】」
詠唱。そして、Masqueradeの中でも特に大柄な男 ──『コック』目掛け引き金を引いた。
銃声は一発のみだった。
弓のようなクリティカルがあるわけでも、魔法のように属性攻撃なわけでもなく。されど音速に迫るこの世界において最も速い鉄塊が男の脳髄をぐちゃぐちゃに潰す。
……はずだった。
肉を潰す音は鳴らなかった。代わりに甲高い金属音が鳴り響き、ついでざわめきが船上に伝播する。
「うっそ〜?」
「弾をたたき落とすのはPKなら出来て当然の技能でしょう?」
『コック』と呼ばれた男はニンマリと笑いながら、大きな中華包丁を振り上げていた。
マーガリンは半信半疑ながらに理解する。男が、あの中華包丁で弾をはじき落としたのだと。
「全員建物の下へ。頭上に狙撃手です」
男たちは走り出す。だが、三歩歩いた瞬間、床から火が迫り上がる。
「【カバラ#2-3】」
多数のNPCを連れ、ユイが現れた。
「『コック』!こりゃ数秘術だ!」
「数秘術…実在してましたか」
「迂闊に動くなよ!数秘術は基本設置技だ」
数秘術が流行らないのは設置というひと手間が必要な割に射程が短いのが理由だ。特にPvPが主なβ鯖においては特に使い勝手が悪いのだ。
だが、こと防衛戦においては──無類の強さを発揮する。
「【ファイアボール】」
「姉御!」
ユイへと迫る火球は、しかし当たる前にNPCが盾となり防いだ。
まるで姫だとマーガリンは笑って、自分に飛んできた雷撃を躱した。
ジリジリとMasquerade達は追い詰められていく。我慢のできない者から狙撃と数秘術を喰らってポリゴンへと変わり果てた。
マストにぶら下がったまま、マーガリンは内心勝ちを確信した。ここから逆転されるのはほとんど有り得ない。
「なるほど、僕たちは巣に誘い込まれたんだね」
素直に『コック』と呼ばれる男は認めた。初手を見誤ったのだと。
「『コック』!後方からもう一名近づいてきます!」
その言葉を聞いて、ニンマリと『コック』は笑った。そして、ゆっくりと中華包丁をユイへ向ける。
「けれど、君たちにもひとつ誤算があったね」
「妹ちゃん早くその場から──」
ユイが首を傾げる。誤算、その意味を推し量ろうとした瞬間。
その首目掛け、闇から太刀が姿を顕にした。
「【逆月】」
「アレか、密輸船」
『戦闘狂の坊や。興が乗り過ぎたね。遅刻だ』↲
「うるさいやい!」
眼前に三番港が迫っていた。あの平たく大きな船が噂の密輸船なのだろう。
だが、妙だ。積荷は中途半端に放置されていて他に下ろしている様子はなく、船上から時折火柱や雷光が見え隠れする。
先客がいる。そう判断し、鯉口を切る。
「【風】よ」
風を纏い、積荷を使って飛び上がる。
瞬間、見た。十人程度のPK…仮面からして領主のヤツらと、マーガリン。そして、ユイの姿を。
ほんの一瞬だけ、混乱した。何故、ユイがここにいる?何故、マーガリンと組んでいる?何故、PKをしている?無数の疑問が、頭を埋め尽くす。
……ああだけれど。思考は機械的に殺しへと切り替わる。どうでもいい。そんなことより、殺したい。戦いたい。俺が握っているのは、殺人道具だろう?
『坊や。君は天才だよ』↲
そんな狐のボヤキさえ聞こえず。
コンマ数秒を引き伸ばすスローモーションのような時間の中で、考えたのは誰から殺すかだった。
マーガリンは遠い。領主の奴らにはもう視認されている。なら、答えはひとつ。
酷く冷たい思考の中で、合理的にユイを選ぶ。
弱いから近いからという以上に、あの女と真正面から戦う馬鹿らしさを知っているが故に。
酸素を求めて最低限の息を吸う。そして、甲板のデッキへと乗りながら、未だに気付かぬ妹の首目掛け刀を抜いた。
「【逆月】」
けれど、銀の刃がASの補正に従って滑ってユイの首を切り裂く寸前、何かが刀を迎撃した。
「やっほ、ツキハくん」
マーガリンだ。どうやらすんでのところでククリ刀片手に割り込んだらしい。
「ね、組まない?」
最低限の文字数で紡がれる共闘の誘いに、笑顔を返し、即座に踏み込んだ。
「まるで獣だね」
「……!」
思考するより速く、身体が真横から叩きつけられた中華包丁を迎撃し、即座に蹴り上げる。……重い。鉄塊でも蹴ったか?
『獣臭い坊や。気を付けたまえ、あの男は少しおかしい』↲
見れば分かることを言うなよ狐。興が削がれるだろ。
「領主んとこの幹部か」
「お初にお目にかかるよ首狩りくん。α鯖出身『コック』だ。今はそう名乗っている」
「へぇ他鯖の。嫌な笑い方をするね」
「はは、よく言われるよ」
数度、切り結ぶ。重く、速い。だがそれだけじゃない。見た目通りのパワータイプに見せかけてコイツ、変態的な技量の持ち主だ。
あの巨大な中華包丁で叩き潰さず、俺を切り分けようとするくらいには。
「噂通りの強さだ。しかし、合理的で獣みたいだね」
「獣、獣ね。だとすりゃなんだ?」
「うん?獣は、料理しなきゃだろう?」
『コック』は眉ひとつ動かさない。それが、まるで当然のことみたいに首を傾げる。
「しっかりイカれてるぜ、お前」
だが、嫌いじゃない。
「【カバラ#4-3】」
真上から氷塊が降り注ぎ、俺と『コック』は引き下がる。
舌打ちと共にNPCに隠れるユイを見れば、爛々と楽しげに俺を見ていた。
目が語る。今からお前も殺してやる、と。
揺れる魔法灯の下、俺は状況を理解する。
「あぁ三つ巴になったか」
『無謀な坊や。この状況、相当厄介だが君はどう解決するんだい?』↲
ひどく愉しげに、狐は笑う。
片や、今最も勢いのあるPK集団。片や、防衛と遠距離戦のエキスパート。
「はは、あとは無謀にも刀一本で乗り込んだバカが一人、か」
俺も笑う。濃密な殺し合いの匂いに酔うように。
甲板を、ゆっくりと歩く。目指す先は、船尾の方向。
視線が集まるのを感じる。そりゃあそうだろう。なにせ一人だ。殺すなら、俺からに決まってる。
わかるよ。俺も今すぐ突っ込んで殺したいさ。
だけど今じゃない。出来るだけ長く殺し合えるようにしなきゃいけない。
「生憎、必要なのは勝利なもんでね」
「なら一人で突入したのは失敗じゃない?」
「いいや、正解だ。【飄風】」
突き刺した虚空切真如を中心に風が吹き荒れる。
無論これだけじゃ船の甲板は貫けない。それでも木屑くらいは舞い上がる。どうせお前らは牽制し合って動けないだろ?
そのまま船尾からMasqueradeの連中が現れた穴へと飛び込んだ。
「ここからはゲリラ戦って、ね」
前回からそうですがちょっと実験的な書き方してみてます。おもんなそうだったら感想ください。ツキハの一人称のみにするんで。(そうじゃなくても感想は歓迎ですけど)
三つ巴みたいなバトル形式、書いたことがないので手探りっす




