60 パトラにて
「冷静に考えたら俺アトフィックのルート知らないんだよなー」
「愚かな坊や。なんで君はこうも抜けているのかね』↲
「うるさいな」
Wikiを見る。どうやら、アトフィックこと海は西に行けばあるらしい。
「というか。これ、外せないの?」
『文盲な坊や。クエストの画面に書いてあったはずだろう』↲
いや、お祭りのお面みたいな感じなると思ってたよ。
「んだコイツ。変なお面被ってるが、刀持ってるっつうことは首狩りのファンボか?」
そして面倒な輩に絡まれる、と。お面以外いつもと変わらないんだが、こいつら皆人を顔で判断してんの???
「あー、あーマイクテストマイクテスト。【風】よ。じゃあ死んでくれ」
【逆月】。侮った一人を踏み込んだ抜刀で吹き飛ばし、そのままコンボを繋げて【桜花】へ。
この辺では珍しくも無い短剣使いを間合いの暴力で苛めていく。やはりこの瞬間が一番気持ちいいな。
『苛烈な坊や。やはり君は性格が悪いね』↲
「何とでも言え」
「?は、通話しながら斬りやがって!」
通話してる訳じゃないんだが。まあ、いいか。間合いを維持するように見せかけて相手の反撃の瞬間、【死線突き】。速やかにPKは爆発四散する。ナムアビダブツ!なんてね。僕は忍者じゃないけど
『物騒な坊や。意外とヤれるようだね。安心したよ』↲
「ああそうかい。じゃあ、行くとしよう」
延々と続く草原から、西の山へと歩き出す。
海は意外と遠いのだ。
「ふむ……なんだって?」
「いえ、ですから海に行きましょうよ」
「それが分からないと言っているんだが」
イマイチ覚えられない名前ことクラン『masquerade』のクランルームでデクレストは素っ頓狂な声を上げていた。雨久が見ようものなら、腹を抱えて笑ったことだろう。
「今シークレットイベントが発生してるんですよ、パトラで」
「ほう?」
「運営が何を考えてるのかは分かりませんが、密輸船が大陸外のアイテムを大量に輸入してるようで。どうやらパトラのNPCがひっそりと話題にしてるとの話です」
「なるほど、確かに大陸外のアイテムが集まるのなら、資金調達から強力な武器の入手まで容易かもしれない」
「それに海で遊びたいですし!」
「リアルの海に行けばいいと思うがねぇ」
「流石に十月間近の海は寒いですって。俺たちGOFやり過ぎて今年海行かなかったし」
「ふむ、毎年の間違いじゃあないのかね?」
……
「まさか空気が凍りつくほどとは思わなかった。よし、では諸君、海へと行くとしよう」
降参降参。そういう感じでデクレストは手を上げ叩いた。
そうして、クランハウスから、悲しい男たちの雄たけびが響き渡る。
……彼らがβ鯖にいる女プレイヤーがまともでないという事実に気が付くのは、これから数時間のことであった。
「で、たどり着いた訳だが」
嫌味な日差しにこんにちは。全身に纏わりつく湿った潮風が更に気分を悪くする。
暑い。めちゃくちゃ暑い。しかもお面がマスクみたいに蒸れて最悪である。
『湿度の高い坊や。正直ワタシもこの暑さには辟易しているんだ』↲
ああそうかい。なら外させてくれないかね。
『不貞腐れた坊や。しかし君はいつもより襲撃が少なかったと喜んでいただろう』↲
「それはそれ、これはこれだ。おかげさまでβ鯖の人間が顔しか見てないことがよくわかったよ。俺含めてバカばっかだろ」
文句を言っても仕方あるまい。賄賂を忘れず、ゲートを潜って街へと入った。
パトラの街並みを端的に言い表すなら、スペイン風というのが正解だろうか。海辺に広がる青と白のタイルに、石造りの建造物群。バカみたいに陽気なサンバ風のBGMは普段やっている殺伐としたMMOと同じゲーム内なのかと疑いたくなるほどである。
「転移門はさて、どこなんですかねっと」
Wikiを頼りに街を進んでいく。情緒も初見の感想もへったくれも無いが、もとより観光に来た訳ではないのだ。
しかし、人が多いな。見える数でいえば、最初の街よりもずっと多いだろう。それも装備や風貌からして、観光客やらエンジョイ勢と呼ばれる人種である。
「最近草原が寂しいなと思ったらこんな場所にいた訳ね」
そりゃあそうだろう。納得である。
しかし、出店で肉やらを買って歩いてる人間の幸福な顔はなんか妙にムカつくな。
『可哀そうな坊や。注意したまえよ、衛兵の数は他の街よりもずっと多い』↲
「そりゃそうか。治安は気にしてるよな」
言われて見渡せば、視界に見えるだけで、1、2、3……6はいるな。大通りなのもあるだろうが、それにしても過剰なほどだ。
「というか狐、お前意外と周り見てるんだな」
『甘いね坊や。ワタシは今、君の目なのだよ?四つ目になったつもりで安心したまえ』↲
「そりゃ心強い」
屋台立ち並ぶ大通りを、そうして俺たち一人と一個は進んでいく。
「ん?砂浜は街の中にあるわけじゃないのか」
海辺まで出てみれば、漁船が立ち並んでいた。
どうやら、さっさと走り抜けたアトフィックにあったらしい。
「なるほど、道理でβ鯖にPKを集めたがってた訳だ」
そりゃビーチで狩りが始まるなんてたまったもんじゃないだろう。
そうこうする間に、転移門が見えてきた。ここの奴は碧色の石で出来ているようで、なかなかに景観にあっていた。アクティベート。これでいつでも来れるようになった。
「そこのお兄さん!うちで一杯飲んでいかないかい?」
なるほど、こういうところも観光の街らしい。
「生憎と飲めなくて……いや、連れて行って貰おうか」
情報収集という意味ならば、酒場は一番とファンタジーでは決まっている。
「へへ、安くしておくぜ?」
『坊や。ワタシが顔の上しか覆ってなくてよかったね』↲
覆ってなかったらもっとよかったんだがな。
そうして、おそらく名前も無いであろうモブ顔のNPCに連れられ、大通りから少し外れた酒場へと歩いて行く。
着いたのは、些か大衆酒場というにはこじんまりとした、小さなものだった。酒場というよりも個人経営のバー呼ぶのが正解だろうか。
「らっしゃい!兄ちゃん随分と変なお面を付けているようだけど、冒険者かい?」
気のいい腹の出た中年男性が出迎えてくれた店内は、やはりというべきか。薄汚れた隠れ家バーというべきものだった。
『坊や。薄汚れた隠れ家はただの汚くて狭い店だと思うよ』↲
言ってやるなよ。
「兄ちゃんどうした?」
「ん、ああ失礼。指摘の通り俺は冒険者だ。ちょっと連絡が来ていてね」
「おお、そうかい。冒険者はへんてこな魔法でやりとりするからねぇ。大丈夫かい?」
「問題ない。一杯オススメを頼む」
「へぇ。ちょいとお待ちを」
カウンターへと座ると、すぐに店主はカクテルを造り始めた。気が付けば、客引きの男はいなくなっている。
「なあ、あんたここら辺に住んで長いのか?」
「まぁ生まれたときから住んでますんでねぇ。この街は俺の庭みたいなもんですよガハハハッ」
陽気に男は笑った。シャカシャカと、シェイカーの音が僅かに流れるクラシックをかき消してしまう。本来のバーテンダーが見たら雑な仕事だと苛立つのだろうか。
「それは頼もしいな。んじゃひとつ質問なんだが……ここいらに不審な船が来るって情報はあったりしないか?」
ピタリと、男のシェイカーを振る手が止まる。
「手が止まって「あんた、その情報どっから仕入れたんだい?」
その目を俺は知っている。外道、アウトロー、あるいは人殺しの己と同じ目。
「さて。俺が答える道理はないからな」
一閃。果物ナイフが面の手前を通り過ぎた。
「兄ちゃん、ちょっかい掛ける相手は選んだ方がいいぜ?ここは俺たちのシマだ」
『下手くそな坊や。いきなり刺激するなんて君は交渉事が苦手だねぇ』↲
何とでも言えばいいさ。それに、こちらの方が俺の得意分野だ。
「知らんよ、そんなことは。俺にとって重要なのは密輸船が来るのかどうか。それだけだ」
「どっから情報持ってきたか聞いてんだよ俺はァ!」
男が怒鳴る。だが、子供が喚くような弱々しいものである。
「おっさん、ひとつ教えてやるよ」
果物ナイフの刃を掴み、自分の喉へと近づける。
「冒険者を脅すのなら、ただ怒鳴り散らかすなんてのは無意味だ。こうするんだよ、こうやって―—」
そのまま、喉へと果実ナイフを押し当てる。ぐちゃりと音がして、痛みと熱が、脳を刺激する。
ゆっくりと、ゆっくりと刃が沈み、半分ほど埋まった辺りで中年の男は悲鳴を上げ、果実ナイフを手放した。
「く、狂ってる!!なんなんだお前は!」
「ひどいな、俺の知り合いはもっとおかしな人間ばっかだぞ?」
少なくとも、高田馬場はもっとひどいやり方をするだろう。
「おい旦那!大丈夫か⁉」
そこに、先ほどの客引きの男が現れた。困惑している様子なのは、果実ナイフを俺に押し当てているはずの中年男性が悲鳴をあげて腰を抜かしているからだろうか。
「た、助けてくれぇ!」
「と、とりあえず旦那から離れやがれ!」
丸腰のまま、客引きの男は俺へと突っ込んでくる。いや、斬られているのは俺なんだが。
仕方ないので鞘ごと刀を引き抜いてぶっ叩く。うむ、NPCは脆いが死んではいないようだ。
「さて、と。それじゃあ、今度は僕の質問だ」
ゆっくりと、虚空切真如を抜いて突き付ける。ここで少しだけ刃を当てるのがミソ。
「君たちのシマとやら、それから密輸船が来る時刻と場所を教えて貰おうか」
それから、口だけは笑顔を忘れずに。
『……恐ろしい坊や』↲
筆が乗ったことにします。あ、感想、ブクマ、ポイントとか色々ありがとうございます。クリスマスに心当たりのない伸び方してて怖くなったんですけど、何から来たひとなんですかアレ




