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少年は刀一本でPKになる  作者: 鳩乃蕃茄
妹の属性には気をつけよう
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57 蝸角之争

ログアウトボタンを押せたのはおそらく奇跡だっただろう。

ヘッドセットを外すことすら叶わず、私は叫んでいた。

痛い。熱い。兄に斬られた上半身全てが焼ける様に痛い。

この数年間死体のように活動を停止していた人体がキャパシティを超えた痛みに耐えかね悲鳴を上げている。

堪らずベッドで吐いた。

ナノマシンが異常を検知し、医者に伝える。

あと数分もすれば、この家に医者が飛んでくるだろう。もしかすれば自殺と考え救急車も呼ばれるかもしれない。

パチパチの脳内に電気が流れた。無論それは比喩などではなく、痛覚を紛らわせるためにナノマシンから放出された電気信号だ。

同時にシャットダウンするように落とされ薄れゆく意識の中、私は医者にどう説明するか、それからレベリングをどうするかを考えていた。


───


「おいツキハ!流石に今のは酷いだろ!もうちょっとやり方っつぅか、こう、オブラートにやる方法があるだろーがよ!」

「お前ら美人には甘いよな。殺すけど」

「そら美人さんには優しくした方が得だしな。殺すけど」

「んでお前らが何か文句を言う権利は?」

「ねえなぁ!!仕方ねぇわ。ありゃお前の言う通りこの鯖の洗礼だからな」


コイツらの手首は大丈夫か?


「んで。お前ら結局何しに来たんだ?まさか警備のためとか言わんだろうな」

「そりゃお前とあの女の子の関係を教えてもらおうと……」


鯉口を切る。殺そう。聞かれる前にちゃっちゃとこいつら全員殺せば解決だ。

俺が刀を抜けば全員にクランだから、なんて拘束は存在しなくなるだろう。

俺たちはPKなのだ。

剣を抜けば爽やかに殺し合い、必要なら手を取り一緒に殺す。いやはや何とも素晴らしい絆である。


「クククそう煽れば刀を抜くのは分かってら!」

「バカが最初からそれ狙いだ!」


チクリと背中に感じる信号の直後、背後からいつの間にか姿を消した二人が突っ込んでくる。相変わらず【危機感知】君は優秀だな。

すぐさましゃがみ込み、奇襲を躱してバックステップで距離を取る。


「しょっぼい頭脳戦だな!絶対意味ないだろコレ」

「うるせいやいお前のその派手な太刀の性能を見せるか俺のダガーの錆になれや!」


今見える合計は3人。なるほどめんどくさい。

ゆっくり虚空切真如を抜き、正眼に構える。


「【風】よ」


狙うは我らがメンバーヘンゼル雄一。

どうやって?そんなの決まっているだろう。真っ直ぐ突っ込んで、他もついでに殺すだけだ。


「やっぱツキハは最高だ。クラン仲間だからつって手加減も躊躇もしねぇ。そうだ、人殺しはこうでなくちゃならね──」

「【死線突き】」


御託を並べ始めた瞬間、間合いを詰める。

【風】と【死線突き】の併用によって、他からはまるで瞬間移動に近しく見えただろう。

だがヘンゼル雄一もまた、ふざけた名前とは裏腹にあの妨害戦を生き残ったメンバーであり。あっさりと、俺の剣をダガーをクロスさせて受け流していた。


「ほら、な?」

「遺言は済んだか?」

「モチのロン。お前は?」

「必要ないな」


虚空切真如を引き、そのリーチを活かしながら瞬時に数度、切り結ぶ。

直後、三方向同時にASが飛んでくるが、それを【飄風】で吹き飛ばしキャンセル。

僅かばかりこちらの方が短い硬直を利用し、【落椿】で右の野郎の首を撥ね飛ばす。

そのまま死体を蹴飛ばし包囲網を抜け、再び距離を取った。


「……」

「……」

「……」


無言。もはや軽口は全員が全身全霊を賭け殺し合う場に必要無い。

ふっと力を抜くように息を吐いた瞬間、ヘンゼル雄一が飛び出した。

速い。AGI特化型では無いと本人が語っていたが、それでも何らかのスキルの効果なのか、とても速く()()()

やがて射程圏内に入ったのか、ヘンゼル雄一はダガーを濃い蒼に輝かせた。

納刀。太刀用抜刀スキル【逆月】を撃つタイミングを合わせ──


その瞬間、ゾッとするような寒気が全身を包んだ。考えるまでも無い、【危機感知】だ。

間違えた。これはミスだ。

あのヘンゼル雄一は囮。本命は【隠伏】でヘンゼル雄一の背後に隠れた芝5。

何よりも。ここまで探って尚、感知した新たな二人の場所が分からない!!ああ、クソ最悪だ。

どちらにせよ眼前の二択はどちらを処理しても致命傷は免れないのがクソゲーだ。

熱を持った脳で極限まで思考を加速させる。

コンボは残り3、ダメだ。

抜刀は既に始まっている。もうあと一コンマで発動し、ヘンゼル雄一を切って芝5に致命傷を喰らい、未だに姿の見えない二人の追い打ちをまんまと貰う。

──では、正解は?


「はぁ!?」


ヘンゼル雄一が変な声を出したのも当然だろう。何せ、俺が刀から手を離し、スライディングを始めたのだから。

当然手を離したのだからASはキャンセルされ、ヘンゼル雄一のタガーは空を切る。そして続いて振り下ろされる芝5の剣目掛け、左腕で引き抜いた鞘をぶつけて対抗する。

ほんの一瞬の拮抗を経て、すぐさま鞘を再び左に流し地面に叩きつけそのまま杖の要領で立ち上がる。

芝5はおそらく剣に重心を預けていたのだろう。支点が無くなったことでコンマ数秒だけぐらりと、しかし確実重心が崩れた。

そんな大きな隙を逃がすはずがない。立ち膝のまま、抜刀。


「【逆月】」


芝5を見えない二人が殺しにくるより速く切り捨てる。

直後、硬直後のヘンゼル雄一のダガーが俺に刺さった。

ひき肉にされるのとは違う、久々に感じた鋭いタガーの痛み。

すぐさま立ち上がって【アサルトキック】で牽制する。


「お前、前より動けるようになってるじゃねぇか。最近何してんだ?」

「なに、ちょっとした修行だ。お前らだって前じゃ考えられないくらいコンビネーションバッチリじゃねぇか。詰んだと思ったぞ」

「なぁに、ちょっとした練習ってやつだ。こっちが本気で殺しに来てるのにあの状況を抜けるバカが居るとは思わなかったがな」


互いにヘラりと笑う。額から冷や汗を流し余裕の無い者たち特有の笑顔だ。

ああ、楽しい。痛みを嗤い殺し合う瞬間は本当に愉しい。生きているのだと実感する。

仲間だから殺し合わない理由など無いと、ここにいるPKはみな言い切るだろう。

間違いない。ここが、俺の居場所だ。


「当然やるよな?」

「ったりめえだ。お前こそ逃げるなよ?」


残りHPは93%。ASじゃなかったのが幸いだろう。

抜いた虚空切真如はそのままに、今度は下段で突っ込んだ。




……けれど結果論でいえば。


「ツキハ、お前の強さは強引に一対一を作りあげる力だ」


その問答自体が罠であり、その選択肢はおそらく数ある中でも最悪だった。


「そのおかげでお前は一対多数でも生存できる」


走り出した俺の肩に鉛玉が当たり、肉を抉った。遅れて銃声が鳴る。

間違いなくマーガリンの狙撃だろう。


「ならどうするか?悩んだ。俺たちゃPKはプライドと狂気で生きる連中だ。一対一をやりたくてたまらない生き物だ」


けれど俺は気にしない。後で対処すればいいと決め、殺されるよりも速く講釈たれるヘンゼル雄一の首を断つべく最短最速で殺せる【落椿】を発動。


「だがまあ、お前を一度殺してみせたらそんなプライドより楽しいだろ?チェックメイト、後ろだ」

「【クインテッド・サーカス・アーツ】!」


聞きなれた声が聞こえる。

後ろ、違う真上か!!

【落椿】を発動した俺の真上から、突如プレイヤーが現れた。

いや、ワイヤーと【隠伏】を合わせて待っていたのか。

その名は我らが高田馬場。なるほど、完璧なメンバーだ。

故にと俺の心せせら嗤った。この精鋭を攻略したのならどれだけ楽しいのだろうと。

だから考える。全力で、勝つ方法を。脳が壊れるほど速く!!!!

【クインテッド・サーカス・アーツ】。確かワイヤーとダガーを合わせた空中補正付きの4連撃ASだったか。

空中故の対処の難しさと、補正が合わさった高倍率のダメージ。文句無しの強スキルだ。

対して【落椿】は純粋な単発ASだ。方向はある程度自由に決められ、太刀という打刀よりもパワーに寄った武器のASなだけあって威力倍率も相応に高い。少なくとも高田馬場程度の軽装備であれば、9割は削れるだろう。

けれど今重要なのは融通が効くという点だ。

ところで、ASのキャンセルは硬直の発生自体が通常と比べおおよそ0.2秒遅い。これは例の鎧との試行錯誤で気がついたことなのでまあ、知ってる人はそう多くないだろう。では、この隙間に他のアクションスキルを差し込んだらどうなるだろうか?

答えを教えよう。真紅に輝き今にも空振りしそうなASを放つ虚空切真如を離すことによって。


「は?」

「…【サマーソルト】」


硬直と硬直の、ほんの僅かな空白を縫うように蹴術のASを挟み込む。

身体は意識とは関係無く中空目掛け跳ね上がった。俺はギリギリで落下する虚空切真如を掴む。

天高く蹴り上げられた青く光るブーツの鉄底と紫のエフェクトに覆われたダガーがぶつかり、激しく火花散らす。

ここだ。終了間際の【サマーソルト】を慣性に逆らわせ意図的にキャンセル。そして空中、それも逆さまになりながら俺は差し込むように【落椿】をもう一度、発動した。


「【落椿】」

「なんだお前。狂ってんだろ」

「笑えよ、高田馬場」


再び真紅に輝く刀身が、紫の双刃が、空中で激突した。

その音は、存外澄んでいて綺麗だった。



「あー無理だこれ!おいヘンゼル!終わりだ終わり!コイツ強すぎて勝てねぇよ」

「今殺しゃいいだろ。こいつ寝転がってるぞ」

「んなことしたらつまらねぇだろ。それに今から殺しても負けだ負け」

「あーもう動けないから無理だ。高田馬場一人で限界だな」

「嘘つけ今もサラッと刀手放さねぇじゃねえか。はーお前のあれ教えろよな。絶対俺たちも強くなれるやつだからよ」

「いいぜ。じゃ、とりあえず講習料百万な」

「やっぱ今すぐ殺すか」

「で、だ。結局あの美少女は誰だったんだ?」


ムクリとヘンゼル雄一は立ち上がり、俺を覗き込んだ。

この男、懲りてないらしい。……めんどくさいな。


「あー俺の親友だ。あ、男だぞ男。そういう性癖だ。ちなみにあのキャラクリ、5時間掛かってるらしい」

「ちぇっ男かよ。男が作ったにはして所々の少女らしさ?っつうのか空気感?とにかくそこら辺のクオリティ高いから女かと思ったんだがな。まあ男ならいいか」


コイツ妙なところで鋭くてキモイな。


「ま、どちらにせよお前みたいな性欲丸出し野郎は男とも付き合えないんだがな」

「んだと高田馬場ァ!いや、うん。間違ってはないな」


なんだコイツ。

……結局いつも通りの時間が過ぎていく。

風見は姿を見せなかったが距離が距離故だろう。そう考え俺も起き上がり、追いかけるように街へと歩き出す。

さて、レベリングでもしようか。



────


「へーで、ツユちゃんだっけ?いい加減その杖下ろしてくれない?」

「お兄ちゃ……ツキハさんに銃を向ける人から下ろす理由ありますか?」


不思議な光景だった。

明らかな初期装備の少女が、ユニーク装備を着たそれなりに高レベルのプレイヤーに杖を押し付けている。

そのプレイヤーが上げた手に猟銃を持っているのも違和感を加速させているだろう。

まるで倒錯的なおままごとのようであり。

だが、その二人にそんなメルヘンな雰囲気は無く。ただただ険悪だった。


「で、何が目的なの?」

「今後ツキハさんに銃を向けないこと」

「私が貴方に従う理由無いよ?」


マーガリンと呼ばれたプレイヤーは無造作に猟銃を投げた。

少女が最も警戒していたのが猟銃だったのもあり、視線が猟銃の軌道を追いかける。

気がつけば立場は逆転していた。

つぅと少女の首から血が流れた。

一瞬の間にマーガリンが蛇のように迫り、ナイフを突きつけていた。


「ね?」

「…っ」

「私は知りたいわ。あなたが何故ツキハ君に執着するのかを」

「……私の、兄だから。ただ一人の家族だから」


少女の絞り出すような声が風見にだけは聞こえた。


「わぁお。遥くん、妹いたんだ。君、お兄ちゃんに似てまともじゃないよね!」

「お前お兄ちゃんと知り合いなの!?」


風見は笑った。いや沸点がぶっ飛んで笑わざる負えなくなったというべきか。

けれど冷静になって今度は本当に面白くなって笑いが零れた。

(こんな面白い妹抱えてたなんて遥くんも隅に置けないなぁ)


「ね、こんなことしないでさ、表立ってお兄ちゃん守れるようにならない?」

「……え?」

「私があなたのレベリング手伝ってあげる。大雑把にしか教えられないツキハくんよりもずっと速く効率的に強くなれるよ?」

「…でも私はお兄ちゃんと居たい」

「けれど彼は強い人以外に興味は無い。ねえ、ツユちゃん。あなた彼の隣で戦いたくない?」


まるで悪魔の囁きだ。いや実際は善意の囁きなのだが構図が悪い。


「教えて」

「言い方ってあるでしょう?」

「……っ。教えて、ください」

「よろしい。これから私が師匠よ。よろしく弟子一号ちゃん?」


それから誰に見られることも無く。

二人は山へと、消えていった。

なんか書けたので投稿。

最後は別に百合が書きたくなった訳じゃないです多分。


あ、今更ですがアイデアを送っていただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新待ってましたぁぁぁぁ 今回も楽しく読ませてもらいました。 感謝。
[一言] 面白い! 更新頑張ってください!
2022/06/02 14:53 万年竹を食べた人
感想一覧
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