44 装備更新と銘
ログイン。いつも通り始まりの街の宿屋で目を覚ますと早速フレンドリストを開くが…
「あの野郎こんな時に限ってログインしてないのか」
話をしようと思っていた高田馬場はログインしていなかった。
まあ仕方ない、チャットに軽く書き込んで適当に街でもうろつくか。
そんな訳でほとんど来たことの無い南東のブロックに来たのだが、ここら辺は鍛治が盛んならしい。
そこかしこから響く槌の音や怒鳴り声に歓声と騒がしく、いつも入り浸っている静かな師匠の道場と同じ街なのかさえ疑ってしまう。
なんとなく来たは良いが何を買うか…
「お客さん!お客さん!うちの武具見てかない?」
「いや俺はこれがあれば十分だからな」
赤髪の男性キャラが客引きしているが要らないものはしょうがない。
「え、刀〜!?いい趣味してるねぇ!」
……客引きだよな?
「お、おう」
「え、というかお兄さんその服ボロボロじゃん!うちの店服の修理もやってるからさ、寄ってかない?いや寄ってこう!!ほらほら早く!」
「いやあの」
必死に抵抗するがズルズルと引っ張られ目の前の小さな店の中に投げ込まれた。
店は見た目の割に広く、インテリアやNPCの服はオシャレでセンスに溢れるいいデザイン。正直驚いた。
「いい店でしょ?頑張ったんですよ」
「ああ。すごいな」
「それじゃ脱いじゃってねー」
「いや男の前とはいえさすがに恥ずかしいんだが」
「いいからいいからそれを言うなら僕だって野郎の裸なんて見たくないですし」
「それもそうか」
「あ、それで納得するの?」
メニューを開き、和服を渡す。
着る服が無いがとりあえず最初の服でも着てればいいだろう。
「あ、これ借りパクとかされないか?」
「しないっすよ〜。こちとら信用商売ですからね。それにお兄さんとかやろうもんなら速攻で晒すでしょ?」
「そりゃまあな」
「それに仮に借りパクしても36時間は元の持ち主が仮保有扱いになるんでいつでも取り戻されちゃうんですよ」
「考えてるなあ…」
「それじゃあ早速直すんで適当に服でも着て座っててくださいな。あ、料金は分割払いなんで一部先に貰います」
「了解」
それなりのゴールドを渡し、そこまで座り心地の良くない椅子で待つ。
「あーそういえばお兄さんβ鯖の攻略組(笑)壊滅したらしいですね。なんか匿名の暴露で大荒れして内ゲバの末…らしいですよ」
!?それは嬉しくもあり悲しくもあるな。
「そ、そりゃ難儀な世の中だ」
「ですよ……いやそれなんか使い方間違えてません?」
「…………」
「んーお兄さんお兄さん」
「ん?」
「お兄さんもしかしてPKじゃない?」
「…何故?」
「例えばこの切り傷の受け方。明らかにこれ、モンスターと戦っても出来ない傷の付き方ですよ?」
「それで俺がPKだったとして?」
「……僕の友達、PKに殺されてショックでやめちゃったんですよ」
「殺しに来るのか?」
空気が変わる。先程までの緩い空気は既に無く、張り詰めた糸のような緊張した空気が流れ……
「いやーまあ別にどうもしないですよ」
「えぇ…?」
「だってここはβ鯖。力が支配するPKの聖地ですし」
え、今β鯖ってそんな物騒な呼ばれ方してるの…?怖い。
「それにこんな鯖に未だにいる職人職なんて物好きか情弱かバカかPKだけです。
と、まあこんな感じで別に気にしてないしむしろその刀といいこの和服といいまさか本物の『首狩り』を見られて満足ですよ」
「そうですかい」
「それはさておき、はい出来ましたよ!とりあえず耐久値、回復しました。後払い分の600ゴールドお願いします」
「はいよっと」
「ありがとうございましたー。あ、ついでに防具買いません?」
「いや重くなるから要らんが」
「まあ普通ならそうなんですけどうちのやつは普通の鎧じゃあないんです。これを見てください」
メニューから取り出したのは革製であろう脛当て、膝当て、そして籠手だった。
《指抜き籠手》(P)
VIT+15 クリティカル率+1%
プレイヤーメイドの籠手。使いやすさを優先して指抜きになっているがその分防御も少し下がっている。
《革の脛当て》(P)
VIT+20 クリティカル率+2%
プレイヤーメイドの脛当て。使用者が蹴ることを前提にしているため、一部には鉄が使われ蹴りの威力を上げている。また膝当てと被らないようにするが故、防御範囲は小さくなっている。
《革の膝当て》(P)
VIT+10 クリティカル率+1%
プレイヤーメイドの膝当て。使用者が蹴ることを前提に作られているため、前面に鉄が使われ蹴りの威力を上げている。
「これは…」
「我ながら結構いい品だと思うんですよ。キリングラビーとブラックベアの革を合わせて作ってるんでかなり強度も高いですし、キリングラビーの素材でクリティカルも上がってます。
さら、に!膝当てと脛当ての一部には鉄鉱石で板も仕込んでます。どうです?」
「試しにつけてみてもいいか?」
「どうぞ〜」
メニューから選び装備する。途端にずっしりとした防具の重みがクる。
試しに走り回るが脛当てと膝当てが重なって可動域を下げないようにかなり調整されていていいな。
さて、指抜きとはいえ、籠手を装備した状態で満足に刀を振れるか…。
抜刀。離れた場所で試しに振り回してみる。
「どうでした?」
「んー籠手は要らないかな。あると腕が重い」
「てことは足は?」
「まだ分からないけど可動域を狭めることも無いし買わせてもらいますわ」
「毎度アリー!合わせて4000ゴールドです」
「はいよっと」
痛い出費だがキリングラビーの素材はクリティカル弓編成の必須素材で高騰しているため安い方だろう。
「装備してきます?」
「慣れる為にそうするよ」
「ではでは今後ともご贔屓にどうぞー」
「ありがとなー」
さて、爺さんの所にでも向かうか!
━━━━━━━
相変わらず入り組んだ道を抜けると先程の街とはまた少し違う静かな、だけど力強い槌の音と鉄と焦げた匂いが漂ってくる。
「おっす爺さん元気してた?」
「ああ?若造か。そりゃわしはまだ死なんよ」
「そうかい。あ、刀のメンテ頼みたい」
「……こりゃまた相当使い込んだな」
「ちょっとダンジョンでな」
「ふーむできるだけいい状態にはしてやるがどう頑張っても持ってあと1回の戦闘が限界だろう」
「どうにかならないか?」
「ならねぇなこれは。定命…要するに運命だ」
そういうものなのだろうか
「だが…物事は受け継がれていくものだ」
「ん?」
「この刀に銘を刻む」
「銘を…刻む?それだけなのか?」
「そうだ。いいか、この世界において名前とはとても大きな意味と力を持つ。
名付けられたものはたとえ神の魂でさえその性質を縛られる。
そしてそれは別の使い方も出来る」
「刀に銘刻むと縛るのか?」
「厳密には違う。万物いかなるものであっても使い古せば魂が宿る。そして銘を刻むという儀式を行うことによってその魂は存在を決定される」
「つまり?」
「例え刀が折れようとも魂が無事な限り他の刀に移すことで使用者のクセや柄の握り具合といった部分が元の刀と同じになる。メタ的に言うとだがな。やるか?」
「そりゃ凄い!頼む」
メッタメタの解説だったが助かった。
魂が云々は難しくてよく分からんがまあ必要な事だったのだろう。
「銘は…数多の死を最後を【真実】と仮定しそれを見てきた刀。ふむ…『真如』とするか」
「あそんな深い感じでやるのか」
「そりゃな」
「完成だ」
〈打刀・真如〉
激しい戦闘により使い込まれた打刀。数多の死を見てきた刀はそれを真実の姿とした。
たとえ折れようとも主に付き従うだろう。
渡された刀は既に銘が見えないが柄の中…茎という部位に刻んだらしい。というかフレーバーテキストまで変わってる。
「凄いな」
「それでついでに稽古してくんだろう?行くぞ」
「あ、ハイ」
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「甘い!そんなヤワなカウンター当たると思うな!」
【流水】は使用せず手首を使って力をズラしカウンターを振るがあっさりと躱されついでにアドバイスまでされる。
「う、る、せ、え!!!」
「鍔迫り合いで安易に蹴りで離そうとじゃねぇぞ。それが出来るのは『風』を纏っていたからだ!もっと考えて動け。
せっかくそこの刀に銘を刻んだんだからな!」
「クソがっ!やってやらァ!」
「そうだその意気だ!かかってこい!!」
水ノ型で攻めるのはナンセンスだが仕方ない。
納刀しわざとワンテンポ遅らせ防御を避けて抜刀。脇を狙う。
「殺気をもっと隠せ」
しかしそれより速く爺さんの刀が首に当たっていた。
「くっ、そはぁ…はっ…は…」
「息を整えとけ」
かれこれ数時間やっているが爺さんは息すら切らしてない。
どう勝つか?
数秒考え、メニューを開き、数回タップし目的の痛覚設定を見る。
現在の数値は25。最初から変えてないはずだ。
そしてメーターの赤と緑の境目は50。これが他感覚が一緒に上がる限界値だ。それ以上は意味が無いだろう。
さて、肝心の数値はどうするか。
まあ、とりあえず50にしよう。キツかったら少しづつ落としていけばいいし。
メーターをタップし50までスライドする。
途端。感覚が増えた。
道場の檜の匂いを、音を、空気を脳が鮮明に感じ取る。
立ち上がろうとするだけでふらついたがどうにか踏ん張り構える。
「よっしやるか」
「大丈夫か?よしそれじゃあいくぞ」
再び下段に構え、見合う。
爺さんが今度は喉を狙い斬り込んでくるが、おかしい。
先程より遅く見えるのだ。
それに合わせ体を動かすがピントが合わないようにズレ、弾けはしたがほぼ失敗に近かった。
「反応速度は上がったが体がついていけてないな」
弾かれた爺さんは勢いを殺さず捻った強烈な蹴りが鳩尾に刺さり、冗談みたいに体が跳ねる。
そして訪れるは今までに感じたないほどの吐き気と激痛。
「ゲホッぐっ…」
爺さんは更に止まらず喉に刀が突きつけられた。
「一旦休憩だ。痛覚設定をいじるなら言えば慣らしたのによ」
「そりゃ、助か、る」
痛む腹を抑え、ゴロンと寝転がり考える。
ピントが合わなかったのもあるだろうが他に原因が無いとも思わない。何せギリギリとはいえ弾けていたのだ。
では、なぜ爺さんには水ノ型だと勝てないのか。
速さが足りない?
いいや足りてるどころか過剰だろう。
全体は見えているか?
見えていないかもしれない。
太刀筋は単調か?
単調では無くともワンパターンかもしれない。
速度に緩急を付けて『見る』ことを意識しつつ太刀筋のパターンを増やして慣れる。
ここら辺か。
それじゃ次は慣れだ。
立ち上がり数回ジャンプやらして走り回る。次に置いてある刀を引き抜き虚空に向かって【死線突き】、【星斬り】、【桜花】と徐々に体を修正させていく。
あとの細かいのはプレイしながら慣らすとしようか。
「よしっと爺さんもう1回だ」
「おうよ」
思い出せ。水ノ型はカウンターが得意だ。なら攻める必要はない。
ゆっくり右に回りつつ、爺さんの全体を見て構えを変え始める。
若干下の方で斜めに構えてたのを見てか最小限の動きで振り下す動きが、よく見える。
見えたのだ。なら動ける。右手握力を弱くしてズラし、手首を返して踏み込み腹に刀を当てる。
「動きが変わったな。いい傾向だ」
「そりゃありがとう」
思わずニヤけてしまう。勝てないと思った相手に工夫して勝ちを取れる。これ程嬉しい事は無いだろう。
「だが、それでは間に合わないこともある。構えは正中線で変えずに構えるのがいいだろう。他の構えはまだ早い」
「相変わらず手厳しい爺さんだ」
「よしそれじゃあ今度は別の受け方返し方をやってみろ」
「はいよ」
《水ノ型の取得レベルが中級になりました》
《AS【朧】を取得しました》
そうして朝4時頃。試行錯誤やらアドバイスやら地稽古やらを繰り返しついに水ノ型が中級になった。嬉しい
「若造お前ようやく中級なのか…」
「そりゃ最近はずっと風ノ型ばっかだったしな」
「それで、習得した【朧】なんだが…」
「これあれか?彼岸花とかと同じ扱い?」
「そういうこった。派手さはねぇがいい技だ。使い方は……」
コロナに気をつけてマスク付けて手洗いうがいしましょう〜
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