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みんなが知らない「死」の実相  作者: 小島 剛
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2、或る遺体

だが、ここから母の遺体はまた変貌していく。

病室に入ると、主治医の先生がおり、「瞳孔が開いていますし、心肺停止状態ですね……」「診断書を書きます」という。

「はあ……」と気のない返事をしていたのだが、心の中では「わかるよ、見りゃ」と思っていた。

早速死亡診断書が書かれ、看護師さんが、「遺体の処置をしますし、遺体に最後にお着せになるお着物はございますでしょうか」という。

母が最後に着たいと言っていた和服は用意していたので、これを差し出すと、「お着替えをいたしますので」といって、看護師さん以外はいったん部屋から出ることになった。

十数分ほど待っていると「どうぞ」といわれ、病室に入るとすぐに、

「あれ?」

と思う。


着物はいいのだが、先ほどまで泥人形のような顔をしていた母の顔がずいぶん血色のいい生きた人間のようになっている。

「これは……、顔にお化粧をしていただいているんですか?」と聞くと、「はい、当面のものですが。また葬儀社の方が丁寧にしてくれると思うのですが」というのである。

一応生命倫理の研究のようなことをしていたので、現代社会の死の隠蔽構造について、話には聞いていた。

だが、いざそれを実地に見てみるとその手際の良さに驚かされる。

遺体に着物を着せるというのも、素人にはなかなかやりづらいことではないか思うのだが、この看護師さんは上手に行っていた。

非常に良いホスピスだったので、スタッフも優秀なのだろう。


 すぐに事前に頼んでいた葬儀社の方と地元の教会の牧師さんに連絡を入れる。

葬儀社はキリスト教葬儀専門の葬儀社であり、おおよそ日本に存在するあらゆる教派の葬儀が可能、スタッフは全員キリスト教徒、という強力な葬儀社である。

会計は明朗にして廉価、葬儀の進行も極めて円滑に行われた。


葬儀社の方が到着すると、早速遺体を御棺に入れ、教会に運び、一緒に移動した。

教会の二階で、葬儀について相談をする。

地元の斎場に連絡を入れると翌々日にしか空きがなく、もう死の翌々日には葬儀を済まさねばならない。

しかも、キリスト教葬儀でも、前夜式という通夜にあたるものを行うというので

(これは別に省略してもよい。今考えると無理に行う必要はなかったと思われる)、

これはもう翌日に行わねばならない。

明日である。

急いで、ご近所さんに葬儀告知を出し、親族に電話をかけまくる。

まったくもって、現代の死は遺族に重労働を強いる。

悲しんでいる暇などないのである。


 翌日、通夜の時間よりずいぶん早く教会に行ってみると、葬儀社の方が葬儀の準備をしている。

母の遺体を見に行ってみると、また驚く。

生きていて眠っている人間のように血色がよくなっているのである。

「これは……」と思って葬儀社の方に話を聞いてみると、「はい、お化粧をさせていただきました」という。

確かに、「まあ、あの死に顔のままではなあ……」とは思うのだが、何となく釈然としないのである。

化粧がうますぎる。

相当塗らないと、こうはならないはずなのだが、厚化粧をした人間によくみられる「ケバさ」「不自然さ」が全くない。

実に周到に、生きた人間感を演出している。


この違和感は前夜式にやってきた関係者の方々の、母の顔を見た後の感想を聞いていやがうえにも高まる。

みな「おお、安らかなお顔をしておられる」とか「眠っておられるようだねえ」と言っている。

当然私は「いやあ、本当は違うんだけどなあ、死人の顔って、本当にすごく無機質的なんだが……」と思っていた。

遺族の方々が口にする感想と、私がつい昨日見た、死のありのままの顔とが交錯し、私は妙な気持ちでいっぱいであった。

エンバーマー(遺体を見た目よくする仕事)の技術というのは本当に優れているのだ。


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