獲物
「どうして止めたの?どうしてついてくるの?」
彼女が、ヴァニラに近寄ってくる。怒りが溢れんばかりの声と足取りで。
「私のことなんて放っておいて。もう、来た道を戻りたくないの」
彼女の顔は、ひどく歪んでいた。右半分は、泣き顔で左半分は怒った顔をしている。実際、そんな顔をしている人なんて聞いたことはないが、明らかにそのふたつの顔が見えた。
「ここから先は、いってはいけない。というかここはもう魔界なの。魔界にはいろんな種族が住んでいる。特に悪魔に捕まったら、生け贄にされる。僕は、そんな君を助けたいの。それに……」
ヴァニラは、言葉に詰まった。自身では抑えているが、やはり彼女を欲しがっているのだ。彼女の美味しそうな血を。
「その面では、あなただって人間ではないじゃない。あなただって私のことを狙っているんでしょ」
彼女はヴァニラを睨んでくる。その目は、人間の憎しみ全てが隠されているような気がする。
「とにかく、ここから先はダメ。早く、ここから逃げて」
ヴァニラは、まるで悪人にとらわれ間際の姫君のような言い草だ。
「私のことなんて放っておいてよ」
静寂のなか、彼女の声だけが辺りに響き渡っている。そのとき、空気が一転する。妖術か何がが舞っているかのようなそんな感覚。それでも彼女はヴァニラの前を横切ろうとする。ヴァニラは、行かせまいと彼女の腕をつかむ。しかし、すぐに振り切られ、彼女は歩き出してしまった。
「行かないで」
そう言ったのもつかの間、前方から、誰かが歩いてくる。この足音は……。
「あれ、こんなところに人間がいる。珍しいな。しかもとてもいい香りだ。本当は、ヴァニラの血が飲みたいけど、今だけは」
ヴァインは、彼女の両腕をつかんでいる。
「ヴァイン、やめて」
ヴァニラは、足を引きずりながらヴァインのもとへ急ぐ。
「この声は、ヴァニラか。全部ヴァニラが悪いんだよ。ヴァニラが、逃げ出さなければ、僕は、もう二度と人間の血は吸わなかったのに」
ヴァインは、彼女の首筋を撫でる。彼女は、微妙に震え出す。その反応に気持ちが舞い上がったのだろうか。赤い目で彼女の首筋を凝視している。
「わかった。ヴァインの血を飲むから、その子を離して」
ヴァインはほくそ笑む。しかし、彼女を離そうとはしない。牙をむき出しにしている。
「ヴァニラが、僕の血を飲むのは当然だ。だって昔から決まっていたことだからな」
ヴァインは、強引に彼女の肩に牙を入れ込む。ヴァニラに見せつけながら。まるで、禁断の果実にてを出しているかのような手つきで彼女を腰をつかむ。
「や、やめてください」
彼女は、必死に抵抗する。通用するはずもないのに。奥底に入られているのか彼女は甘い声を漏らす。耳を塞ぎたくなるようなくらい、彼女の甘い声は、どんどん大きくなる。そして、狂ってしまうかのような感覚。それは、彼女が癖になってしまうのではないかと心配するほどだった。




