表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

終幕 鉄錆姫は生きていく

晴れ渡る青空が美しかった。アウラローゼがオルタニアにやってきてから数カ月が経過し、着々とアウラローゼとフィルエステルの婚礼の準備は進んでいる。式典で着るドレス合わせがようやくひと段落し、アウラローゼはフィルエステルと共に遠乗りのために王宮を抜け出していた。

アウラローゼは白い毛並みが美しい馬ネーヴェレーヌに、フィルエステルは黒い毛並みが艶やかな馬ケラヴノスにそれぞれ乗り、ひとしきり馬を走らせて、郊外の人気のない野原へとやってきた。二頭の馬は賢く、アウラローゼ達が手綱を離しても逃げ出す様子はなく、ゆったりと仲良さげに寄り添っている。

そういえばユーゼフがつがいだと言っていたわね、と、自分達が抜け出したことがばれないように王宮にミラと一緒に残してきたユーゼフの姿を思い出しつつ、アウラローゼは花々の咲き誇る野原を何とはなしに眺めていた。


「アウラ。はい、これ」

「え? ……あら」


フィルエステルが笑顔で頭の上にふわりと乗せてきたものに思わず手を宛がうと、芳しい花の香りが鼻孔をくすぐった。

いつの間に花冠なんて作ったのかしら、と思いつつ、なんだか悔しくなって「ありがとう」とアウラローゼは小さく呟く。「どういたしまして」と余裕綽々で答えてくるその笑顔が小憎たらしくて、でもそれ以上にどうしようもなく嬉しくて、「もう」とアウラローゼは溜息を吐くことでそんな浮かれる自分を落ち着かせた。


「よかったのかな?」

「何がかしら」

「ミラとユーゼフのことだよ」

「あら、二人の処遇に不満でも?」

「……まあ、ないと言ったら嘘になるよ」


困ったように微笑むフィルエステルに、アウラローゼはフンと鼻を鳴らして笑った。


「いいのよ。あの二人への一番の罰は、私と貴方に生かされることだわ。全然似ていないようで、ミラもユーゼフもそっくりよ。ミラは私に、ユーゼフは貴方に、殺されることを望んでいたんだから」

「私はそれでいいと思うけどね」

「甘いわね」

「そうかな」

「そうよ」


したり顔でアウラローゼが深く頷くが、フィルエステルはどうにも納得しきっていない様子で首を傾げる。子供のような仕草が微笑ましくて、アウラローゼは思わず手を伸ばして、フィルエステルの星屑を砕いて混ぜたようにきらつく柔らかな黒髪をかき混ぜるように撫でた。


「それに何より、貴方の剣が私のための血で汚れるのは嫌だわ。黒鉄王子の剣はいつだって、美しく輝いていなくちゃね」


アウラローゼのことを守るためならばとフィルエステルは言うのかもしれないけれど、アウラローゼ自身はそうは思わない。フィルエステルの剣は綺麗だ。わざわざその美しく光を弾く刃を汚す必要などない。今までも、これからも、美しいままであってほしいのだ。それがアウラローゼの願いである。

だが、そんなアウラローゼの願いに反して、フィルエステルは腰に下げた剣を一撫でして、言葉もなく天を仰ぐ。


「フィル様?」


どうかしたのかとアウラローゼが問いかければ、フィルエステルは途方に暮れたように、それでいて何よりも嬉しそうに微笑み、アウラローゼの頬を撫でた。



「鉄錆姫。本当に、正にその名の通りだ。君の存在は、私の剣を何よりも鈍らせる」



失礼ね、と言おうとしたアウラローゼの唇に、フィルエステルの唇が重なった。触れるだけの優しい口付けに、呆然と瞳を見開いていると、フィルエステルの顔がそっと離れていく。そうして白い頬を薄紅に染めて照れ臭そうに笑うフィルエステルに、アウラローゼは一気に自らの顔を真っ赤に染めた。


「フィル様!」


乙女の唇を何だと心得るのだと声を張り上げようにも、何一つ言葉にならない。胸がいっぱいになって何も言えない。フィルエステルの笑顔があまりにも幸せそうで、その顔を見てしまったら、怒るのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。

だからこそアウラローゼは、怒る代わりに、弾けるよう笑った。取り繕ったわけでもなく、これみよがしに作ったわけでもない、たった十七歳の少女の自然な笑みだ。

その笑顔に見たフィルエステルが硬直するのを後目に、アウラローゼはふふふと笑う。

【鳥待ちの魚】は言っていた。もうアウラローゼには奇跡は起こらないと。もう生き返ることはないのだと。それを悲しいことだとは思わない。むしろ上等ではないか。

三度目は自分のために死ぬのだというのなら、この三度目の生を、アウラローゼはアウラローゼ自身のために生きてみようと思う。三度目の生を、フィルエステルに恋し、彼を愛し、彼と共に生きていけるのだとしたら、それはとても素敵なことだとアウラローゼは思うのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ