君と見上げた空はもう一度
大切な人との時間は永遠には続かない。
そんな当たり前のことがとても大事なことだと気づける作品だと思います。
月明かりが照らす湖。
空には光り輝く星々。
夏の終わりを告げるかのようにそよぐ秋風。
二人は別れをむかえた。
「今まで本当にありがとう。私陸のこと絶対に忘れない。」
「俺も忘れないさ。ありがとう。ずっと、いつまでも大好きだよ。」
美しい月が見守るなか二人の影が重なった。
「ありがとう。陸。」
するりと綾の体が陸の手から離れた。
「もっと、もっと側にいたかったよ。」
陸の動いていた時間が止まった。
セミの鳴き声とジリジリ照らす太陽で目を覚ます。
もう少し寝ていたいという気持ちと学校に行かなければならないという気持ちが天秤にかかり、後者が勝つ。
しょうがなくベットからでて、朝食をとる。ドアを開け外に出れば見慣れた風景が目に入る。
「おはよ!陸、昨日の歌番組見たかよ。やっぱアイドルはいいよなー。」
「おはよう。どうしたら朝からそんなテンションになるんだよ。」
「テンションはなるならないじゃなくて、上がるか下がるかだ。」
春太のおかしな話を聞き流し俺は席に着く。
ざわついてたクラスも
数学教師が入ってきたことで静かになる。
また退屈な一日が始まった。
「陸、今日帰りマック行かない?」
「悪いな。俺今日用事があってな。また行こっか?」
「そっか。絶対だよ?」
うん、と返事をして
梨花とは別れ教室を後にした。
今日は特別な用事があるわけではない。
ただなんとなく行く気にならなかった。
別に梨花が嫌いというわけではない。
家に戻りドアを開けても、おかえり、という声は聞こえない。
一人暮らしだからあたりまえではあるが、少しだけさみしい気もする。
先に宿題を終わらせ夕食を食べ、お風呂に入る。
いつものパターンだ。
なんというかこの順番だけは崩したくない。自分の部屋に戻ると、部屋は少し寒いと感じるぐらい冷えていた。
お風呂に行く前にエアコンをつけた過去の自分を褒めたい。
今日の朝、春太が話していたのをふと思い出し、録画していた歌番組を見た。
どうも俺には良さがわからなかった。
でも、これは春太には言わないようにしとこう。
めんどくさいからだ。
時計の針はもう12時を指していた。
「陸、陸ってば起きて。」
はっと目を覚まし周りを見渡す。
夢に広がっていた景色はどこにもない。
そして重要なことを思い出す。
「学校、遅刻だ!」
そして思い出す。
今日の夢のことを。
「久々に見たな綾の夢。」
高校1年の俺、鈴森陸は理由はよく分からないが前世の記憶がある。
はっきりとした記憶ではないがはっきりと覚えてることもある。
住んでいた街。風景。学校。
「次は空街ー、空街ー」
席をたち急いで高校に向かう。
「遅れました。すいません。」
クラスが一気に俺に注目する。
みんながノートを必死にとっていることから1限目は始まったのだろう。
「あれー、陸君が遅刻なんて珍しいー。」
「うるさいぞ春太。」
「なんで俺が怒られるの?」
先生と春太の絶妙なコントのおかげでクラスは和やかになった。
俺も席に着きノートをとる。
そして綾という少女のこと。
「陸、飯行こーぜ。」
「今日梨花と食うからパス。」
「モテる男は美女とランチですか。」
春太と他の男子に少し茶化されながら梨花のところに行く。
「ごめんね?行こっか。」
「ぜんぜん。」
笑顔で話す梨花は確かに可愛いと思う。
ただ、好きかというと別だ。
例えそれが梨花じゃなくても多分同じだ。
鼻歌まじりにパンを食べる梨花を見ていると俺が見ているのに気づき、すぐに目をそらした。
「恥ずかしいの?梨花。」
俺が少し笑いながらたずねる。
「だって陸だから。」
そう言った梨花の顔は真っ赤に染まっていた。
昼が終わり教室に戻ろうとすると、梨花が俺のシャツを引っ張った。
「また、こうやって陸と二人で話せる?」
少し目をそらしながら梨花が言う。
「うん、いいよ。」
「本当?良かった。」
帰り道、春太が急に聞いてきた。
「お前梨花のこと好きなの?」
「友達としてかな。」
はっきりしろよ、そういい春太は帰った。
家に着き、ソファに横になり目をつむる。
起きた時にはあたりは暗くなっていた。
ジュースを持ちベランダに出る。
今日は満月か。
一人で見上げる何百回目かの満月。
手を伸ばしたら届きそう、と微笑む彼女はもう横にはいない。
それでも、何もなかったかのように輝き続ける月はとても切なく感じた。手に持っていたペットボトルを飲み干しゴミ箱に捨て、ソファに横になった。
「あいつ、何してるのかな?」
どこにいるのか、何歳なのか、全てがわからない彼女のことを考えている間に陸は眠りについた。
「朝だよ。おーい、学校遅刻するよ?」
「うーん、起きてるでいいよ。」
眠い目をこすりながらベットからストンと起きる。
「姉ちゃん、やっと起きたか。早く食べないと冷めるよ?」
悠太が私の分のアイスティーをいれてくれる。
この弟は気がきくというか優しいのだ。
「ありがとね。あんたの中学今日体育祭?」
「そうだよ。姉ちゃんの高校は?」
「私は一週間後。ごちそうさま。」
台所に洗い物を置いといてアイスティーを飲んでいると悠太が私の分まで洗ってくれる。
「ありがとね。自分でやるよ?」
「ついでだからいいんだよ。先行きな?」
悠太の頭を撫でで学校へ向かう。
いい弟を持ったと思う。
「おはよ、綾。」
「あっ、おはよ佳奈。」
校門のところで声をかけられる。
「今日悠太君体育祭でしょ?」
「そうだよ。めんどくさいって言ってたけどね。」
「ねぇ、お昼悠太君の応援行かない?」
「別にいいけど、佳奈、悠太のこと好きなの?」
「カッコイイじゃん?まぁ弟のことカッコイイとは思わないか。」
姉の私から見ると、少し生意気だけど、優しいかわいい弟だ。
昼になり中学のグランドに行くと意外に高校の生徒が多くいた。
理由は単純であり、佳奈と同じであろう。
すると、突然歓声が上がった。
そう、悠太にだ。
「へぇ、あいつモテるんだ。悠太、ファイト。」
悠太はすぐに私に気づき小さくガッツポーズをしてくれた。走り終わった後、こっちに悠太がやってきた。
「なんでいんの?」
「応援に来ちゃダメなの?」
「別に、ありがと。」
そういい悠太は戻った。
「おい悠太!さっき話してた美女誰だよ?」
「俺の姉ちゃんだけど。美女って正気か?」
「オーラが違ったなー。」
悠太のクラスの男子が言っているのが、聞こえ少し嬉しかった。
「綾はさ、好きな人とかいないの?」
佳奈が帰り道に聞いてきた。
「いないかな。」
「えー、かわいいのにもったいないよ。」
「ありがとね。じゃあ、また明日ね。
「うん、また明日。」
佳奈と別れ帰り道を歩く。
好きな人ができないのは、多分彼が忘れられないからだ。
それとも、ただ、運命とやらにあってないだけかもしれない。
家に帰ると珍しく母がいた。
「仕事は終わったの?」
「ええ、今日は早かったの。」
「毎日お疲れ様。」
母は女手ひとつで私たちを育ててくれている。
父は幼い頃病気で他界した。
当時すごく泣いたのをよく覚えている。
それでも、今は楽しく暮らせている。
悠太が帰ってきて三人でご飯を食べた。
こんな日常が私にはとても幸せに感じた。久々に母と話していると、昼と同じようなことを聞かれた。
「綾はさ、今好きな子とかいないの?」
「今はいないかな。」
「前はいたってこと?」
えーと内緒、と言いベランダに出た。空を見る。
一人で見上げる何百回目かの満月。
ちらっと横を見ても、夢中に空を見上げる彼はいない。
さっきの母との会話。
前というのは前世のこと。
おそらく私の最初で最期の恋であろう相手、鈴森陸。
あなたは今何をしていますか?
どこにいますか?
元気ですか?
あなたが今一番幸せと言えるなら私は少しさみしいかな。
色んなことをどれだけ願っても返事は返ってこない。
夏の夜風がそっとふく。
部屋に戻りベットに入る。
そして、全てがわからない彼のことを考え、眠りについた。
俺と綾との、出会いはあの湖から始まった。俺は悩みや辛いことがあったらいつもそこに行った。
それが夜であろうと朝であろうとだ。
広いがしっかりと見れば向こう側は見れるくらいの大きさだ。
その湖が見える草の上で寝ているのがとても気持ちよかった。
彼はいつもそこにいた。
気持ちよさそうにいつもそこで寝ていた。
目的が何なのかは分からないけど、きっと私と同じように嫌なことを忘れにきているのだろうと思っていた。
夕焼けがきれいな日に彼は笑顔で空を見ていた。
その顔をずっと見ていると目が合ってしまい、慌ててそらした。
「俺空好きなんだよね。今の空も。青空も。くもり空も。君いつもここにいるよね?」
「うん、私、倉橋綾っていいます。嫌なこととか忘れられるから。私も空好きですよ。」
「そっか。俺は鈴森陸、よろしくね。」
陸という少年は少しだけチャラついた髪をしているが、とても笑顔がさわやかだ。
綾という少女は背は俺より少し低く顔はとてもかわいいと思う。
「倉橋さんには今の空、何色に見える?」
「えっ。そうだね、オレンジかな。鈴森くんは?」
「俺は赤かな。空はさ、人によって見える色が違うんだ。」
そういい彼は少し笑う。
その笑った顔は猫のようにかわいかった。
「それじゃ、また明日会えるといいな。」
そう言った彼の顔は少し赤かった。
ちょうど今の夕焼けのように。
それから私たちはほぼ毎日湖で会っていた。話すことなんて、その日あったことやお互いのことについてなど他愛のないことばかりだ。
それでも、彼と他愛のないことを話せる今がとても幸せに思えた。
でも、私は自分の一番重要なことを彼にまだ話せていなかった。
「綾今日は何時に会えるの?」
「午前バイトだから午後かな」
わかった、そう言い電話を切った。
休日は綾と長く会えるから毎週楽しみにしているのだ。
いつもの湖に行くとまだ綾はいなかった。
スマホで時間を確認したが、待ち合わせ時間から15分も過ぎている。
綾は時間などはしっかりと守るため余計に心配になる。
電話をかけてみるが通じなかった。
結局その日綾が湖に姿をあらわすことはなかった。
しかし次の日も、その次の日も。
あの日以来彼女とは会えない日々が続いた。
綾に会えない日々が1週間続き、さすがにもう限界だった。
そして俺は綾が通っていた学校の校門まで来ていた。
「あなた綾の友達?」
「はい。そうですが、あなたは?」
「私は花村良子。綾とは幼馴染ね。あなたは陸君だよね?よく綾から聞いたよ。」
「そうですか。あの綾は?」
座ろっか、そう言い彼女はベンチに腰掛けた。
「綾はね、心臓の病気なの。だから小さい頃から体が弱くてね。それで少し悪化したらしいから今は入院してるの。」
俺の持っていたコーヒーが少しこぼれた。
冷静なのね、良子さんは悲しそうな目でこちらを見ていた。
「何で、何で綾は言ってくれなかったのかな?」
「言えなかったんじゃない?私にはわかるかな。綾の気持ちが。」
良子さんは少し微笑みそう言った。
家に着いた頃には全てが整理できていた。
本当なら今すぐにでも綾に会いに行きたい。
でもそれはしない。してはいけない気がする。
それから毎日俺は湖に行った。
もしかしたらって期待していた。
でも綾には会えなかった。
この日はバイトが終わってから湖に行った。
周りを見渡すが彼女の姿はない。
少しため息をつき草むらに寝転んだ。
「今日は夕焼けが綺麗だな。」
いつもどおりこの時間になったら家へ帰る。
今日はオレンジかな。
そうつぶやき立ち上がり、また来た道を歩き出す。
「私はオレンジに見えるかな。」
彼女は何事もなかったかのように優しく微笑む。
「ごめんね、陸。怒ってるよね?」
俺は彼女の言葉をさえぎり抱きしめた。
「綾。心配したよ、本当に。もう会えないかもって思うと怖かった。」
「ごめんね、陸。ただいま。」
「おかえり、綾」
それから綾は全てを話した。
病気のこと。
会えない時思っていたこと。
そして、もう長くはないということ。
それでも二人は一緒にいることを選んだ。
「なぁ綾、俺は綾のことが好きだよ。だから最後まで側にいてくれませんか?」
「もちろんだよ陸。私も陸のことが好き。
長い間話をした後いつもどおり家に帰る。
来た道を。
でも今日は一人じゃなく、大切な人が側にいる。
「なぁ綾、秋祭り行かないか?」
「うん、行きたい。楽しみだな。」
そう笑う彼女がとても愛しく感じる。
気がつけばもう綾の家の前まできていた。
綾といる時間はあっという間に過ぎてしまう。
「それじゃ、また明日ね。」
「うん、またね。」
三日後の祭りが楽しみだ。そう思い家に帰った。
部屋に入りベットに寝転ぶ。
綾といるときは楽しくて、悩みも気にならない。でもこうしていると綾がいつ最後をむかえるのか心配になる。
それでも綾といるときは最高の笑顔でいようと思う。
だって一番つらいのは綾なのだから。
私はいつものように朝をむかえる。
携帯をみると、陸からメッセージがきていた。
「綾、今日は祭り当日だね。楽しみしてる。服装楽しみだな!」
陸は私の浴衣を期待しているのだとすぐにわかった。
すぐに返信をしようとベットから起き上がる。
そのとき、ずきんと心臓に痛みがはしった。
その場に倒れるほどだ。
なんども深呼吸をして落ち着かせる。
それでも苦しさが残ってしまう。
あわてて薬を飲むと少しだけ苦しさが和らいだ。
すると自然と涙があふれてきた。
「なんで今日なのかな?今日、お祭りなのに。」
楽しそうに私の方をみて笑う陸。そのことを考える余計に涙がでる。
突然携帯が鳴る。
画面は今一番会いたくて、一番会いたくない人の名前が映る。
「あっ、綾。もうすぐ待ち合わせにしようと思うけどどこがいい?、、、綾?」
私は涙が止まらずしゃべれない。
「陸。」
「綾どうしたの?泣いてるのか?」
「陸、私もっと陸のそばにいたい。一緒に年をとって生きていきたい。何年も、何十年も。でもそれはできない」
押さえきれない気持ちがこみ上げてくる。
「綾、約束するよ。一度離ればなれになったとしてもさ。何度だって綾を見つけるさ。そしたら何年も何十年も綾の隣にいるよ。そのときにまた聞くよ。
今日の空は何色に見える?って。」
陸の言葉が暖かく感じる。
「ありがとう、陸。」
それから私が泣き止むまで陸は待ってくれていた。
「陸、いつもの湖でいいかな?」
「うん、わかった。今から行くよ。」
私もと告げて電話を切った。
陸と行ける最後のお祭り。
いや、陸と一緒にいられる最後の時間。
ならせめて思い出さなくても忘れないくらい楽しもうと思う。
待ち合わせ場所に陸はいた。
「ごめん、お待たせ。」
「大丈夫。行こっか。」
少し離れている祭り会場の神社からは、おはやしの音が聞こえる。
その音と、空にあがった一発の花火が祭りの始まりを告げた。
神社は多くの人でにぎわっていた。
小さい子を連れた家族や友達と楽しそうにきている人。
一緒にいる人は違えど、みんなの表情は一つだった。
それから私と陸はゆっくりと夜店を見て回った。
「綾、りんご飴食べない?」
「いいね。食べたい。」
よし、俺のおごりな。」
楽しそうにはしゃいでる陸をみると幸せな気持ちになる反面胸が苦しくなる。」
「夜店にくると必ずなにか買っちゃうんだよな。」
「それすごいわかるかも。」
すると大きな音とともに花火があがった。
人々が空を見上げる中、私はりんご飴を舐める陸の横顔をみていた。
「切ないな。」
ふいに陸が言う。
「どうして?花火が?」
「輝くのは一瞬でさ。後はただただ散っていくだけ。まぁだから綺麗なんだけどな。」
「陸のそういう考え、私は大好き。」
「そうか、ありがとな。」
そう言い二人は花火を見上げていた。
私の体に激痛がはしった。
「綾、綾、大丈夫か?」
「うん、少し痛かっただけだよ。」
嘘だ。本当はとても苦しい。
少しだけ。
あと少しだけ陸のそばにいたい。
そう強く願う。
その願いが届いたのか少し楽になる。
「綾、大丈夫か?家に帰るか?」
「それは嫌だよ。最後まで側にいるって言ったのは陸だよ?」
陸は下を向き、それから私の方をみて言った。
「そうだよな。最後まで側にいるさ。必ず。」
最後の花火があがった。
ゆっくりと見上げたころにはもう花火は崩れていた。
「綾、湖に行かないか?俺たちが出会った。」
「うん、行きたい。
おそらく陸はもうわかっている。
それでも笑顔でいるのは私のためだろう。
いつしか私たちは手をつないでいた。
「やっぱり私は一番ここが好きかな。」
「俺もだよ。」
「ここで陸と会って空の話をして、それから陸と仲良くなって、毎日一緒にいた。それで陸のこと、いつしか好きになっていた。多分この気持ちは今も、これからも。あるんだったら来世まで、変わらないと思う。」
「ありがとな、綾。俺がもう一度会いにいくよ。約束だ。」
「うん、待ってるね。」
私の呼吸がだんだん荒くなっていく。
「陸、最後に聞いて。」
うん、と言う陸の目から涙があふれる。
私はその涙を優しくふき取った。
「泣かないで、陸。私は陸のなかの悲しい記憶じゃなくて幸せな記憶でありたい。涙じゃなくて、笑顔でありたい。私のことを思い出すたびに笑えるようなそんな思い出でいさせて?だから、陸。ほら、笑って?」
綾はいつもと変わらず優しく微笑む。
「ああ、笑顔でいるよ。」
涙は止まらないが無理にでも笑う。
「陸に会えて良かった。本当に。」
「幸せだった。綾といられた時間。どれだけ離れていても、どれだけ時がたっても、ずっと大好きだよ。」
俺は綾を強く抱きしめた。離れたくないと思うたびに涙がこぼれる。
俺を抱きしめていた綾の手がゆるまり、綾の体が崩れた。
「綾、なぁ綾?」
いくら呼んでも、ゆすっても、返事は返ってこない。
それでも綾の体を強く抱きしめる。
「もっと、もっと側にいたかったよ。綾。」
短くて長い綾と過ごした日々は終わった。
そして俺の時間は止まった。
瀬を早み 岩にせかる滝川の われても末に 逢はむとぞ思う。
いつしか授業でやった和歌をノートに書いていた。
「陸、何だその文?」
春太が俺のノートを覗き込んでくる。
「流れの速い川で岩に引き裂かれるように、今は離れてしまっても、いつか一緒になろうっていう意味だったかな。」
春太がにやにやして言った。
「陸君にもそんな相手がいるんだな。」
君付けで呼んでくるあたり、確実にバカにしている。
「じゃあ、俺バイトだから。」
「おう、またな。」
春太と別れた後俺は彼女のところへ向かう。
「梨花、お待たせ。」
「大丈夫、早く行こ。楽しみだな。」
そう言い笑う梨花の笑顔はどこかぎこちない。
その理由は多分わかると思う。
いらっしゃいませ、店員の声を聞き流し、席に着いた。
注文を取りにきた店員がいなくなると
「梨花、さっきの春太の話、聞いてた?」
少しだけ間があって梨花は答えた。
「聞いてたよ。でも少しだけ。」
嘘だ。その後の梨花の寂しげな笑顔が俺の胸を苦しめる。
「ケーキ、美味しそうだね。食べよ?」
俺は戸惑いながらも答える。
「そうだな、食べよっか。」
それからもあまり会話が続かず、会計を済ませ外に出た。
「わぁ、綺麗な夕焼けだね。」
「本当に綺麗だ。」
梨花の本当の笑顔をみれて少しホッとする。
その帰り道に看板に貼られたちらしを目にする。
「秋祭り。」
俺は一人つぶやく。
夏も終わりに近づき、この時間になると風が少し肌寒い。
「陸?」
ハッとして我にかえる。
「ごめんね、行こっか。」
うん、と小さく梨花が返事をした。
「今日はありがと。またね。」
「うん、またね。」
秋祭りのちらしを公園で見つけ、陸はカメラを押した。
家に帰りカレンダーで日付けを確認する。
9月4日、あと二日後か。
また今年も祭りか。
でも今年は行ってみようと思う。
去年まではどうしても行く気になれずいた。
もし行って、あいつに会えたとしたら。
俺は君にどんな言葉をかければいい?
ごめんねか?
ありがとうか?
それとも愛してるか?
考えても考えても答えはでなかった。
二日後の秋祭りに向けて私は浴衣を用意する。
「ねぇー綾、今年も一人で行くの?」
「うん、秋祭りは一人で行きたいの。」
「そっか。少し遠いんだから気をつけて行きなさいね。」
はい、と返事をして部屋に戻る。
窓を開け空を見上げる。
薄暗くとても寂しい空。
きっとこんな空でもあなたなら好きって言うんだろうな。
あなたはもし私に会ったら、喜んで、笑って、泣いてくれますか?
あなたはどんな言葉をかけてくれるかな?
会えるかもって思ったら楽しみだけど、怖いな。
私は空に願ったあと、ゆっくりと窓を閉めた。
9月4日。陸は着替えを済ませて家を出た。
会場の近くのテントではおじさんたちがもう酒を飲んでいた。
階段を一段一段しっかりと登る。
すると変わらぬ景色が俺をむかえてくれた。
大きな木や鳥居。狛犬、そして明るく輝く夜店。
全てに懐かしさを感じる。
少しの間景色をみていると、いつの間にか境内は人であふれていた。
そしてあの日と同じように一発の花火が秋の夜空に打ち上がり、祭りの始まりを告げた。
「おい、倉橋。花火始まるから行こうぜ。」
「ちょっと待て。りんご飴買わせて?」
「悠太は本当にマイペースだな。」
「悪かったな。」
俺の思いこみかはわからないが、その倉橋と呼ばれた少年はどことなく綾に似ていた。
その少年が友達のところへ戻って行くのをみていると、空は色鮮やかに輝きだした。
みんながその場に立ち止まっているなか、俺は一人神社から出て行った。
綾は陸のいた階段の逆側にいた。
花火、綺麗だな。
私と陸は花火のようだ。
とても短い時間一緒にいて。
その時はとても輝いていて。
けどすぐに離ればなれになって散ってゆく。
切なくて涙が出そうになる。
だが綾はすぐにその考えをかき消す。
私と陸は離れたままじゃない。
必ずもう一度会える。
そう思い立ち上がった。
陸は湖にうつる月をぼんやりと眺めていた。
時折吹く風が心地よい。
花火がだんだんとスケールアップしていくから、きっと祭りはもう終わるのだろう。
俺は寝転び目をつむる。
私は階段を下りあの場所へ向かう。
花火が何度も空に輝く。
祭りが終わったら本当に会えない気がした。
角を曲がり湖にたどり着く。
一度呼吸を整えたあと、辺りを見渡す。
人影はない。
その時最後の花火が打ち上がり、静かに散った。
私はゆっくりと空をみた。
「満月、かな?」
一人そうつぶやく。
静かな湖に冷たい夜風が吹く。
一度目をつむり、静かに開けた。
私の隣には君が。
「綾。」
何度も会いたいと願った。
側にいて欲しかった君が今隣にいる。
「陸?陸、私のこと覚えてるの?」
「忘れるかよ。」
俺の言葉を聞かず綾が抱きついてきた。
「約束守ったぜ、綾。」
「ありがとう、陸。」
綾の香りや声。その全てが愛おしく感じる。
陸の側にいれる幸せを改めて感じる。
「綾何年も何十年も側にいるよ。」
「うん。ずっと側にいて。」
そして俺の止まっていた時間が動きだした。
厳しい寒さの冬があけ、この街にも春が訪れた。
湖のある公園には満開の桜の木が彩りをそえている。
そのうちの一本の木に寄り添うように座っている陸と綾。
「陸。陸が来たいって言うから来たのに、寝ないでよ?」
「分かってるよ。心配すんなって。」
そう言いながらも目は開けてくれない。
「結局寝てるじゃん。」
「寝てないって。」
そう言い私を抱きしめてくれる。
こんな平凡なやりとりが幸せに感じる。
私たちはきっと、いや必ず愛し合ってる。
だからこれからはずっと一緒にいて、ずっと笑いあえる二人でいようね。
そんな大好きな君は私に言う。
「今日の空は何色に見える?」
今作を読んでいただきありがとうございます。
少しでも心に響いたり、感動してもらえたなら光栄です。