■■ 8. 重なる言葉
外に出ると西の空がだいぶ赤みがかっていた。
スマホで時刻を調べると五時か。六月なので日が長い。
『さーてギュウドン行こうぜ。今回はトクモリ三杯な』
「判った判った」
ぼくは苦笑して商店街通りに戻ろうとしたのだが。
『待てケンタ。そこで立ち止まってサイフの中を調べろ』
何の事と思ったけど、カミラの声がどことなく緊張していたので言われた通りにした。
サイフの中にはぼくのおこずかいの残りとカミラの一万円札、それとさっき作ったアニマニアの会員証が入っている。
特に問題無い。
〈どうしたのさ、いきなり〉
『いや……実はここに来る途中から何となく気がついていたんだが、追けられている』
ぼくが慌てて顔を上げようとしたが。
『そのまま自然にしていろ。築かれたら開き直られる』
〈それで人数は? どこに居るの?〉
『トラックが居た通りに出る道を塞いでいる。人数は一人かな』
〈見えるの?〉
『いやここからでは見えない』
〈魔法?〉
『言ったろ、俺は魔法を使えない。討伐者としての経験で判るのさ。辺りをバケモノに囲まれるのを何回も切り抜けていれば自然と身につく』
うん、この日本ではなかなか育たない経験だと思う。
〈それでどうするの?〉
『一応避けてみるか。反対側の道を進もう』
〈大丈夫?〉
『俺を信用しろよ。やっかいなバケモノが居ないのならどうにでも切り抜けられる』
ぼくはカミラの言うとおりにした。
その後もカミラの指示に従って男の追跡から逃れるように進む。男たちの人数はだんだん増えているようだ。
そして行き着いたのはそれなりに大きな倉庫。扉がわずかに開いていた。
〈どうする?〉
『そりゃこっちのセリフだ。逃げるのなら簡単だぜ』
〈まあそうなんだけど、逃げようとすると後ろに居る男が取り押さえようとするでしょう〉
『そりゃ当然だな』
〈カミラは抵抗するでしょう〉
『そりゃ当然だな』
こちらが直接被害が出てない場合、警察ってほとんど役立たずって聞いたことあるからなあ。
更にこちらが加害者になったらあとが面倒だ。
ぼくはそのまま倉庫の扉に向かって歩き出した。
中は照明が無かったが、天窓から光りが差し込んで何となく判る。
ぼくが倉庫に入って中程まで進むと背後の扉が閉じた。
「まんまとやってきたな、神足!」
当然のように目の前でそう絶叫したのは長田。その左に菅原、右に松本。
その他一〇名ほどの男がぼくたちをぐるりと囲んでいた。
男たちはみな、身なりがどこか崩れている。ついでに目つきも悪い。
「なるほど……ここで仕返しってこと」
「そんな余裕も今の内だ。お前は絶対に許さねえ!」
倉庫の中に長田の声が響く。
「ここに居る連中でたこ殴りにしてもいいんだが、まずはこいつにやってもらおうか」
そう言って長田が突き出したのは水谷くんだった。
彼は震えながらぼくに近づいて来る。その右手には彼の手に比べて大きいナイフを握っていた。
「さあミズムシ、そいつで神足をぶっすりと刺すんだよ。そしたら俺たちの友だちとして認めてやる、もう金もせびらねえし殴ったりもしねえ」
「ほ、ホントだよね、長田くん」
「おうよ、ここに居る連中が証人だ」
その返事を聞いて、こくりと頷くと、水谷くんはナイフを握る手に力をこめてぼくににじり寄る。
「ご、ごめん、ごめん神足くん。ぼくは、ぼくは」
『ケンタ、避けねえと』
カミラの声を無視して、ぼくは動かない。
ぐっと突き出した彼のナイフの切っ先は、ぼくには届かなかった。
そののびきった右手の手首をそっと掴んだ。
「君、変なこと考えて無い?」
「ど、どういうこと?」
「死んだ方がましとか思っているでしょ」
ぼくの言葉に目を見開く水谷くん。
『どういうことだケンタ』
「君は彼と……久米くんと同じ顔をしている。ぼくは覚えているんだ」
水谷くんは手だけで無く全身が震えていた。
「昼休みに一年前のこと話したよね。でもあれで全部では無いんだ」
そこで息を吐く。
「久米くんは別の学校に転校した。でもそこでもイジメにあって、結局マンションから飛び降りたんだ。もう誰も信じられないってメモを残してね」
「神足くんに何が判るって言うんだ、君がぼくを助けてくれるのか!」
「判らない。君を助けられる約束はできない」
「だったら!」
「でもさ、君だって命は一つしか持っていないんだよね」
ぼくはカミラの言葉を思い出す。
「もったいないと思わない、たった一つの命をあんな連中のために捨ててしまうのは。ぼくはとてももったいないと思う」
「……でも」
「ぼくには何の助言もできないけど、逃げたくなったら逃げれば良いし、もっと大きな声で助けを呼べば良いと思う」
「もう何度も何度も叫んだよ!」
「だったらもっと大きな声で、もっといろんな人に。どんなにかっこわるくてもたった一つの命をどぶに捨てるよりマシだよ」
「……神足くん」
「そしてぼくは約束する。ぼくがどんな立場であろうと、自分で見た真実を必ず詳言する」
振るえる水谷くんの手からナイフがこぼれ落ちた。
そして溢れた涙が落ちる。
「もう君はここに居ない方がいい。このことはきちんと清瀬さんにも伝えてね」
彼はこくりと頷き、一度長田を見てからぼくの背後へと駆けだした。
「待て! 逃げるんじゃねえ!」
倉庫内に長田の声が響くけど、もう立ち止まらない。一心不乱に逃げる。
慌てて水谷くんを取り押さえようと男が駆け寄るが。
『させるか! 激風斬!』
カミラの叫びと共に強いつむじ風が起きて男たちを壁に向かって吹き飛ばした。
そしてつむじ風は倉庫の扉を開く。
「やるね、カミラ」
『おまえの頭の中からではこの程度だな。まあこの程度で十分な連中だが、俺の欲求不満はこれで収まらねえぜ!』
逃げてくれ水谷くん。
「神足! 自分で何をしたのか判ってんのか!」
ぼくは水谷くんの背中が見えなくなってからゆっくりと長田の方に顔を向けた。
「君だけは許さない」
『お前だけは許さねえ』
ぼくとカミラの声が重なる。
9. ぼくは君を許さない に続く