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■■ 6. 殴り込みの顛末

 バーン!

 わざと音を立ててドアを開けたせいか、教室に残っていた生徒全ての視線を集めた。

 もっとも実際に集めたのは、先頭に入った松本だけど。

 続いて背中を蹴られ、すっごい勢いで教室に転がり込んだ菅原が、掃除のあとにキレイに並べられた机や椅子をなぎ倒していった。

 勢いは止まらず窓際の壁まで進み、後頭部をしたたかに打ち付けてようやく止まる。

「きゃー!」

 女子生徒数人が黄色い悲鳴を上げて騒ぐ。

「長田!」

 シメとばかりに大声で教室に入るぼく。それを見て半泣き状態のまま教室から逃げていく生徒。

「長田ぁ!」

 ぼくは(カミラは)大声を上げて進んだ。

 そこまでしなくとも奴は教卓近くの机に居た。

 教科書とノートを広げ成績がふるわない水谷くんに勉強を教える学級委員長を演出している。

 その表情にぼくとカミラは同時に奥歯を強く噛みしめていた。

 さすがにみんな、ぼくのウワサで暴力事件を知っている。

 学校公認の問題児だ。ぼくを止めようとする生徒は居ない。

 長田を遠巻きにしていた女子生徒はとっくに逃げ出している。

「邪魔だ」

 教室内を見回してそう静かに言うと、残って居た生徒も慌てて教室から飛び出て行った。

 そこに残って居るのは長田、水谷くん、松本、床に転がっている菅原、そしてぼく(カミラ)。

「ど、どうしたんだい神足くん。こんな乱暴なことをして」

「そこのチンピラが全て吐いた。俺を呼び出したのはお前の差し金だってな」

「な、何のことかぼくにはさっぱり……」

「『ぼく』じゃなくて『俺』だろ? 言い方まで変えるとは徹底しているな」

 ぼくはにやりと笑う。そして長方形にくるまれたハンカチを教卓の上に置いた。

「これは菅原が持っていた封筒だ。俺の指紋が付かないように手ふきでくるんでいるが中には金が入っている。お前が水谷から巻き上げた、お前の指紋付きの金がな」

「それこそ何のことだか判らない。去年だって君はそう言ってぼくに乱暴をふるっただろう。反省していないのか?」

「昼休みは屋上でお楽しみだったようだな」

 その言葉に長田の顔が引きつり、水谷くんの身体が大きく震えた。

「長田様のお父様のおかげです、だったっけ。間違えると腹筋に正拳か」

「……それで、そこまで知っていてのこのこ一人で来たってことか」

 長田の口調が変わる。いや、元に戻ったと言うべきか。

 奴は目を細めると口元を引き上げて嫌らしく笑った。

「バカな奴だ。せっかく今まで見逃してきてやったのに。それとも何か、俺たちと連みたいとおもっているのか?」

「お前みたいなゲスと一緒にするな」

「ゲス? それは神足、お前の方だろう。自分の立場が判っているのか?」

 奴は隣で振るえている水谷くんをちらりと見る。

「もしかしてお前、ミズムシに同情しているのか? ひょっとしたら久米にも?」

「そうじゃない。お前にむかついているだけだ」

「だったら相手を考えろよ、神足。この学校で俺に刃向かっても何の特にもならねえぞ。このミズムシだって俺たちが遊んでやっているからこの学校に居る意味があるんだよ。

 そもそもその金だって水谷くんが俺たちが相手していることを喜んで提供しているんだ。なあ、水谷くんよ!」

 振られた水谷くんは震えながらわずかに頷いた。

「さーてそうなっては俺がミズムシに恐喝したなんて絵空事は、校内でも問題児のお前が捏造した話しさ。センセ方はどちらの言うことを信じるんだろうね。二学年でも成績優秀なクラス委員長と、その委員長に嫉妬して暴力事件を起こした問題児をさ」

 さすが長田。口が良く回る。

 返事しないカミラに更にくってかかる。

「一年の時から俺に目を付けたのはさすがだと思ったぜ。あんときに親父にけしかけてさっさと退学にしとけば良かったかな」

「今更後悔しても遅い」

「そいつはこっちのセリフさ。さっきも言ったが久米やミズムシみたいなカスのために何かするなんて信じられねえよ。こいつらなんて生きていたって意味がねえんだ。さっさと死ねばいいんだよ!」

「……そうか」

 あれ、なんだかカミラの雰囲気が更に悪い方向に切り替わったような。

『なあケンタ。この世界では相手が悪党でもぶち殺すと罪になるのか』

〈あ、当たり前だよ!〉

『判った。努力するが保証できねえ』

 ぼくは一歩長田に近づくと奴を見下ろす。

「今、死ねと言ったな」

「……ああ、それがどうした」

「相手に死ねと言う人間は、誰かに殺されても良い覚悟があるってことだ」

 一応手は出さない。ただぼくはとても他人に見せられない表情になっているのだろう。

 長田の顔色がどんどん悪くなる。あれだけ余裕のあった態度はどこかに消えていた。

 これってあれか、蛇ににらまれたカエルってのかな。

「な、何を言っている」

「お前権力者の息子なんだろ。金も持って居るんだよな、特別な人間なんだよな」

「それがどうした」

「だとすると命も二つや三つくらい持っているんだよな」

 奴にはカミラの質問が理解できないのだろう。ぼくにもよく判らない。

「俺は普通の人間だから命は一つしかねえ。それがどれほど大切か判るか? その一つの命をかなぐり捨てて、他の奴を助けるために……『後は任せた』と倒れていった者の心が判るか、それを知ってもその屍を踏みつけてまで戦い続けて人々の楯になった気持ちが分かるか!」

「何を……言っているのかさっぱり」

「見せてみろよ長田! お前の命は軽そうだが二つも三つも持っていれば一つくらい無くなっても惜しくねえだろう!」

「や、やめろー!」

「一体何の騒ぎかしら?」

 教室の入り口から女の子の綺麗な声が聞こえてきた。

 振り返ると長身の、当然カミラより低いがぼくより高い女子が教室に入ってきた。

 クラス証を見ると二年生、だが同じ歳と思えない余裕だ。

 スチールフレームのメガネをかけているけどとても美人だ。黒髪はストレートで腰ほどまで届いている。

 あれ、彼女。どこかで見たことがあったような。

「い、良いところに来てくれた!」

 彼女を見たとたん長田が息を吹き返した。

 それには応えずぼくの前まで来ると足を止めた。

「わたしは風紀委員長の清瀬伶[きよせ・れい]です。用事があって来たのですが何かトラブルのようですね」

 清瀬……そっか、二学年成績トップの女子、生徒会副会長にして風紀委員会の委員長。もちろんのように在籍する二年A組のクラス委員長だ。

 それで長田も面識があったのだろう。

「清瀬さん、聞いてくれ。ぼくはたった今、そこに居る神足くんに脅迫を受けていたんだ」

「神足……そうですか、あなたがそうなのですね」

 清瀬さんはメガネのレンズを光らせぼくを見た。ただ他の生徒が見せる侮蔑の感情は見えない。

「それにしても脅迫とはどのようなことでしょう」

「彼はぼくが水谷くんをイジメたと言い掛かりを着けてきた。そこにある封筒がその証拠だ。その封筒の中にぼくから巻き上げたお金が入っている」

「なるほど……そういうことか」

 カミラの小声。その後またふわりとした感覚に襲われ、ぼくとカミラの意識が切り替わる。

『あとはケンタに任せたぜ』

 ぼくは頷く。それを同意と見たのか清瀬さんは教卓の上にあるハンカチに手を伸ばした。

 長田も松本も笑っている。菅原は打ち所が悪かったのか軽く失神していた。

「……これが封筒?」

「そうです、中を見てくれれば」

「わたしにはそう見えませんが」

 ハンカチの中から清瀬さんが取りだしたのは生徒手帳だった。

 それを見て驚いたのは長田だ。

 清瀬さんは手帳の最後にある身分証を見た。

「神足くんの生徒手帳のようですね。それとこのメモは……」

 彼女が見ているのは昼休みに机の中に入っていたメモ用紙。彼女はそれをじっと見てから長田が広げているノートに視線を移す。

「どこかで見た筆跡と思いましたが、どうも長田くんのそれに似ているようですね」

「な!」

 変な悲鳴を上げる長田。まさかこのメモ、こいつが書いたのか。

『意外とバカだなこいつ』

 カミラに同意する。

「それと清瀬さん。そこに転がっている菅原くんのズボンのポケットに封筒が入っています。それをハンカチでつまんで取りだして下さい」

 更に驚く長田。清瀬さんはぼくの言うとおり菅原のポケットから封筒を取りだしてハンカチにくるんだ。

 校舎裏で松本を先に歩かせ、菅原のお尻を叩いたのはこれ。ハンカチの中を入れ替えて封筒は菅原のズボンに叩いたときに戻した。

「これが何かの証拠になるのですか」

「ぼくは昼休み、水谷くんが長田くんに暴力を受け、金銭を要求されているところを見ました。それはその時水谷くんが彼に渡した封筒です」

「ウソだ! 水谷くんはぼくたちと遊ぶためにお金を提供してくれた。それを神足くんが言い掛かりをつけただけだ」

 長田は目を見開いて清瀬さんを見つめる。

「君なら信じてくれるだろう、ぼくとはクラス委員会で一緒に働いているから判っていると思う。ぼくの言うことを信じるか、言っては悪いが一年生の時に問題を起こした生徒を信じるか」

「そうですね……実は今日、わたしがここに来たのには神足くんに用事があったのですよ」

 清瀬さんはぼくにむき直った。

「ぼくに用事ですか?」

「あなた、昼休みに屋上に出ましたね。一部の生徒から報告がありました」

「あ、ええと」

「当校の校則はご存じのはずです。転落防止のために常時屋上には出られないことを。違反者はそれなりに居るので全てを検挙できませんが違反が明かな場合は注意せざる得ません」

「ほら、彼はそんな校則違反の常習者なんだ」

「ええと、すいません。しかし誰に見られたのかな」

 ぼくがぽつりと言うと。

「わたしです」

 清瀬さんが頷く。それと同時に長田の声が止まった。

「生徒の通報を受けてわたしが屋上に見回りに行ったのですよ。あなたが給水塔に隠れたのは確認しました。そこで引き返そうとしましたが、実はその日、もう一組違反者が居たのです」

 清瀬さんはゆっくりと長田を見る。

「ずいぶんと仲が良さそうでしたね。『ミズムシ』というのはあだ名でしょうか。蹴ったり殴ったりするのは友情の証というものでしょうか」

『何だこのメガネ。ちっと怖くないか』

 怖いさ。この人のニックネームは『氷結の風紀委員長』。

 規則に厳格であり徹底的に悪を糾弾する。二年生だが上級生も逆らえない、それどころか教師の不正も見過ごさないほどだ。

 清瀬さんににらまれた長田が振るえている。

 むしろこっちの方が大蛇ににらまれたオタマジャクシだ。

 彼女はスカートのポケットからスマホを取り出すとどこかを呼び出した。

「清瀬です。二年B組の教室でトラブルが発生しています。風紀委員を数名こちらに回して下さい、大至急です」

 彼女は通話を切ると長田を見た。

「それでは長田くん、それに水谷くんでしたかしら。これから風紀委員室で少々事情を説明してもらいます」

 そしてぼくに瞳を合わせる。

「あと神足くんも……今回の件と昼休みの屋上の件も含めてね」

 何となくメタルフレーム越しの目が微笑んだように思える。

 それと同時に胸に小さな痛みが走った。



7. 特典はお早めに に続く

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