■■ 6. 元気な子は早寝早起き
学校に居場所が無いのは慣れていると思う。
去年であれば居たたまれない気持ちに、心が毛羽立つような感覚があったけど、今は何となく逆だ。
誰も相手にしてくれない校内の方が、どことなく落ち着くのは何故だろう。
その原因は、夢限居間の様子ではないだろうか。
天使に壁と天井を造ってもらったために、そこは部屋という性質が強くなった。
工房やアリーナに出入りするためにもここを通る必要があるし、何かあったらみんながここに集まる。
それはそれでいいんだけど、どうも最初の白い空間を覚えていると、今のそれとの違和感がけっこう激しい。
「カミラさん、ポスターは三枚までと取り決めたではありませんか!」
「堅いこと言うなよ。張る壁があるんだからいいじゃねえか。それに俺の一枚は壁紙では無く暦だぜ」
「それは屁理屈ですわ!」
もうおなじみカミラとティファの言い合いも、ここのところで内容がだいぶ異なってきた。
要は壁に貼るポスターの種類で言い合っている。
ポスターの種類は暴れん坊姫君なのだけど、お互いの好みのキャラクターが異なるための言い合いだ。
あれ、でもこの二人、どっちも鷹飛丸がお気に入りなんだよな。
ただしカミラは日本刀としての鷹飛丸、ティファは擬人化した鷹飛丸の差があるけど。
まあ、ヲタクの世界では好みが近ければ近いほど、少しのずれが大きな争いになるっていうし。
なのでこの二人の言い合いには参加しない。ぼくは目の前のロウとゲームで遊んでいる。
こちらでは電機が通じていないので、パソコンやスマホのゲームは行えないためボードゲームとかトランプになる。
サクラやカミラが加わるとトランプで遊ぶこともあるのだが、二人で遊ぶ場合はオセロだ。ルールが簡単だからね。
今回ぼくは白、ロウは黒で先手。あと四枚ほどで終了だが優位なのはぼくかな。
ロウは迷いに迷って角を取ったけど、すでにその角は死んでいる。なので次のぼくの手でまた黒が白にひっくり返った。
「また負けたー」
結局盤面は白で埋め尽くされる。個数を数えるまでも無かった。
「うーん、くやしいよう、くやしいよう。ケンちゃん強すぎ!」
「このゲームのやり方を知っているだけだよ。ロウちゃんもさっきから大分上手くなっているから、もっとやりこむと勝てるようになるんじゃないかな」
「うん、がんばるー!」
すぐさま笑顔になって盤面を元に戻す。
ロウの体型は(胸を覗くと)こちらの人間の二十歳くらいに見える。顔が西欧人だからきりりとしまるともっと上に見えるかな。
ただ精神年齢はこどもだ。おそらくカミラたちの中で一番幼い。その見た目のギャップが「頭脳はこども、身体は大人」と言うわけで、外出するにはちょっとシャレにならないような気がした。
もしかして、その気分転換にアリーナがあるのかなとか思った。
「ロウ殿、こちらに打ってみてはどうか」
ぼくとロウのオセロに横で見ていたサクラがアドバイスする。
するとロウは少し考えてサクラの意図を読んだのか、指摘した場所に駒を置いた。
サクラは逆に見た目は少女だ。年齢も低いが精神年齢では一番大人ではないだろうか。
なのでロウとサクラは妹と姉、もしくはこどもと保護者くらいの立場にある。
ロウはとてもよく懐いている。サクラの態度はいつものあれだが、特に拒絶もしていない。
サクラの介入もあって今回はだいぶ切迫した。駒数を数えてぼくの勝ちが判った程度に。
「惜しかったにござるな」
「サラちゃんが教えてくれたからだよ。よーし、今度こそ……」
そこでロウの目がどこかとろんとしてきた。
ぼくはアリーナの扉の横にある時計を見ると夜九時。ちなみにこの時計、大江戸くろっくという商品で文字盤は全部漢字表記だ。
「うー、眠いー」
「そろそろ時間にござるな。無理せずお休みなされ」
「うん。それじゃまた明日」
ロウはふらふらと自分の個室、ティファの隣の扉に入っていった。
「しかし何と言うかデジタル時計より正確だね、ロウの体内時計」
「まだこどもである証拠であろう」
ロウは夜九時に就寝し、朝は五時に必ず目覚めるらしい。
起きてアリーナで弓の訓練をしながらみんなが起きてくるのを待つそうだ。
ぼくはオセロの盤面をかたづける。そして部屋の隅にある戸棚、別名おもちゃ箱にそれを収めた。
カミラたちの世界では、一年の日数がどことなく異なっている。カミラとティファは三五九日と同じだが、それでも月の周期が異なるらしい。
だが一日の時間は二四時間でほぼ間違いないようだ。ロウの生活習慣を見ているとわかる。
時間の概念が薄いのがサクラだろうか。ホント、忍者ってブラックなお仕事なのね。黒装束だけに。
「そう言えば、メルリークの件、何か判った?」
「いいや。手がかりが何も無い状態にござる。ただ確証があるのはあの炎でメルリークは滅していないということだ」
「だろうね。あの炎がどんなに高温でも、あそこまで何にも残らないのは不自然だし」
「例の炎の矢についてロウ殿に伺ってみたが、温度としてはそこまで高く無いそうだ。色も赤から黄色であったからな」
「するとあそこから逃げ出したってことか。しかしどうしてサクラたちを襲うんだろうね」
「メルに限ればカミラ殿との因縁であろうが、目標は拙者らに向いていた」
「どうする? こっちの夢限居間に居ればみんな安全だと思うけど」
そこであの二人がこっちを見た。
「バカ言え、こっっちに引きこもるのはウツケだけで十分だ。俺はギュウドンを食べに行くぞ」
「ウツケウツケと連呼したあげくに引きこもりとはどういうことですか。わたくしだって一度はアニマニアでいろいろなグッズを見てみたいのです」
「別に今まで通り俺が買ってきてやってもいいんだぜ。恩に感じる必要は無いからよ」
「あなたに買い物を頼むとどこか感性がずれているのですよ」
「言うに事欠いてそれか!」
「あの二人にここに閉じこもる意志は無いようにござるな」
「そういうサクラは?」
「ケンタ殿のご命令であれば従うのみ」
「ぼくとしても強制するつもりも無いしね。ただロウは一度くらい外に連れ出してあげたいかな」
「なるほど。その時はケンタ殿が付き添いに?」
「ま、大丈夫じゃ無いかな」
ただ不安が無いわけでもない。
精神年齢が子供。ぼくだってこどもの頃はあったのに、今となってはそのロジックを忘れている。
と、言うかロジックが明確に無いのがこどもなのかな。
ただロウに限れば彼女はもう一つ、別の一面を持っている。
あのストリウスの弓を構えたとき、明らかに人格が異なっていた。
もしかして、あれって弓の中にある人格なのかな。
ロウと同じくわずかだけ弦を引けたぼくだけど、特にそんなのは感じなかったし。それが感じられないから弦が引き絞れなかったとも言えるかな。
「サクラは弓を扱ったことある?」
「あるにござる。弓のほかにもオーダイにあった武具は一通り使う訓練を受けているにござるよ」
「そっちの世界に銃とか鉄砲とか種子島とかガンとかピストルとか言うものはあった?」
「名前だけではござらんな。どのような武器にござるか」
「鉄の筒に鉛の弾を詰め込んで、火薬っていう爆発する粉で飛ばすもの」
「日筒にござるな。それは存在するが、扱いが面倒ゆえにさして流行っておらぬ。火薬の扱いが難しいゆえに暴発が多い。
それにあんなに激しい音がするものは忍の武具としては合わない」
「そっか。でもサクラの世界に信長みたいのが現れたら一気に普及しそうだね」
「そこまで便利なものであろうか」
「こっちの世界では銃天国みたいなものだよ。個人が所有するにも軍隊が扱うにも、弓より長い飛距離、それに破壊力があるからね。おまけにそこまで訓練もいらない。
日本では規制がきびしいから民間にさして流通していないけど」
「うむ。いずこかで手に入れ調べる必要がありそうだ」
「調べるのはいいけど、入手手段は考えてね。持っているだけで警察につかまるから」
「気をつけよう」
サクラは理解したようだけど。
彼女の場合、難なく入手しそうでこわいからなあ。
試しにどんな武器が物品召喚できるかやってみた。
その結果が次の通りだ。
『丸めた新聞紙 ○ (ただし普通の新聞紙がでてきた)
ハリセン ○ (ただし画用紙とビニールテープが出てきて組み立てた)
折り紙 ○
安全ピン ○
画鋲 ○
カッター ×
包丁 ×
折りたたみナイフ ×
ドライバー ○ (プラスとマイナス)
バールのようなもの × (バールだと出てきた)
金槌 ○
ピコピコハンマー ○
ペンチ ○
スパナ ○
アイスピック ×
刀 ×
ショートソード ×
クロスボウ ×
手裏剣 ×
拳銃 ×
ライフル ×
バズーカ ×
ダイナマイト × 』
わりに想像の範疇だ。
「何でこんな物召喚したんだ?」
「これは折り紙と言って、こんなふうに手裏剣とか作れるんだ」
「ほほう、これは面白いな。それっ」
「いたっ、何をなさるのです。ところで、この蛇腹はなんですか?」
「これはハリセンと言って用途は頭を叩くかな。音のわりに痛く無いんだよ」
「なるほど。ではカミラさん、覚悟はよろしいですね」
「やるきか、おれはこの音の出るでっかいとんかちで応戦してやる」
あと道具については武器になりそうなものもあるんだけど、呼べるものと呼べないものの違いが判らない。
それからみんなに聞こえないようにもう少し物騒な兵器の名前を言ったけど、これは全部だめだった。出現しても困るけど。
この訳の判らない対応……前も言ったけど、どこかで感じたことがあるんだよね。
「こうですわ、(バッコーン)」
「何を!(ピコーン)」
ハリセンとピコピコハンマーで闘う二人を見ながらぼんやりと考えていた。
7. ステルスガール に続く




