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■■ 15. 動いてる証拠

 昼休み、久しぶりに図書室に来ていた。

 現実逃避でなくて、世界史の課題を行うための資料を借りにきた。

 一文字先生、タンタンタヌキに話し通したって言っていたのだが未習得の単位は別らしい。ぼくがさぼった時間のレポートは提出せよとのご命令だ。

 逆らうつもりもないけどね。逆らったらその時に流れる噂が怖い。

 図書室の検索端末で本を探すとそのまま貸し出しボタンをクリックする。

 しばらくして貸し出しカウンターに目当ての本があるので、生徒証のバーコードをリーダーにかざして貸し出し完了。

 最近は一連のプロセスが自動化されているので、図書委員の仕事は未返却の本を集めることのようだ。

 ぼくは本を持って閲覧コーナーに向かう。持って帰ってもいいんだけど歴史関係の本って重いのがほとんど。今度は電子書籍で貸し出しするシステム作ってくれないかな。

 昼休みなら雑誌とか見る生徒でそこそこ混んでいるのに、今日に限れば居るのは二人だけだった。

 いや、一人とカウントした方がいいかな。

「こんにちは神足くん」

「こんにちは梓さん」

 相変わらずどっちが言ったか判らないし、ぼくもどちらかに答えたわけじゃない。

 梓姉妹が全く同じ姿勢で同じ本を読んでいる。

 タイトルは『神の存在証明』。何だか難しそうだけど、こんな本が二冊ここにあるのも驚きだ。

 ぼくは二人を目の前に腰掛けた。

「おじゃまだったかな」

「いいえ。本日はあなたに用事があったので丁度良かったですよ」

「ここで待つよりぼくの教室に来てくれればいいのに」

「あまり他の人に聞かれたく無いですし、特にB組の方の耳には入れたくありません。

 さらに言わせていただければ、あなたはあの場所がお好きではないようなのでここを選定しました」

 あの場所っていわゆる秘密基地のことか。

「それで。ぼくに言いたいことって何? もしかしてまた勧誘?」

「本日未明から長田くんが行方不明となっているようです」

 二人は同時に本を閉じると机の上に置いた。

「今朝までは自宅の自室にこもっていたようですが、午前中に自宅を出た後、その足取りが掴めていません。

 彼が姿を見せるとしたら、まずはあなたの前ではないか」

「そうかもね。そこはあんまり意外性が無いけど、どうして君たちが長田の足取りを追跡していたかの方が気になる」

「彼は大きな不安要素ですから」

「親の権力を使って何かしでかすのではないかってこと? それは判りきっていたことじゃないの」

「そこは気にしていません。長田氏の理事会での権限も風前の灯火ですから」

「どういうこと?」

 しかし彼女等はそれに答えず席を立つ。

「とにかくご注意をされた方が良いですよ」

 二人はそのままぼくを素通りして閲覧コーナーを出て行ってしまった。

『ケンタ殿。あやツラを追跡するにござるか』

「いやいい。行き先に意外性がなさそうだからね」

『しかしあれだな、まるで騙し絵を見ているみたいだぜ。できればあいつらと正面切って逢いたくねえな』

 カミラに同意するように頷くと、時間が押してしまったがぼくはレポートを作成した。

 

  §

 

 その日の放課後、学校の下駄箱を開くと靴の上に一枚のメモがあった。

 普通の男子生徒なら素直にドキドキするんだけど、ぼくの場合は一気に位置消沈する。

「今日は脅迫も勧誘も拉致もなくて比較的平穏な一日だったのにい」

『あれで平穏って言えるのなら、ケンタの日常も俺のそれと変わらなくなってきたな』

 カミラの笑えない話しに頷けず、ぼくはその紙片をとりあげる。

『第二校舎の花壇』

 とてもシンプルな内容。

 場所が場所なので、それがどこか見た筆跡でなければちょっとうれしい予感に心躍るのだけど。

『なるほど、あの二人の警告が現れたってことか』

『いかがなされるケンタ殿』

「まあ、せっかく呼び出されたんだし向かうけど。サクラ」

 すると目の前に黒装束が実体化する。

「ここに」

「花壇の付近を調べてくれるかな。伏兵が潜んでいることも考えられるし」

「して、そのような輩の処分は」

「しばらく気を失ってもらえばいいや。あんまり過激な行動には出ないでね」

「御意」

 そして姿が消える。

『さーて、そうなると次は俺の出番……』

「ティファ、もしもの場合に相手を昏睡させる法術があれば準備してくれるかな」

『いくつかあります。詠唱に準備も必要ありませんし、法力も充分です』

『待て待て、俺が出れば一発だろう』

「一発で済ましたらまずいから準備しているの」

 ぼくはそう言って花壇に向かった。

 時刻の指定がなかったが、放課後以外考えられない。

 そこは無人。目の前のラベンダーだけが見学者だった。

 ぼくがベンチに腰掛けると。

「伏兵はござらん」

 どことなく聞こえる声にうなづいた。

「何かありそうだったらまた教えて」

 そこで声が消える。気配は元々無かった。

 どれくらい待つのかな。

 しかし相手は早々に姿を現した。

 長田。服装は私服。

 顔はどこかやつれ、顎にうっすらとヒゲが伸びている。

 問題なのは目だ。本来、野獣の目ってのはこういうのを言うと思う。

 長田はぼくの目の前に立った。走ってきた様子も無いのに肩で息をしていた。

「……何かあったの」

「おまえ、菅原たちに何をした」

「もしかして、君も校内のウワサを信じて居るの。あれはぼくも迷惑……」

「ふざけるな!」

 どこかかすれた声で怒鳴ると、奴はポケットからスマホを取りだした。

 機種はiTel8Zのクラシックブラック。ぼくの周りってiTelの所有率が高いなあ。みんなお金持っているんだ。

 長田は血走った目でiTelを操作すると、ディスプレイをこちらに向ける。

「親父には清瀬のやり方を聞いた。だから俺もさっそくそのやり方をマネさせてもらったぜ」

 そこに再生されているのは先週の土曜日の夜の光景だ。夜間だがiTel8Zのカメラは性能が良いのか写りは悪くない。

 菅原と松本に襲われているぼく。そこにティファにサクラ、カミラの姿も映っていた。

「引きこもっていたんじゃないんだ」

「何そんなに余裕こいてやがる! こいつを出せばおまえの立場はどうなると思ってんだ!」

「もしかしてここでのぼくのウワサ知らないの? むしろそっちを見せたらぼくへの誤解が解けそうだよ」

「この女はどう説明するつもりだ!」

「さあ。そこは見た人の解釈になるかな」

「ふざけんな!」

 長田は手にしたスマホを地面に叩きつけそうになったがすんでで止めた。ストラップも引っかかっていたみたいだ。

「それで、ぼくにはそれを見せたかったの?」

「だから言っているだろう、菅原と松本に何をした!」

「だーかーらー、ぼくはされた方で仕方なく……」

「そうじゃねえ、あいつらを操ったのはてめえじゃねえのか!」

「操る?」

「月曜にあいつらの入院先に行った。二人とも意識はあったがまるっきりのぼけ老人だ。俺の事もろくに覚えてねえ。ただ生きているだけだ。そもそも、倉庫であのバカ女にぶっ倒されてから変だったんだ」

『ケンタ。確かにおれはバカだって自覚があるが、こいつに言われたくねえ。出ていいか』

〈だーめ。まだそこで聞いていて〉

「どう変になったのさ」

「同じことを繰り返して言っていた、『導かれし者を始末せよ』ってな。こいつら気が狂ったのかと思ったよ、それでこれだ!」

 再度ぼくにiTelを突きつける。

「俺はやっちまったと思った、バカだと思った。だがな、俺にも聞こえるんだよ、声が」

「声?」

「聞いたこともねえ女の声で、『導かれし者を始末せよ』ってな、何度も何度も何度も、耳を塞いでも、音楽鳴らしても、布団被っても、トイレにこもっても、風呂桶に沈んでも!」

 いつの間にか長田は両目から涙を流していた。大仰な仕草で手を振り回していた。

「聞こえるんだよ、今も聞こえるんだよ、あいつらを始末しろって、何だよ導かれし者って。それが俺にどう関係あるんだよ!」

「長田、落ち着け」

「落ち着いていられるかぁ! 試しに遠くに行ったよ、北海道に沖縄に、香港にも行った、親父に言って無理矢理飛行機乗って。それでも聞こえる、いつでも聞こえる。始末って何だよ、俺の耳からそれを消してくれ神足!」

〈てぃふぁ、準備はいいかな〉

『判りました、強制……』

 そこで長田の身体が震え、いきなり絶叫した。

「……出てきたらどうだ『導かれし者』。ここで始末してくれる」

 口調が変わった。あの時の菅原と同じだ。

 長田がiTelを握る手に力をこめる。ぎしぎしと異音を立てて、ついに筐体が変形するとディスプレイごと潰れた。

 割れたガラスで手のひらを切っている。血まみれのそれを見て小声で笑う。

「今こそ、キサマらを……」

 またそこで動きを止めると、今度は頭を抱えて叫びながら走り出した。

「サクラ!」

 姿を表すサクラ、すぐさま追うが長田の足が速すぎる。奴は一直線に校門に向かっていた。

 校門前の道路に走ってくるトラックが見える。このままでは校門を出たところで衝突する!

「影縫いを!」

「間に合わぬ」

 サクラの叫び、全ての動きがスローモーションになって長田が校門から飛び出した。

《……制止の矢[ファアイアンシタープ]!》

 何だ、今の女性の声?

 それと同時にいずこから飛来した光りの線が長田に突き刺さる。

 すると、彼の身体の動きが急にゆっくりとなった。

 トラックの急ブレーキ音が響き、長田との正面衝突はぎりぎりで避けた。

 しかし肩を引っかけたのか、彼の身体が道路に転がる。

「何者!」

 サクラが背中から手裏剣を取りだして構えたが、そのままで止まる。

 どうやら誰も居ない。

「サクラ、ともかく戻ってくれ。ここに出ていたらまずい」

「心得た」

 彼女の姿が消えてから校門に近づく。

「君、大丈夫か?」

 トラックの運転手が真っ青になって長田に近づいた。誰かが通報したのか救急車の音も聞こえる。

 騒ぎを聞きつけた学校の職員、近所の人々が集まりだした。

 その輪の中心で、倒れた長田は笑い続けていた。



16. スキルのおねだり に続く

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