■■ 3. 昼休みは青空の下で
さて昼休み。
『昼飯の時間だって? 俺も何か食いたいぜ』
カミラのリクエストに応えるべく、学校の近所にあるWOSバーガーに出向いた。
少し時間をずらしたおかげでそれほど混んでいなかったが、一人でビックバーガー三個、ポテトフライのLを二個、オレンジジュースのLを一個(ここまでカミラの分)、それにチーズバーガーセットを購入したからどことなく目立ってしまった。
そのまま屋上に向かいカミラがぼくの頭の中から外に出る。
「いやあ、お日様はいいねえ。頭の上に青空があるのは気持ちいいや」
彼女はどっかりとあぐらを組むと、大きく口をあけてビックバーガーにかじりついた。
実に旨そうだ。
ちなみに一ノ瀬高校では屋上に出るのが禁止されている。だからこそここに来てカミラを外に出せるのだが。
「それにしてもこのハンバーガーって言うのもなかなか旨いな。おまけに揚げイモと柑橘の果汁が良く合う」
「……それは良かった」
ぼくはしおしおとコーラを飲んだ。
「何だよ、こんだけ旨い物を食べてどうしてそんなに気落ちしているんだ?」
「正直に言うとカミラの食事代でお小遣いがもう無くなる」
「それって金子のことか。そうだな、こんだけ旨い物がタダの訳がねえ。すまなかった」
カミラは食いかけのビッグバーガーを膝の上に置くと、腰にぶら下げている袋に手をかけた。
そこから一枚の硬貨を取りだして、ぼくの目の前に差し出した。
「これで足りるか判らねえが、無くなったらまた言ってくれ。こう見えてもバケモノ討伐でそれなりに報奨金貯めているんだぜ」
「これって金貨!」
「おう、ラウル金貨だ。南の大陸ではそれなりに使えるぞ。混ぜ物が入っているが八割方金だって話だ」
「これでどれくらいの物が買えるの?」
「そうだなあ……贅沢しなけりゃ王都でも一ヶ月は楽に暮らせるぞ。安宿なら半年泊めてくれる」
硬貨の大きさは五〇〇円玉より少し大きい。それがホントに黄金色に輝いている。
裏にも表にも肖像画が描かれて居るみたいだけど王様と王妃様かな。
「カミラ、これだとどこかで換金しないと使えないよ。それにぼくだと未成年だから換金もしてくれないかも」
「そうなのか? そう言えば女神にも言われてたっけ。それじゃこれでいいのか」
彼女は再度腰の袋に手を当てる。
すると次に出てきたのは札束だった。しかもどこか見慣れたそれは福沢諭吉の肖像が付いている。
それに厚みがすごいぞ。まさしく札束だ。
ぼく、こんな大金見たこと無い。
「よく判らんがそれってここの王札か。魔力印も組み込まれてねえみたいだし、そんな紙っぺらで金貨や銀貨の代わりになるのか?」
「この世界全部ってわけでもないけど、大体は金や銀の代わりになるよ」
「そりゃすごいな。だとするとこっちの世界の貨幣制度は大分安定してんだな」
とりあえず二枚を見てみたが、透かしもきちんと入っているし紙幣番号もバラバラだった。そこまで一万円札を見慣れているわけでは無いけど本物だろう。
「こんなに高額なお金はいらないよ。これ一枚で牛丼二〇杯食べられるし」
札束を返そうとしたがカミラは首を振って受け取らない。
「俺が持っていてもどうにもならん。必要なときにケンタが使ってくれ」
そして無理矢理札束をぼくに渡すカミラだった。
「こいつも足りなくなったら言えよ。女神に貰った分がまだまだあるからな」
カミラはビッグバーガーをかじりながら豪快に笑うけど……なんだか腰の袋、見た目の大きさと容量が合っていないような。
今持っている札束だって入りそうに無いのに。
ぼくのそんな視線を感じ取ったのか、カミラは腰の袋を軽く叩いてみせる。
「こいつは『龍の胃袋』っていう魔導具の一種さ。文字通り竜種の胃袋から作られてる。
竜種の胃はちと特殊でな、あいつらいくらでも食べられるように胃袋の中に見た目以上の物が詰め込めるようになっているんだよ。
それでその胃袋の収納機能は竜本体が死んでも使えるんだ。しかも入れた物の重さは感じない。便利な道具袋だよ」
「へえ、すごいね。カミラの世界ではみんな持って居るの」
「王族とか貴族は持っているだろうが、俺達平民で持っているのは少ないかな。これは日竜[フレイムドラゴン]討伐の恩賞として王様直々に頂いたんだよ」
「なんだかその袋、細かい文字がたくさん書かれているけど」
「ああ、こいつはドラゴン討伐に参加した討伐者の名前だよ」
文字は読めないけど何となくセンテンスに別れている。その数は五〇名ほどかな。
「ずいぶんと大人数だったんだね。それだけの人がこの魔法袋をもらったの?」
「いんや……俺を含めて六名か」
「他の人は?」
「討伐途中で死んだのさ」
カミラはビックバーガーの残りを咀嚼しながらどこか寂しそうだった。
「そこまでして討伐しなくちゃいけなかったの?」
「フレイムドラゴンは恐ろしいバケモノでな、昨日のベヒーモスよりやっかいなんだ。歩くだけで地面が燃え上がる、口から高熱の炎を放つ。王都に接近していた奴はこれまたでかくてな、頭から尻尾の先まで五〇フィルトはあった。
奴を王都に入れれば真っ先に女こどもが狙われる。それに年寄りも。それこそ数千人が死ぬことになるだろう。王都が全滅したら数万でも足りないかもしれない。
だから俺たちは近衛の騎士団と協力してドラゴンに立ち向かったのさ」
「ドラゴンの行く先をどこかにそらすとかできなかったの?」
「できるかもしれない。でもできたとしても今度は別の町が狙われる。奴の中にあるのは自分より弱い奴への徹底的な蹂躙だよ」
ぼくはその言葉にコーラを飲むのを止めた。
「獣とバケモノの違いを知っているか?
獣は自分の食いぶちだけ命を取る。だがバケモノは満腹であろうと好きなだけ殺す。
ついでに人間とバケモノの違いも教えてやるよ。何だと思う?」
ぼくは黙ったままだった。
「獣もバケモノも自分より強い奴には攻撃しねえんだ。自分が負けると判っている相手にケンカなんかしねえ。だが人間だけは相手が強かろうと立ち向かうんだよ、己を楯にしても何かを守るためにな」
「そう」
どこか誇らしげなカミラに応える言葉が無かった。
4. 討伐者は見た に続く