■■ 13. ハルカのアルバイト日記・注文商品が届きました
「ハルちん、今日は機嫌良さそうだね、何かあったの?」
更衣室で制服のエプロンを身につけていると、同僚のまーチャンに声をかけられました。
「そそそそ、そんなことないよ」
「うっそー、何か声がはずんでるもん。昨日いきなり休むとか聞いたからどうしたのかと思ってたら、今日になってめっちゃ明るくて驚いたよ」
「うん、昨日はごめんね。どうしても体調悪くて」
「それはいーよ。ハルちんあたしたちの中で一番働いているんだしー。たまに休んだって店長も何も言わないよ。これで何か言ったらブラックバイトだもんね」
「ともかく、もう身体は大丈夫だから。さ、今日もがんばろ」
わたしはあせあせしながら更衣室を出ました。
ここはアニメやゲームの専門店、アニマニアの一ノ瀬店です。五月にオープンしたばっかりで、まだできたてです。
わたしたちアルバイトも働き始めてようやく二ヶ月目。アルバイトの内容としては本屋さんに近いのかな。
ただ訪れるお客様がゲーム屋アニメにとても詳しいので、こちらもきちんと勉強しなければ質問に答えられません。
中には不慣れな店員に、しつこく聞きまくるお客様も居ると聞きましたが、今の所ここのお店にはそのような方は来店していません。
お客様はみな良い人ばかりで安心です。
実はわたし、土日は大吉屋という牛丼屋さんでもアルバイトしているのですが、こちらにはたまに酔っ払ったお客様がいらして大変です。
それでも先輩の方がなんとか対応してくれるので、わたしは安心して働けます。
最近、ベネズエラからの留学生・カミラさんというとても身体の大きな女性がいらして、三、四人前の牛丼をあっという間に食べて行かれます。
お店では『褐色のフードファイター』って呼ばれていますが、実はとっても綺麗な顔立ちなんですよ、うらやましい。その方ともお話ができるようになりました。
さて、アニマニアです。
ここのお仕事は搬入された新商品を棚に陳列したり、お客様に商品の魅力を伝えるためのポップ造り、またお店での特典商品を決めたりします。
今日もたくさんの商品が入荷されました。
そして、ついにやってきたんです。
『暴れん坊姫君(九)~決戦! フジヤマ迷宮、うなれ鷹飛丸~』
そうです、先週神足くんがここに初めていらして、アニマニアの会員登録と一緒に注文していただいた商品です。
さて今日の最初のお仕事は、注文されたお客様に入荷をお知らせしなければなりません。
わたしは自分の携帯電話のフタを開きました。今時コンパクトホンだなんて、神足くんに知られたらバカにされちゃうかな。いいえ、神足くんは携帯機種で態度を変えるような男子ではありません。
ええと、彼の電話番号は……よしよし、番号再確認、大丈夫大丈夫、間違いない。
さて、かけるわよ。心の準備は良いわよね、春香。ファイト!
スー、ハー。
発信っ!
呼び出しているみたい。あれ、お留守なのかな。電波は届いて……
『もしもし、神足ですけど』
「キュー!」
『ハイ? もしもし?』
いけないいけない、突然声が聞こえたので変な音がでちゃった。
「あの、神足健太郎さんの携帯電話ですね。わたしアニマニア一ノ瀬店の」
『ああ、八雲さんだね。どうしたの?』
何と言うことでしょう! 名乗る前にわたしと判って頂けました。
「あの、ご注文いただいた商品が本日入荷しましたのでそのお知らせです」
『あ、もう一週間か。速いね』
「こちらでは一週間は取り置きますのでそれまでにいらしていただけますか。もし無理であればお知らせ頂ければ取り置き期間を延長できますけど」
『うん、今日のうちに取りにいくよ。それじゃ知らせてくれてありがとね』
「あのあの、神足くん。そちらにこちらの電話番号表示されていますか?」
『携帯電話の番号みたいだけど表示されているよ』
「こここ、これわたしの電話番号です。もし、その、緊急で、都合が悪くなったときとかのために、その、登録して、あの」
『判った、こっちの電話帳に登録しておくね。でも今日は行けるとおもうから』
「はい、ご来店お待ちしています」
そして通話を終了しました。
やりました! 本日ご来店です。
しかも神足くんの電話帳にわたしの名前が追加です。
あ、きちんと『八雲春香』で登録してくれるかな。『アニマニア店員』とかだったらがっかりだけど。
大丈夫大丈夫。
ここのレジカウンターに居ると、神足くんと正面向いてお話しできるのがうれしいです。
学校では隣同士ですけど授業中にはあまりよそ見はできませんし、昼休みとかはどこかに行ってしまうので見る機会が少ないんです。近くてとっても遠いんです。
横顔にはもう飽きちゃったのかもしれません。
……きっと去年のあれとか気にしているんだろうなあ。
最近もどこか沈んでいたり、疲れていたりと見ていて可愛そうです。
だからわたしが少しでも力になれればと思ったのに、普段の働き過ぎでわたしの方が倒れてしまいました。
せっかく保健室で二人っきりになれたのに、いつの間にか寝てしまいました。
わたし、何てもったいないことを。ばかばか。
アッキー先生からも『今時の男子はみーんな奥手だけど、結局欲求の固まりよーん。女の子は寝て待つだけじゃ無くてむしろ乗っかるぐらいの勢いで責めないとダメだからねー』と教えてくれました。
言葉の意味はよく判りませんが、とにかくすっごい自信を感じます。
つまりあの場面では寝ないで乗らなければいけなかったのでしょうか。でもそれはちょっと難しいです。
あ、いけないです。お知らせしなければいけないお客様はたくさんいるのです。どんどん電話しましょう。
ただし、これから次のお客様はアニマニアの固定電話で行いましょう。
§
さて、学校の下校時間帯を終えて、混雑も解消されました。
ちょっと閑散とした店内に、わたしはレジカウンターにたちながらどこか眠くなります。
と、そこに自動ドアが開く音が。
「いらっしゃいませ……」
キターーー!
来ました来ました、神足くんです! それもわたしがレジに居るタイミングでのご来店です、運命です、デスティニーです。
神足くんは何だか誰かと話しているようなそぶりで近づいて来ます。
そうなんです、最近見えない誰かとお話しているような、そんな様子に見えるんですけど。
そこは気にしないようにしましょう。
「こんにちは、八雲さん。今日は連絡ありがとうね」
「いえいえ、お待たせして申し訳ありません。ええとこちらがご予約の商品と、当店の特典商品ラジオCDに姫様ご乱心ピンナップ、それと会員登録特典のA全防火絢爛ポスターです」
わたしはあらかじめ商品と特典を詰め込んだ、アニマニア特性紙袋を差し出しました。
「それではご会計六四〇円、税込みで七〇四円(注意:消費税は一〇パーセント)となります」
「それじゃ一〇一〇円からお願いします」
「はい、一〇一〇円お預かりで三〇六円のお返しになります。これがレシート、それとこちらがアニマニアの新作入荷スケジュールになっています」
わたしは彼の手のひらにおつりとレシートとカタログを渡しました。
あの手のひらのぬくもり……もう一度感じたいな。
「それじゃ、また明日ね」
「はい、ありがとうございました」
彼はわたしに背中を向けてお店を出て行きます。そこでもやはりどなたかと放しているみたいですが、きっとラジオCDを楽しみにしているのでしょう。
そうです、また明日になったら逢えるではありませんか。
チャンスはいくらでもあるんです。ファイト!
そしてわたしはお仕事を続けるのでした。
14. 夢限空間ビフォーアフター に続く




