■■ 5. 綺麗なお姉さんは自覚が足りない
本来日曜日は寝て過ごす物だ。
ただ最近は寝ても寝られない状況に陥る。
土曜日の深夜の夢限空間、そこでの打ち合わせを終えてようやく本当に寝たと思ったらすぐに朝がやってきた。
神足家の朝食は全員参加が基本で朝七時に集合となっている。これには父親の例外も存在しない。
ぼくが眠い目をこすってダイニングに行くと、すでに家族は勢揃いしていた。
『さてこのところトラックの暴走事故が続いている藤島市一ノ瀬で、昨夜未明、コンビニエンスストアACDC一ノ瀬店に、ACDCの商品搬送用トラックが突っ込むという事故が発生しました』
焼き海苔で一口分のごはんをくるむと口の中に入れる。ぼくはテレビの画面を見ながら食事を進めていた。
「ここのところトラックの事故が続くわね。大丈夫かしら」
「今回はコンビニか。安心して外も歩けないな」
母さんと父さんはそんなことを言っているけど、まだ他人事。
ぼくと言えば実は全部の事故のど真ん中に居たりするわけで。
「ところでお兄ちゃん。結局アイス買ってこなかったね」
「なあ美雪。あの状態でアイス買ってこいと言うのが無理だと思わないか」
「んー、そうだけど、ACDCは一ノ瀬にもう一軒あったでしょ」
よくカミラはぼくの行動が読めないと言うけど、ぼくからしたらこの妹の考えが読めません。
『今回の事故で怪我人はありませんが、一部目撃者の話では、けが人は発生していたが瞬時に治ったとのことで、情報が錯綜している模様です。
なお、事故の原因は、配送忘れを届けに戻ろうとしたドライバーがアクセルとブレーキを踏み間違えたとの詳言を得ており、業務上運転過失傷害の容疑で捜査を続けています』
過失……ねえ。
どうも引っかかる。もしやあの事故も故意では無いのか。そしてそれはあの菅原と松本の襲撃にも関係あるのではないか。
「こら健太郎! ぼうっとしていないでさっさと食事を済ませなさい」
とほほ。父さんに怒られてしまった。
美雪もいつの間にか食事を終えているし、今日の怒られ役もぼくだった。
§
さて三人の動向だが。
カミラはサクラを連れて買い物に出かけた。
行き先はタカハシ洋品店らしい。
サクラの外出着を購入するとのことだ。カミラはわりに面倒見が良い。
ここでこれまでに判った『外出許可』のルールを整理すると。
一.今の所夢限空間から実体化できるのは同時に二人まで。
二.同じ人物が連続して出られないようだが、二人同時に出るときも順番は発生するらしい。
三.夢限空間から外に出る場合、ぼくの現在地から半径一〇〇メートルの範囲に限られる。
四.半径一〇〇メートル以内であっても彼女たちが一度でも訪れたところにしか出現できない。ぼくの周り五メートル以内であれば無条件に出られる。
五.出現してしまえば行動範囲はほぼ自由となる(実はどこまで離れられるか未検証)。
六.夢限空間にはどこからでも戻れるようだ。
七.外に居る間はぼくとの感覚共用は無くなるけど、夢限空間からの声はぼくが見える範囲なら聞こえるらしい。
八.ぼくが夢限空間に居る場合は彼女等の出入りができなくなる。中に居るときは外に実体化できず、実体化しているときは夢限空間に戻れなくなる。
九.実体化には制限時間があるが、カミラ一人の時に比べてだいぶのびている。
そんなわけで、ぼくが自室に居るときは直接家の外に出られるようだ。
カミラは牛丼の自由を得たと喜んでいる。
あとは外で変なことをしなければ良いのだけど、そこは彼女等のモラルに頼るしか無い。
でも異世界間でのモラルってかなり違うからなあ。
今日はカミラとサクラが何の問題も起こすこと無く帰ってくることを願おう。
それと彼女等がぼくから離れたときに、ぼくに何かあったらどうするのか。そのための道具をサクラがくれた。
彼女が差し出したのは細い竹筒で作った小さな笛だった。
「これは共振鳴子と言う。それを吹いても音は出ないが拙者の持っている鳴子が連動して音を出す」
「何かあったらぼくはこれを吹けばいいんだね」
「さすればすぐにケンタ殿の頭に戻るゆえに心配はござらん。この鳴子をカミラ殿とティファ殿にも預けている」
ぼくはそれを受け取ってから二人の外出を見届けた。
現在夢限空間から外に出られるのは二人まで、ティファは今のところ個室の中に居るらしい。
どうも昨日の様子が気になる。
そしたら行うのは一つ。
今回は上下部屋着のスエットを着ると、まだ朝の一〇時だけどぼくはベットに横になった。
しかし寝ないと夢限空間に行けないのが面倒だ。なんか、こう、新しいスキルで起きたまま行けないだろうか。
それにはあの天使とやらを説得する必要があるんだけど、なんか苦手なんだよな。
あんな対応、どこかで感じたことがあるんだけど、ぱっと思いつかない。
そんな事をぼんやりと考えているうちに意識が無くなる。
次に目が覚めると夢限空間の中だ。
ぼくはティファの部屋の前に進んで扉をノックする。
「ケンタだけど、少しお話しできるかな」
「判りました、すぐに支度します」
ややあって、こっちの世界での普段着を着たティファと向かい合わせに座った。
「そう言えば、ここで二人だけで放すのって初めてだね」
「そうですね」
その後無言。
なんだかとてつもなく重いアトモスフィアが。目の前の女性が美人なだけに沈黙が辛い。
「あの」「あの」
二人そろって同時に声をかけ、また黙ってうつむいてしまう。
ぼくってこういう場合の受け答えが苦手なんだよね。
その気持ちを察したのか、ティファの方から頭を下げた。
「昨日は大変失礼しました。申し訳ありません」
「別にティファに謝ってもらうようなことは無いと思うけど」
「カミラさんの忠告も聞かず、無理な法術を使用しいざという時に必要な法術が唱えられませんでした。その結果、ケンタ様にお怪我をさせてしまったこと、謝って済む問題ではありません」
「でもその全体治癒魔法をお願いしたのはぼくだし、ぼくの怪我だって一瞬でティファが治してくれたでしょ。問題があるとしたらぼくの判断ミスだと思うよ」
「そうでしょうか」
彼女の声はとても納得していないことを示している。
「あのね、気になっていることがあるんだ。もし答えたくなかったら無視してもらっても構わないんだけど」
ティファは静かに頷いた。
「昨日カミラが『奇跡の安売りをするな』って言ったらティファは今まで見せたことが無いような怖い表情になった。確かにカミラとは良く口論しているけど、ティファがあんな表情になったのは初めて見たよ。どうしてあの言葉に反応したのか知りたくて」
やはりカミラの言葉に微妙な反応をする。
この質問は失敗だったかなと思った矢先、彼女が顎を上げた。
「……わたくしは奇跡を起こすための装置でしょうか」
「それってどういうことかな」
「今となってはわたくしは、必要な法術を唱えることのできない欠陥司祭です。法王猊下より送られた秘宝・キュルスの杖を用いたとしても、皆さんのお役に建てるような法術を唱えることができません。そのようなわたくしに価値があるのでしょうか」
「それって法力がすぐに足りなくなるってことに繋がるの」
彼女は力なく頷く。
彼女が装置……ねえ。装置と言うより。
「まずぼくの思ったこと。ティファは装置なんかじゃなくて、れっきとした人間、そして綺麗な女性だよ」
「わたくしが綺麗な女性?」
「昨日の花の公園でのことでも判るでしょう、あの時ティファを取り巻いていた人たちはどうしてカメラを向けていたんだと思う?」
「わたくしを異世界の異人と感づいて、それを排他しようと思ったのではないでしょうか」
「違う違う。みんなティファに見とれていたんだよ。ティファの外見はこの世界で白人系なんだけど、その中でも目を見張る綺麗さなんだ。ぼくはそう言ったつもりだけど、信じていなかったの」
「ケンタ様はわたくしを慰めていたのだと思っていました」
「そんなに上手なおだてとか出来るのなら、もうちょっとモテていると思うよ。現にぼくだけじゃなくてあの公園に居た人たち、帰りに寄った洋品店の店員さんも見とれていたでしょ。こんな言い方をすると怒る女性も居るけど、ティファはその場に居るだけで充分価値があると思うな」
「信じられません」
どうしてだろう、彼女の世界の美的感覚が異なるのかな。
「それに法術に限りがあると言うけど、こっちの世界に来てから何人もの怪我を治しているでしょ。ぼくもその一人だよ。その実績は充分あるし、タンクローリーの爆発だって未然に防いでいる」
「それはそうですけど」
「一部ではウワサになっているってさ、あの倉庫に天使が現れたって。この世界では天使はフィクションだけど、ティファはそんな仲間入りをするくらい有意義なことをしているよ」
「……そうでしょうか」
「だからこれからも、ぼくやカミラやサクラや、その他にもぼくの友人や知人、そして縁もゆかりも無い人であっても苦しんでいる人が居れば、ティファの思うままに助けて貰えないかな。
いまのティファの力に限りがあるのは判るけど、それはカミラの言う安売りとは違うし、ティファだってそうでは無いって言っていたでしょ」
ぼくに言えるのはそのくらい。
あまり顔を上げてくれないティファに、ぼくは自らのコミニュケーション能力の低さに絶望する。
「……ケンタ様はカミラさんの言うとおりの男性かもしれませんね」
「え、どういうこと?」
「詳しくは申せませんが、ありがとうございます」
そこでティファは深々と頭を下げた。
再度こちらを見た顔は、目を合わせるのが困難なほど輝いた笑顔だった。
もしかして、少しは元気が出たのかな。
「今度はあまり注目を浴びない形で外に出られるやり方を考えよう」
「その時の外出もケンタ様にご同行頂いてよろしいのですか」
「ええと、頑張る」
「はい、よろしくお願いします」
そしてぼくたちはお互いの顔を見てほほ笑んだ。
6. 忍者のファッションショー に続く




