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■■ 10. 俺は知らないぞ

 具体的には「困ったな」という感じ。

 ややあってカミラとティファはお互いの顔を見る。今度は「おまえが説明しろ」かな。

 その攻防が少し続くと、諦めたようにティファがぼくを見た。

「式素を説明する前に、先ほどの法術の仕組みを説明しましょう。ケンタ様はわたくしの指の上に炎が出現したのをご覧になりましたね」

「うん」

「しかし普通は何の因果関係も無いのに火は出現しません。法術はそこに存在しない因果関係を無理矢理作り出す技術だと思って下さい」

「つまり結果と過程が逆になっていると」

「ほほう、やっぱりケンタは賢いな。俺の世界でも魔導師向きだぜ」

「具体的にはわたくしの中の創造世界での事象を現実世界に反映させるとでも言いましょうか。先ほどの炎でもわたくしやカミラさんの中では存在しますが現実には存在しません。その齟齬を埋めるために蓄石にある法力を手順にそって使用するのです」

「するとその手順が呪文や図式で、その方法が式素ってのに記録されているの?」

「そうお考えになって間違いないでしょう。手順を厳密に踏むことができれば式素は必要無いのですが、小さな間違いでも法術は発動されなかったり、間違った具現化を行います」

「ふーん、コンピューターみたいだね」

 今度は二人がきょとんとする。

「ええと、決められた計算をものすごい速さで行う機械かな。二人の世界に計算機ってあるの?」

「こどもの計算練習用にものさし二つあわせた加算尺ってのはあるけどな。あと魔導師がかけ算とか割り算を行える魔導機械を開発していたような」

「計算表や計算図はありますけど、それを自動化したものはありませんね」

「ぼくが使っている携帯電話も中身はコンピューターだよ。計算内容を交換することでいろいろな計算をおこなえるんだ。式素ってそれに似ている」

「わたくしには今ひとつぴんと来ませんがそうなのですか」

「するとその式素ってのがあれば、こっちの人でも魔法を使えるのかな」

「おそらくは」

 ティファは頷いたがカミラは腕組みで難しい顔をしている。

「式素ってのは蓄石と同じように目には見えない存在らしい。それでも教会魔術が使える司祭はそれを認識できるって聞いたんだけどな」

「そうですね……わたくしも認識は可能ですが、そこに刻み込まれた法術式手順までは解析出来ません」

「そこまではいらねえよ。ただケンタの中に蓄石と式素があるか調べてみてくんねえか」

「はあ。よろしいですか、ケンタ様」

 少し遠慮がちなティファに頷いて応えた。

「ぼくはどうすればいいの? シャツとかめくって素肌を見せた方が良いのかな」

「いえ、着衣の上からで見られますからそのままで大丈夫です」

 それからぼくににじり寄るティファ。彼女の細い指が伸びてぼくの心臓の上あたりをゆっくりと旋回する。

 触れてはいないけどどこか恥ずかしい。

「式素って心臓のあたりにあるの?」

「場所は明確ではありませんが、鼓動は人体の循環の中心ですからね。気配をさぐるには丁度……」

 そこで言葉がとぎれる。

 どうしたのだろうと彼女の顔を見ると、どこか困惑していた。

「何か見つかったの?」

「いえ……やはりこちらの方々は式素に欠けるのでしょうか。小さな気配はあるのですけど、式素としてはあまり機能していないようです」

「そっか。世界が異なるからそんな特徴があるのかもね」

 ティファは首をひねりながら元の位置に戻る。

「蓄石の方はどうなの?」

「今見た限りではケンタ様の中にも蓄石は循環していますね。蓄石容量としては不明ですが、先ほどのカミラさんよりずっと楽に火が起こせる程度には存在していると思いますよ」

「だとすると、あとは式素なんだ。これって産まれた時から存在しないとだめなのかな」

「そんなことはありません。蓄石も式素も修行によって増えたり発達します。ただ発達しやすさは個人によって異なりますから、同一の修行を同一期間行ったからと言って同じ法術が使えるようになるとは限りませんけど」

「ぼくもがんばれば魔法が使えるのかな」

「もしかしたらこちらの世界の方々も、知らず知らずのうちに法術を発動しているのかもしれません」

 ティファは先ほどぼくを調べた指先を見ている。

「法術発生までの手順を覚える最良の手段は反復ですが、それも正しい手順で法術を発生させたという事実を一回でも体現していなければ効率が悪くなります」

「つまり、一回でもきちんと魔法を発動させていないと、呪文の繰り返しでは意味が無いんだ」

「そりゃそうだろう。間違った受け身を何千回繰り返しても実践では役に立たねえ。だから魔法も正しく扱う師匠に教えて貰う必要があるっていうからな」

「そのとおりですね。わたくしも幼少のころから修道院で法術の基礎から教官の方々に教わりました。それでもきちんと法術が使用できるのは全体の一割程度です」

「だとすると、ぼくはティファに魔法を教わるのがいいのかな」

「わたくしでよければいくらでもご指導できますが……」

 そこで口ごもるティファ。そっか、さっきぼくの中の式素について見ているんだし、その才能について疑問があるのだろう。

 カミラは小首をかしげてうなづいた。

「ケンタはどちらかというと魔術師向きじゃねえのか。勇者のクセしてその串みていな手足見てると大剣が振るえると思えねえよ」

「だーかーらー、ぼくは勇者じゃ無いし、もとから剣道とかは苦手だって。それにしても勇者ってやっぱり剣とか使うんだ」

「あっちの世界では効率的な近接武器は大剣、遠隔武器は弓矢だからな。もちろん魔法攻撃もあるが詠唱に時間がかかるのが致命的だ。それに比べれば大剣を振り回せば当てて効果がある。何だか知らねえが勇者には専用の聖剣みてえな武器もあるって話しだし」

 そこでカミラは上目遣いに考えだした。

「ただ、大昔の魔族大戦で最後の勇者は、素手で魔王に立ち向かったって話だったな」

「素手で?」

「何でも勇者が扱える武器が無かったんだとよ。勇者が剣を振るうとどんな名工が作ったもんでもぽっきりと折れちまうらしい。んで仕方なく素手で立ち向かったって話だが、決着は付かなかったってことだな」

「勝ち負けがはっきりしてないの?」

「魔王が負けたってのは判ってる。俺達の世界の地図を覚えているか?」

 そう言っている間にカミラは道具袋から地図を引っ張り出して、一ノ瀬の地図の上に置いた。

「この西の海、もともとそれなりの大陸があったらしいんだ。そこに魔族が居たんだが、最後の魔族大戦の時、魔王と勇者の極大攻撃魔法が炸裂して大陸一つが吹き飛んだらしい。この小さな島々はその名残なんだってよ」

「へえ」

「そんときにどんな魔法が使われたか判らねえが、言い伝えだと真夜中に昼間ができたっていうから相当なもんだろうな」

「想像出来ませんわ。大陸を消し去るような法術など法王猊下でもあつかえません」

「だからこその勇者じゃねえのか」

 そしてからかうようにぼくを見るカミラ、そしてティファ。

 何となく目をそらしてしまった。

「あの、ケンタ様。以前から気になっていることがあるのですが、質問してもよろしいでしょうか?」

「ぼくに応えられるのであれば何でも」

「どうしてケンタ様はわたくしから目を逸らすのですか」

 う、痛いところを。

「そう、今もそうです。カミラさんにはきちんと目を見てお話しているように思えますが、わたくしはいつも視線を逸らされているような。何か粗相がありますでしょうか?」

「決まってんじゃん、おまえの顔が直視に堪えられないってことだよ」

 カミラの暴言に驚愕の表情を浮かべるティファ。しかも反撃しない。

 硬直が溶けるとギギギと首を鳴らしてぼくを見る。

 目がウソですよね、と語ってる。

「そんなこと無いって。ティファがキレイすぎて目を見て話すと恥ずかしいから目を逸らしているんだよ」

「そ、そうなのですか」

「ケンタの言うことをそのまま受け取るなよ。それが本心ならそんなに簡単に綺麗なんて言うと思うか?」

 一瞬赤くなったティファの頬が白く成る。

「お前は知らないがこいつ結構な色男だぞ。女が素で喜ぶことを無意識で行っている。知らない間にずいぶんと女泣かせていると見た」

「いやいやいや、それは酷い誤解だって」

「で、では……わたくし、その……」

 すでにティファは涙目だ。その横でカミラが小さく舌出して吹き出しているのにも気がついてない。

「いや、違う、違うよ。ぼくは本心で言っているのであって」

「そうですか……きっとわたくしと出かけることもケンタ様には迷惑以外の何者でもないのですね」

「だーかーらー、違うって。きちんと明日は花壇が綺麗なところにつれて行ってあげるから」

「ご一緒に?」

「もちろん」

 ぼくの返事を聞いてどこか安心するティファ。

「まあ俺は何にも言わねえけど、どんなことになってもしらねえぞ」

 カミラがふうと息を吐く。

 明日の休み、無事に過ごせれば良いけど。



11. あじさいの咲く頃 に続く

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