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■■ 6. 花は見ている

『ケンタ様、あれは花壇ですか?』

 食堂から教室に戻る道すがら、ティファの声が聞こえてきた。

「そうだね、この先にそれなりの大きさの花壇があるよ」

 どうも彼女の声を聞いているとそれに興味がありそうだったので、そのまま足を向けた。

 そこは第二校舎の裏庭だ。こちらは校舎裏と言っても第二校舎は二階建てなので敷地のほとんどに年中日が当たっている。

 聞いた話だとここには体育倉庫があったのだが、体育館を移動したのにともなって空き地となった。

 売り飛ばすには中途半端な面積と位置だったせいか、いつのまにか花壇として整備されたらしい。

 ベンチが二脚置いてあり、昼休み開始直後などはここで昼食をとる生徒も居るが、今の所無人だった。

 ぼくは空いているベンチに腰掛けると目の前の花々を見る。

『とても手入れが行き届いていますね。これは何の花なのでしょう』

「ごめん、ぼくはそういうのちっとも詳しくなくて。ラベンダーだと思うけど確信はないや」

 季節柄とても色鮮やかな花が咲いている。その上をモンシロチョウがひらひらと泳いでいてとても平和だ。

 そしてこんな時刻にこんな場所に居ると思い出す。

 ぼくは何となく手をグーパーしていた。

『あんまり穏やかな記憶でもなさそうだな』

 カミラの声に苦笑する。

 意外と彼女は鋭い。

「そんなに物騒な話しでも無いよ。去年の話はしたよね」

『ケンタ様があらぬ疑いをかけられて、この学校での評判を落とされたという事件ですか』

「ま、もともと評価されるほどの評判も無かったけどね。そのころは昼休みみたいに長い休み時間をどうやって過ごすかがむずかしくてさ。教室に帰ってもどこか居づらくて学校のいろいろな場所を転々としていた」

 ぼくは背筋を伸ばして空を見る。

「最初は図書室。本を読むのは好きだったからそれはそれで楽しかった」

 それでも毎日図書室通いをしていると飽きる。

「その次が購買部。別に買いたい物は無かったんだけど、お店の人に悪くて何か適当な物を買っていたらお小遣いがピンチになって」

『おまえは金の管理が苦手なのか』

「そういうわけでも無いよ。そのうちトイレにこもったり屋上に出たり」

『それでおまえは屋上にも簡単に出たわけだ。慣れていると思ったけどな』

「慣れているってほどじゃないよ。鍵もないんだし」

『結局ここに至った心境は?』

「花が綺麗だったからかな」

 改めて目の前を見る。

 入学当時からこの場所は知っていた。夏休み前のぼくにしてみればどこの学校にもありそうな花壇だ。

 特に興味も無く通り過ぎた。

「後期に入って自分の周囲が一変して。ここに訪れて誰も居ないベンチに腰掛けて花を見てみたら、何と言うかとても綺麗だった」

『お花に癒していただいたということでしょうか』

「それとは違うかな。ぼくがそれなりに悩んでいても花は普通に咲いていてぼくに特に関心もない。褒めてくれないけど嘲笑も侮蔑も無い。ぼくの他にこんなに生き物の気配があるのに、特に深く関心もはらわれなかった。それが何となく楽だったのかな」

『仲間では無いが一人でも無いってことか』

「そうだね。ぼくは友だちを作るのがヘタなんだ。中学でも遊び友だちは居たけどそこまで深く付き合った相手は居なかったから」

『そこまで屈折している性格では無いと思うけどな。まあ、普通では無いかもしれないが』

「褒めてるの、けなしているの?」

『どちらでもねえよ。ただケンタという人物を冷静に説明しているだけだ』

『あの……もっと近くによって見ていただけますか』

 いっそのこと外に出てもらおうかと思ったけど学校の敷地の中だ。

 一応安全と思った屋上でも見つかっているのだし、ここはティファのリクエストに応えてベンチから離れて花壇に近づいた。

 低い高さの鉄製の枠。『中に入らないでください』の立て看板の上に、さっきのモンシロチョウが止まっていた。

 目の前の色鮮やかな花々は、日の光を充分にあびてどこかうれしそうだ。

 一面の薄紫色の絨毯。わずかな風邪にみんな一斉に揺れて、どこかうっすらと香里を漂わせている。

「ティファは花が好きなの?」

『お花が好きで無い女性は少ないと思いますよ』

『言っておくが俺もその例外では無いからな。そこまで種類は知らないが嫌いじゃねえぜ』

 こちらが突っ込む前に切り替えされてしまった。

 二人がどんな表情をしているか判らない。

 何となく気配でティファがとても真剣に目の前の花々を見ているのが判る。

「ティファ、明日は学校休みだからもっと大きな花壇のあるところに出かけようか。そこなら日本観光に来た外人さんと言えば、問題無く外に出られると思うよ」

『本当ですか』

「ティファはカミラと違ってあんまり外に出たがらないからね。精神の個室ばかりでは気が滅入ってしまうんじゃないかな」

『わたくしは救世主様と共にあることを望んでこの地に降りたのです。特にそのような要求はありませんよ』

『俺としては何もなさすぎて退屈だけどな。どっか暴れられるところがあればつれて行ってほしいぜ』

「そんなことを言うからカミラは外に出したくないんだよ」

 ぼくの苦笑とティファの小さな笑い声が聞こえた。

 それと人の気配。

 ぼくがその方向を見てみると誰も居ない。

 ややあって、昼休みがもうすぐ終わるチャイムが遠くから聞こえて来た。

 ぼくはゆっくり立ち上がるとその場から離れた。

 

  §

 

 誰か居たな。

 たぶんそれに気がついたのは俺だけか。

 もしかしたらケンタも気がついたかもしれない。去り際に何も無いところを見ていたし、こいつは自分が思う以上に敏感だ。

 ただ気配はあったが殺気が無かった。襲撃者では無いってことか。

「どうしましたカミラさん」

 隣でのんきな声をかけてきたティファ。まあこいつには判らなかっただろう。

 むしろケンタに外出を誘われてうれしかったのかもしれない。

 花は嫌いで無いと言ったが、どちらかと言えば花より食い物だ。

 気配は完全に消えている。

 もしこの状態で追跡されているとしたらかなりの手練れだ。

 警戒だけはしておくか。

 ケンタにも教えておくかと思ったが、俺の勘は危険が無いと言っている。

 余計な心配はさせない方が良いだろう。放火ごとやらにまたやっかいな問題を残しているのだから。

「なあティファ。お前はケンタとメガネの食事、どっちを食ってみたいと思った?」

「カミラさんは何でもお食事のお話ですね」

「ここの食い物に興味ねえのかよ。外出したときにケンタと食べるかもしれないだろ」

「それは無いと思いますけど、両方ともメニューが揚げ物でしたから、わたくしとしてはもう少しあっさりしたほうが好みです」

「油ってのは力がでるんだぜ」

「わたくし、カミラさんほど力自慢ではありませんから」

「はいはい、俺は体力勝負、お前は頭脳労働ってことか」

『ティファも何か食べたい物があったら遠慮せずに言ってね』

「お気になさらないでください。司祭の修行で食欲に対する耐性もありますから」

『ってことは食欲もあるんだよね。そこはカミラみたいに表に出した方が良いと思うよ』

 どうやら図星だったのかティファが頬を赤らめてうつむいている。

 やっぱりケンタの奴、自意識の無い色男ってやつだな。

 俺は腕組みして息を吐く。

 さっきの気配のことはすっかりと失念していた。



7. 決戦、理事代表 に続く

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