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■■ 2. 二つの地図と六個の個室

「あのさ、二人とも地図を見せてくれる?」

「地図だって?」「地図?」

 二人はハモった直後、ぷいっと反対方向を見る。

「大陸全部と海洋まで含めて書いてあるのがあればそれを見せて欲しいんだ」

「地図ねえ。南の大陸以外はそこまで詳しくねえが、あるにはあるぞ」

「法国発行の地図がありますが、まだ不確かな部分もあります」

 そう言いながらカミラは例の道具袋から一巻きの地図を取り出す。

 ティファは右手中指の金色の指輪になにやら告げると、それを左手のてのひらに押し当てて円を描く。

 そこから紙筒を取りだして広げた。

「なんだそりゃ」

「それはどこですの?」

「やっぱりね」

 三者三様の反応。

 目の前に広げられた二枚の地図、それは全く異なる世界のそれだった。

 地図はどこを中心に見るかで印章が変わってくる。例えば日本の地図は日本列島が中心に、太平洋がその右側に来るように描かれている。

 しかし、ヨーロッパの地図は当然ヨーロッパが中心にその左側に大西洋が描かれている。

 さらに南半球のオーストラリアの地図だと南が上側だったりする。

 同じ地球上でも中心位置と回転によって大きく異なるように見えるけど、相似形だしよく見ると共通点がある。

 でもこの二つの地図には、そんな相似形は見つけられなかった。

 カミラの地図には下半分にかなり大きな大陸が描かれている。これが南の大陸を示すのだろう。

 地図の東側には南アメリカ大陸をちょっと潰したようなものがあり、北側にはオーストラリアを上下逆にしたような大陸が書かれている。

 地図の西側は海であり、いくつかの島が書かれているがそれほど大きくない。

 それに比べてティファの地図は海が少なく大陸が七割程度を占めていた。

 大きな大陸は四つ、地図の右上、右下、左上、左下にそれぞれ形状は異なるが、ほぼ大きさの同じ大陸がある。

 そこに囲まれて中央に海があった。

 どちらかがどちらかの一部を拡大したにしても一致しない。

「つまりカミラもティファも、異なる世界からここに来ているんだ。だからお互いの国名を知らなかったり、宗教が違うんだよ」

「この地図を見て理解しました。ですがこれで、わたくし安心できます」

 ティファ、笑顔がどこか怖いんですけど。

「これでわたくしはカミラさんとは全く異なる世界から来たのが証明されましたからね。ケンタ様にわたくしが、カミラさんの世界と同じ気質を持っていると思われないだけでも充分です」

「いや俺だってそーんなへましでかす神官と同じ世界でないだけで、だいぶ安心だぜ」

 あれあれあれ? どうしてこうなるの?

 誤解が解けたと思ったのに険悪な雰囲気はそのまま。むしろ悪くなっているように見える。

 もしかして今後、ぼくの頭の中では二人がずっと口論を続けるのか。

 場合によってはバトルに発展するのか?

 堪えられるのか、ぼく。

《ピロピロリーン♪》

 何だ、今の変な音。まるでゲームの効果音のような。

《健太郎は新しいスキル『精神の個室』を手に入れました♪》

 精神の個室? それに今のはまた聞いたことの無い女性の声だぞ。

 しかもその音声が聞こえたのはぼくだけらしく、カミラとティファは慌てるぼくをぽかんと見ていた。

 その時、ぼくの目の前の白い空間の左右に三つずつ扉が現れた。

「なんだいこれ?」

 カミラは立ち上がって右側一番手前の扉に近づいた。

 ティファは逆に左側一番手前の扉の前に立つ。

「何だか知らねえが俺の名前が書いてあるな」

「こちらにはわたくしの名前が表記されているようです」

 六個の扉にはノブと名札のようなものが付いている。

 左右一番手前の名札には、文字が刻まれているがぼくには読めなかった。

「もしかしたら、そのドアの向こうには二人用の個室があるかも」

「個室?」「個室ですか?」

 二人そろって声を上げたけど、その直後お互いがそっぽを向いた。

「何か今ぼくが新しいスキルを手に入れたとかで……精神の個室って言うんだって。入れるようなら入ってみて」

「入れるのかここ」

 カミラはドアノブに手をかけると何の躊躇も無くドアを開いた。

 それに続きティファもドアを開き、二人は部屋の中に入っていく。

 二つのドアが閉じると急に静かになった。

 それにしても。

 個室のドアだとしても、ほとんど間無く隣接しているから、部屋の広さはうなぎの寝床みたいに狭いんじゃないかな。

 おおよそ一〇分くらいして、二つのドアが同時に開く。

「こいつは確かに個室みたいだな」

「一人用の部屋のようですね」

「狭くなかった?」

「広さは十分だぞ。俺でも楽勝に寝られる寝床があるし、床にも転がれる余裕があるしな」

「お部屋の中はベットしかありませんでしたが、テーブルやチェストも望めば出現するようですし、どこの風景か判りませんが窓も現れました」

「天井はあるみたいだが俺が思うと勝手に部屋の中が明るくなったり暗くなったりしたみたいだし、あっちの俺の定宿に比べてかなりの居心地の良さだ」

「床も板張りのようでしたが望めば絨毯が敷き詰められましたし、修道院の院長様のお部屋より清潔に思えます」

 二人の感想を聞いている限り、それなりに住み心地の良さそうな部屋に思えるけど。

「ケンタ、とりあえず中を見てみろよ」

 ぼくは言われるままにカミラに近づくと、目の前のドアを開こうとしたのにノブが動かない。

「お前なあ、どこまで貧弱なんだ」

「これって力の問題じゃ無くて、鍵がかかっているみたいなんだ」

「んなわけあるか。ちょっと貸してみ」

 カミラがドアノブを持つとあっさりと回転する。

「ほれ、簡単に開くぞ。俺が開けてるから中に入りな」

 カミラの部屋の中に入ろうとしたが、見えない壁みたいな物に弾かれた。

《注意事項。それぞれの個室にはプライバシーの保護のために、別の人が入ることができません♪》

 また何か聞こえて来た。

「どうした?」

「この部屋、カミラ専用で他の人が入れないみたいなんだよ」

「するとわたくしの部屋にもケンタ様は入れないのですか?」

「そうらしいね」

ぼくたちは他のドアを開けようとしたが、カミラもティファも自分の部屋以外の扉は開かなかった。

「あれ? ここは入れそうだけど」

 左側一番奥のドア、そこのノブは回すことができた。

 おまけに開けられる。

「するとここがケンタの部屋って事か」

「名札には何も書かれていないようですけど」

「ともかく入ってみるね」

 試しにカミラとティファが入ろうと舌がだめだった。

 ぼくがドアをくぐると自動で閉じた。

 確かに部屋は広い。あの入り口から考えると不自然な床面積だ。

 家のぼくの部屋より広いと思うけど、それはベット以外の家具が何にも無いからだ。

 床は板張りとティファが言っていたが、どうも木材とは異なるつるつるとした材質だ。滑って危なそうだと思った瞬間に暖色系単色の絨毯が敷き詰められた。

 壁際に置かれたベットには掛け布団とマクラがあり、すぐに就寝できそうだ。

 けどここってぼくの夢の中のはず。

 夢の中で寝たらどうなるんだろうと思いつつベットに腰掛ける。

 壁には窓が無い。

 閉鎖的だな、と思ったら一つの大きめな窓が出現した。

 そこから見えるのは山々であり、どこかの田舎だろうと思える。見覚えの無い風景だった。

 それにしても、ここってぼくの心の中だろ? こんなにスペース取って頭の中大丈夫なのかな。

《補足情報。精神の個室は健太郎の精神と別空間に繋がっています。貴殿の精神には影響を与えません♪》

 だーかーらー。

 そう細々としたことはまとめて教えてよ。

 試しに牛丼をリクエストしてみたが出て来ない。麦茶は出てきたのにこの差は何だろう。

 あのメッセージが何か教えてくれるかとしばらく待ってみたが無言だった。

 ぼくは頭をかきながら部屋を出た。

「おう、どうだった」

「お部屋の様子、いかがでしたか?」

「うん……何とも不思議だけど、それぞれの部屋は自由に使って良いんじゃないかな」

 ただ、問題なのは残り三つの個室だ。

 わざと空き部屋にするとは思えない。

 するとあと三人も頭の中の居住者が増えるのだろうか。

 ぼくは嫌な想像を払拭するように頭を振った。



3. 最後に見せたもの に続く

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