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■■ 1. 綺麗なお姉さんは好きですか

『次のニュースです。昨日謎のトラック爆発が起きたばかりの藤島市一ノ瀬で、今日はタンクローリーが倉庫に突っ込むという事故がありました。幸いタンクローリーに積載されていた燃料はわずかであったため爆発などの二次災害は起きませんでした』

「怖いわねえ、今度はタンクローリーだって」

「燃料がほとんど積んでいなかったのは不幸中の幸いだったよね」

 夕食時、テレビを見ている母さんと美雪。

 ぼくは一人、テレビから目をそらした。

 いや、燃料はけっこう積んでいて、しかもかなりハデに爆発したんですけどね。

 今回もそのど真ん中に居たなど言えるはずもない。

 あの後、ローブの女性はぼくの腕の中から消えた。まるで空気に溶け込むようだった。

『うお、何だこの女! なんでここに居る』

 消えた直後にカミラの叫び声が聞こえたことから、何が起きたか想像出来る。

 つまりあの女性もぼくの頭の中に入ったのだろう。

 基本的に魂だけの存在らしく頭の中に入っても、頭が重くなったりは無かった。

 どう見てもあの女性より重いカミラが頭の中に居ても、首とかに負担がかかっていないのだから、二人になっても大丈夫なのだろう。

 ともかくぼくは、カミラが開けた大穴から外に出ると路地に隠れた。

「なーに、今のすっごい音。倉庫の方から聞こえて来たけど」

「あの倉庫、中には何にも無いはずだぜ」

「ガソリンスタンドからタンクローリーがものすっごい勢いで走り出して、こっちの方に来てたな」

「警察と消防、電話した?」

 激突音やら爆発音を聞きつけた野次馬が集まってきている。

 ぼくはその中にこっそりと紛れ込むと、注目を浴びないようにそこから離れた。

 商店街通りは駆けつけたパトカー・救急車・消防車に加え、テレビの撮影車両や報道のヘリコプターも集まって大変な騒ぎになっている。

 そんな中、家に着いたぼくはともかく食事となった。

 仕方ない。神足家の夕食は午後六時限定なのだ。

 破ると夕食が自腹になる。

 これを破って良いのは家長たる父さんだけ。父さんもあまりに遅いと母さんにお小言貰っている。

「ところでお兄ちゃん。アニメショップ行ってみた?」

「ああ。でも暴れん坊姫君の最新刊無くて注文してきた。入荷まで一週間かかるんだって」

「えー。どうせならユーフラ使えばいいのに」

「ユーフラだと特典付かないだろう。それに町の商店を利用するのは商店街の活性化に繋がるんだぞ」

 それでもどこか納得が行かない妹はブツブツ言っている。

「今回は特典にラジオCD付くんだぞ。これはアニメ化の布石だな」

「健太郎、そんなのばっかり聞いていないで、少しは英語の教材でも聞きなさい。来年は受験生でしょう」

 ぼくは母さんにお小言貰ってしおしおとする。

『なおタンクローリーの運転手五三才男性は警察の調書に曖昧な詳言を繰り返しており、輸送会社の過剰勤務による居眠り運転が原因ではないかと操作を続けています』

 運転手さんも怪我が無くて――と言うか治って良かったけど、取り調べは続くのか。

 せめて重い罪にならないようにとご飯を食べ続けた。

 

  §

 

 その日の夜。

「あの場ではご心配おかけして申し訳ありませんでした。また、救世主様にはわたくしを受け入れて頂き誠にありがとうございます」

 場所は白い空間だ。

 ぼくから向かって左側に腰を落とした女性は、そう言って深々と頭を下げる。

 ちなみにカミラは向かって右側に腰を落としていつものあぐら。

 二人の間には微妙な距離があるのだけど、これは初顔合わせなので仕方ないのだろう。

 夕食後、シャワーも浴びずにそのまま寝た。

 夜の七時に寝るなんていつぶりだろうと思ったが、まぶたを閉じたとたんに意識は消え失せて、次の瞬間には白い空間にパジャマ姿で腰掛けていた。

 その時点で二人ともそこに居た。

 しかしここ、白い空間と言うのもなんだか変な感じがする。名前着けようかな。

 ……『夢限空間[むげんくうかん]』。どこか中二っぽいけど良い感じ。

 それで床は白いモヤに包まれていて、直接腰を落としてもお尻は痛くならない。

 どうせなら座布団が欲しいなと思ったとたん、ぼくの真横に三枚の座布団が出現した。

 どうやらここではぼくが望めばいろいろな物を出せるらしい。

 とりあえず一枚ずつをカミラと女性に渡し、ぼくも座布団に腰掛けたのだが、ローブの女性は受け取った座布団を横に避けた。

 もしかして、一旦座布団を避けるマナーは異世界共通なのだろうか。でもカミラはしっかりと座っているし。

 ぼくは再度「お座り下さい」と女性に勧めた。

 彼女は正座からやや足を崩して腰を落とした。

 ちなみに彼女の服装は真っ白なローブだ。どうやら赤く見えたのはあの場面で炎の照り返しを浴びていたかららしい。

 ローブの下はあまり見たことのない形状のワンピースだった。

 色は濃紺、頭からすっぽりかぶるような筒状で、裾は足首まで届いている。

 首はスタンドカラーで後ろで止める形式らしい。

 膝の高さで左右に切れ込みが入っているため、座ってもそこまで窮屈そうじゃなかった。

 全体的にスリムな印章だ。胸もどこか控えめだし。

 袖も長袖なので、直に肌が見えているのは両手と頭だけ。

 装飾品は右手の小指に銀色の指輪、中指に金色の指輪、左手は人差し指と中指に緑色の指輪をしている。

 足下にはあの杖が置かれていた。色はやはり白、先端の宝石も白色だ。

 そして見えている顔がまた美人だった。どうにも直視できない。

「わたくしティファ=マクリーナと申します。キュメリン法国でキュメール教の司祭を務めています」

「ぼくは神足健太郎。言いにくければケンタで構わないです」

「畏まりました救世主様」

 ニッコリとほほえむ彼女の笑顔は、西洋人風の顔立ちも相まってキラキラと輝いている。

 カミラは何だか暇そうだったので麦茶を出した。

「エールをくれよ」

 どうやら酒類っぽいのでスルーした。

「ともかくその救世主っていうのは勘弁してほしんだけど」

「何故です? わたくし聖母様より神託を受けここに救世主様のお手伝いにと至ったのです」

「そもそも今の時代に救世主なんて居ないし。確かに約二〇〇〇年前に一人居たみたいだけどね」

「でしたらあなた様がその救世主様の生まれ変わりではないのですか。いえ、そうに違いありません」

「いやいやいや、そんなこと公言したらいろんなところで炎上しちゃうから」

「その時はお任せください。先ほどもご覧頂いたように、耐火沈熱などの耐性法術は得意なのです。必ず救世主様をお守り申し上げます」

 と胸をはるティファ。ここは話題を変えてみようと思った。

「そういえば、ティファはどうしてここに来ることになったの?」

 すると彼女はどこか恥ずかしそうにうつむいた。

「それにはわたくしごとではありますが、少々情けないお話をせねばなりません。

 わたくしはキュメリン法国の首都、キュメリンにてキュメール教総本山であるシステア教会にて司祭を務めておりました。

 その日も信徒の方々にご挨拶していたのですが、法王猊下を送迎用に待機していた法術馬車が暴走を起こしました。

 幸い法王猊下は乗車していませんでしたが、このままでは信徒の方々の列に突っ込んでしまいます。司祭や神官は法術で馬車を止めようとしましたが、猊下専用の馬車はもしもの場合に備えて対法術防御を施しております。誰もその馬車を止めることができず、なおかつ逃げ遅れた少女の目の前に迫ったのです。

 そこでわたくしは少女の前に躍り出て、聖騎士鎧を発動したのですが間に合わなかったのです。

 幸い少女に怪我は無かったのですが、わたくしは馬車にはねられ命を落としたのでした」

 ……ええとデジャブかな。あれって一種の記憶障害って聞いたことがあったっけ。

「そこでわたくし、このような白い空間に呼び出され、目の前に現れた聖母様にこう告げられたのです。

『心優しき司祭よ。そなたの汚れ無き心に感銘を覚えました。よってそなたの魂を異世界に移します。そこには目覚めを待つ救世主が居ます。そなたはその者に手助けし、異世界を共に救うのです』と。そして新たなる力をくださったのです」

 ちらりとカミラを見ると、わざと音を立てながら麦茶を飲んでいた。

 ティファの場合は聖母様に救世主か。女の子を助けるために馬車の前に出るのは一緒なんだと思いつつ。

「ともかくぼくは救世主では無いです。ですのでその言い方はやめてください」

「ですがわたくしを受け入れられるのは救世主様だけと伺っています。では何とお呼びすれば良いのでしょう」

「せめてケンタでお願いします」

「判りました。ケンタ様とお呼びすれば良いのですね」

「……ケンタ様、ぷぷぷ」

 カミラが含み笑いを浮かべている。判っているよ、似合ってないんだろ。

 ところがそれにティファが食ってかかった。

「カミラさんでしたか、失礼ではありませんか。わたくしにとってケンタ様は救世主様です」

「俺にとってもケンタは勇者だからな。じゃあ俺もケンタ様って呼ぶか」

「いや……やめてカミラ」

 カミラは麦茶を飲み干すとティファを見た。

「ところでティファだっけ。あんた見たところ、治療とかの教会魔術が使えるんだろ」

「教会魔術? わたくしが扱えるのは神聖法術ですけど確かに治療・蘇生法術は扱えます」

「そいじゃなんで馬車にぶつかったくらいの怪我で死んじまうんだ?」

 カミラの質問にどこか焦るティファ。

「いやさ、大型や多量のバケモノを討伐するときに、徒党の中に教会魔術が使える者が居るだけで生存率が格段に上がるんだよ。さすがに致命傷が立て続けにあると難しいが、骨折程度ならその場で直せるし、蘇生が使えるとしたら不意の事故にも対処できるからな。まあ俺は蘇生が扱える魔術師は見たことねえけど」

 たしかにRPGでもパーティーに僧侶系列は必須だからね。

「そんでお前は治療も蘇生も使えるんだろ? 何で瀕死の状態で自分にそれを使わなかったんだ?」

「そ、それは……信徒の方々の治療を行っておりまして、法力がほとんど残って居なかったのです」

「そのスカスカの状態で障壁魔術を使って打ち止めになって、自分が助けられなかったと。どこの素人だよ」

「し、仕方ないではありませんか。そういうあなたはどうしてここに来たのです」

「俺? 街中で暴走している馬車からこどもを助けようとして跳ねられた」

 そこでジト目になるティファ。何となく美人顔が黒く歪んでいるような。

「見たところあなたは剣士のようですね。その背中の大剣で馬車ごと霧飛ばせばよろしかったのではないでしょうか」

「帯剣してなかったんだよ」

「何と言うことでしょう、剣士ともあろうお方が自らの武具を持たずにそのまま馬車にはねられたなど笑い話ですわね。どこの田舎者ですの」

 カミラの眉毛が吊り上がる。

「俺が田舎者ならお前は何なんだよ。そもそもキュメリン法国なんて聞いたことねえぞ。もしかして北の大陸にあるのか?」

「なんですって? キュメリン法国をご存じないなどあなたこそどこの洞窟にお住まい? エンデ大陸と沿岸都市を統治する最大国家をご存じないとは信じられませんわ」

「エンデってどこだよ。最大の大陸は南の大陸だし、最大の国家は今の所シムス帝国だぞ」

「存じませんはそのような国。もしや地下に建国されていますの?」

「シムス帝国って言えば大陸の三分の二を占める大国だぞ? おまえ本当にどこに済んでいるんだ?」

「こう見えてもわたくしキュメール教会の国立大学ではそれなりの成績を収めていますが、そのような国家は聞いたこともありませんわ。歴史を遡ってもここ二〇〇〇年に存在していませんわね」

「そもそもそのキュメール教ってどこの道祖神だよ。一体どんな神様信じて居るんだか。だから治療もできずに打ち止めになったんじゃねえのか」

「言わせておけばトコトン失礼なことを! 神聖にして偉大なキュメールの神をご存じない? あなたこそどこの土着宗教をあがめていらっしゃいますの」

「いや、俺は神様なんざ信じてねえが、それでも孤児院を運営していた教会は国教のウェルタ教のものだったぜ」

「ウエルタ? 存じませんは。そのような神の加護でしたから馬車にはねられてお亡くなりになったのですね」

 何だか二人の会話が全く噛み合ってない。

 それにどんどんお互いの表情が険悪になっているし。

 ただ二人の会話を聞いているうちに、ふと思いついたことがあった。



2. 二つの地図と六個の個室 に続く

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