終わりの始まり
………ぼくの人生ヲワタ。
思えば一七年しか生きていない上に、目立って良いことも無かった。
もちろん彼女はおろか女友だちも居ない。ぼくが唯一まともに話せるのは母さんと妹と、去年亡くなったおばあちゃんだけだ。
そのおばあちゃんが良く言っていたっけ。
『ケンちゃん、良くお聞き。だれか困っている人が居たら助けてあげるんだよ。特に女の子が困っていたら助けるのは男の子の義務だからね』
今時の世相に合わないとか女性蔑視とか言われそうだけど、ぼくはうんうんと頷いていた。だって良いお返事するとおこずかいが貰えたから。
おばあちゃん、ぼくきちんと言いつけ守ったよ。
ぼくの横に小さな女の子が座り込んでいる。目を固く閉じて振るえていた。
その子の腕の中には黒い子ネコ。女の子は道路に飛び出した子ネコを追って自分も飛び出したのだ。
そこに迫るトラック。
二トンくらいの小型車だろうか、荷台には何にも乗ってない。
歩道からその様子を見ていたぼくは、無謀にも道路に飛び出て女の子を真横に突き飛ばした。
トラックはまっすぐぼくに突っ込んでくる。何とか女の子(と子ネコ)は避けてくれるかな。
情けないことに動けない。
いずれにせよぼくの人生はここで終了確定。
ぼくも女の子と同じように堅く目を閉じる。きっとこの後に今までの人生が走馬燈のようにきらめきながら見えるのだろう。
……と言ってもあんまり良い思い出が無い。
せめて妹以外からバレンタインデーにチョコレート貰いたかった。
最後の最後の瞬間にうんと引き延ばされた時間の中、そんなことを考えていると、ちくりと胸の奥に痛みが走る。
その直後ふっと意識が遠のいた。
《……仕方ねえ、爆裂斬!》
何だ、今の女性の声。
空耳?
ところが次の瞬間にぼくの真後ろで壮絶な爆発音が響く。
続いて周りから人の悲鳴が聞こえ、ガラスが割れる音や何かが引っかかれる音がとどろいた。
はて?
ぼく、生きている?
ふと腕に重みを覚えて視線を下げると、ぼくはあの女の子と子ネコを胸に抱えていた。
何が何だかわからない。
どうやらぼくの後ろで爆発したのは、先ほどまで迫っていたトラックらしい。そしてぼくは曳かれそうになっていた女の子を抱いている。
道の真ん中に居ても危ないので、とぼとぼと歩道まで進むとゆっくり女の子を下ろした。
「ええと、怪我はない?」
「うん。お兄ちゃん、ありがとう!」
女の子は笑顔だ。彼女が抱いている子ネコも小さく鳴き声を上げた。
「ともかく、ここに居たら危ないからもう家に帰った方がよいよ」
「うん。それじゃあね!」
女の子は小さな右手を、子ネコは尻尾を振ってぼくから離れる。
消防車や救急車のサイレンが近づく中、ぼくも足早にそこから離れた。
§
『さて次のニュースです。本日午後三時頃、藤島市一ノ瀬南にて走行中のトラックが突如爆発する事故がありました』
その日の夜、ぼくはテレビのニュースを見ながら食事をしていた。
テーブルを囲むのはぼくの母さんと妹。父さんは今日も残業で遅くなるらしい。
「これってうちの近所でしょ。怖いわねえ」
母さんは眉を潜めてテレビを見ている。
「トラックが爆発って何を積んでいたんだろうね」
それに相づちを打つように妹の美雪[みゆき]が頷いた。
あれからまっすぐ、家に帰ったぼくはとりあえずベットに横になった。
あれはきっと悪い冗談だ。夢だ。
そう思って目を閉じるとすんなりと眠れた。
その後、美雪に起こされて夕食となったのだが、いきなり現実を押しつけられた気分だ。
「そう言えばお兄ちゃん。今日ラノベの新刊買いに行ったんだよね。本屋さんってこの事故現場の近くでしょ。何か見なかったの?」
いや、ぼくその現場のど真ん中に居たんですけどね。言えるわけがない。
「今日はお金の持ち合わせが無くて結局行かなかった」
「そーなんだ。でも今度新刊買ってきたらあたしにも読ませてね。『暴れん坊姫君』の最新刊、あたしも楽しみにしてるんだから」
「判ってる。明日にでも買ってくるから。でも最近はラノベも高くなったんだよな」
「もう。健太郎ったら高校二年生でしょう。ラノベばっかり読んでいないで受験勉強の準備しなさい」
ぼくは母さんにそうにらまれて肩をすくめた。
その点、ぼくから見ても優秀な妹は、少しくらい遊んでいてもちっとも怒られない。
美雪が母さんや父さんにお小言もらっているところなんて一度も見たこと無いもんな。
ぼくについては去年の一件があるからなおさらなのかもしれないけど。
ぼくは母さんの目から逃れるようにテレビに視線を移した。
『この爆発によって歩道に居た通行人の中に、足の骨を折るなどの重軽傷者が四名出ています。トラックの運転手は意識不明ですが命に別状無く、警察は運転手の意識の回復をまって事情を聞くとのことです』
キャスターのシメの言葉と共にヘリからの空撮が画面に映し出される。
その中にぼくの姿は映っていなかった。
§
その日は夕食後、風呂に入るとネットもテレビも漫画も見ずにベットに入った。
変な時間に寝てしまったから目がさえて眠れないかと思ったが、意外とあっさり意識は遠のいた。
『――おーい、聞こえているか?』
うん、誰だ?
『ようやく話せるようになったんだ、おい、起きろや』
やだよ、今寝たばかりなんだから。
『起きろと言ったら起きろ、この野郎!』
その凄まじい大声に目を覚ます。
それで、ここどこだろう。
なんだかよく判らない白い空間に居た。
壁も天井も無く、床はうっすらと白い雲に覆われている。
辺りは真っ白だが別にまぶしくない。気温も丁度というところかとても過ごしやすい。
そんなヘンテコなところにぼくはパジャマ姿で座っている。
「いやーようやく目を覚ましたな」
ぼくの背後でそんな声が聞こえてきた。
女性の声? 美雪でも母さんの声でも無い。
でもどこかで聞いたことがあるような。
「ともかくこっち向けや。おまえ、勇者なんだろ?」
「勇者?」
「女神に言われてここまで来たんだ。さあさっさと魔王を倒しに行こうぜ」
何の事かと振り向いてみると、そこに女性……だと思う人があぐらをかいて座っていた。
何て言うんだろう、座っているのに迫力満点な大柄だ。
肩幅も胸囲も腕周りもぼくより圧倒的に太い。それに露出している肌は全身傷だらけだ。
目の前に山があるような存在感。その背中にとてつもなく大きな剣を背負っていた。
それに服装がまた特徴的だ。
上半身は胸回りと肩に革で出来たプロテクターのような物を着ている。特に左胸の心臓の真上辺りは二重になっていた。
お腹が見えていて腹筋が見事に割れている。
腕はほとんど露出しているが両手首に黒いサポーターを巻いていた。
下半身はプロテクター付きの革製のズボンと登山用なのかごついブーツを履いている。
まるでどこかの世紀末救世主のようだ。
ただ首から上はきちんと女性の顔をしている。
カワイイと言うより美人かな。肌の色は褐色だけど瞳の色は青かった。
髪は燃えるような赤、癖毛なのかうねったそれは首筋で一つにまとめられ背中に流していた。
その彼女が目を細めてにかっと笑ってみせた。
「とりあえずはじめましてだな。俺の名前はカミルージュ=クラインベルト。面倒ならカミラって呼んでくれ」
「……ええと、ぼくの名前は健太郎。神足[こうたり]健太郎です」
「ケンタロウ、何だか言いづらいな。ケンタって呼んでいいか」
ぼくは頷いて身体の向きをカミラの正面に向けた。
改めて見ると彼女は大柄だ。ぼくも身長なら一七〇センチあるけど、お互い座っていて見上げてしまう。
カミラは筋肉線が浮き出た両手で、自らの両膝をパンと叩いて豪快に笑う。
「いやあ、昼間は驚いたぜ。いきなりあんなバケモノが襲ってくるんだもんな。あれって何だ? 巨魔象[ベヒーモス]の変種か」
ベヒーモス? 確かそれってゲームに出てくるモンスターの名前だったような。
「咄嗟に爆裂斬使っちまったから技量が無くなっちまったぜ。それでも何とか背後のこどもを抱きかかえたけど助かったみたいだな」
「それじゃあ、あの時のトラックを爆発させたのは」
「トラックって言うのかあのバケモノ。またずいぶんと凄まじい世界に飛ばしてくれたなあの女神」
もしかしてあの時、一瞬意識が飛んだと思ったら彼女がトラックを爆破して女の子を助けたと言うのか?
「あの……カミラって何者なの?」
「何者って、バリアン王国ではちっとは名の知れた剣士だぜ。討伐者の階級で言えば第二級だ。少しは名が知れていると思ったがまだまだだったとはな」
「バリアン王国ってヨーロッパにある国の名前?」
「ヨーロッパ? そんな大陸は聞いたことが無いな。バリアン王国は南の大陸の東寄りにある、二番目に大きな国だぜ。南の大陸では帝国にタメはっている唯一の国だな」
何だろう、彼女の言うことがさっぱり判らない。ここに地図帳があれば見てもらうところだけど。
そんなぼくの困惑を読んだのか、カミラは大きな手のひらを打ち合わせた。
「あー、なるほど。ここは異世界ってことか。すると南の大陸もバリアン王国もシムス帝国も無いわけだ」
「……異世界?」
「そうよ。俺はな、元の世界で馬車に跳ねられて死んだのさ。それで女神に言われてこっちに来たってわけよ」
あれぇ? そんな話しどこかで聞いたことがあったような。
カミラは饒舌に話を続けた。
「東の森に大量発生していた鬼人[オーガ]の討伐を終えてさ、久々の休みに王都の屋台街をメシ杭ながら流していたんだよ。そしたら『暴れ馬だ』って声が聞こえてきてだな。
騎士の甲冑やら剣やらを運ぶでっかい馬車の馬がこれまた黒くてでかくてさ、そいつが大暴れして通りを爆走してんだよ。するとそこから逃げようとしていた女のこどもが足を引っかけてさ、動けないみたいだから俺が助けようと思って飛び出たのさ」
実に楽しそうに話しているけど、デジャブな光景にあの時の迫り来るトラックを思い出した。
「こどもは俺が放り投げたから助かったと思うんだけどさ、あまりのことに何にもできなくて。自慢のこいつも帯剣してなくてな」
カミラは背中の大剣をポンポンと叩いて見せた。
「それで馬車に激突して死んじまったってわけよ。でもな、その直後こんな真っ白なところに引っ張り出されてよ。目の前に女神ってのが現れてこう言ったんだよ。
『あなたはここで死んではいけない人。これから異世界にあなたの魂を移します。そこで出逢う勇者に手助けをしてあげてください』ってな。おまけに何か特別な技を一つくれるって言うんだよ」
「するとカミラは魂だけの存在なの?」
「みてえだな。ケンタの頭の中に居ると思うけどなかなか話しも通じなくて困ったぞ」
つまりカミラはぼくから見て異世界で、不意の事故死から女神によってこの世界に転移してきた。
おまけにぼくの頭の中に住み着いた。
「俺の魂はお前の頭の中だが、それでも俺の技はお前にも使えるぞ。この日のために散々修行したからな。魔法は使えないが剣技なら負けねえぜ」
「使えるってどういうこと?」
「そんなところでケンタ。さっそく魔王退治と行こうぜ。王都の討伐者組合じゃ大した依頼が無くてつまらなかったんだ。勇者と言えば魔王退治だろ。さっさと討伐に出ようぜ」
「いやいやいや、こっちの世界にモンスターだの魔王なんて居ませんから」
「嘘つけ、昼間のトラックがバケモノで無いとすれば何なんだ」
「あれは自動車って言って馬車と同じ物ですよ」
「お前、俺に学が無いと思っていい加減なこと言うと怒るぞ。そもそも馬に繋がれていない馬車があるもんか」
怒るぞと言いながら右手は左側から飛び出ている大剣の柄を掴んでいる。
「ともかく落ち着いて。そもそもぼくは勇者ではありませんよ。きっと何かの間違いだからまずは元の世界に戻って女神様に詳しく聞いてみてください」
「いや、間違いねえ。俺が頭に入れるのは勇者だけだって女神が言っていた。そもそもこうやって面と向かって話しているだろう」
「ともかく、ぼくも今日はいろいろあって疲れているんです。この続きは明日にしませんか。討伐に出るにしても準備は必要でしょう」
「仕方ねえ。それじゃ一寝入りしたら魔王討伐の計画を練るぞ」
カミラはフンっと鼻息を鳴らす。
やれやれと思った瞬間、ぼくの目の前が真っ暗になった。
ゆっくりと目を開けるとぼくの部屋の中だ。照明が落ちて常夜灯だけがぼんやりと輝いている。
夢……だったのか?
身体を起こして照明を付けた。なんだか喉が渇いている。
ジュースでも飲もうとベットから降りようとしたとき。
ぎしっ。
あれ、何だかベットが少し傾いたような。
「へえ、ここがケンタの部屋か。男のわりに俺の部屋よりキレイだな」
ぼくの部屋のベットの上、端っこにぼくが、ど真ん中に大柄な剣を背負った女性があぐらを組んでいた。
彼女は不思議そうに部屋の中を見ている。
「それにしても狭いな。あといろいろな魔導具があるみたいだけど。お前、本当は魔術師か?」
「……カミラ?」
「おう」
カミラは当たり前のように返事した。
一応頬をつねってみた。思いの外痛かったけど目が覚めることは無かった。
「ええと、その、なんでそこに居るの」
「良く判らないんだが、少しならケンタの頭の中から出られるみたいなんだ。さすがに能力を貸せると言ってもそんな貧弱な身体じゃ無理があるだろ。昼間みたいにバケモノが現れたときは俺に任せな」
どうでも良く無いけどカミラが大声で話すごとにベットが揺れる。
「それよりこの姿だと腹減るな。おい、何か食わせてくれよ」
自分の腹筋をバンバン叩くカミラ。
ぼくはどうしてよいか判らず肩を落とした。
第一章 その女、凶暴につき
1. それは夢で無かった に続く




