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Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第一章
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5話

 月明かりだけあ廊下を照らす。そこを走り続け、上司の所へ向かっている最中。資料室の中からひそひそと誰かがしゃべっている声が聞こえた。


 聞き覚えのある声だった。1人は沼田ぬまた菫路とうじ――守護課課長の任についている。もう1人は、狩猟課課長、るう李皇りおうだろう。あの2人は同期だと聞いたことがあった。


「――今は、西院さいいん憂茨うきょうと便宜上名乗っているみたいです。守護対象者の兄、という身分が欲しかったようで」

「なるほど。金魚の糞みたいにずっとくっついてるんだろう?」

「ええ。100%遭遇したでしょうね。まあ、でも対悪魔用武器サタニック・アームしゅうに魅入られてる。問題なく扱えるはずです」

「辛すぎる結果にならなければいい、と思ってるのか? あれを渡しておいて」

「思ってますよ。でも、無理でしょうね。あれはしゅうのインタリオを使って作られてますから」

「まあ、どんな話であれ……今回の一件は彼しか適任がいないだろう。一番、悪魔に近い存在だから」


 もう、黙って聞いていることはできない。


 閉ざされた扉に蹴りを入れた瞬間、派手な音を立ててドアが吹き飛んだ。そして、ドアは悪代官よろしく悪だくみをしていた上司2人の顔面に勢いのままめり込んでいた。


「わ、若桜わかさ……?」

「ぐおああああああああ」


 菫路とうじの隣では、李皇りおうが悶えていた。


「目上の者に、無礼を働くとは何事だ!」


 怒り狂った李皇りおうの目が開いていた。が、若桜わかさはそれを無視して話を進める。今、無礼だとかなんだとかは関係ない。


「お話を伺わせてください。故意に情報を隠匿するのは、規定違反です」

「それが、上からの指示だったんだよ」

「何を言って……」

「座れ。話してやるから。そのあとは全力でしゅうをサポートしてやれ。そのあとの事は僕たちに任せておけ」


 意外だった。この言い方からすると、今回の件は厄介の一言では片づけられないはずだ。


 上が直接命令を下してきているのだから。これに違反すれば、彼らに後はない。反逆したとして、追放されることになる。そうなれば、二度と転生することは叶わない。そのまま消滅させられることもあるのだから。


 李皇りおうが、菫路とうじが、しゅうを気にかけていたとは思わなかった。


東郷とうごうしゅう――彼の死は、人間として扱われていない。理由は」


 聞いた瞬間、若桜わかさは自分の耳を疑った。どうして、そんなことになっているのか理解不能だったから。

+++ 


 西へ西へと、インタリオの気配だけを追って辿り着いた所は、またもや廃墟となっていた洋館だった。

壁の一部が壊れていたので、そこから罠を警戒しながら中へと侵入する。


 恐ろしいほど静かで、何もない。それが逆に不振につながっていた。


 不思議な力を持っている宝石インタリオは、彼ら悪魔にとっても貴重なものだと思っていたから。

こんなに手薄なわけがない。何かがおかしい。そう思っていたのは、憂茨うきょうも同じだったようで。


「一度、ここから離れた方が良い。俺たちにとって、重要なのは宝石インタリオじゃない。花蓮だ。彼女の安全が第一だ」

「だろうな。でも、あの宝石が重要なのも確かだろ」


 昨日、聞いた話によると宝石インタリオは、花蓮の父親の形見らしい。彼女があの石に拘るのは、それが理由だった。

形見ならほかにもあるだろうとも思ったが、あれは彼女の父親が細工した唯一のものだった。


「一度、花蓮かれんだけを天界で保護した後、人員を導入して宝石インタリオを取りに来ればいいか……」

「そうしてもらえると助かる。ここは、不審すぎる」


 そして、館から出ようとするが退路はなかった。

どこからか気配を殺して出てきた悪魔たちが、後ろから迫る。やつらの瞳は、多くの同胞を殺された怒りに赤々と燃えていた。


「どこからでもいい、逃げるぞ」





 陽気な未亡人メリー・ウィドウは撃てない。何発かここに来るまでの間に撃ってしまった。

回数制限があるとは聞いていなかったが、昨日からの様子では「撃つ」という気力だけで弾が発射されていた。

どういう構造になっているのかはわからないが、武器が持ち主を喰らう、という言葉はここからきているのだろう。


 攻撃され、追い立てられてたどり着いた先は、玄関ホールだった。2階へ続くはずの階段は壊され、玄関の扉は施錠されていて開かなかった。

中から何とか開けようと体当たりをしてみるが、外側から何かが押さえつけているのか開くことはなかった。


「待て、花蓮かれん!」

「あそこに、あそこに石があるの。悪魔が来る前に、行けば取り返せる!!」


 言うなり、少女が駆け出す。それを待っていたかのように、床が光を放ち円陣の中央から何かが出てきた。

それは――ほかの悪魔たちとは違う、高位悪魔。


「つーかまーえた。インタリオは私のものだ」


 人の形を成した悪魔は、真っ赤な唇をゆがめて宣言する。哄笑が響き渡った。


花蓮かれん!」


 女が――悪魔が、手を人払いした途端、今までとは比べ物にならない圧力が生じる。それに耐えきれず、憂茨うきょうが扉に突っ込んだ。その衝撃に耐えきれず、扉が破砕した。


「――くそっ」

 

 しゅうは慌てて銃を構え、トリガーを引く。

 だが、銃はガチンと乾いた音だけを立ててただけで、沈黙した。再度、試みる時間はない。

 重い体を全力で動かし、悪魔に迫ろうとする。が、再び手の一振りだけで後方へと飛ばされ、壁が崩れた。


花蓮かれんっ、花蓮っ!」

憂茨うきょう――っ」


 目の前にいる悪魔を斬り伏せ、押しのけて、女の悪魔へと憂茨うきょうが迫る。

 お互いを求めて伸ばされた手が、届くことはなく――花蓮かれんはそのまま、人型の悪魔と共に目の前から消えた。




「くっそ、い……ってぇ」


 何とか身体を起こし、立ち上がる。身体中がギシギシと悲鳴を上げていた。ホールの中心を見てみると、憂茨うきょうが蹲り何かを手にしていた。


「それ、何持ってんの?」


 無言で憂茨うきょうが押し付けてくる。手に握られていたのは、西院花蓮さいいんかれんの父親の形見――翡翠の宝石インタリオだった。


「これ……」

「そうだ、宝石だ」

「あいつらの狙いって、これじゃないのか?」

「これじゃない。インタリオは、宝石の事じゃない……」

「じゃあ、なんだよ」

「悪魔が、刻印をつけた人間の魂のことだ。お前もそうだろ、東郷柊とうごうしゅう


 ――私の、刻印を持つ者インタリオ――


 耳元で、あの抑揚のない声が聞こえた気がした。

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