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Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第一章
4/30

3話

 異動した初日に地上に派遣された。今日は非番だったはずなのに。

 少々不機嫌になりながら、新しく上司となった沼田菫路ぬまたとうじの指示通りに、しゅうは教会の前に来ていた。


 教会はすでに崩壊しており、誰かがいるとは思えない状態になっていた。しかも、周囲には砂漠地帯でもないのに砂が大量に落ちている。それも異常なほどの量で、砂には足跡がついていた。誰かが出血した後も見られた。


 しゅうがさらによく観察しようとしたとき、突然焼けるような痛みが腕の傷に広がる。誰がいつどこで何をしてつけたのかは分からない。天界にいた時にはすでにあったから。ほかの魂の傷跡のようにいくら時間がたっても、これだけは消えなかった。さながら、誰かに刻印を押されたかのような感じだ。


 突然、どこからか圧力が生じた。何かが爆発寸前の様な重い気配。

 嫌な予感がした。何かが無力な者に襲い掛かり、引き裂く様な。かつて、自分も何かから逃げて――そして、掴まった。黒い、何かに。 


 刻印にも似た腕の傷が、近くで何かの圧力が感じられるたびにどんどん熱を持っていく。逃れたい衝動を抑え、しゅうは圧力が感じられる方へと急いで向かった。何かに導かれるように。


 できる限りの速度で木の根を飛び越え、石に足を取られても走り続ける。

 速く、速く、もっと速く。でないと、取り返しのつかないことになる。

 焦燥感が増していく中、やっとの思いで森を抜けた先――山小屋の近くで一組の男女が何かに襲われていた。


 世の全てを憎むように怒りに燃えた瞳は赤々と輝き、獲物が増えたことに対する歓喜の声が上がる。傷つけることしか知らない手には、鉤爪がついていた。

思わず身が竦む。せり上がってくるのは、無力感。逃げなければ、自分もあれに囚われる。掴まったら、もう二度と逃げられない。


 「ダメ、逃げて!」


 遠くから声がした。本能に従い、後方に飛ぶ。先ほどまでいた場所に、悪魔が頭から突っ込んできた。ぎいぃと耳障りな鳴き声を立てて、再びそれは上昇した。


「なんだよ、これ……結構やばいじゃん」

「逃げて!」


 声の方を向くと、女のほうがこちらに向かって叫んでいた。長い明るめの茶色い髪、自分と同じ若葉色の瞳。今回の守護対象、西院花蓮さいいんかれんだった。

 不意に彼女の頭上が陰る。悪魔だった。それが奇声を発しながら急降下し、花蓮かれんを襲おうとする。


 今の状態はまずい。彼女を、守らないと。


 しゅうは、腰に佩いた拳銃を抜き、トリガーを弾いた。


 ――その瞬間、声が聞こえた。


 女の声だ。夢の中で、何度となく聞いた抑揚のない声。それが問いかけてきた。


『私を使役する者よ。強く結ばれた者よ。貴様の願いはなんだ?』

「そんなんいくらでも後で答えてやる! 今は、黙って俺に仕えろ!!」

『承知した。私に相応しくない時は、魂の一片いっぺんも残さず、喰らい殺してくれよう』


 女の声が気配が消えると同時に、バンという大きな音と共に弾丸が発射された。弾丸は一匹の悪魔を貫き、砂へと還した。


憂茨うきょう!」

「……ダメだ。こちらだけで手一杯だ!!」


 男が、悪魔から花蓮かれんを守りながら怒鳴る。彼女はなおも自分の盾となっている男に何か伝えている。が、数の暴力にさらされている今、他人にかまっている余裕はどこにもない。

 男の金色の瞳が目の前に迫り続ける悪魔を睨みつける。気合と共に長剣を一閃させ、あっという間に二匹、三匹と砂へと還していった。


 男は流れるような動作で、向かってくる化け物を次々に砂へと還し続けていた。白い肌から鮮血を滴らせながら、迎撃を続け――徐々に、花蓮かれんとの距離が開いていった。


 その隙を逃さず、大きな鉤爪が少女に迫っていく。全速力で悪魔の間を縫って駆けつけたしゅうが、背後に少女を突き飛ばした。


「もう一発っ!」


 照準を紅い瞳にあてようと、銃を構えようとする。が、身体が鉛のように重く、腕が上がらない。

 銃で撃つことを諦め、避けようとするができなかった。動くよりも早く、悪魔が目の前に迫り、吹き飛ばされた。


 何で、身体が動かない。今、動かないと全滅する。数が多すぎて、あの男1人では捌き切れない。


 自分の体の重さに意識を捕らわれている間に、再び黒い影が接近してくる。鋭い鉤爪が肉を切り裂き、鮮血が流れ出す。


 痛みに目の前がチカチカしながらも、柊は第二、第三の悪魔の攻撃をなんとか交わす。それを何度か繰り返すうち、壁際に追い詰められていた。視線だけで何とか使えそうな物を探すが、見つからなかった。


 もう一度、もう一度だけでいい。悪魔を殺す力を。


 願いを込めて、トリガーを弾き――悪魔を砂へと還した。


 それがきっかけとなったのかは分からないが、悪魔たちは遥か頭上でぎぃぎぃと鳴き交わすと、退却していった。




「助かったぁ」

「ごめんなさい、ごめんなさい。巻き込んでしまってごめんなさい」


 泣きながら少女が謝ってくる。その後ろには、男が立っていた。彼の手に長剣はなかった。金色の瞳が眇められ、問いかけてくる。


「何者だ? 人間じゃないだろ。アレが見えて、戦えるってことは」

「まあ、完全な人間じゃないけど……あんたこそ、何者だよ」

「言う必要はない」

「じゃあ、俺もあんたに言う必要はないな。用事があるのは、この子だし」


 ぽん、と頭に手を置くと少女が――花蓮かれんが驚いた顔をした。


「わた、しに?」

「そう。あんたを守りに来た。上からの命令で」


 戸惑い、花蓮かれんは後ろを振り向いて憂茨うきょうを見る。彼は怪訝そうな顔をして、しゅうを睨みつけた。


「そう睨むなよ。俺は――」

「おい、一応礼だけは言っといてやる。花蓮かれん、行くぞ」

 

 男が少女の手を引いて去ろうとする。それを押しとどめながら言った。


「ごあいさつだな。もう少し話聞いてってくれると嬉しいんだけど」

「親切の押し売りはいらない。護衛なら間に合ってるからな」

「そうは見えなかったけど……」


 ぐぐぐっと手に力を込め、男を睨みつける。間に挟まれた少女は、どうしたらいいのか分からずに狼狽していた。

 やがて決意を固めたように大きな声で憂茨うきょうに向かって告げる。


「話だけでも聞こう。助けてもらったのよ? それに、怪我の治療もしたいし」

「でも」

「でももだってもないよ。腕、出してください。治しますから」


 彼女はインタリオを取り出し、柊の腕に当てた。深い緑色の宝石が当たっている場所から、ほんのりと暖かさを感じる。それと同時に、流れ続けていた血は止まり、跡形もなく傷は消えていた。


 こんな力を持つ宝石なら、悪魔だけではなく人間も欲しがるだろう。そして、天界も。


「用事を言え。花蓮こいつに危害を加えるために来たんだったら、殺す」


 助けたのに先ほどから敵意剝き出しで憂茨うきょうが突っかかってきた。さすがにしゅうも我慢の限界を超えた。


「あんたなんなんだよ、さっきから。お前に微塵も興味ないんだよ」

「こっちだってあんたに微塵も興味はない。さっさと用事を言え」

「あ、そうか。まだ言ってなかったか。俺は東郷柊とうごうしゅうって言って、西院花蓮さいいんかれんを天界に連れて行くために来た」

「え?」

「あ、連れて行くって言っても死後とかじゃなくて今。あんたを守れって――うえ!?」


 明確な殺意を持って、無言でナイフの刃を首元に当てられる。憂茨うきょうだった。


「違う、違うって。守れって言われてきたんだよ。危害を加えるつもりはない。そんなことするつもりだったら、初めからあんたら助けたりしないし」

「そうだな。気が立ってるみたいだ」

「気が立ちすぎだろ……。それより、あんたの方は治療してもらわなくて大丈夫なのか? 血が結構出てるし、胸元の傷跡も痛そうだし」

「俺のは勝手に治る」

「あ、そう。あんたも人間じゃないみたいだし、別に驚かないよ」


 そうして、一通り事の次第を話す。納得してもらえたのかどうかは分からないが、憂茨うきょうも大人しくなり、花蓮かれんも話を聞いてくれた。

 彼女は始終落ち着かない様子で、ペンダントをいじっている。これは、長年の癖なのだろう。


 お互いの素性が分かり、ほっとしたのもつかの間。

 突如、再び黒い影が接近し――あっと言う間に、宝石インタリオを悪魔が奪う。完全に油断していて、反応することもできなかった。


 悪魔が頭上で、勝ち誇ったように鳴き、飛び去っていった。

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