7話
もう何度目だろう。壁際まで吹き飛ばされたのは。リューリエは俺たちを弄んでいた。それでも、立ち上がり続けた。足が、腕が、背中が痛い。
このまま正面からやっていても勝てない。何か、考えないと。威嚇用の小爆弾は使っての戦闘では、たった2、3ほど傷を負わせただけだった。
「何か――何か、ないか? 虚を……つけるようなもの。小爆弾よりも威力が強い」
隣で転がっている憂茨が腕輪を愛おしそうに撫でる。
「あの女を押し倒してくれるか?」
「は?」
「少しでいい」
「どのくらいだよ」
「30秒ほど」
「……相手見て言えよ。クソッたれ……行くぞ」
女が遊び飽きたとでも言うように手を1振りする。
――来る。風が。
感覚が研ぎ澄まされたようになり、女の動きが手に取るようにわかった。考えが流れ込んでくるような、そんな感覚だった。
予想通り、突風が起こった。それでも前へと進む。
銃を構え、撃つ。1発、2発と。
火球が飛んでくるのを、右へ左へと避けて女へと迫る。再び突風が巻き起こった。
「ぐっ――」
それにも耐えて走り続ける。女悪魔だけを見据えて、ひたすら。速く動きたい。速く動け。俺の脚――もっと速く。速く。
もっと速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く速く――。
「行けええええええええええええええええええ」
「――!!」
勢いのまま、女に迫り引きずり倒す。馬乗りになり、まだある片腕を抑え込んだ。
リューリエの瞳が怒りに燃えている。
「己、人間風情が――!!」
「プレゼントだ。クソ女」
耳元で憂茨の声がした。低く、冷静に、殺意を込めて。
「離れろ、柊!」
後ろへと退く。
俺がどいた瞬間、女が腕輪を引きちぎるのが見えた。
「俺からもプレゼントだ。アバズレ」
――この距離なら、絶対にはずさない。
ありったけの力と、殺意を込めてトリガーを引く。
銃から弾が飛び出す。
弾は静かに、女の腹へと吸い込まれていった。
女が砂へと還る瞬間。
腕輪が爆発し、砂が辺りに吹き飛んだ。
前が見えないほどに。
+++
ずる、ずる、と体を引きずる音がした。近くで。時折呻き声も聞こえる。顔を上げると憂茨が花蓮に近寄っていくのが見えた。
「――花蓮。帰……ろう」
「……うん。うん、帰る、から……帰るから――消えないで。お願い……」
痛みに悲鳴を上げる体を叱咤して、憂茨の所へやっとの思いで歩く。
間に合え。彼が消える前に、間に合え。
花蓮が、憂茨に手を当てていた。傷を癒そうとしているのだろう。彼女が持つ、不思議な力で。
それでも、血は止まらずに止めどなく流れ続けた。
「柊さん、助けて――血が、血が止まらないの。このままじゃ、死んじゃう。お願い助けて……」
泣きながら花蓮が訴えかける。でも、俺には傷を癒す力なんてない。彼を――唯一、人間の見方をしてくれた優しい悪魔を助ける手段なんてない。
でも、諦めたら終わりだ。考えろ。何か手立てがあるはずだ。前に進め、血を吐いても、這いずりまわっても、仲間と共に助け合って。
「エリカ……」
ポケットを探ると、古いメモがあった。壁に突っ込んだり、火球の影響で所々見えない箇所があったがしっかりと書かれていた。
――死んだ動物を式神にする方法が。
刻印を持つ者は、生命力が強いと言われた。特に俺は。花蓮は傷を癒す不思議な力を持っている。きっと、生命力を分け与えているんだろう。
2人で、力を合わせれば何とかなるかもしれない。
「花蓮、花蓮。聞け、助けられるかもしれない」
「何でもします。何でもするから……」
そして、俺たちは祈った。懸命に。痛いとか、悲しいとか、一緒にいたいとか、何も考えずに。
「――帰る道を失った時、心が暗闇に囚われる時――」
+++
その日は、朝から天気が良かった。快晴で雲1つない。
いつもだったら、花蓮はゾーイの散歩のために広場へと行く。
柊は、いつも通りに起きて出勤する予定だった。今日は何をしようか、と考える余裕のあるほど平和で退屈な日常。
でも、その日は違う。
花蓮と共に出勤するのだ。彼女は今、式神の治癒センターで働くことになった。
「はよーっす」
「遅い。何時だと思ってる」
「え? まだ就業1分前だけど……」
適当に返事をしながら、憂茨が持っている紙を覗く。そこには「守護課式神の心得」と書かれていた。
「勉強熱心だなあ。適当にやってれば大丈夫だって。ほら、周りを見てみろ」
周囲を見渡す。よく陽のあたる籠に詰まっている犬が2匹と猫。2匹の狐は、油揚げを取り合ってけんかをしている。ラバが植木鉢から草をむしり取って食事をしていた。ムササビたちは天井からつるされている、自分たちの家で毛玉団子を作って寝ていた。
「平和だな」
「そうそう、郷に入り手は郷にしたがえ。さ、俺も寝るかな」
柊がソファに横になる。その気配を察知したのか、室内にいるあらゆる毛玉たちがこぞって柊の上に乗った。
それを見て、憂茨は思わず口にしていた。
「……花蓮の式神になりたかった」
でも、これはこれで良い日常なのだろう。少し退屈で、平和な日々をこれから花蓮や仲間と共に送るのは。
窓の外を見ながら、未来へと進む自分たちの姿を思い描いた。
おわり。
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また、次回作は2月15日あたりに公開する予定です……。
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