5話
地上の陽は、すでに翳っていた。日蝕が始まっているのだ。生ある人々が空を見上げる。無邪気に、笑いながら太陽と月が重なる瞬間を楽しんでいた。
日蝕は悪魔たちにとっては、特別な者だった。昼間でも活動できるからだ。天界の目を気にする必要はない。力で抑えつける高位悪魔の、中位悪魔の目を気にする必要はない。闇に乗じて、狩りができるから。力をつけるための好機だった。
でも、それ以上に特別な日がある。金冠日蝕の日だ。高位悪魔たちは、それぞれが狩りに出かける。
刻印を持つ者を狩りに。
その日の刻印を持つ者は、特別だった。金冠日蝕と同じで。
潜在的な生命力が溢れ、この世で最も価値があり強い力を有するから。
天界では、対悪魔用の戦力としての価値が見出されている。忌々しい東郷柊がその真価を発揮したからだ。
――彼らはきっと奪いに来る。この刻印を持つ者を。
でも、次は渡しはしない。自分たちの力を強化するために。他の者を押さえつけ、従わせるために。
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後から合流したものも含めて、花蓮の生家へと向かっていた。その道すがら、若桜があるものを手渡してくる。小さな古いメモだった。
開いてみると、死んだ動物を式神にして蘇らせる方法だった。
「なんだよ、これ。縁起悪いなあ……」
「いいから持っておけ。エリカから渡された」
「何で? お前が持ってろよ」
「エリカがいつもお守り代わりに持ってるものだ。転生した上司からもらったそうだ。きっと最前線に行くだろうから、渡してほしいと言われた」
「お前達、無駄話は終わったか?」
「李皇……」
「だから、課長をつけろ。バカモノが。菫路には付けて、どうして僕には付けない」
「先頭の前に緊張をほぐしておこうかと思って……」
「…………。全員、結理から渡された威嚇用の小爆弾は持ってるな?」
茂みの奥で、李皇がついてきた者たちへ確認を行った。それぞれが神妙な面持ちで頷いている。
「とにかくこちらは人数が少ないです。全員で正面から突っ込んでも死ぬだけで、無意味。それで……ですが、小爆弾で敵を撹乱しつつ引き付けます。まずは1班から。次に2班が同じことをしながら、1班に合流してください」
敵を倒すのではなく、引き付けるだけだ。でも、帰れる可能性は低いかもしれない。李皇はそう言った。それでも引き返さずに、全員が手を貸してくれる。
「1班は菫路が指揮を。2班は僕が指揮を執る。3班は――1番キツイぞ。中に入れ。最優先で西院花蓮を捜しだせ」
「でも、どこにいるか……」
「リューリエのいるところを目指せばいい。でも、悪魔が多すぎて俺の鼻が利かない」
そもそも花蓮を捜しだせないのであれば、生家まで来た意味がない。何か、あるはずだ。今まで彼女の事を調べ、銃の事を調べ、自分の事を調べた。その中に解決策があるはず。
「…………これって、あいつの――リューリエの魂を一部使ってるって話だったよな?」
「そうですが……」
菫路に確認をすると、すぐに合点が言ったような顔をした。
「銃に聞けばいい」
あちらから俺に接触することはあっても、俺から銃に自発的に接触したことはなかった。銃のグリップに飾られている紅い宝石。血を溶かし込んだようなそれに、慎重に触れた。陽気な未亡人が反応してくれることを願って。指先に意識を集中させていく。
何度目かの挑戦の時、声がした。あの抑揚のない女の声で。
――小うるさい坊主が、何用か。
「手を貸してほしい」
――私の半身が近くにいるのは分かっている。
「俺たちの目的も知ってるだろ」
――知っている。お前は私と契約した。お前が契約に背かない限り、私は協力しよう。
それだけ言うと、声は止んだ。そのあとはいくら呼びかけても反応がなかった。今あったことを全員に伝えると、すぐに作戦の実行を始めた。
空から、黒い弾丸が雨のように降ってくる――悪魔だ。それらを全て引き付け、李皇たちが菫路たちに合流すべく駆けて行った。
それでも何匹かは、引き付けきれずに入り口に残っていた。
「行くぞ」
残りの全員が、柊の後に続いた。全員で協力し、悪魔をできる限りの速さで砂へと還す。
それでも、下位悪魔たちは湧いて出てきた。空を駆け、地上を駆けて。
「俺たちが引き受ける。速く中に入れ!」
誰かが怒鳴った。
今ある限りの力で。
ここも長くは持たないはずだ。
倒しても倒しても、悪魔が湧いて出てくる。
倒しても倒しても、後に立っているのは仲間ではなく、敵だけ。
「いいから、2人とも早く行け!」
若桜が怒鳴った。どんな時も冷静な彼女が。目で、速く行けと促した。
俺たちは立ち止まったらいけない。目的のために、そのために、来たんだから。もう一度自分に気合を入れなおすと、憂茨と共に家の中へと入った。




