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Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第四章
28/30

5話

 地上の陽は、すでに翳っていた。日蝕が始まっているのだ。生ある人々が空を見上げる。無邪気に、笑いながら太陽と月が重なる瞬間を楽しんでいた。


 日蝕は悪魔たちにとっては、特別な者だった。昼間でも活動できるからだ。天界の目を気にする必要はない。力で抑えつける高位悪魔の、中位悪魔の目を気にする必要はない。闇に乗じて、狩りができるから。力をつけるための好機だった。


 でも、それ以上に特別な日がある。金冠日蝕の日だ。高位悪魔たちは、それぞれが狩りに出かける。


 刻印を持つ者インタリオを狩りに。

 その日の刻印を持つ者インタリオは、特別だった。金冠日蝕と同じで。

潜在的な生命力が溢れ、この世で最も価値があり強い力を有するから。


 天界では、対悪魔用の戦力としての価値が見出されている。忌々しい東郷柊とうごうしゅうがその真価を発揮したからだ。


 ――彼らはきっと奪いに来る。この刻印を持つ者インタリオを。


 でも、次は渡しはしない。自分たちの力を強化するために。他の者を押さえつけ、従わせるために。


++++


 後から合流したものも含めて、花蓮かれんの生家へと向かっていた。その道すがら、若桜わかさがあるものを手渡してくる。小さな古いメモだった。


 開いてみると、死んだ動物を式神にして蘇らせる方法だった。


「なんだよ、これ。縁起悪いなあ……」

「いいから持っておけ。エリカから渡された」

「何で? お前が持ってろよ」

「エリカがいつもお守り代わりに持ってるものだ。転生した上司からもらったそうだ。きっと最前線に行くだろうから、渡してほしいと言われた」

「お前達、無駄話は終わったか?」

李皇りおう……」

「だから、課長をつけろ。バカモノが。菫路とうじには付けて、どうして僕には付けない」

「先頭の前に緊張をほぐしておこうかと思って……」

「…………。全員、結理ゆりから渡された威嚇用の小爆弾は持ってるな?」


 茂みの奥で、李皇りおうがついてきた者たちへ確認を行った。それぞれが神妙な面持ちで頷いている。


「とにかくこちらは人数が少ないです。全員で正面から突っ込んでも死ぬだけで、無意味。それで……ですが、小爆弾で敵を撹乱しつつ引き付けます。まずは1班から。次に2班が同じことをしながら、1班に合流してください」


 敵を倒すのではなく、引き付けるだけだ。でも、帰れる可能性は低いかもしれない。李皇りおうはそう言った。それでも引き返さずに、全員が手を貸してくれる。


「1班は菫路とうじが指揮を。2班は僕が指揮を執る。3班は――1番キツイぞ。中に入れ。最優先で西院花蓮さいいんかれんを捜しだせ」

「でも、どこにいるか……」

「リューリエのいるところを目指せばいい。でも、悪魔が多すぎて俺の鼻が利かない」


 そもそも花蓮かれんを捜しだせないのであれば、生家まで来た意味がない。何か、あるはずだ。今まで彼女の事を調べ、銃の事を調べ、自分の事を調べた。その中に解決策があるはず。


「…………これって、あいつの――リューリエの魂を一部使ってるって話だったよな?」

「そうですが……」


 菫路とうじに確認をすると、すぐに合点が言ったような顔をした。


「銃に聞けばいい」


 あちらから俺に接触することはあっても、俺から銃に自発的に接触したことはなかった。銃のグリップに飾られている紅い宝石。血を溶かし込んだようなそれに、慎重に触れた。陽気な未亡人メリー・ウィドウが反応してくれることを願って。指先に意識を集中させていく。


 何度目かの挑戦の時、声がした。あの抑揚のない女の声で。


 ――小うるさい坊主が、何用か。


「手を貸してほしい」


 ――私の半身が近くにいるのは分かっている。


「俺たちの目的も知ってるだろ」


 ――知っている。お前は私と契約した。お前が契約に背かない限り、私は協力しよう。


 それだけ言うと、声は止んだ。そのあとはいくら呼びかけても反応がなかった。今あったことを全員に伝えると、すぐに作戦の実行を始めた。



 空から、黒い弾丸が雨のように降ってくる――悪魔だ。それらを全て引き付け、李皇りおうたちが菫路とうじたちに合流すべく駆けて行った。


 それでも何匹かは、引き付けきれずに入り口に残っていた。


「行くぞ」


 残りの全員が、しゅうの後に続いた。全員で協力し、悪魔をできる限りの速さで砂へと還す。


 それでも、下位悪魔たちは湧いて出てきた。空を駆け、地上を駆けて。


「俺たちが引き受ける。速く中に入れ!」


 誰かが怒鳴った。


 今ある限りの力で。


 ここも長くは持たないはずだ。


 倒しても倒しても、悪魔が湧いて出てくる。

 倒しても倒しても、後に立っているのは仲間ではなく、敵だけ。


「いいから、2人とも早く行け!」


 若桜わかさが怒鳴った。どんな時も冷静な彼女が。目で、速く行けと促した。


 俺たちは立ち止まったらいけない。目的のために、そのために、来たんだから。もう一度自分に気合を入れなおすと、憂茨うきょうと共に家の中へと入った。

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