4話
――力がいる。もっともっと強い力が。
花蓮を助けるために。リューリエの一派を全て屠るだけの力が。
憂茨は、天界にまだ残っている悪魔たちを見つけ出しては、腹の中に収めていた。力を得るために。祈ろう。力を得られるように。
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「憂茨、準備は済んだのか?」
「ああ。問題ない」
「そうか……」
花蓮の死亡を報告した後、ただちに生き残っている者がホールに集められた。空気は鉛のように重く、誰も口を開こうとしない。若桜も結理もエリカも。誰一人として、声を出す者はいなかった。
重い沈黙を撥ね退けたのは、以外にも憂茨だった。
「ここにいる者は、どうか聞いてほしい。助けてくれ。俺の大事な人を――花蓮を」
誰も反応しなかった。たった今、悪魔たちから手ひどくやられたのだ。全員が俯き、傷つきながらも死に物狂いで闘っていた。それでも、自分たちの力では撃退できなかった。
「演説はそれだけか?」
「言いたいことは言った。俺は行く」
「もっと感動的な話しが聞けると思ったが……期待はずれだったようだな」
「悪かったな」
短く言い放つと、出口へと向かって憂茨が歩き出した。その背は小さく、傷ついているようにも見える。最後の最後で、誰からも受け入れてもらえなかったことを悲しんで。
1人、後を追った。柊が憂茨に駆け寄る。その後に若桜が続いた。非戦闘員であるはずの結理もエリカも。
「僕も行こう」
「李皇……」
「いい加減にしろ、柊。課長をつけろと何度も言ってるだろ、バカモノが」
どうして。そう聞こうとしたときに、李皇が先に口を開いた。とても心外そうに、不機嫌に。
「僕は恩知らずにはならない。そんなものになるくらいなら、バカモノ達と共に行く」
「置いて行かないでください。私も行きまから。あと、式神たちも協力してくれるそうです」
「沼田課長……」
李皇が物言いたげに柊たちを見渡した。そして、これ見よがしに大きな声で偉そうに告げる。未だ動かない者達へ向かって。
「ふぅ……集まったのはこれだけか。柊も憂茨も人望がないな。人間を――悪魔が、人間を何度も助けたのに、それに報いる事を知らない奴らが多すぎる。命を賭して人間を守った悪魔の、たった1つの願いも叶えられない者が大多数とはな」
「申し訳ありません。怖いんです――消えてなくなるのが。もう一度、死んでしまうのが」
ぽつりと誰かが言った。でも、今この場にいる人間の大多数が思っている意見だろう。誰でも消えてしまうのは怖い。消えたら、二度と転生などできないから。気持ちは分からないでもなかった。ただ、俺たちとは優先順位が違っていただけだ。
「それも人間らしい感情だな。復興をするにしても、助けに行くにしても戦うのは同じだ。――怖がって立ち止まってたら、前には進めない。誰も助けることなんてできない。俺たちとは、行く道が違うけど……前に進もう。血吐いても、這ってでも、仲間と助け合って」
命を守るために。
種族も身分の貴賤も関係ない。
ただただ、命を守るために。
闘おう。共に。
もう二度と、大事な者が欠けるのは許せないから。
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ホールに残された者の1人が、ぽつりと呟いた。
「俺たちの仕事ってなんだ?」
「基本的には悪魔から人を守る事だけだろ」
「柳課長がさ、恩知らずって言ってたけど……
怖いんだよ、俺たちだって。消えちまうのがさ。消えたら終わりだろ?」
「私、治癒センターで手伝った時に一般の人から聞いたの。
連れて行かれた女の子、隠れられる場所まで他の人を誘導し続けたんだって」
その話を聞いたと、何人かの者が後から口にし始める。
「僕は違う話を聞いた。転生待ちの人間を庇って死んだって。その後、全員が悪魔に捕まって……必死に交渉したらしいぞ。高位悪魔相手に、1人で」
「何言ったんだよ?」
「一緒に行くからこれ以上、みんなが傷つけないで欲しいって」
何人かが力なく笑った。その後もぽつぽつと喋り声は続く。
「バカだな。普通、自分だけは助けてほしいって言うところじゃないのか?」
「普通はな……悪魔と一緒とはいえ、追いかけられながらずっと生き延びてきたんだぞ。俺たちとは肝っ玉が違うんだよ」
「16、7歳くらいらしいぞ。あの女の子」
「まだ子供じゃんか」
「安全に誘導させるために、柊とあの悪魔を一度呼びに行ったらしいぞ」
「隠れ場所から離れたんなら、自分だけ逃げればよかったのに……」
再び、沈黙が訪れた。誰も口を開かず、じっとしている。それでもまた、誰かが全員の心にある疑問を口にした。
「私たち、ここにいていいのかな?」
「復興作業があるだろ」
「でもさ、たった1人の女の子に守られたままで終わっていいのかな?」
「ダメだろ。情けなさ過ぎるだろ」
誰も決心がつかないのか、恐怖に震える心を奮い立たせているのかは、分からないが立ち上がる者はいなかった。
「そう思うんやったら、行くしかないやろ! 立ち上がって、行くしかないやろ!!」
全員が声のした方を見る。入り口に立っているのは、結理とエリカだった。
「どうして……」
「私たちは闘えないからって追い返されたの。あんたたちみたいに、闘う力があれば一緒に行けたのに」
2人が悔しげに顔を伏せた。闘いたくても、闘えないものもいる。力がないから。
彼女たちは自分の無力さを嘆き、彼らの無事を祈る事しかできない。でも、今の自分たちには結理よりも、エリカよりも闘う力を持っている。
そう感じた者達が、次々と動き出した。
「……俺、行ってきます。どこに行けばいいか、教えてください」
「行けば、消えるかもしれないのよ。それでもいいの? 怖いんでしょ?」
「かまいません。子供を助けるのは、大人の仕事ですから」
「ありがとう……。ありがとう」
そうして出て行った男が花蓮の生家へと向かう。その後には、何人もの人間が続いた。
後に残されたのは、多くは怪我のために前線に出られなくなったものや非戦闘員だった。
まだ前線に出られる者も中にはいたが、彼らは復興というの道を目指して前に進む決意をした者達だった。
全員が前に向かって進んでいく。
それぞれの道を。闘うために。




