1話
「ちゃんとした体調べるの、久しぶりやったからうまくできるか心配やったんやけど……結果は正常や!」
腰に手を当てて、元気よく結理が言った。
窓の外を眺めると、陽が眩しい。座敷牢にいた時とは全然違う環境だった。心も軽く、解放感にあふれている。窓を開けて、風に当たりたい。外を歩きたい。
今までできなかったことをしてみたい。
そんなことを考えていると、すぐ隣から結理が花蓮の顔を覗き込んだ。
「今日ってこの後、何か予定あるん?」
「あ、ありません。聴取……はこの間で終わりました」
「そうか。ほな、提案があるんやけど皆でショッピング行かへん!?」
室内に大きな声が響いた。ほかの場所で仕事をしている職員たちが振り向く。その視線は、またか、とでも言っているようだった。
結理はそんなことを気にせずに話し続けた。
「若桜ちゃんとエリカちゃんと行く予定やってんけどな。どうせなら、大勢いたほうが楽しいやろ?」
「大勢……人がたくさんいるところには、あまり言ったことがないんです……」
「そうか? 楽しいで。行こう!!」
こうして私は、ショッピングに連れて行かれることになった。
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天界では、地上と同じように人々が暮らしていた。話を聞くところによると、そのほとんどの人は転生をするための準備をしているという。
多くは楽しくゆっくりとした時間を楽しんでいるが、それもいつかは飽きる。
そういった人々が気晴らしのために、生前の技能を活かしたりして働いているとのことだった。
その場所は、人が多くひしめき合い賑やかだった。これまで、人を避けて暮らしていた花蓮にとってはうるさいくらいに。でも、その騒がしさはひどく心地よくて、自分が生きている感じがする。
今までは悪魔から逃げ回り、人目を避けて隠れるように暮らしてきたから。
「人が……」
「多くてびっくりするやろ。うち、賑やかなのが好きやから天界で一番のお気に入りの場所なんよ。奥に洞窟があったりしてな、探索してみると他にも色々なものが見つかるかもしれんわ」
テンション高くずっと喋っている結理を尻目に、目をそらしながら、おずおずと若桜が口を開いた。
「結理がどうしても、連れて来たいと言ってな。か……花蓮は、ここの空気はどうだ?」
「私も好きです。みんな、転生待ちとは思えないくらい生き生きとしていて……」
「そうか。気に入ってもらえたみたいでよかった……」
「若桜ちゃん。女の子やのに、女の子が苦手なんやって。まあ、あないなところで働いとったらなぁ……ガサツな男のジャングルやから。特に狩猟課と守護課は酷いもんやし」
「バカでガサツで動物園みたいでも、良いところもある」
「そんなん分かってるって! みんな命がけやもんな」
「花蓮って呼んでもいい? 花蓮ちゃんのほうがいいかな?」
「あ、みなさん呼び捨てにしてもらって構わないです……」
「じゃあ、花蓮ね。お腹すいてない? あそこの屋台で売ってるクレープ美味しいの! 買いに行こう! あの2人は放って置いても大丈夫だから」
エリカに手をひかれて歩き出す。後ろからは残された2人の話し声が聞こえた。
ずっと憧れてた普通の日。
友達と呼べるのかどうかは分からないけど、憂茨以外の人と出歩くのなんて初めての経験だった。
心の奥底が温かくなる。1人じゃないと感じられた。でも、どこか寂しさもあった。憂茨が一緒にいないから。彼は今日、研究課悪魔部で検査を受けている。
クレープを女5人で頬張りながら歩いていると、広場の噴水の近くに1匹の犬がいた。その犬はとても寂しそう、悲しそうな瞳をして地面に伏せている。じっと誰かの――大事な人の訪れを待っているように見えた。
クレープを食べ終えたあと、みんなで買い物へと行く。服を見たり、アクセサリーを見たりして楽しい時間を過ごした。
人といるのはとても楽しいけど、あの犬の事が頭を離れない。何を見ても、何をしても、みんなと笑っていても。
少し前の自分と同じに思えたから。あの館で再開した時の憂茨と同じに思えたから。
「休憩するか? それなら、どこかで」
優しく、体調を窺がうように若桜が問いかけてくる。それに私は、広場で休憩したいと答えた。1人寂しく、孤独に耐えているあの犬が気になったから。
「あ、ごめん。私ちょっとこの後予定があるの忘れてた!」
「何やの?」
「ちょっと職権乱用をしに」
「何言っとるん?」
「すぐに分かるわよ」
そう言って、エリカが両手いっぱいの紙袋を抱えて颯爽と去って行く。それを3人で見送った後、広場へと向かった。