7話
話すか、話さないか。
柊は悩んでいた。
式神の様子からして、ここにはリューリエはいない。
いないのであれば、なんとかしてこの家から逃げる必要があった。
2人では、応戦するにしても限界がある。
でも、この家には花蓮がいる可能性がある。それを話せば、問答無用で憂茨は閉じこもっている物置から出ていくだろう。何も考えずに。
式神は愛くるしい円く黒い瞳で柊の判断をひたすら待ったていた。
「放って置けないよな……」
どこかに抜け道がないかと、手当たり次第物を動かしていた憂茨が振り返った。
「何がだ」
「落ち着いて聞けよ、憂茨」
その結果。予想は外れてはくれなかった。策もなければ、戦える人数もない。それなのに、憂茨は物置を出て行こうとしていた。
「本物だ――幻影なんかじゃない。本物がこの中にいるんだ! 速くしないと悪魔がまた連れ去る」
「だとしてもだ。何か――何か考えないと花蓮を連れてここを出てはいけない」
「それでもだ。絶対に、助けるんだ。今すぐに」
「待て待て待て待て、落ち着け。冷静になろう。俺たちが特攻して死んだら、それこそ終わりだ。誰が花蓮を助ける?」
掴み合いになりながらも、なんとか憂茨を必死に説得した。その結果、来ることは期待できないし、応援要請の報せが天界へと届くかもわからないが式神を召喚し、空へと放つ。
鳥は柊から預けられた紙を足に結び付け、の蒼穹へと羽ばたく。それを悪魔が何匹か追っていった。
「とにかく報せは出した、次は――おい、そこの長い毛皮。花蓮がいるところまで、案内できるか?」
UFOは獣ながら人の言葉を理解していた。式神は術者の命令を受けて動くはず。それなら、と問いかけてみるとフェレットもUFO同様に反応を示した。
フェレットはくっくっくっくっと喉から音を出すと、扉の前に立つ。そのままカリカリと爪で扉を引っ掻き回した――その時、扉が轟音を立てて破られた。
悪魔が何匹か入り込んでくる。手に持った銃を撃とうするが、銃口を下に降ろす。手当たり次第、物置にあった物を投げ油断を誘った。その間に、2匹――3匹と憂茨が悪魔を砂へと還すのが見えた。
それでもこちらを助ける余裕はないようで、目の前の悪魔に応戦している。俺は手当たり次第の物を投げ、棒状のものを掴んだ。迫る悪魔の目を目がけてそれを突き出した。
悪魔は絶叫すると、物を薙ぎ倒し、仲間を掴み壁へと激突させる。後から殺到してきた悪魔たちは仲間の方が脅威と判断したのか、そちらへと襲い掛かっていく。その隙に乗じて、物置からの脱出に成功した。
フェレットは廊下を軽やかに駆けていくと、壁の隙間へと消えていく。壁は少しずれていて、砂が隙間へと入っていった。
「――隠し扉か?」
その前には、多くの悪魔が待機していた。先ほど物置に来たのは、別働隊だったようだ。
下位悪魔は仲間意識などなく、衝動的で自分本位に動くと教わった。相手を想うがまま貪り、それが終われば次の獲物を求めて移動していくのが常のはず。
それが。
――組織化されたように動いている。恐らく刻印を持つ者を守るために。
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一羽の鳥がよろよろと蛇行を繰り返しながら、必死に羽を動かし続ける。その鳥は目的の場所まで来ると、大きな声で一声鳴く。
李皇はその声を聞き届け、地に這いつくばり、まだ前へ進もうと羽を動かしている鳥を抱き上げた。
鳥は大人しく李皇の手の中に納まると、使命を果たし終え、1枚の札へと戻る。
「……地上からの報せだ。西院花蓮が見つかった」
まだ、生きていたか。一番反応が集中していた箇所に、同僚とその部下を送り込んだ。
自分は安全な場所で指揮を執っているのに。
そう思えば思うほど、自分の中に焦りが生まれた。一向にリューリエの反応が収まる気配がなかったから。
でも、これで。事態を収拾する足がかりが手に入る。西院花蓮の身柄さえ確保できれば、敵は嫌でも出てくるはずだ。
使える手は何でも使う。使えるものは何でも使おう。
「柊達の所へ、応援を送れ。近場の人間を何人でも構わないから、回せ」
「応援に行けるような人員は残っていません!」
「それなら、僕が出る」
「でも、女悪魔の退治が――」
「西院花蓮は事態を収拾するための足掛かりだ。小娘を確保すれば、自然と悪魔達は集まってくる」
「…………分かりました。少々お待ちください」
使えるものなら、死にかけの悪魔でも無力な少女でも、馬鹿な部下でもなんでも使うさ。誰かが命を落とさなくてすむなら。
もう二度と、ごめんだ。生ある者の命が零れ落ちていくのを見るのは。それだけは絶対に防がなければならない。例え、自分が消えたとしても。




