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Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第三章
22/30

7話

 話すか、話さないか。


 しゅうは悩んでいた。


 式神の様子からして、ここにはリューリエはいない。

 いないのであれば、なんとかしてこの家から逃げる必要があった。


 2人では、応戦するにしても限界がある。


 でも、この家には花蓮かれんがいる可能性がある。それを話せば、問答無用で憂茨うきょうは閉じこもっている物置から出ていくだろう。何も考えずに。


 式神は愛くるしい円く黒い瞳でしゅうの判断をひたすら待ったていた。


「放って置けないよな……」


 どこかに抜け道がないかと、手当たり次第物を動かしていた憂茨うきょうが振り返った。


「何がだ」

「落ち着いて聞けよ、憂茨うきょう




 その結果。予想は外れてはくれなかった。策もなければ、戦える人数もない。それなのに、憂茨うきょうは物置を出て行こうとしていた。


「本物だ――幻影なんかじゃない。本物がこの中にいるんだ! 速くしないと悪魔がまた連れ去る」

「だとしてもだ。何か――何か考えないと花蓮かれんを連れてここを出てはいけない」

「それでもだ。絶対に、助けるんだ。今すぐに」

「待て待て待て待て、落ち着け。冷静になろう。俺たちが特攻して死んだら、それこそ終わりだ。誰が花蓮かれんを助ける?」


 掴み合いになりながらも、なんとか憂茨うきょうを必死に説得した。その結果、来ることは期待できないし、応援要請の報せが天界へと届くかもわからないが式神を召喚し、空へと放つ。


 鳥はしゅうから預けられた紙を足に結び付け、の蒼穹へと羽ばたく。それを悪魔が何匹か追っていった。


「とにかく報せは出した、次は――おい、そこの長い毛皮。花蓮かれんがいるところまで、案内できるか?」


 UFOユーフォーは獣ながら人の言葉を理解していた。式神は術者の命令を受けて動くはず。それなら、と問いかけてみるとフェレットもUFOユーフォー同様に反応を示した。


 フェレットはくっくっくっくっと喉から音を出すと、扉の前に立つ。そのままカリカリと爪で扉を引っ掻き回した――その時、扉が轟音を立てて破られた。


 悪魔が何匹か入り込んでくる。手に持った銃を撃とうするが、銃口を下に降ろす。手当たり次第、物置にあった物を投げ油断を誘った。その間に、2匹――3匹と憂茨うきょうが悪魔を砂へと還すのが見えた。


 それでもこちらを助ける余裕はないようで、目の前の悪魔に応戦している。俺は手当たり次第の物を投げ、棒状のものを掴んだ。迫る悪魔の目を目がけてそれを突き出した。


 悪魔は絶叫すると、物を薙ぎ倒し、仲間を掴み壁へと激突させる。後から殺到してきた悪魔たちは仲間の方が脅威と判断したのか、そちらへと襲い掛かっていく。その隙に乗じて、物置からの脱出に成功した。


 フェレットは廊下を軽やかに駆けていくと、壁の隙間へと消えていく。壁は少しずれていて、砂が隙間へと入っていった。


「――隠し扉か?」


 その前には、多くの悪魔が待機していた。先ほど物置に来たのは、別働隊だったようだ。


 下位悪魔は仲間意識などなく、衝動的で自分本位に動くと教わった。相手を想うがまま貪り、それが終われば次の獲物を求めて移動していくのが常のはず。


 それが。


 ――組織化されたように動いている。恐らく刻印を持つ者インタリオを守るために。



++++++++++++



 一羽の鳥がよろよろと蛇行を繰り返しながら、必死に羽を動かし続ける。その鳥は目的の場所まで来ると、大きな声で一声鳴く。


 李皇りおうはその声を聞き届け、地に這いつくばり、まだ前へ進もうと羽を動かしている鳥を抱き上げた。


 鳥は大人しく李皇りおうの手の中に納まると、使命を果たし終え、1枚の札へと戻る。


「……地上からの報せだ。西院花蓮さいいんかれんが見つかった」


 まだ、生きていたか。一番反応が集中していた箇所に、同僚とその部下を送り込んだ。


 自分は安全な場所で指揮を執っているのに。


 そう思えば思うほど、自分の中に焦りが生まれた。一向にリューリエの反応が収まる気配がなかったから。


 でも、これで。事態を収拾する足がかりが手に入る。西院花蓮さいいんかれんの身柄さえ確保できれば、敵は嫌でも出てくるはずだ。


 使える手は何でも使う。使えるものは何でも使おう。


しゅう達の所へ、応援を送れ。近場の人間を何人でも構わないから、回せ」

「応援に行けるような人員は残っていません!」

「それなら、僕が出る」

「でも、女悪魔の退治が――」

西院花蓮さいいんかれんは事態を収拾するための足掛かりだ。小娘を確保すれば、自然と悪魔達は集まってくる」

「…………分かりました。少々お待ちください」


 使えるものなら、死にかけの悪魔でも無力な少女でも、馬鹿な部下でもなんでも使うさ。誰かが命を落とさなくてすむなら。


 もう二度と、ごめんだ。生ある者の命が零れ落ちていくのを見るのは。それだけは絶対に防がなければならない。例え、自分が消えたとしても。


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