1話
式神治癒センターでUFOの様子を見ていた時、結理から呼び出されて研究課兵器部で検査を受けていた。
憂茨は種族的に特に影響が出そうなため、別室で詳しく調べられている。
「そんな目で見んといて……謝っとるやん……」
「謝罪は受け入れよう。でも、開発中のアイテムを持ってきているとは思わなかった」
「若桜ちゃん、あれにはちゃんと理由があってん」
「どんな理由だ?」
「怖いで……」
「怒りもするだろう。何故、持ってきたんだ?」
「あんな、持っていけば、助けになるかもって思ってん。
それに、実地でのデータも取れるし、一石二鳥やん?」
「一石二鳥だからって身体に影響でるようなアイテム持ってくるな……でも、助けられたのは事実だな」
擦り傷だらけの顔で話している若桜、同じように傷だらけで笑顔を浮かべている結理。憂茨は魂の劣化の影響もあって、特に怪我の具合がひどかった。
UFOは、天界へ帰って来るなり、式神専門の治癒部へと連れて行かれていた。
今は小さな体で、消滅の危機と闘っている。
あの女悪魔との戦闘の時、ほとんど動けなかった。身体が固まり、全員が傷だらけになりながら戦ったにも関わらず、何もできなかった。
この手は、あの決意は何のためにしたんだろう。悪魔から人を――仲間を守りたい。そう思ったから契約をしたはずだったのに、結局は何もできなかった。
片手に乗ってしまうくらいの小さな体で、UFOは自分よりもはるかに大きな相手に立ち向かい、自分に与えられた目的まで達成した。
それに比べて――。
「また暗い顔してるんか? あかんで、元気出さな」
「……あんたらも空元気だろ」
「空元気でも、出していないよりはマシだ。後ろばかり振り返っていても仕方ない」
「笑えってか。無理だろ……俺、何もできなかったもんよ」
そう、何も。
――怖いのは当たり前だわ。だって、私はあなたを殺したんだから。
何も言えなかった。恐怖で身がすくんで、仲間が傷つけられていくのを見ているしかできなかった。
何のために手に入れた武器なのだろう。仲間を守るために、力を得たはずだったのに。
考えても考えても答え何てでなかった。当然だ。考えているふりをしているだけなのだから。後悔もしているふりなのかもしれない。
「あの毛玉がな、ポケットにいないと上着が軽いんだよ……」
「でも、後ろばかり見ていても仕方ないだろう。まだ誰も消えてないんだ。貴様には幸運にも、次がある」
「でも……」
「――気合注入や! 歯ぁ食いしばりっ!!!」
盛大な音がした。頬が叩かれのだ。
「い……痛い……」
「当たり前や! 生きてるんやからっ。後悔は後でするから、後悔っちゅうんや。次に後悔しないためにも、今できること――」
そんな時だった。突然、非常警報機が鳴り響いたのは。部屋の外がにわかに慌ただしくなる。そして俺たちを一時的に隔離している部屋の扉が開けられた。
「柊、行くぞ」
別室に入れられていたはずの憂茨が入ってくる。若桜は結理に避難を誘導するよう伝え、こちらに向かってきた。
「いつまで座ってる。あの2人の話が終わったら、すぐ出るぞ」
「え……?」
「別棟で研究用に捕まえた下位悪魔が逃げ出したそうだ。警備の者達がいるが、彼らは闘い慣れていないらしい。被害が出る前に、殺しに行くぞ」
思わず腰に差した銃に触れる。
これで、俺は誰かを助けることができるのか? あの時、誰も助けることができなかったのに。
――次に後悔しないために、今できることを。
そうだ。今は何も考えず、後悔しないように、誰も傷つかないように悪魔を殺しに行こう。できることをしないと、次は動けるようにしないと。
「憂茨、終わったか?」
「ああ」
「じゃあ、行こう。柊、ぼうっとするなよ」
別棟にはできるだけ急いで来たつもりだったが、今でも研究員たちがばらばらと外へと逃げ出している。逃げ出してきた人たちは所々怪我をしていたり、怯え泣いていたりする。その中の1人を捕まえて、若桜が聞き出したのは、悪魔を逃がした研究所は4階にあるという事だった。
「3階は匂いがしない。まだ4階をうろついてるんだろう……行くぞ」
憂茨を先頭に3人で駆け上がった時、黒い物体が目の前から迫る。 彼は何とか応戦しようとするが、力で押し負け壁へと激突した。
乾いた音を立てて、長剣が転がり光と共に掻き消える。サメのように鋭い歯が並んだ口を悪魔が開き、噛みついた。憂茨を喰うために。
何も考えずに撃鉄を下し、トリガーを引いた。弾は悪魔にも憂茨にも当たらず、窓ガラスを撃ちぬいた。が、それで充分だった。音に驚いた悪魔は鳴きながら奥へと逃げていく。
駆け寄った若桜が、憂茨に声をかけた。
「憂茨、大丈夫か?」
「げほっ――なんと、か……。でも、この間の傷が開いた」
「噛まれた傷も酷い。出血が止まらないし……」
「そうだな。2人共……奴はまだこの先にいる。追え」
「ダメだ。止血が先だ、若桜……これ」
脱いだシャツを渡すと、彼女は手早く引き裂き出血箇所に当てる。それでも血は止まることなく、布を重く濡らしていった。
前よりも、明らかに傷が塞がるのが遅い。以前、出会った悪魔は憂茨の魂が劣化していることを言っていた。
「2人共、さっき結理と何話してたんだよ」
憂茨と若桜がこちらを見た。憂茨は黙って下を向いている。話す気がないのだろう。
「傷の塞がりが遅いってことは、消滅するまでの時間があまりないんだな……」
「……そうだ」
天界には式神や職員たちの治癒センターはあるが、悪魔専門の治癒センターはない。このまま憂茨の体にダメージが蓄積され続ければ、遠からず彼は消えてしまうのだろう。