8話
壁に激突し、血が口から溢れだした。長剣が手から滑り落ち、床に転がる。立ち上がる事もできないまま、見ていた。仲間が、傷ついていく様を。無様にも、目の前にある者すら助けることができない。
ガラガラと何かが崩れていくのを感じていた。きっと、この音は自分の魂が壊れていく音なのだろう。永い永い時をかけて、自分が弱っていってるのは知っていた。
「憂茨っ! 憂茨……」
声がする。長年、近くで名前を呼んでくれていた声。俺をこの世に留めていてくれた声が。
憂茨がのろのろと顔を上げると、そこには涙を流しながら座っている少女がいた。花蓮だった。
「花蓮……」
「どうして……何で、傷が塞がらないの?」
「そんなこと、どうでもいい。無事、か?」
「どうでも……よくなんてない! ねえ、答えてよ。助けたいの……」
手が届く距離にいる。手をのばせば、触れられる距離に。でも、手が上がらない。伸ばすことができない。触れることができない。その涙を止めたいのに。
あの時のように、笑顔を見せてくれ。約束を交わした、あの雪の日みたいな。
「傷……なら、塞がるさ。時間がたてば、綺麗に消える……いつもみたいに」
「嘘だよ。あの女の悪魔が言ってたの。憂茨はもう長くないって。消えちゃうって」
少し進めば花蓮がいる。動け。手をのばせ。ほんの少しだけでいいんだ。
「消えるなんて、嘘だ……。俺は、お前を1人になんてしない……今、行くから待ってろ。そこから連れ出してやる」
「ダメ、私行けない。憂茨が死んじゃうなんて嫌よ。だって、いつもみたいに傷が塞がってない! 血が、出続けてるよ……」
「大丈夫だから。行こう。お前に見せたい場所があるんだ」
泣かないで、頼むから。約束をした日のように、笑顔を見せてくれ。頼むから。望むのは、それだけなんだ。
「そこにいけば、1人になんてならない。絶対に」
たとえ、俺がこの世から消えてしまっても。
「憂茨がいない場所になんて、興味ない。憂茨が消えないでいいなら、私なんだってする!」
「聞けよ。いいから、今回だけは俺の言う事聞いてくれよ。頼むから……」
「嫌。絶対に嫌。1人にしないって言ったじゃない! 私だって憂茨を守りたいの!」
だんだんと花蓮が消えていく。声が遠くなり、後ろが透けて見える。幻影に向かって、話しかけてたのか。でも、あれは確かに花蓮だった。
「行くなよ。まだ話したいことがあるのに……天界のこと、聞けば行きたがる、はずなんだよ」
+++
「天界の女、なめたらあかんで!! ケバ悪魔!!」
結理が悪魔の足もとに小瓶を放る。小瓶が派手な音を立てて割れると共に、小規模の爆発が女悪魔を襲う。悪魔は反撃しようとすぐ様手を振り上げた。瞬時に作られた火球が結理に迫ったとき――悪魔にしかけたのは一匹の毛玉だった。
UFOは悪魔の背に張り付き、素早く手にかけ上ると噛みついた。
「ひ弱な獣風情が――!」
怒鳴り声と共に、勢いよく小さな体が宙を舞い――そのまま、UFOは動かなくなった。
「うああああああああああああああああああああ」
若桜が気合と共に、女の悪魔に向かって力いっぱい鉄扇を振り下ろした。が、それよりも早く悪魔が退ける。それでも、彼女は立ち向かっていった。何度でも。
契約したんだ。俺は、この銃と。悪魔から人を――仲間を守り続けるって。陽気な未亡人は俺が主だって認めたんだ。
撃てる。絶対に。撃てる――嫌、撃つんだ。
「動け、動け――俺の、指っ!!」
トリガーを引く音が、大きく響き渡る。発射された弾は女の肩を撃ちぬいた。
「人間風情がっ……!」
弾があたった女の肩から下が砂へと還る。女の悪魔は、残った腕をかざすと振り下ろした。耐えきれないほどの暴風が吹き荒れ、飛ばされる。次に立ち上がったとき、女は消えていた。
「UFOっ、UFOっ!」
若桜が小さな体を抱き上げて、悲痛な声を上げていた。力強く床にたたきつけられたモモンガは、微動だにしなかった。
「若桜ちゃん、うちが見てみる。ええか?」
「……頼む……」
足を引きずりながら、憂茨が若桜と結理に近づいて行った。柊も身体の痛みを無視して、2人がいるところへと向かう。
「憂茨……っ、おい……」
「役に、立てなくて……すまなかったな」
「すぐに上へ連れて行こう。UFOちゃん、専門家に今すぐ見せたらなあかん。うちらもボロボロや。かえ、ろう?」
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「片腕を無くしたわ……でも、対価に見合うだけのものは手に入ったみたい。ちょっと高くついた気もするけど……」
リューリエが苛立ったように言った。でも、そんなことはどうでもよかった。
この女の腕の話なんか聞きたくもない。今、私が聞きたいのは、憂茨のことだけ。
「教えて。どうやったら、憂茨を助けられるの?」
私は彼を救いたい。彼を守りたい。
その結果、憂茨が1人になってしまうとしても、死んでしまうよりはマシだから。彼には生きて、幸せになってほしい。
そのためだったら、私は何でもする。悪魔に魂を売り渡したって構わない。
リューリエが、紅い唇を歪めて私が何をすればいいのか話し始めた。
「死んでよ。あなたの魂があれば、救えるわ」