表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第二章
13/30

6話

 連れ去られてから何度目かの移動を終えた後、花蓮かれんは暗い場所に連れてこられた。灯りも何もない。聞こえるのは、どこからかしたたり落ちる水の音だけだった。


 食事が差し入れられるまで、誰もこないだろう。そう思いながら、花蓮かれんは壁に背を預け膝を抱える。


 しばらくそうしていた時、いつの間にか遠くに紅い2対の光がぽっかりと浮かんでいた。私を捉えている悪魔の目だった。


「灯りを」


 女が言葉を発した瞬間、室内を蝋燭の火が照らし出す。女の艶やかな紅い唇が見えた。


「今日も元気そうね。私の刻印を持つ者インタリオ

「あなた……」

「私のこと知ってるでしょう? いつだったか忘れたけれど――孤児院へ迎えに行ったことがあるのよ」

「あの時のことは覚えてないわ。目を、瞑っていたから」

「そう。まあ、こうして手に入れたんだから、別にいいのだけれど」


 この人は――リューリエは一体何をしに来たのだろう。下位悪魔とは違い、人と同じ姿をした高位悪魔が心底楽しそうに嗤った。


「何が面白いの?」

「そう攻撃的にならないで。今日は、あなたの大好きなローランド――違ったわ。憂茨うきょうの話をしに来たのよ」

憂茨うきょうの?」

「そう。この間ね、彼に関して面白い発見をしたの。あなたも興味を持つと思うわ」


 ゆったりと喋るリューリエは、新しいおもちゃを見つけた子供のようだった。いつも様子を見に来るだけの女が、これだけはしゃいでいるのを花蓮かれんは初めて見た。異様な気配に、悪寒が走る。それを抑え、花蓮かれんはリューリエに次の言葉を促した。


花蓮かれん。あなたの大事な憂茨うきょうは、もうすぐ死ぬわ」

「嘘よ。信じないわ」

「嘘じゃないの。彼の事は知ってるわね?」

「人じゃないことは……分かってるわ」

「あなた、憂茨うきょうが食事をしているところを見たことある?」

「ある、わ……」

「そう。それは、人間が摂取する栄養の事でしょう? 彼はね、私たちと同じ悪魔よ。悪魔はね、自らの力を維持するために魂を喰うの」

「……」

「誰かの……人でも悪魔でもいい。彼らの魂を食べているところをみたことは?」


 そんなところ、見たことがない。彼は無暗に人の事を追い掛け回し、狩るような悪魔たちとは違う。


「ないわよね。あなた達が食事をしなければ衰弱していくように、私たちも魂を食べないと力が弱まっていくのよ。それを何世紀も続けていれば――」


 餓死する。もう、彼女が言いたいことは分かっていた。憂茨うきょうは弱っている。どうしようもないほどに。でも、私を守って怪我を負った時は傷が自然と治っていた。人間の治癒力とは比べ物にならないほど、速く。


「信じられないわ」

「今わね……。でも、信じさせてあげる。本当に私が話したいことは、それからにするわ」


 リューリエが去っていく。笑いながら。


 彼女が何をするつもりかは分からないけど、良い事のはずがない。でも、今の私にはそれを止める手立ても、力もなかった。無力感にさいなまれながら、花蓮かれんは女悪魔――リューリエの背を見ていることしかできなかった。


 遠い日の約束が、蘇る。

 泣きそうな顔をしながら、約束を交わしてくれた憂茨うきょうの顔が。


 ――もう、1人にはしない。


 無性に憂茨うきょうの顔が見たくて、私は声を殺して泣いた。孤独に耐えるために。


+++


 気が付くと、暗闇の中に立っていた。闇の中、手探りで灯りを探してみようとするが手の届く範囲には何もない。

気を失う前に聞こえたあの声に答えるまで、きっとここからは出られないのだろう。


「答え……そうか。先延ばしにしてたな」

『ああ、充分過ぎるほど時は与えた――さあ、答えを』


 女の声が反響した。

 俺の今の望みはなんだろう。あの時は、ただ悪魔を退けることしか考えていなかった。

 花蓮かれんを、憂茨うきょうを助けるために、自分が生き残るために。


 それなら、俺の望みは1つしかないはずだ。

 

「俺の答えは――花蓮かれんを助けたいから、あんたを使いたい」


 いつまで待っても答えは返ってこず、闇からも抜け出せそうな気配はない。


「なんだよ……なんか言えよ。答えを出したぞ」

『それは、お前の答えではない』


 何を言ってる? 今の俺は、他に答えを持っていない。

 この女は、どんな答えを望んでいるのだろう。


「じゃあ聞くが、お前はどんな答えを望んでるんだ?」

『何も。私はお前の答えだけを望んでいる。お前の、強い望みを』

「俺の、強い望み……」


 自分で自分の事が分かってないと言いたいのか? そんな訳ない。

 俺は花蓮かれんを助けたい、憂茨うきょうを助けたい。あの銃を使って。


「違う。俺が、本当に望んでいることは――」


 花蓮かれんだけを助けたいのでもなく、憂茨うきょうだけを助けたいのでもなく。

ちぃこの、結理ゆりの、花蓮かれんの顔が思い浮かぶ。誰も、見殺しになんかしたくない。

そのために得られる力があるのなら、手に入れよう。


「俺は、守りたい。命令だからとかそんなんじゃなくて、悪魔に狙われて死ぬ人間をもう出したくない」

『目的を、見つけたようだな。これでやっと、私を扱える人間になった。永い時をかけたかいがあった』


 ――永い永い、気が遠くなるほど永い時を。


 辺りが徐々に白くなっていき、女の声が遠のいていく。

 目を開いた時に聞こえたのは、意味の分からない言葉だけだった。




 目を開くと、床ではなく天井が見えた。

カーテンで仕切られているということは、病院か医務室だろう。


しゅう君!」

「ごめん……どのくらい、寝てた?」

「気にするな」


 結理ゆりから気を失っていたのは数時間で、その間の事を手短に聞いた。

その話によると、銃は高位悪魔の魂を利用して作られているようだった。


 悪魔は契約した人物の願いを叶えれば、その魂を狩りに来る。

今までの使用者たちが何を願ったのかは分からないが、彼らは喰われただけだった。


しゅう君、聞きたいことあんねんけど」

「なんだ?」

「その、どうやったん?」

「何が?」

「倒れる時、銃が呼んどるって……」


 契約したかどうか。きっと結理ゆりはそれを聞きたいのだろう。

憂茨うきょうも黙って話を聞いていた。


「したよ。契約……」


 願いを叶えた時、俺は死ぬんだろう。この銃に喰われて。何も残さずに。


「消えたらだめや。あかん。何か手があるはずや、何か考えんと」

「大丈夫だ。俺の願いは、たぶん俺が諦めない限り続くから」

「何言うとんの? 願いが叶ったらいなくなるんは、もう証明されとる」

「俺が願った事は、悪魔から人を守りたいってそれだけ。だから、終わりなんてない。ずっと」


 転生することなくずっと、天界に捕らわれるかもしれない。


 願いを叶えるよりも先に、俺の力が尽きるかもしれない。


 それでも、目の前で誰かが傷つくよりはマシだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ