5話
あの日、ここで花蓮は連れ去られた。ここなら、何か手がかりがあるかもしれないと調査課の人間を連れて館に来ていた。
「はぁーい♪ みんなの可愛い上司、結理ちゃんが交代に来たで!」
陰鬱な雰囲気の館に、明るいよく通る声が響いた。それぞれ働いていた調査課の人間が、わらわらと結理の所へと集まってきて報告をし始めた。
専門的な話についていけない一向――柊、憂茨、若桜は蚊帳の外にいればいいはずだった。
「憂茨君。ちょっと聞きたいことがあるんやけど」
「ちょ、部長! やめてください……」
「何でや?」
結理の近くにいる研究員の1人が、憂茨のほうを見つつ言いにくそうに伝える。
「……近くに行くのは危険です」
「何で? 柊君も若桜ちゃんも一緒におるやん。それに、先日の1件の調査報告書に目通してへんの?」
「人間の、子供を守った件ですよね……見てます」
「なら、彼がこちら側に敵意を抱いてないのは分かるやろ?」
「敵意がないってだけですよね。攻撃しないとは――」
「うちらはどこの部署や? 研究部調査課やろう!! 調査課は現場に出て人と話してなんぼや」
「でも……」
「推測の域から速う出たいなら、誰にでも話を聞いて結果を出さなあかん。より正確な、結果を待っとる人がおんねん」
結理は周りを黙らせるとちょいちょい、と憂茨に向かって手招きをしていた。周囲にいる研究員たちの表情は、まだ怯えを含んでいる。
ためらいがちに、憂茨が口を開いた。
「柊、行ってもいいのか……?」
「周りは反対してるみたいだけどな……若桜はどう思う?」
「黙って待ってれば、勝手に近づいてくる。関西人はせっかちだからな」
なかなか動かない憂茨に業を煮やし始めたのか、どんどん手の動きが激しくなり――やがて、腕全体を振り始める。それでも憂茨が動かないと分かったのか、走ってこちらへ向かってくる。ちょうど結理が扉の前に差し掛かった時、黒点が空に浮かぶ。
柊はすぐさま腰に差していた銃を取り出し、トリガーを引く。
が、弾は悪魔を打ち抜くことはなかった。出なかったからだ。
何で、何で撃てないんだ? 今まで、問題なかったのに。何で――どうして。
「嘘だろ、おい。出てくれよ……おい……」
柊は何度も何度も悪魔を撃退しようとトリガーを引くが、状況は変わらなかった。
目の前では、憂茨と若桜が協力して、結理を救いだしている。やがて悪魔は砂へと還り、館の中は静まり返った。
一歩も動けなかった。一歩も……銃を撃つことにこだわって。仲間を犠牲にしかけた。
「なん、で……」
陽気な未亡人は今も、柊の中で沈黙を貫き続けていた。
+++
天界へ帰った後、結理が事細かに銃の事を聞いてきたが、彼女に話をすればするほど分かったのは「何も分からない」ことだけ。
結理の表情は言葉を重ねるほど曇った。沼田課長に聞いても詳細は分からず、何もできない。
それでも、せめて何かをしたいと結理を手伝って俺と憂茨は資料室に詰めた。手元にある古い文献を丁寧に目で追っていく。
「ねえ、2人共……ちょっと、その資料見せてくれへん?」
じっと結理が書類を見つめた。どんどんその表情が、曇っていく。
銃に関する事柄で「分からない」ことが分かった時の比じゃなかった。
「なんだよ……どうした?」
「あんな、対悪魔用武器の設計図やら製造に関すること調べててんけどな」
結理の歯切れが悪くなった。よほど伝えにくいことなのだろう。
「あんな……その武器、ほんまとんでもないもんやで。使用者が、消滅しとるんよ」
「でも、それって噂だろ……?」
「噂やない。データとして、ちゃんと残っとるし」
「歴代使用者の転生日、見て欲しいねんけど」
銃の歴代の使用者に関する書類を広げ、次々に口にしていく。その時はいつもの明るい彼女の声ではなく、どこか恐ろしさを感じているように震えていた。
「転生したとかじゃないのか?」
「あんな憂茨君。天界の職員は、みんな定められた寿命では死んでないんよ。転生の空き待ちしててん……」
「大量に空きが出たとしても、これはおかしいってことか」
「そうだ。こんな短期間に何人も転生はできないはず……」
「柊君の言う通りや。中には1日、2日でいなくなっとる者もおんねん」
そんなに急に転生の空きが出たとは到底思えなかった。転生するにしても、徐々に仕事を引き継いで……という地上での会社と同じような手順を踏んでいたからだ。
急に人が消える訳もない。
使用者たちが、転生したのでなければ彼らは一体どこへ行ったのだろう。
「なあ、柊君。この武器、食べるんやろ……? そのアレを」
「そういう……噂があるな。でも、噂じゃなかったってことか」
まだ何か気にかかることがあるように、俯いた。何を考えているのか、結理に話すように促すと言いにくそうに自分の想いを伝えはじめる。
「うん……。なんや、人の魂食べるて悪魔みたいやなって……」
「悪魔みたい……」
ぽつりと憂茨が呟いた。その様子を見て、結理が慌てて補足を口にする。彼の前でうかつなことを言ってしまったと思っているのだろう。
「あ、憂茨君の事は怖くあらへんよ。むしろ、本職悪魔にしては優しいし」
「気にしてない。なあ、柊……消えた奴らが全員、俺の――魂の劣化と同じ現象だとしたら……」
「可能性はあるってことか」
「対悪魔用武器はいつ頃作られたんだ?」
「それが、閲覧禁止になっとって正確な時期は分からんのよ」
「それなら、見られる奴に聞きに行けばいい……」
俺たちは、陽気な未亡人を渡してきた人物――守護課課長に会いに行った。
結理と菫路に2人は現在の状況、魂の劣化の話などを話して閲覧禁止資料を見せてもらうことに成功した。その資料を見て、推測が確かなものになった時――急に視界が白い靄に覆われた。
結理と憂茨が俺の名を呼ぶ。それが聞こえなくなった時、再び声がした。
あの感情の欠片も感じない抑揚のない、陽気な未亡人の声が。
『さあ、あの時の答えを聞かせてもらおうか。刻印を持つ者よ』