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Lord's Prayer -祈る者-   作者: 庵原奈津
第二章
11/30

4話

 背後からはしゅうが引きつけ切れなかった黒い群衆が空を駆け、地を駆け、迫ってきていた。


 逃げても、斬っても減る様子はない。むしろ増えているようだった。あの悪魔の言うように、追いかけっこなどと言う生易しいものではない。多勢に無勢、花蓮かれんと逃げていたとき同様に数で押すつもりでいるのだろう。


 足で砂を蹴散らしながら、病院へ向かっていると――背後から、下位悪魔よりも強い匂いがした。匂いは徐々に強くなっていく。もう、誰だかは分かっていた。 


「その大事に抱えてるお弁当、食べた方が良いんじゃないですか?」

「お前か。しゅうはどうした?」

「さあ。他の者に任せてきたので、分かりません。今頃、悪魔たちの腹に収まってるかもしれないですね」

「魂の価値なら、あいつのほうが上だ。刻印を持つ者インタリオだからな。お前も行って食事をしてきたらどうだ? 今からでも遅くないだろ」

「インタリオも魅力的ですが――私には、あなたを狩る方が重要だ。裏切り者の断末魔を聞きながら、食事をしたいんです」


 下位悪魔と同じ蝙蝠の様な被膜を使ってミューズリーが浮いている。その顔が醜く歪み、こちらを睥睨していた。瞳は血のように紅く輝きを放つ。


 ――来る。この子を奪いに。


 ミューズリーの攻撃が始まった。彼は一足飛びに迫ると、真っ直ぐに迷いなく拳を叩きこんでくる。幅広の長剣を盾にして、防ぐと同時に――蹴りが飛んできた。防ぎきれず、ちぃこを抱いたまま吹き飛ばされる。


「あと、何度武器を呼べるでしょうね? そこまで劣化してると、さすがに辛いんじゃないですか?」


 勝ち誇ったようにミューズリーが言った。もう何度呼べるかは、こちらにも分からない。でも、負けるわけにはいかなかった。手放すわけにはいかなかった。腕の中に抱いている小さな命を。


 ――守るために、戦わないと。攻撃に出ないと。


 再び突っ込んできたミューズリーめがけ、長剣を投げる。長剣は彼の肩を掠めて消える。ミューズリーは好機と見て、さらに速度を上げた。ちぃこに手が迫る。


「くそっ」


 一度後方に退くが――彼の手は、なお伸びてくる。身体を後ろに力を込めて倒す。その反動でミューズリーの顔を力いっぱい蹴りつけた。悪魔が地面に転がり、顔を抑えながらゆらりと、立った。


「あああああ……痛ったあ……痛いじゃないですかぁ……」


 ミューズリーは周囲で様子を窺がっていた悪魔を一人掴むと、噛みつき喰らい始めた。苦しみ悶える悪魔の声が辺りに響き渡り――喰われている悪魔がこちらに、助けを求めるように手を伸ばす。やがて声はやみ、悪魔はミューズリーの腹へと納まろうとする。


 ――あいつを倒さないと逃げられない。そのためには……。


 ぎゅっと両手でちぃこを抱き、その隙を逃さず突っ込んだ。ミューズリーが目だけで笑う。もう、こちらに武器を呼ぶ力は残っていないと思っているのだろう。


「来い、血まみれの伯爵夫人エルザベート

「――っ!?」




 悪魔たちの羽音が聞こえる。闇夜が濃くなりつつある空へと消えて行った。


「狩りは、楽しかったか?」

「そこそこ。食事中に刺すなんて、卑怯だなあ……」

「――これが、裏切り者の戦い方だ」  


 徐々にミューズリーの体軀が砂へと変わっていく。その様子すら楽しんでいるのか、彼の顔から笑みが消えることはなかった。


「――ああ、そうだ。1つ、良い事を教えてあげますよ。彼女は――あなたの大事なお姫様は、まだ生きてる」

「そうか」

「……その子を、あなたは食べるべきですよ。お姫様を助けるために」





 やっとの思いでたどり着いた病室には、機材に繋がれて生かされている小さな体があった。その隣には、憔悴しきり目の焦点も合っていない女が1人で椅子に座り込んでいた。彼女はちぃこの手を取り、ぎゅっと握りしめる。


「ママ……」


 ちぃこは母親のところへ駆けて行こうとしたが、やめた。後ろを振り返り、ぎゅっと憂茨うきょうのズボンの裾を握りしめる。


「どうした? 母親の所へ行け」

「……ありがとう。怖いうさぎさんたちをやっつけてくれて」

「怖い……うさぎ?」

「うん! うさぎさん、おめめがあかいでしょ?」

「……」


 一生懸命上を向いて、笑顔を作る。怖くて泣いていた女の子が笑うのを見るのは二度目だった。

 一度目は、花蓮かれん。二度目はちぃこだ。


「ありがとう。しゅうお兄ちゃん。憂茨うきょうお兄ちゃん」


 そのまま駆けていくと、ちぃこは自分の体に戻っていった。


憂茨うきょうお兄ちゃん、ずいぶんとボロボロじゃないか」

「怖いうさぎさんたちに囲まれてな」

「はあ? 怖いうさぎ?」

「ああ。ちぃこが持っていたうさぎ、目が赤かっただろ。目が赤いイコールうさぎ」

「子供語は俺には分かんねえわ」

「俺もさっき知った」


 頭をがりがりと搔きながら、しゅうが大きく伸びをする。彼の身体もボロボロになり服が避けていた。


「なあ、しゅう……俺が、あの子を食うとは思わなかったのか?」

「思わなかったって言ったら嘘になるかな。お前、迷ってたし」

「そうだな……」

「でも、途中で決めただろ。守る《こっち》側になるって」

「そうだな」


 ――抱いた時の重さが、命の重さが花蓮かれんと変わらなかったから。だから、守り切れたのだろう。


若桜わかさが迎えに来てる。さっさと天界うえに戻ろうぜ」


+++


 あの日は、雪が降っていた。降り積もった白を掻き集め、花蓮かれんはひたすら歪な形の何かを作っていた。


 何度やっても思い通りにならないのが悔しいのか、何度も何度もやり直している。そのおかげで、花蓮かれんの頭には雪が積もり始めていた。


 体が冷えれば、風邪を引く。人間の子供は、壊れやすいから。花蓮かれんが苦しむのは、どんな時でも見たくない。


花蓮かれん、行くぞ」

「うん。でも、あとちょっと」

「さっきから、何を作ってるんだ?」

「ないしょ」


 雪が降る中で上を見上げ、花蓮かれんが能天気に笑う。その笑顔をみて、アンヌを思い出した。でも、この子は彼女とは違う。持っている魂は同じだが、全然別の人間だ。


 初めて出会った時は、院の隅っこで寂しそうに1人で遊んでいた。雨の日は本を読んでとせがみ、晴れた日には一緒に遊んでと手をひかれる。風邪を引いたときは、傍にいて欲しいと、1人が寂しいと泣いていた。


「お兄ちゃん。これ!」


 ようやく気に入った形になったのか、花蓮かれんが無邪気な顔でそれを押し付けてきた。


 小さな掌の上には、ただの歪な形の雪玉。それには石ころが2つ付けられている。さらに玉の上には、小さな木の枝が2本不恰好に鬼の角のように突き刺さっていた。


「これは?」

「雪うさぎ! じょうずにできなかったけど、あげる」

「……ありがとう」


 この日、ローランド――憂茨うきょうは、人間と再び繋がりを持った。胸の辺りが熱を持ち、何かが肌に食い込んでいくのが分かる。


 それが何の痛みか俺は知っている。すでに1度、経験をしていたから。この痛みは、人間と再び縁をもったことへの烙印だ。


 そうして憂茨うきょうは烙印の痛みに誓った。


 ――花蓮かれんを1人はしない。この子を守り続けよう。この命が無くなるその日まで。


「もう、1人にはしない」


 憂茨うきょうは空いている片方の手で、花蓮かれんを抱きしめた。

彼女は嬉しそうな顔をすると、ぎゅっと首元に縋り付いて言う。


「かれんも! もう、お兄ちゃんは痛い顔しちゃダメだからね!! やくそくだよ」


 花蓮かれんはあの日の能天気女アンヌと同じように声をあげて笑った。

いかがだったでしょうか?

憂茨視点の話は今回で終わりです。

次回から、また柊視点の話に戻ります。


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