3話
悪魔は力がすべて、という生き物だ。
力が弱いものは、同族に利用されて死ぬだけ。より強い者へとなり上がるには、人間の魂を食べ続けなければならなかった。ひたすら、自らを強化し続けるためだけに狩り、喰らいつくす。
アンヌの魂を持っていたのに、花蓮はいつも一人だった。
能天気に雨の日に笑いながら歩く女とは根本的に違っていた。持っている魂は同じはずなのに。
こうやって、ちぃこのように寄り添ってくる子供だった。その子を守るために、今、走り回っていた。花蓮でもないのに。
「憂茨――そっち行ったぞ!」
「――くっ」
悪魔たちの攻撃を避け、撥ね返す。蹴りを入れ、砂へと還し続ける。何度も何度も同じことを繰り返す。服が避けて、傷ができる。血が背中や腕足を流れていく。生暖かい感触は止まることなく続いていた。
「止まるな! 走り続けろ」
「分かってる!!」
一族を追放された以上、魂を喰うことをやめた以上、魂の劣化は避けられない。子供1人食べたところで、延命措置にしか過ぎない。それでも、今よりはマシになるのだろう。
ふと、ちぃこの手の力が強まった。腕の中にある重み。
あの日――まだ、花蓮が幼かった日、悪魔から襲撃を受けた日に抱えた重みと何も変わらなかった。
この子の魂はきっと誰かの大事な人の魂を抱えて、産まれてきたはずだ。誰かが、まだ生きている誰かが、ちぃこの帰りを待っている。
花蓮と自分にはもう、誰も待っている人間はいない。お互いしかいないから、その大事さが分かる。
――それなら。それなら……今は、この子を守ろう。自分の目的のために犠牲にすることはできない。
目の前で血路を開き続けていた柊が立ち止まった。全方位を見渡して、ようやく自分たちが囲まれていることに気が付いた。なめるように見る視線の先は、全てちぃこに向けられていた。
「どうしてこういう状況になったし」
「俺も聞きたい」
「おにぃ、ちゃん……こわい……」
憂茨腕の中にあるのは、怯えて震えている女の子だった。彼女を狙ってきた下位悪魔が周囲にうじゃうじゃと集まってきている。
その数は今も増え続け、見渡せる場所はほぼ黒一色になっていた。ちぃこは泣き出すのを必死に我慢して、憂茨の首元にぎゅっとしがみ付いていた。彼はまだ幼い子供を安心させるように、小さな背を撫でている。
「ずいぶんと、あやすのがうまいことで」
「ここで泣かれでもしたら、やっかいだろ」
「子供1人泣くぐらいなんだよ。今の状況のほうがまずいだろうが」
「俺は子供に泣かれるのは好かん」
「状況見てから言ってくれる?」
「逢魔時が来るまでに決着をつければいい」
「でも、時間はあまりなさそうだな……」
あたりはオレンジ色に染まり始めていた。
ふいに大きな黒い影が蠢き、割れた。ゆっくりこちらへと向かってくるのは、先ほどの中位悪魔であるミューズリーだった。彼はまだ胡散臭そうな笑顔を顔に張り付けている。
「子守、大変そうですね。そろそろ、こちらへ彼女を渡していただけますか?」
「問題ない。子守は一度やったことがある」
「悪魔が、ねぇ。あの女の人ですか? 花蓮とかって名前の」
「…………それがどうした――!?」
隣で突然、銃声がした。柊を見ると、冷や汗をかいていた。銃を使う度、彼の心は削られていく。もう何発も撃てないだろう。2人でなんとかこの場を切り抜けるしかない。
「憂茨。俺が先に突っ込んで、道をなんとか開く。ついて来いっ!」
人の返事も聞かず、柊が悪魔の群れへと突っ込む。彼は銃身で鉤爪を受け止め、撥ね返す。トリガーを引き絞り、目前に迫る悪魔を砂へと還した。そのまま突っ込み、体当たりをして転がる。その隙を逃さず、悪魔たちが周囲を取り囲んだ。続けざま、悪魔の方向が響き――それは、やがて断末魔へと変わっていく。
「早く行けええっ!!」
あの時と同じだ。柊は微塵も、こちら側が裏切るとは考えていなかった。これでは裏切れない――絶対に。もう、迷いは消えていた。
――この子を、絶対に家族の所へ帰そう。血は繋がらなくても、これだけ母親の事を想っているのだから。