猫のいる生活
「では、契約書にサインを。はい、結構です。これで、この家はお客様のものになりました。そして、こちらが猫です」
「ニャー」
首輪の付いた黒猫が足元にいた。ちゃんと返事をしている。知性が感じられる猫だった。
いつからだったか。一戸建てなど、大きな買い物をすると猫が付いてくるようになっていた。昔より賢くなり、数が増えたために採られた施策であった。以前のように、処分されるよりはましだと思う。ただ、猫の方にも好き嫌いがあるかもしれない。とりあえず、私の方は毛並みが黒だったので好みに合った。
「おいで」
後ろを付いてくる。こちらの言うことが分かるようだ。しかし、玄関の前で止まる。中には入ってこない。今は外にいたい気分、それとも、屋内より外で過ごすタイプ。いや、こちらを気遣っているのか。首筋辺りを掻きながら、考える。まあ、どちらでもよい。
「夕食時になったら、戻ってくるように」
「ニャー」
猫は返事をすると、塀と植え込みの隙間から、するりと外に出ていった。今日が初めてだろうけど、地理、位置関係は大丈夫なのか。
問題なかったようだ。夜6時30分ちょうど、玄関のドアをカリカリと擦る音がした。開けてみると、しっかり座って待っている。
「猫まんまでいいかなぁ」
「ニャー」
それでよいらしい。準備していた器に盛ってやると、モソモソと食べ始めた。そう、食事のことも相談しないと。だけど、それより先に決めておくことがあった。
「名前は何にしようか」
猫は食べるのを止めて、こちらを見ている。
「なぁ、希望とかある?」
左右に首を振ったように見えた。
「じゃあ、クロでいいか」
「ニャア」
早速、表札に名前を書き加える。
『黒宮クロ』
語呂がよいとは思えないが、まず忘れることはないだろう。食べ終えたクロは、しばらくは前足を舐めていたが、やがて、くるりと向きを変えて、入ってきたであろう隙間から出ていった。
「出入り口でも作っておくか」
利用するかどうかは微妙であるが、そんなことを思って、呟いたりした。
猫のいる生活。気ままな姿にゆとりを感じるのだろうか。
「くしゅん」
鼻水が出た。
アレルギーさえなければなぁ。ぐずぐずと鼻を擦り、顔や腕を掻きながら、家の中に入った。