異世界で美男美女に溺愛されてます
「やあ、お目覚めかな? 気分はどうだい? どこかおかしい所は無い?」
私の一日は、きらびやかなイケメンの飛びっきりの笑顔から始まる。
金髪碧眼の上品な風貌の彼、ケインはまるで、乙女の夢をありったけつめこんだ物語の中の王子様を忠実に再現したかのようで、一番最初に顔を合わせた時は、そのあまりのイケメンっぷりに挙動不審になってしまった。
「おはようございます、ケイン。大丈夫、どこも、痛くない」
流石に今ではそのイケメンっぷりにも慣れたけれど、それでも目覚めて一番に飛び込んでくるのがイケメンの笑顔ってのは、心臓に悪い。おかげで寝ぼけることなく、一気に目が覚めるので目覚ましとしては、大変優秀ではあるけれど。
「本当に? 少しでも気分が優れなかったら、すぐに言ってほしい。君は僕たちの大事なお姫様なんだから」
「はい、ありがとう、ございます」
きらきらしたイケメンは、言葉選びまできらきらしている。
一般人が口にしたら、ふざけてんのかと正気を疑いたくなるような台詞も、ケインは嫌味なくさらり言えてしまう。それが違和感なく似合っているもんだから、また困ってしまう。言われたこっちが、恥ずかしい。
ちなみにケインと私が会話している言葉は、日本語ではない。ケインたちの世界の言葉だ。
私が若干カタコトなのは、まだうまくこちらの言葉を扱えないからで、何もイケメンに動揺してるからではないのだ。
日本とも地球とも全く違う、別の世界に来てしまったのは、今から二年前のこと。
しかもこちらにやってきてからの一年と少し、私は眠り続けていたらしく、目覚めた時には周りに居た現地の人たちはそりゃあもうすごい勢いで狂喜乱舞したものだから、心底びびってしまって意識を飛ばしそうになったのはまだ、記憶に新しい。
ケインもその時周りにいた一人で、どうやら医者である彼は毎朝、こうして私を訪ねて体調を気遣ってくれている。もう元気だからと何度か伝えはしたけれど、その訪問が絶えた事は今まで一度たりとて無かった。
「はぁい、チカ。今日も可愛らしいわね。朝食は食べられそう?」
「ええ、マリー。おはようございます、私、ご飯食べる」
朝の問診を終え、ケインが部屋を出て行ったのと入れ違いに、一人の女性が入ってくる。
こちらもケイン同様、大変に綺麗な金髪のゴージャス美女で、ベッドから出て部屋の真ん中でストレッチをしている私を見ると、とっても素敵な笑顔を見せてくれた。本当に嬉しそうなその笑みは、同性といえどくらりとくるものがある。
「大変だろうけれど、食堂まで行ける? みんな、あなたと一緒に食事がしたいのよ」
「勿論。行く、着替える、待ってて」
「分かったわ、ありがとう!」
これも毎朝の決まったやり取り。こちらに来て目覚めてからしばらくは、起き上がることが出来なかったせいか、問題なく歩き回れるようになった今でも、マリーは必ず食堂まで行けるかどうかの確認をするのを忘れない。
着替えが終わって部屋を出たら、すかさずマリーが私の右に付き、反対側にはもう一人、細々とした私の世話を焼いてくれるジャック。こちらも非常に男前。イケメンってよりも、男前って言葉がしっくりくる、渋めダンディーなお兄さん。彼もまた口がお上手です。
「今日のチカもとっても愛らしいね、そうは思わないかいマリー」
「ええ、私たちのお姫様は今日も最高よ」
なんて人の頭越しに、むず痒くなるような会話をし始めるのもいつものこと。恥ずかしいのでやめてほしいと訴えれば、まるで微笑ましいものでも見るような目を向けられ、更に言葉が甘さを増すことは分かっているので、けして二人の会話に割り込みはしない。
食堂には、既に準備されてある食事と、席について待ってくれている人たち。
さっき会ったばかりのケインと、ニコラスにサーシャにリック。説明するまでもなく、みんなそれぞれ美男美女である。
この四人に私に付き添ってくれたジャックとマリーの二人、そして今はここにいないマークを加えて、全部で七人。
その七人が、この世界で私の面倒を見てくれている人たちだ。同時に、私が会ったことのある、この世界の人たち。
食事が始まってからも、みんなから私に向けられるものは変わらない。
パンにかぶりつけば満面の笑みを向けられ、スープを一口含めば飛び上がらんばかりに喜ばれ、いつもよりちょっぴり多めにご飯を食べればすごいじゃないと褒められる。それを諌める人はいない。全員が全員、そんな調子だ。
気づいたら訳も分からないままこっちに居て。
右も左も分からないまま、不安に怯えて。
けれど会う人誰もが全力の好意を向けてくれて、甘やかされて、しかもそれが全員美形とくれば、ころっと絆されてしまうのは仕方がなかったと思う。けっして私がちょろいからではないと思いたい。
だって現状が何も分からない不安の中、親切にされるだけでもぐらっとくるのに、あっちではほぼ接点の無かった美形たちばっかりだし。綺麗だしかっこいいし可愛いし。顔がいいと、説得力が増すんですよ、たぶん。
あれもしかして、ハーレムじゃないのこれ。モテモテじゃないの私。やだーどうしよう誰か一人なんて選べなーい、なんて頭の螺子が二三本抜け落ちたような浮かれたことを考えちゃったのも、仕方ないと思う。だっていきなりこんな非現実的なシチュエーションに放り込まれたら、現実逃避に走ったって仕方ないじゃん。私、とりたてて特筆するとこのない、ごくごく普通の人間だし。イケメンに微笑まれたら、うっかり勘違いしちゃうくらい耐性なかったし。美人の友達が出来たら、嬉しいし。
けれどそんな、ふわっふわのお花畑な思考でいられたのは、目覚めて三ヶ月くらいまでだった。
甘やかされて可愛がられてでれでれしてたけれど、三ヶ月経ってからようやく、気づいたのだ。
私が住ませてもらってる家は、屋敷といっていいくらい大きい。日本で言えば大豪邸。探索するだけでも、半日はかかる。
そんな屋敷の中で、私が出入りを禁止されている部屋はない。必ず誰かが付き添うけれど、望めばどこにだって連れて行ってもらえる。
だけど。
この家には、玄関がない。外と中を繋ぐ、扉が無い。
動けるようになってからは、散々屋敷のあちこちを見て回ってはしゃいでいたくせに、なかなかその事に気づかなかったなんて、あんまりにも迂闊すぎた。
慌ててこっそり、与えられた部屋の窓を確認すれば、どれだけ力を込めて押しても、殴りつけてもぴくりともしない。その部屋だけでなく、さりげなく確認したどの窓も、開くようには出来ていなかった。
その時になってようやく、私は気が付いたのだ。
私が、屋敷に閉じ込められていることに。
そして気づいてしまえば、彼らの笑顔を今までのように受け止めることが出来なかった。
笑顔の裏で彼らが、何を考えているのかが分からなくって、怖くなってゆく。
それでも向けられた好意が嘘には思えなくて、本当に大事にされている気がするから、ますます恐怖が募ってゆく。
意図が分からないから、直接尋ねるのも恐ろしかった。触れてしまえばその瞬間、全部壊れてしまう気がして。恐ろしいことが、起きてしまう気がして。
今まで通りを、続けようとした。
彼らの差し出すものを疑いなく受け取って、嬉しいって笑って。
私が気づいたことに、彼らが気が付かないように。
初めのうちは、うまくいっていたような気がする。
けれどうまく行き過ぎて、不安になるくらい、彼らの態度は変わらなかったから。
いつも通りを装ったのは私のくせに、何にも気づかないなんてやっぱり彼らの好意は上辺だけのものだったんだって、疑心暗鬼を募らせて、不安を加速させていって。
先に限界を訴えたのは、心ではなく身体の方だった。
ある時を境にご飯が食べられなくなって、ベッドから起き上がることが出来なくなった。
おろおろと慌てて取り乱して、大げさなくらい心配する彼らに、それでも告げることがなかなか出来なかった。信じることが出来なかった。その心配も、本物かどうか分からないくらい、心は蝕まれていた。
「外に、出たい……」
転機になったのは、私がふと漏らした言葉。心身ともに弱って、取り繕う余裕も無かったせいで、つい口にしてしまったもの。
撤回しなければ、とは思った。彼らに外を匂わすようなことを、暗に私が閉じ込められていることに気づいていることを、言っちゃ駄目だったのにって。
でも、もういいやって、どこかやけっぱちな気持ちが撤回の言葉を押しとどめる。何が出てきたって、今より悪くなることはないだろうって。どうせそう遠くないうちに、私は死ぬだろうって、予感してたから。
それは確かに、大きく状況を変えた。
けれど私が思っていた方向ではなく、全く予想もしてなかった方向に。
「君のその繊細な身体では、外の環境に耐えることが出来ないんだ……!」
目にいっぱい涙を浮かべて、私の手を握ったケインの話に、最初はまた過保護で言いくるめられるのかとうんざりしていた私だったのだけれど。
「この屋敷は君の内側にあった成分を分析して、君が生きられる環境に気体の構成も比も圧力も調整しているけれど、外だとそうはいかない。だって君はおそらく、呼吸をしなければ生きられないんだろう?」
んんん? あれ私、ものすごい勘違いしてたんじゃない? って思い始めたのは、この辺り。
そして更に、ケインに続いて口々に喋り始めたみんなの言葉により、私の勘違いは更に決定的になった。
「そうよ、それにチカは、千切れた体は再生しないんでしょう? それに数分呼吸をしなければ気を失ってしまうなんて!」
「食べられるものも、あまりに少ないし。石を噛み砕く力すらない君を、外に出すなんて恐ろしくって!」
「ああ、チカお願い。分かって、私たちはあなたを死なせたくないの……!」
結論。
一見、私と同じような外観をしてる彼らは、ものすごく逞しい生命体でした。
所々分からない単語もありつつ、彼らが一生懸命説明してくれたことを纏めると。
彼らが私を屋敷から出さなかったのは、単純に私の生命活動的な意味で外に出すとやばいってことが分かってるからだとか。
私が眠ってる一年の間も、ちょっとしたことで死に掛ける私のために必死で環境を整えて、どうにか私が生きられる場所を作ってくれたらしい。
何せ彼ら、瞬時に環境に合わせて身体を作り変えることの出来る超生物なんだとか。宇宙空間に生身で放り出されても、しばらく生きていられるらしい。
ついでに身体の一部が欠損しても、すぐに新しいのが生えてくるんだとか。複数ある核が全部壊されない限り、何度でも復活できるとか。
そんな彼らだからこそ、突如湧いた私の脆弱さには、吃驚仰天、茫然自失。
肉体レベルだけでなく文明や技術レベルも進んでいるらしい彼らの間では、異世界の概念はある程度確立されていて、界を渡る現象も認識されており、たまに私みたいな存在がこの世界に現れることはあったから、そこは問題ではなかったらしいのだけれど。
問題は、私の貧弱さだった。彼らによれば、私ほど弱い身体の生き物は見たことないんだとか。たまたま流れ着いた小動物でも、私よりよほど逞しかったんだとか。
姿かたちは殆ど同じ。持ち物から判断するに、それなりの知性も有している。
けれど弱い。環境の変化に非常に弱い。ちょっとしたことで死にかける。落ち着いたと思っても目を離せばまた、死に掛けている。
そんな私をどうにか生かそうと手を尽くすうちに彼らは、私に情が移ってしまったらしい。
この繊細で弱い生き物を守らねばならぬと、すっかり庇護欲を掻き立てられてしまったらしい。
「伝えてしまえば、君が不安がるかと思ったんだ。外が君にとって生きていけない環境だと知れば、安心して暮らせないんじゃないかと思って、伝えなかったんだ。それが君を不安にしてしまっていたなんて、本当にすまない」
そんな百パーセントの善意を、穿って一人で空回った私の疑心暗鬼の結果も、彼らは責めることなく繊細だからの一言で片付けて、私が恥じて小さくなるとにこにこと微笑ましげに見つめるばかり。
(あ、そっか、そういうことか)
そして私は、理解する。
異常なくらい向けられていた好意の、意味を。
(ペット的な? 愛玩的な? うちの子可愛いでしょー的な?)
もしくは希少生物を育成する、飼育員的な。
「ほらうちの子喋るのよ、ご飯って! 賢いでしょー!」って、明らかににゃあとしか鳴いていない猫を溺愛して家に訪れる人に自慢してはしゃいでた親戚の叔母の姿と、彼らの今までの言動を重ねてみれば、想像以上にしっくりときた。
(完全にあれだったわ、うちの子が一番かわいい。お姫様ってのもあれだったわ、うちの子めっちゃかわい)
一時期とはいえハーレムかも、なんて勘違いしてたことに恥ずかしくなりはしたけれど。
案外何の反発もなく、あっさりとその事実を受け入れられた。
だって誰からも愛されるような人間じゃないのは、私が一番よく分かってる。
でもペットだったら、愛嬌がなくっても、可愛くなくっても、我侭でも。
飼い主にとっては、可愛くてたまんない存在じゃない?
それならそっちのが、楽かもしれないなあ、なんてけして彼らには言えない計算と。
万が一捨てられたら、生きてはいけないという打算により。
「チカ、おはよう」
「ああ、今日も可愛いね」
「うふふふ、私たちのお姫様は今日も元気ね」
今日も私は、彼らの溢れんばかりの愛情を受け止めつつ。
「ほうらチカ、こんなところから腕が!」
「あら、私なんてこんなとこに目を増やせるわよ!」
私を驚かせないように配慮により隠されていた彼らの身体的特徴が明らかになったため、ペットに良いところを見せるべく張り切って腕を生やしたり足を生やしたりしてみせる、美男美女のちょっぴりグロい映像にも笑顔ですごいすごいとはしゃいでみせて。
「みんな、すごい、大好き!」
それでも不意打ちで、綺麗な飼い主たちの笑顔にときめかされることはあるけれど。
可愛らしいペットとして、無邪気に振舞ってみせ、それなりにペット生活を満喫している私なのでした。
後日談
「ケインたち、どうやって外、出る?」
「ああ僕たちかい? 危ないから、下がって見ててね」
屋敷に閉じ込められていた理由は理解したけれども。
それでもケインたちはちゃんと外にも出てるみたいなので、一体どうやっているのかと疑問に思って尋ねてみれば。
――ゴゴゴゴゴゴゴ
うん、びっくり。
壁だと思ってたとこをですね、ケインさんが押すとですね、あら不思議。
壁が、動いた。明らかに重さのあるものが動く音を響かせながら、壁の一角が、動いたのだ。
「この向こうの空間は、今は一応屋敷と同じ成分になっているけれど、危ないから、一人で開けちゃだめだよ」
「……うん、大丈夫、たぶん、無理……」
にこやかに壁を押すケインの怪力に、引きつった笑みでどうにか応える。
すごいな、この人たち……。
ちょっぴり引いた本音は、漏れないように心の中に押し込めた。
後で一応、チャレンジしてみたけれど、勿論ぴくりとも動く筈もなく。
彼らが私と触れ合う時、かなり力の加減をしてくれているんじゃないかってことに気づいた私は、感謝の気持ちを込めて、彼らに思い切り甘えてみせたのでした。
大変喜んでもらえたので、ペットとして誇らしい限りです。わん。