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第八十七話

第八十七話、大変お待たせいたしました。投稿遅れて本当にすみませんでした!しかし八月は容赦なく訪れる(詳しくは、下記の後書きもしくは活動報告の告知でどうぞ)。

 普段の学校生活における相川拓二は、人当たりが良く、極めて要領の良い少年である。


「ねえ相川くん、外国行ってたって噂ホントー?」

「はは、まいったな。どこから出回ってんのそれ?」

「あれ、久しぶりじゃねえか? 生きてたのかよ相川」

「んだよ、失礼な。ちょっと学校に行かなかったくらいで」

「ちょっとって……何ヶ月いなかったの? ちょっとどころじゃないじゃん」

「くっそ、てめえテスト終わってから帰ってきやがってよ~」


 夏休みが過ぎてもずっと現れなかった級友(たくじ)の、突然の帰還。

 日常を繰り返し生きるクラスメイトの学生達は、そのちょっとした非日常に興味を持ち(元々拓二が以前起こしたいくつかの出来事で、一目置かれていたこともあったが)、まるで中途編入してきた転校生よろしく彼を囲んだ。それが数時間前、朝のホームルームが始まる前のこと。


 そして今はというと────休憩時間の間、面白おかしそうに話を聞く男女の輪の中心に、雄弁に喋りを紡ぐ拓二の姿があった。

 

 一を聞いて十を知り、五を語ることで十五を引き出す。それが出来る会話の巧みさを持ち、痒いところに手が届くといった具合で、気付けば何でも話してしまうのだ。

 会話をしていて、もたれかかっても良い安心感とでも言うのだろうか。主張しすぎるわけでもなく、かと言って無口というわけでもない、歳の割に垢抜けたその雰囲気は、根底にある確固たる経験によって裏付けられている。


「えっ、文化祭って再来週? マジで?」

「マジマジ。知らなかったの?」

「準備サボれると思ったら大間違いだかんね~」

「ちぇっ、こんなことならもっと遅く帰ってこりゃよかったかなぁー」

「もお、んなことさせないっての!」


 拓二が二言三言何かを話すと、周囲が笑う。

 彼の話は、単純に面白かった。話し上手で、時に挟む身振り手振り、何らかの状況説明にも淀みがない。 例えて言うなら、『昔取った杵柄』。子や孫に説き聞かせる時のような、そんな老獪な話し口なのであった。


 結果、拓二はいなかった数ヶ月をとんと感じさせない立ち居振る舞いでもって、あっという間にクラスの中に溶け込んだのであった。


「拓二せんぱ~い! 遊びに来ましたよ!」


 元気で甘えたな声が、拓二の名を呼んだ。

 高校一年生である彼を、学校でそのように呼ぶのは、一人しかいない。


「先輩先輩先輩ー!」

「ああ、琴羽か。……おい、そうくっつくな。暑い」

「えへへ~せんぱーい」


 少女、琴羽はこうして休憩時間ごとに拓二のいるクラスに顔を出していた。

 違うクラスでであるというのにもまったくお構いなしに、たった十数分の時間でも献身的とも言える熱心さで会いに来ていた。

 人の口に戸は立てられない。今こそ半分不登校していた拓二が帰ってきたことの物珍しさそのものに話題性が傾いているが、この分では『そういう』噂が流れるのもそう時間は掛からないだろう。


「おっす、久しぶりじゃん相川」

「おう、兄貴の方も。久しぶり」


 そんな琴羽と一緒に、双子の兄、尾崎光輝(おざきこうき)も揃って顔を出した。


「っておいおいなんだよその怪我は? それともパンクなファッションか?」

「これは……いや別に」


 指差されたその箇所、包帯を巻きつけた左腕を、拓二は気にするなと言わんばかりにプラプラと振る。


「事故ったんだよ。名誉の負傷ってやつ?」

「ふうん……」


 だが光輝が本当に聞きたい本題はそこではないようで、


「……なあ、夏休みからずっと、どこほっつき歩いてたんだよ。心配してたんだぞ」


 彼は視線を泳がす。今はただ幸せそうに擦り寄る琴羽に向けて。


 双子の兄という身、彼は当然知っていた。琴羽が拓二を唯一────そう、比喩でなく世界でただ一人拓二を愛していること。

 そして、拓二がいない間の琴羽の様子も。一番身近で、笑って無理を通してきたその姿を。

 彼がいない不安も心配も、彼のために全て押し殺してきたことを。


「どうしても、やらないといけないことがあって」

「そう、か……うん、まあそういうこともあるよな」


 納得したようなそうでないような、曖昧な頷きを返さざるを得ず、話は敢え無く途切れてしまった。

 と言うより、〝拓二本人がこの話題を好ましくないとはぐらかそうとしているように感じられたのだ〟。


「……にしても、高校一年目からこんな休んでいいんか? 出席日数足らなくて留年とか、うちの妹だけにしてくれよ?」

「留年! ならあたしと仲間だね先輩! うぇるかむ!」

「笑って言うことなのか、それ」

「俺ももう諦めた……」

 

 この数ヶ月の元気の無さはどこへやら、妙にお気楽な妹を見て、無意味に終わった心労が霧散したかのようなため息が漏れた。


「…………」


 しかし、同時に。


 拓二が帰ってきたことによって、妹が本来の元気を取り戻したこと。

 それこそ『四月一日』以前の、元の明るい琴羽が見られるようになったこと────それならば、その他気になることなんて、取るに足らない些事ではないか、と。


 何も知らない兄は、そう前向きに改め直したのだった。



◆◆◆



 日中の小春日和から一転、虫が鳴き、深い暗幕が降りたような冷ややかな秋の夜。

 拓二は、祈達や夕平達と再会した。


「どうして……ここに?」


 祈は、まだ動転した面持ちで、夢を見ているかのような虚げな声を響かせる。青天の霹靂に動けずにいながら、それでも何とか反応しようと硬直に抗った様がありありと見て取れた。


「『どうして』? 変なこと聞くな……ここは俺の故郷だろう」


 対して拓二は、開き直ったみたいに落ち着き払った声音で、そう返す。

 吐き出す声には、甘い響きがあった。滲む余裕からか、まるで諭すような柔らかな耳触りが現れていた。


「琴羽」

「────っ、は、はいっ……!」


 拓二が呼びかける。

 途端、琴羽は肩をビクつかせ、散逸した意識を取り戻した。


「俺は帰る。……だからついでに、家まで送ってってやるよ」

「あ……」


 琴羽の身体は、軽々と手を引っ張られ、それまでの錯乱も嘘のように抵抗なく引き寄せられた。


「軽いな、ちゃんと食べてるのか?」

「っ……うん……」


 琴羽の目から、涙がとめどなく溢れた。


「うんっ……っ!」


 掛けられたその声音も、差し伸べられたその手の感触も、全てが夢でないと分かって。

 ずっと、求めていたものがここにあること、約束通り戻ってきてくれたこと、安堵と嬉しさがごちゃ混ぜになり、そんな感情の唯一の行き場の涙だった。


「……面倒かけたな、琴羽はもう大丈夫だろ」


 手と手の繋ぎ目を側に寄せ、拓二は目線を他の者達に送った。

 誰も、何も言わなかった。全員が距離を置いて、じっと拓二を見据えている。


「……拓二っ!!」


 そんな中、やがて最初に切り出したのは夕平だった。


「何だ? ……どうした、夕平?」

「どうしたって、お前────!」


 が、次の言葉がどうしても出てこない。

 まるで出てくる言葉が喉につかえるほど大きいものであるというように、様々な感情が浮かんでは吐き出されずにいた。

 琴羽同様、感情の行き場を持て余していた。


「…………」

 

 拓二はそんな夕平の様子を、静かに見守っていた。

 夕平の言葉を待ち続けて、しかしそれでも、ついぞ夕平から新たな言葉が聞けることはなかった。


「ね、相川くん。左腕の、それって……」


 ずっと黙ってしまった夕平の代わりに、暁が今度は話しかける。

 怪我を覆う、長い白布。


 暁らしい、心配そうな言葉だ。

 くすり、と拓二は小さく笑った。


「事故ったんだ。大したもんじゃない」

「……そっか」

「……どうもお互い、言いたいことが多すぎるみたいだな」


 拓二はらちが明かない今の様子に、呆れるような息を一つ吐き、そう言った。


「今日は夜遅い……話はまた今度、落ち着いてからしよう」

「で、でもっ……!」


 暁が声を上げる。

 立ち去ろうとする拓二を止めるかのように。

 前のように、またふっと姿を消してしまわないかと危惧した。


「安心しろよ、どこにも行かないから」


 しかし拓二は、その言葉を受け、振り返ってこう言った。

 光の加減から、彼の顔にはその全貌を隠すような影が差していたのだった。


「明日から、俺も学校に行くつもりだ。だからまあ……よろしくな」



◆◆◆



 久しぶりに学校に来ると俺は、琴羽やその兄を含めた多くのクラスの連中に、その日は一日中囲まれた。


 今だけの物珍しさから来る興味本位だろうが、無下に追い払う理由も無い。集まってくるそいつらとは適当に話を合わせ、付き合ってやった。


 だが……


「…………」


 日本の日暮れは早いもので、もうじきに晩刻を迎えるだろう。

 それが皆分かっているのか、当番制の掃除が終わると、瞬く間に教室から人が捌けていく。


 そんな人のまばらな教室の、ある一点をちらりと見やる。

 窓際の、日当たりの良さそうな一席。

 新しくムゲンループが始まって間も無い半年前、俺はあそこで二人────夕平と暁に、『初めて』会話を交わしたのだった。


 確かあの時は────春先の陽だまりに、夕平は机に腕を置いて眠りこけていて、その傍らに、暁が何をするでもなく外を見ていた。

 俺は、そんな二人に暇じゃないかと話し掛けた。暁は少しだけ驚いたように俺を見て、夕平は構わず鼻ちょうちんを作っていた。


 俺はあの時、ある決意のもと、この世界で二人と『出会った』。再会した、と言うべきかもしれない。


 ……あれから、多くのことがあって。

 俺達はまた、再会した。


 そして今、授業を消化したこの放課後になってもなお、夕平や暁と話すこともなく今に至る。同じ学校の同じクラス、話す機会などいくらでもあったはずなのに。


 現に今など、話をしようとするなら絶好の機会のはずが、既に二人とも帰ったのか姿は無い。

 今二人は、明らかに俺を避けているのだ。


「……無理ない、か」


 多くのことを残したままいなくなって、そして今更のこのこと現れた俺に、怒ってるのかもしれない。

 もしそうなら、今の関係がぎこちないのは分かりきっていたことで、仕方のない話だ。


「……まあ、それならそれでいいさ。俺は……」

「せーんぱい! 見つけたー!」


 その時、身体に何かがぶつかったと同時、左腕をぐいと絡みとられる感触を得た。

 もちろんその声も、夕平や暁のものではない。

 見ると、俺を見上げ、にこにこと笑いかけている琴羽がいた。


「それじゃ、一緒に帰りましょー!」

「お前……わざわざ待ってたのか?」

「へ? あたしが拓二先輩を待つの、おかしいですか?」

「……いや」


 掃除当番の俺を待つよう約束したか、と振り返り、思い直した。


「おかしくはないな。よく考えたら」

「でしょー? 変な先輩」


 琴羽────思えばこいつも可哀想な奴だ。

 その『目』には、自分の家族や兄を含めたあらゆる人間が敵に映る。ムゲンループの住人は何故か普通の人間に見えるらしく、だからこそ俺に救いを求めているのだろうが、その俺に振り回されているのだから。


 俺がいなかったここ数ヶ月のことは、兄の方からある程度聞いていた。

 今こそそんな素振り欠片も見せないが────その話を聞くと、一応祈がいたとは言え、我ながらかなりの荒療治を言い置いて取り残したものだと思う。

 しかしこいつは律儀に、俺の言葉に従っていたらしい。

 他ならぬ俺の言うこと、そうする他無かったのだと思うと一種の憐憫の情さえ浮かぶ。


「兄貴はいないのか?」

「先に帰っちゃった。空気を読むんですって、あはは、珍しく気なんか遣っちゃって」

「……ああ、そうだな」


 待ってはみたが、どうもお目当てが来る様子はない。

 むしろ考えてもなかった他のクラス連中の誘いをいちいち断るのも億劫になっていた。


「帰るか、琴羽」

「はーい!」


 さりげなく抱き組まれた腕を入れ替え、鞄を肩に引っ掛け教室を後にする。

 久しぶりの学校は、別段何か変わった様子はない。

 学校に行かないこと自体はしょっちゅうあることだ。一年通して一度も行かないままだったこともある。


 今更、学校そのものに思い入れなど無いが────


「それであたし、頑張って人に慣れようって思って、今度の文化祭、実行委員やることになったんですよ」

「へえ、それは偉いな。今忙しいのか?」

「いやあー、それが今んとこ大した仕事も無くて……当日の裏方? まあただの雑用係です。まだ一年だしね────」


 琴羽が次々紡ぐ話を軽く聞き流しながら、玄関口を出て、校舎の外に出て、俺は当たり前のように帰宅しようとした。

 ────だが、そこで俺の足は止まった。


「…………」

「……拓二先輩?」


 歩を止めざるを得なかった俺を、不思議そうに首を傾げて見る琴羽が今は浮いて見えた。


「……なるほど、そういうことか」


 どうやら、わざわざ俺が待つ必要など無かったらしい。

 最初から、そのつもりだったということだ。


 俺の視界の先、まさに帰途に向かうための出口である校門には、待っていたとばかりに夕平と暁、そして────祈が俺を見据えていた。



◆◆◆



『タクジは……今頃日本か』


 不機嫌なのかと聞く者には感じさせる、こもった低い声だった。

 腹の底に渦巻く深い不穏を乗せたかのような、この世の全てを唾棄するかのような、そんな厳かかつ毒気の色濃い響きだった。


『フン、五十年以上生きてきたと聞いたが……所詮は可愛げの無い砂利の精神か。まあ随分と呑気なものよ』


 人の頭蓋骨を思わせるその顔は、深い眼窩から覗く愉悦につられ、薄く残った皮と筋肉を歪ませ笑んでいた。

 人情味が窺えないその薄い唇からくっくと噛み殺しきれない冷笑を溢し、その呟きも静かに影に落とす。


 深く、深く。

 ありとあらゆる怨毒を溜め込むかのように。


『訪れる狂宴の最期────「四月一日」、ネブリナは滅ぶというのに』


 暗闇に溶け込むような嗤い声は、暫く止むことがなかった。


 今はまだ、世界の誰もが知らない。

 既に音も無く上がり始めようとしている、新たな暗幕の存在を。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

告知:八月中は一身上の都合で最低週一投稿のノルマを一時的に撤回させていただきます。ご了承ください。

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