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第八十一話

第八十二話、投稿しました。エピローグ・その2。そして次回、千夜川編最終話です。

「っ……! っ……!」


 俺は、荒い息で痛みに悶え、床に縛り付けられたように倒れ伏していた。

 マクシミリアンを殴り飛ばしたのはまあいい。

 しかし、やはり身体には無理が祟ったらしかった。


 全身が引きちぎれるような痛みだ。

 筋肉痛というだけではない。意識が眩みそうになる強い眩暈と、全身が鉛になったかのような鈍重さ。さらに急な活動で足は攣り、ナイフで刻まれた左肩の筋が、包帯の下で血反吐を吐いていた。


「う、ぐっ……」

「……まったく……無茶なことをする」


 張られた頰をさすりつつ、マクシミリアンが既に立ち上がっている。

 やはり、力が全然乗っていなかったらしい。


「まあ君の言いたいことは……分かってるけどね」


 クソ、いけしゃあしゃあと、こいつは。

 上から見下ろすこいつの目が、今はただ苛立たしい。


『大丈夫、お兄様!?』


 すると、鈴を鳴らしたかのような、聞き覚えのある少女の声が、俺に掛けられた。

 思わず、驚きに目を丸くする俺。


『エレン……?』


 線の細い発展途上の幼子ながら、作り物のように色素の薄い肌に、はっきりと浮かぶ二つの灰色の瞳が映える。

 一度見たら墓に入るまで忘れないような美貌の持ち主、エレン=ランスロット。


 イギリスで事件に巻き込まれ、短い時間ながら俺と共に過ごした彼女が、何故ここに。


『ジェウロ、タクジをベッドに』

『……はっ』


 エレンの車椅子の後ろに控えていたジェウロが、命令を受け俺の右腕をむんずと持ち上げると、乱雑にベッドの上になぎ払い、引き倒した。

 その様子は、怒っているというより呆れているようであり、心底くだらなさそうに俺を一瞥した。


『駄目だよ、怪我人は大人しくしてないと』

『……黙れよ』


 殴られても、まるで気にしていない様子のマクシミリアンが窘めてくる。


『お前……俺を裏切るつもりだったのか?』

『裏切るとは……また随分大きく出たね。僕と君の仲だろう?』

『とぼけるな。お前は一方的に約束を反故しかけた。お互いやりたいようにしながら、線引きを決めたはずだ。それを破ったのは、お前の方だ』

『ヒツクリくんのことだね』


 分かってんじゃねえか、と毒づくのも堪え、


『夕平は本来、学校には来ることは無かった。あいつは何も分からないままのはずだったんだ、〝お前が本気で、夕平を掛け離れさせようとしたなら〟』


 そうだ、あり得ない。

 ネブリナという力を持ってして、夕平一人みすみす逃すようなことが普通起こるはずがないのだ。


『お前は、最初からタイミングを見計らってたんだな。展開が停滞してきた頃に、夕平という爆弾をブッ込んだ。この勝負が面白くなるためだけに』

『それの何が悪いのかな。この観劇を盛り上げるのは、僕の役目だ。それは君も了承済みなはずだけどね』


 確かに、それはそうだった。

 俺達の闘いは、謂わばスポンサーに守られたショーの一環だったのだ。

 爆発さえ起こし、派手にやった学校には、救急車や警察の一つも駆けつけてこなかった。そして今こうして、無事俺は病院で寝込むこと出来ている。


 気分こそ良くはなかったが、それらは全て、ネブリナを含めた指先一つで力それだけのを操る力を持つ悪趣味な『観客』達によるもののおかげだ。


 だが、それを差し引いても、あわや全てがご破算となる可能性を、こいつは俺の関与しないところで放り投げやがった。

 これでもし今回が失敗に終わっていたら、俺はまずマクシミリアンを八つ裂きに掛かっていたことだろう。


『言わせてもらうとね、君の思う通りだったとしたらこんな優良な結果なんて出たと思うかい? これほど面白おかしく、ここに辿り着けたとでも思うのかい?』

『開き直りの結果論だ』

『僕にはどう結果が傾こうが関係無かった、それだけだよ』

『このっ……!』


 悪態を吐き、またこいつの胸元を掴み上げようとしたその時だった。



『――――あーもう!! いい加減やめなさいったら!』



 鼓膜に直に飛んでくるような、喧しい怒声が響いた。

 聞き覚えのあるその声に、ピタリと動きを止める俺。


『アンタも、ウチのバカ親父がムカつくのは分かるけど、そんな短気な奴だったっけ? 終わったこととやかく言うもんじゃないわよ!』

『メリー、これは僕達の問題で……』

『父さんは黙ってて!』

『あ、うん……』


 思わず呆気にとられてしまうその剣幕は、エレンの手の中――――電話で繋がっているケータイの画面から発せられたものだった。


『その声……メリーか?』


 久しぶりに会ったエレンの姉、メリーだ。

 会った、というのも語弊があるが、それは間違いない。

 間違いないのだが……彼女は今回、何も関わりは無かったはずだ。


 エレンもそうだが、それが何故この場に。


『お前まで、何で……』

『お見舞いよ。まあ今すぐそっちに行けるわけもないから、イギリスから掛けてるんだけど……って、そんなことはどうでもいいの!』


 だが、こうずけずけとした、詰め寄るかのような物言いも、思えば久しぶりだ。まるで本当にここにメリーがいるかのように感じてしまう。


『……ちょっとだけ、見たわ。アンタのこと』


 ――――そして、その言葉だけで、俺は事の大体を理解した。


『……あれが、アンタのやりたかったことなのね? わざわざイギリスくんだりまで来て、命賭けてまで父さん達と手を組んでやりたかったことが、あれなのね?』


 珍しく、息をひそめるように重々しい口調でこう尋ねてきた。

 だが、俺を責めるでも説き伏せるでもなく、ただただ感情の色が無かった。


『ああ。これが俺の悲願だよ』

『……そう』

『咎めたり、しないのか? お前は、何というか……ああいうのを許せないようなタチだろう?』


 メリーは、あくまで一般の倫理の中で生きてきた。

 マクシミリアンや、今は亡き彼女の母親が、メリーをネブリナから遠ざけた。

 だからこそ、俺のしたことは、彼女にとって唾棄し詰るべき行為であるはずだ。暁を救うという理由があったにせよ桜季を殺したという事実に変わりはないのだから。


 そう思っていた疑問は、鼻を鳴らしたメリーの口から氷解されていった。


『そんなの、今更よ。アンタにあれこれ言ってたら、私の周りにいる人みんな許せなくなっちゃう……ね、そこのいけない人達?』


 じろり、という視線が刺さったかのように、マクシミリアンは頰を掻き、エレンは苦笑し、ジェウロは素知らぬ顔で三者三様の反応を見せた。


『……まあ、それは確かにな』


 言われてみれば、目の前にいる三人はそれぞれ、仕事であれ娯楽であれ、殺しと日常を同化させているような存在だ。

 初めて人を殺した俺なぞ、まだ生易しいものか。


『私はね、マフィアとかの世界に興味はない。認める気もないわ、人を……その、殺すのだって』

「…………」

『でもね、あの女の子は、アンタじゃなきゃ助けられなかった。そのアンタがああするしかないって思ったんなら、あれはあれで正しかったんでしょ』


 そうか、メリーなら、そう考えるのか。

 メリーは、ネブリナの存在を知って、自分の正体を知ってそれでもなお『素の自分』を選んだのだ。

 自分の周りにある後ろ暗さを知った上で、受け入れた上でそれでも突き返しているのだ。見向きしないからこそ、妥協出来る余裕が生まれているのだろう。


 それは、エレンやマクシミリアン、母親やグレイシーのためかもしれない。

 彼女の大切な、マフィアの意味ではない『家族』を、犯罪者と詰らないために。


 彼女なりに、あれから何かが変わったらしかった。


『だから……そう!! 次会った時は、もっと明るくなんなさい! つっまんなそうな声して、話してるとこっちが気が滅入るわ』

『……病人に何てこと言うんだよ』

『うっさい、じゃあねお大事に!』


 最後にこう捲し立て、あ、とエレンが声を上げるより早く、その通話は途絶えた。

 

『……あーあ。お姉様、電話切っちゃった。久しぶりにお兄様と話せるって言ってたのに』

『勢いで言い切って終わっちゃったね……今頃後悔で悶えてるんじゃないかな』


 エレンとマクシミリアンが、肩をすくめてそう言った。


 俺も何だか、毒気が抜かれるというか、何というか。喧嘩の仲裁をされたかのような気分だ。


『……ええと、何の話だったかな。とにかく』


 マクシミリアンが俺に向き直った。


『僕は何もね、君を殺そうとしたつもりでああしたわけじゃないんだよ。僕は君よりも、あの時のことを知っていた。君に害となることをしようとするなら、もっと方法はあったさ』

「…………」

『僕は、僕の役割を果たしただけ。ただの狂言回しさ。愉しませることが、僕の為でもあり、そして君の為でもあった。だから――――』


 放っておけばいつまでも喋りだしそうなその口を、手を振って遮った。


『ああ、もういい。そうベラベラ理屈こねなくても、もう殴ったりはしねえよ』

『それは何よりだよ』


 マクシミリアンは、息を吐いてそばの丸椅子に腰かけた。エレン達も、そのそばまで寄ってくる。

 俺は静かに、怪我だらけの我が身をベッドに沈めた。


 メリーやエレンとの再会こそ意外だったが、マクシミリアンがここに来ること自体は想定内だ。

 俺は、こいつに最後に聞いておきたいことがある。


『それで、何の用だよ? 見舞いか? それともまさか、アンタらもスカウトとかいう口じゃないよな』

『その口ぶりは、何人か来たけど断った、ってところかな』

『当たり前だ、アンタならそんなこと意味が無いって分かるだろ』

『まあ、ね』


 俺と同じムゲンループの住人であるマクシミリアンが、頷いた。

 

『それじゃ、そのことも踏まえて、君が望む見舞い話を一つしようか……この件に関する後日談(エピローグ)をね』



◆◆◆



「分からない、ってどういうことだよ……?」


 祈の言葉に、夕平が差し迫った様子で質問をぶつけた。あてない疑問が部屋に響いていく。


「……桧作先輩が病院に運ばれてから、三日間、私達は何事も無く平穏無事に過ごせていました。〝まるで三日前のことは忘れろと言っているかのように、本当に何事も無く〟、何もかもが夢幻だったかのように……」


 陽気というにはいささか強い日差しが、室内灯よりもこの部屋を明るく見せる。

 戻ってきた平穏。帰ってきた日常。


 だが、そんな中に確かにいた人物が、いない。

 たった数日というわずかな時間の隔たりで、欠けてしまったものの大きさが、季節外れの薄ら寒さを感じさせていた。


「夢……そんなわけないよ……千夜川先輩や、相川くんのこと、それが全部夢だったなんて」

「そうだ。だって、俺達のことだろ? 拓二のことだって――――」


 ふっと頭の中に、一人の少女の姿が浮かんできた。

 ずっと、自分のことが好きだと言ってくれた人。


 愛していると、まっすぐに自分にぶつかってきてくれた人――――


「それに……千夜川先輩のことだって」

「…………」

「それなのに、何も分からないままなんて、そんな……そんなの、ねえよ」


 生きて帰ってこれたのに、事件は解決したというのに。現実は円満を求めず、消化不良に留めるだけだ。


「なあ、あれからどうなったんだよ? 推測でも何でもいい、誰か、何か教えてくれよ……」


 情けなく、みっともないと思う。自分で追及せず、何があったのか教えてくれと周りに乞うばかりで。

 でも、それでも抑えられなかった。悔しくて、歯痒かった。


 自分達のことでさえ、その全てを知る権利すらないと言うのか。

 結局、何が答えで、これが本当に辿り着くべき結末だったのか、計ることさえも許さないと言うのかと。


「ご家族に窺っても、拓二さんからは何の知らせも無いようです。どこかの病院に入院したということも、所在さえ一切聞いてない、と……」

「そ、そんな……」


 祈の言葉に、ある者が補うように続けた。


「……それとな、これはちょっとしたツテからの情報なんだが。千夜川桜季は現在、『行方不明』という扱いになってるらしい」

「ゆ、行方不明……?」


 その口火を切ったのは、意外にも細波だった。

 潜むように声を落とし、こう話す。


「千夜川桜季の両親が、警察に届けを出した。でも恐らく、成果は認められないだろう、と……」

「……どうして、ですか……? 警察なら、何か分かるかも……」


 それまで顔を伏せ、黙っていた暁が活気なく口を入れる。

 それを静かに首を横に振って、祈が答えた。


「あの時、学園付近は封鎖されていました。現に、丸一日経っていても誰も不審がらず、誰も学校の様子を確かめようとはしませんでした」


 確かに、夕平は見た。廊下みたいのが火事のように焼けていたのが。

 しかしあの場に、不自然なほど人気は無かった。救急車一台も来ないのは、不自然だ。


「つまり、あそこで起きたことでさえ、私達以外の誰も知り得ないのです。ましてや千夜川桜季の居所なんて私達でも分からないことを、警察に分かるはずがありません」

「実際、お上からも『行方不明として扱え』って直々に通達があったらしいぜ。そんなんじゃ何か分かったところで、握り潰されるのがオチだろーぜ」

「そんな……」


 細波は、自身の胸元を探ったかと思えば、我に返った様子で、落ち着きない動作でその手をポケットにしまい込んだ。


「だから、どっかにタレコミなんてことは止した方がいい。藪蛇、こっちが危険な目に遭いそうだ」


 細波はまるでこちらの言うことを先読みしたような調子でそう締めくくった。

 夕平は、まだそこまで考えに至っていなかった。だが実際、しばらくすれば思い付いて口にしていたことだっただろう。それさえも封殺された閉塞感が、ひしひしと切迫する。


「……はっきりとした答えは、闇の中です。千夜川先輩や拓二さんがどうなったのか……私達に知る術はもうありません。私程度の想像に、何の力もありません。……ただ、分かるのは……」


 重い沈黙が、祈の報告に間を作った。

 彼女にしては珍しく言いあぐねるその様子から、その先の良くないことを言葉を選んで伝えようとしているということだけは分かった。


 しかしやがて、ポツリ、と呟くようにして祈はこう告げたのだった。


「……私達はもう二度と、千夜川桜季に会うことはない、ということです」



◆◆◆



『……と、そんなわけで、サキ・チヨカワについては、こちらで上手く処理しておいたよ』


 マクシミリアンがつらつらと語ったことには、桜季の処理と、俺の対応、そしてこれは推測通りで、夕平達に真実は何一つ知らされていないということだった。


 所詮、ただの高校生でしかないあいつらに、全てを知ることは叶わない。俺や千夜川がどうなったのかなんて、やがて過ぎていく日常の中に埋もれていくことだろう。


 祈のことは気に掛かるが……いくらあいつでも、想像は出来ても確証は得られない。出来ることといえば、ただ空虚な推測を立てるだけだ。

 結局聞く限りでは、俺の都合の良いように処置されているようだった。


『学校の痕跡も、僕らの息のかかった業者に片付けてもらってる。夏休みが終わっても、教師生徒は誰一人、何があったのか気付かないだろうね』

『学校で起きたことの漏えいが無いことは分かった。千夜川の死体そのものの処理は?』

『いやあ、それがねえ。実は苦労したんだよ』


 大仰に額に手を添え、肩をすくめてマクシミリアンはこう話した。


『見てた人の中で、サキ・チヨカワにすっかりご執心な人がいてね。なんでも一目惚れだそうで、「死体でもいいから譲ってくれ」なんて言って、ジュラルミンケース数箱分はくだらない額出してきた人がいて……宥めすかすのに大変だったんだよ。屍体愛好の趣味は僕には無かったからねえ』

『……大した権力者がいたもんだな』

『それだけ、サキ・チヨカワが魅力的だったんじゃないかな。そのネクロフィリアさんはさておき、実際.彼女が欲しいって言ってきた人間は数多くいたし』


 そうして、こう言い纏めた。


『サキ・チヨカワは、君やそのお友達にとっては間違いなく害悪だったろうけど……でも、間違いなく稀有な才能があったことに間違いない。今回のことは、あらゆる分野の将来において惜しまれることだろうね』

『……引っかかる言い方をする。何が言いたい?』

『いやあ……別に?』


 俺が睨めつけても、薄ら笑いを浮かべたまま、


『でも、ちゃんと僕の知り合いの医者に引き渡しておいた。腕は確かでね、彼ならきっと、世界中の誰よりも上手に死体を始末してくれる。君が捕まるようなことは断じてない。約束するよ』

『……チッ』


 ……確かに、その言葉は間違いないだろう。ここで嘘をつき、俺の寝首を掻いたところで、無意味な怨みを買うだけだ。

 このムゲンループという世界において――――と言うよりムゲンループの住人にとって、警察など何の力もない。捕まろうが死刑宣告を受けようが、『四月一日』を迎えれば全て無かったことに出来るからだ。


 なのだが。しかし俺の中に、こいつに対する疑心が芽生えていた。もちろん元々油断ならない奴ではあったが、それよりももっと逼迫した警鐘が胸の内で暗く響いていた。


 もっと言えば――――こいつとはいつか、何処かで敵対するような、そんな予感が胸を突いていた。


『……さて、聞きたいことがないのなら、僕らはここで退散させてもらうけど?』


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、マクシミリアンがにこやかな笑みを浮かべた。

 その言葉を聞いたエレンの甲高い声に、ぼんやりしていた俺ははっと我に返った。


『えーっ、もう帰っちゃうの!? まだ私、お兄様とお話もしてない……』

『ジェウロや僕だってお仕事はいくらでもあるんだから。ここに長くいられないよ』』


 エレンは文句を垂れているが、いつの間にか、かれこれ三十分くらいの長話となっていたことに、俺もそこでようやく気付いた。

 その後の事後処理を流し聞くだけでも、かなりの時間が割かれていたようだ。


 まあ、当然か。

 この日を迎えるための下準備には、その何十倍、何百倍もの時間を労してきたのだから。

 

『それにエレン、タクジはこれでも普通動けない程の怪我人だよ? 無理させちゃいけない』

『うー……』


 不満を口に集めるように尖らせていたが、しかしちらりと俺を見ると、何故か顔を俯かせるようにした。


『……うん、分かったよ』


 どのみち彼女には、動く足がない。どう抗議しようがジェウロに押されないと動けない身だ。

 それが分かったのかどうなのか、意外にもその聞き分けは良かった。


『バイバイ、お兄様。……また今度、お話聞かせてくれる?』

『……ああ、もちろん』

『ありがと。……早く元気になってね、お兄様。じゃないと、つまんないもん』


 にこりと笑みを残してこの部屋を後にするエレンと、こちらに言葉を掛けることなく身を翻すジェウロ。 

 残ったのは、マクシミリアン一人。


『そういえばヒツクリくんだけど……一ヶ月程は、ここで安静にしてもらわないといけないかな。まあ、君ほどの怪我じゃない。すぐ良くなると思うよ』

『……そうか』


 丸椅子から立ち上がり、身仕舞いを整えて彼らに続く――――


『……さて、それはそうと』


 ――――わけが、こいつに限ってあるはずもなく。


 マクシミリアンの足は、部屋の外に向かわない。立ち上がり、横になった俺を振り返って見た。

 だが、俺も分かっていた。こいつのことだ、絶対にさっきのエレンに向けた口実は、ただの人払いだろうと。

 俺と一対一で、何か余計な口車を言い含んでから、自分は悠々と立ち去る。そういう奴だ、こいつは。


『――――タクジ、君はこれからどうするつもりなんだい?』


 マクシミリアンは、そう言って読めない笑みを浮かべたのだった。


 ――――そして、こいつのその言葉が。



 ――――俺が、夕平や暁、そして祈のいる日常から身を引くことを決意した、そのきっかけとなった――――。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。


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