第八十話
第八十話、投稿しました。エピローグ・その一です。
「――――どうして、千夜川先輩は普通の高校生なんかしてるの?」
これは、夢だ。
ずっと昔に遡った、俺の夢。
俺がかつて『僕』だった頃を、夢見ているのだ。
「どうかしたの、いきなり?」
「いや、だって……」
まだ夕平や暁と仲良くなり始めたばかりの頃で、まだ桜季のことが好きだった時に、俺は彼女にそう尋ねかけた。
「だって、千夜川先輩は何でも出来るじゃないか。スポーツでも参加すれば優勝ばっか、頭も進学校の一番、この間だって大学の先生をやったって聞いたし、完璧でしょ?」
「完璧……かぁ」
「完璧ですよ。そ、それに……び、美人だし」
「あはは、ありがとう」
俺は照れてしまったが、言ったことは全て事実だった。
何をやらせても優秀な成績を残す桜季は、何をやっても失敗しない。
前述の通り、モデルやアイドルをやらせても間違いなく引く手数多だったろうし、起業してもきっと上手くいく。
プロのアスリートだって目指せただろうし、今すぐ外国に留学しても、飛び級で世界的に著名な大学に進学も出来ただろう。
桜季は、彼女の親、友達、親戚ーーーー身近な人間達の夢そのものだった。当然、俺もその身近な人間の中に入る。
何でも自分の思い通りになるーーーーそれは、どんな人間でも一度は夢想する、幼い充足感。
夢はいつか、破れるもの。
だが、本来はあり得ない理想を、限りなく体現したのが桜季だった。
「でも、普通の高校生、か……うーん」
桜季は、彼女にしては珍しく、思案げに難しい表情を浮かべて黙りこくった。
そして、それまで息を止めていたかのように、ぷはっと息を吐いて小さく笑う。
「……何でだろうね。あんまり、そういう突飛なことに興味が持てなくて」
「絶対上手くいくって、分かってるのに?」
思えば、桜季のはっきりしない返答を聞いたのも、これが初めてだったかもしれない。
「うん。きっと、〝上手くいきすぎるから〟」
「上手く、いきすぎる……?」
「例えば、どこかの分野で、あるいはインドア・アウトドアの色んな種目で、ちょっと頑張って……さあ一番になったーってなったら、それからどうするのかって考えると……なんていうか、怖いね」
怖い。
あの桜季が、何時でも完璧な桜季が、確かにそう言った。
あまりにも意外なその言葉が、鼓膜に張り付いて、離れなかった。
「そんなびっくりされると、ちょっと困るんだけど」
桜季は苦笑し、
「……私は、私一人どこか遠くに行ってしまうのが怖い。ううん、もう既に私を知っている人は皆、私を遠巻きにしてる。私をどこか別物の存在として見てる。……それが、堪らなく嫌なの」
桜季は、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
俺に向けてと言うより、独り言のように。自分に語りかけるように。
「それは、ずっと昔からのことだったんだけど……最近特にそう感じるようになった。自分が特別だって言われる度に……寂しい。うん、寂しいんだよね。……やっぱり、一人は寂しいよ」
「……それは、贅沢な悩みだよ。特別だから寂しいなんて、おかしい。全然、分かんないよ」
俺は堪らず、声を上げた。
桜季のような人間が、そのようなことを言うことに驚いて。
桜季のような人間には、そのようなことを言って欲しくないと思って。
「……君も、いつかきっと分かるはず」
その時の彼女の顔が、何故か儚げで、何も言えなくなってしまったのを覚えている。
「だって、私と君は――――……」
その先の言葉が脳裏に蘇る前に、ほの白い光とともに俺の意識は覚醒した。
◆◆◆
「あ……」
夕平が目を覚ました時、まず一番に感じたのは臭いだった。
鼻につく、独特な薬品の臭い。それがずっと五感に纏わりついているようで、寝ているのに微妙に起きているような感覚があって、まだるっこい意識の半覚醒が寝苦しかった。
「ここ、は……」
「えっ……!?」
真っ白で眩い視界に順応出来ず、目をチカチカさせていると、見慣れる前に今度は驚くような声が飛んできた。
起きて早々忙しないと感じる間もなく、徐々に焦点を取り戻していく。フィルターで覆われていたかのようだった視界が輪郭を取り戻しつつある。
白い視界は、天井を見上げ仰向けになっているからのようだ。声のしたほうに寝返りを打とうとして――――
「痛っ……!」
チクリと腕の方が痛んだ。
針のような鋭いその痛みが、曖昧で無防備だった意識を刺す。慌てて見ると、自分が薄い水色の入院着らしい紙一枚のような服に袖を通していること、そして腕に刺された点滴針のようなものが分かった。
夕平にはそれに見覚えがある。少し前、事故を起こした時に見たものとそっくりそのままだ。
とすると、ここは病院か……と夕平はぼんやり考えていた。
そして、次に耳に届いた言葉が、現実を取り戻させるかのように夕平に覚醒を促した。
「ゆ、夕平!? 起きた!? 夕平!」
――――ああ、聞き馴染みのある声だ。
それで思わず、何だか安心してしまった。
自分のそばにあって当たり前のもの。それが手元にあるということ、それが今は、何故かこんなにも嬉しい。
ずっと昔から、そばにいてくれたもの――――
「あか……ちゃん?」
「えっ?」
思わず口にした昔の呼び名に、声の主――――暁が目を丸くした。
目線を動かすと、自分を見守るように、そして不安そうな表情を向けているのが分かった。いつも自分が馬鹿な無茶をした時に見せる、今にも泣き出しそうな表情だ。
悪いとか申し訳ないという気持ちよりも先に、喜びという感情が夕平の胸に去来していた。
「……よかった……」
その涙をどうにか収めようと、手を差し出した。
頭を撫でるつもりだったその手は、その意図を解されず、途中でぎゅうと握りしめられた。
だがまあ、それもいいだろう。
「よかった、暁……無事で」
「あ……」
やんわりと、まるで包み込むかのように、夕平の現実は帰ってきた。
「夕、平……」
まるで目の前の少女のように。
その目覚めはどこまでも柔らかく、穏やかであった。
「……あー、ごほん」
――――と、それはさておき。
真の意味で現実に帰ってきたのは、この時ようやくだったわけだが。
「お二人さん、お熱いのは結構なことなんだけどよー……俺らいるの忘れてね?」
「わひゃぁっ!!」
その暁のものではない遠慮がちな男の声で、何か通じ合っていた二人はすぐさま距離を取った。
正確には、暁が後ろに転げ落ちるような勢いでその身を離したのだが。
「あ、あああの、その……! い、今のは違くてっ!」
「あーあー、いいよいいよ。ここに迷惑にならねえ程度なら」
「席……外した方がよろしいでしょうか?」
「いやああっ、やめて! 真顔でそんな気遣いいらないから!! 大丈夫だから!」
いつになく騒いでいる暁に対し、逆に夕平は至って平静だった。
そもそも寝起きで、しかも身体が縫い付けられたかのように動かないのもそうだが、それとは別に。
我を忘れた羞恥で、あわあわと手を振る暁のその目端に、透明に光るものを見てしまったから。
自分が起きたことでの驚きと感涙だろうと、彼女を昔から知っている夕平は知っていた。
本当ならそれを、相変わらず泣き虫だななどとからかうまでがデフォなのだが……今は流石にそうもいかないのが口惜しい。
相変わらずだ、と思う。自分達は、何も変わっちゃいやしない。
結局こうしてまた、付かず離れずの付き合いを繰り返していくのだろう。
……あんなことが、あってからも。
「いのりちゃんと……確か、細波さん、だっけ……?」
そして、自分から見て暁の後ろに控えている、比較的最近知り合った二人を、夕平は視界に認めていた。
「二人とも……見舞いに……来てくれたのか?」
「まあ、な……俺ら、無関係じゃねえし」
「…………」
細波と祈、彼らは、どこか落ち着きのない様子でこの病室のドアのそばに佇んでいた。
既に夕平は、多くのことを思い出しつつあった。
そう、『あの一日』のことを。
彼ら二人――――特に細波は、『あの一日』に初めて会った自分に、尽力してくれた。彼の存在そのものが、夕平には『あの一日』を想起させる直接的なきっかけだった。
「……まったく、無茶をしましたね」
そして、沈黙を埋めるように、その隣にいる祈が口を開いた。
「あー……やっぱ、そうだったかな。自分じゃ、よく分からなくて」
「ええ。私の想像の斜め上です、桧作先輩は」
「おおっ、マジでか。いのりちゃんのお墨付きってか、あはは」
「笑い事じゃありません。立花先輩共々、大変だったのですから」
「ああ、そっか。うん、そうだよな、ははは……」
――――ああ、違う違う。これじゃ心配させちまうな。
夕平は、心の中でかぶりを振った。
「ははは、はは……」
夕平は、気付く。
細波、祈、そして暁。彼ら三人が自分をじい、と見ていることに。
まるで、夕平の反応をうかがうように、恐る恐るといった様子で。
「……あ……えっと」
途端、頭の奥がちくりと痛んだ。
駅でのこと、学校でのこと、そして屋上でのこと――――
色々、言いたいことがある。
色々、聞きたいことがある。
そして、それを訊くのを、この場にいる皆が待っているのが分かる。
自分の言葉を、待ってくれている。気遣ってくれているのだ。
普段鈍い鈍いと言われ続けてきた夕平でも、そう感じた。
「――――とりあえず今は」
祈は、再び口を開いた。
「ナースコールでナースさんを呼びましょうか。目を覚ましたことを報告して、診てもらって、それで――――」
「まっ、待ってくれ!」
その言葉を、夕平が遮った。
祈は特に驚きもせず、動きを止めて夕平を見やった。
「いっ!? つつつつ……!」
つい張った声に反応して、腹が痛んだ。自然と涙がにじむ。
じくじくと、焼けた鉄の棒を押し付けられているかのようだ。本当にやればこれ以上の苦痛を味わうことになるのだろうが、それでも結構痛い。
我ながら、よくもまあこんな刺し傷を自分で作れたものだと変な感心をする夕平。
「バカ夕平! 大きな声出しちゃ駄目、まだ怪我は治ってないのに……!」
暁が慌てて、夕平を叱咤する。
が、夕平は手でそれを遮り、疼く傷を抑えながらこう続けた。
「……訊くのが怖かったけど、聞くよ。……あの後、どうなったんだ? 俺がぶっ倒れてから、どう――――」
が、言葉に詰まった。
傷のせいではない。
目の前の彼ら三人が、お互いに顔を見合わせたからだ。それも特に、細波と暁が複雑な面持ちでどう答えようかと言いあぐねている。
結局、夕平の問いに答えたのは、祈だった。
「……〝あれから、今日で三日が経っています〟。その間、桧作先輩はずっと……」
「……!」
三日。
三日も、眠りこくっていたというのか。まるで漫画か映画に出てくる、戦い終わった戦士のように。
夕平は、素直に驚いた。
『あの一日』の出来事が――――まるで白昼夢のような鮮烈かつ現実味の乏しいあの出来事が、もう既に三日前のことだなどと、違和感でしかなかった。
「そして、桧作先輩が自傷に及んだ後のことですが――――」
だが――――その次の彼女の答えは、そんなことよりもさらに不可解なものだった。
「――――『分からない』。それが全てです」
「分から……ない?」
祈が、分からないと言う時。
それはいつの時も、彼女の利発な頭脳が何十周回転しても、それでも想像のつかない事象を言い表す時だ。
「あれからのことなんて、私達にも何一つ分からないままです。背後にいた存在のことも、千夜川先輩のことも……」
一度間を置いた祈は、ほんの少しだけ寂しそうに、
「そして――――拓二さんのことも」
と一言告げた。
◆◆◆
「…………」
現在、午前十時三十一分。
気付けば俺は、病院の一室にあるベッドに横たわっていた。
身体は確かに、ろくに動けないほど疲弊し、あちこち傷ついていた。素人目で見たところ、ざっと全治二か月は掛かる代物だろう。
が、思ったほど辛くはない。辛い辛くないを通り越した傷であるはずなのに、動くのが辛い程度で収まるなら十分だ。
俺の知らない間に、良い医者にでも診てもらったのだろうか。
俺には、今の自分の状況が何も分からない。
「イヤー、ユーのチカラ、ミゴトだたヨー! ゼヒ、ユーをミーのセンゾクのヒショにしたいネ!」
「…………」
「あのサイゴのアンキ! あのトキはミンナ、スタンディングオベーションだたヨ! よくトッサにあんなコト――――……」
――――いきなり名刺を貰ったと思ったら、ペラペラと胡散臭い日本語で長話を続けるこの男に絡まれ続けなければいけないぐらいには。
男は、ミヒャエル=ルーカスと名乗った。大体三十代後半辺りの、如何にも上等な身なりをしていた。
小綺麗なスーツを肉付きの良い身体に纏い、着けていない指のほうが少ないくらいの数の指輪が特徴的だった。
そして、そのやや肥えた手首には、アンティークの意匠が凝られた、ルイ=モネの時計がぎちぎちと巻き付けられていた。
「ワルいようにはしないヨ、二ホンのコトワザにあるネ、『マナイタのウエのコイ』と!」
「……それ、意味違いますよ」
ため息が出そうだ。
つい数時間前に目覚めたわけだが、こういう手合いはこれでもう五人目にのぼる。
どこで聞きつけたのか、どうやら『あの一日』を観ていた『観客』の一部が、生き残った俺に執心しているようだった。
知る人ぞ知る、とある国で有名な富豪の遣いやら、貿易商社の秘書、果てはどこかの軍人さえ来たのだ。
こうなればたかだかこんな成金程度、見飽きたというもの。
しかしこの男はなかなか熱心だ。それも直々に本人がやって来て、かれこれ一時間は話をまくし立てている。暇なのだろうか。
何にせよ、彼らのスカウトなどこれっぽっちも興味は無いのだが。
『……それに一応、私はドイツ語は不自由なく話せますので、お気遣いなく』
『! ……ほう』
ルーカスは、日本語を使っている時とは一転、雰囲気をがらりと変えた。
『思った以上に有能だな、気に入った』
『外交辞令は間に合ってますよ』
『ククッ……〝犬には過ぎた言葉だったか〟』
「…………」
ほら、これだよ。
こいつらは皆、裏の顔が透けて見える。俺を利用しようと、手をくすねて笑う悪党だ。その笑みの奥に、らんらんと目を光らせている。
こういう輩を、ループの中でよく見てきた。行動理由に、自分のため以外の理由がないのだ。俺のことだって、少しは役に立つコレクション程度でしかないのだろう。
しかしこれも、彼らなりの、これまで生きてきて積み重ねた一種の処世術なのかもしれない。
『望むなら金はいくらでも積もう。女が欲しいなら、私の娘の一人に中々の別嬪が――――』
『間に合ってます。どうかお引き取り下さい』
俺がそうキッパリと言うと、機嫌良さげだった顔を少し顰めた。
『マクシミリアンのことなら気にすることはない。彼とは旧知の仲なんだ、説得できる。この世界、ヘッドハンティングなんてよくあることだ。彼を裏切るようなことでは――――』
『私は確かにマクシミリアンの義兄弟ですが、彼の物じゃない。彼やネブリナに伺いを立てたところで、どうしようもありませんよ』
俺は、誰かの元で買われる気は無かった。
理由は色々あるが、一つに、ここがムゲンループであるから、ということだ。
よく考えれば、当たり前のこと。
例え俺自身が偉くなろうが身分が高くなろうが、結局俺は、ただの高校一年生のままだ。次の『四月一日』を迎えれば、結局無意味でしかない。
これから何をするでもないわけではあるが、それでも一年も続かない栄転に、何の価値も無いのも間違いなかった。
その後も何かとルーカスは俺を説得し続けたが、俺はそれをことごとく拒否した。
怒らせたら何をされるか分かったものではない分、丁重に宥めすかし、何とか帰ってもらった。不服そうにしていたのは、前の四人と共通していたが。
「ふぅー……」
何もかも終わったばかりだと言うのに、どっと疲れた。
一応病み上がりもいいところなのだが、彼らにはそんなことどうでもいいのだろう。
彼らの関心は俺そのものでなく、俺がムゲンループで培ってきたその能力だ。
「またああいうのは来るだろうな……」
そもそも俺だって目覚めたばかりで、あれからのことをよく分かってないというのに。
「…………」
来客が去ると、途端に静かになる。
緩慢とした空気が流れた。
だがまあ、俺がこうしていられるのも、ネブリナの力のおかげだろう。と言うより、概ね俺がベッキー達に頼んでおいていたことの通りだ。
夕平達も今頃はどこか別の病室にいることだろう。だが、俺の部屋を訪れるような気配はない。ここのことを知らない。
〝つまり、彼らは何も教えられず、俺のことも一切伝えられていないのだ〟。
余計に質問責めに遭うよりは、よっぽど好都合だが。
「……俺はこれから、どうしようか……」
心からの言葉だった。
ふと、考えていた。
これから先のことを。
ムゲンループの住人である俺に、進学も就職も無い。
これまで俺の目標でもあった桜季は、もうこの世にいない。ムゲンループのルールが正しければ、彼女は永遠に死に続ける。
夕平と暁は救った。彼らにはもう二度と害が及ぶことはない。
それはつまり、俺はもう何も頑張らなくてもいいということだ――――
「……ん」
その時、静かなノックが耳に届いた。
一人だけの静かな部屋の外に、誰かがいる。
またスカウトに来た人間だろうか、と思いそちらに視線をやったのもつかの間、
「あれ、タクジいる? 入るよー?」
だが、〝その聞き覚えのある声で、すぐさま思い直した〟。
外に居る者が、俺の能力を見初めた『観客』とは違う者であること。
そして、何も頑張らなくてもいいと先ほど述べたこと。
だが、そうだ。今からでもやることが一つだけあった。
「失礼。やあ、元気かな――――我が愛しの弟くん?」
それは――――〝とぼけた面してのこのこ俺の前に現れたこいつを、殴り飛ばすことだ〟。
そいつの名前は――――
「……〝マクシミリアン〟ッッ!!」
こいつの姿を認めた瞬間、俺の身体は弾かれるように動いた。
激しい悲鳴をあげる身体をよそに、後のことなど構うものかと前のめりになるようにして、マクシミリアンへと駆け寄る。
そして、その憎たらしい顔面を、今出来る全身全霊をもってしてぶち抜いた。
◆◆◆
「はあ……」
夕平が目覚める数十分前であり、拓二がマクシミリアンを殴り飛ばしたのとほぼ同時刻でのこと。
とある総合病院の、正面玄関口から少し離れた場所に、一人の少女が腰かけていた。
彼女は、物憂げにため息を吐いている。人が通りかかる気配があるといちいち身体を強張らせ、目を閉じるを繰り返していた。
人を、怖がるかのように。
「はあ……」
そうしてまた、重々しいため息を吐く少女の名前は、尾崎琴羽。
あらゆる人間が機械に見えるために、対人関係が壊滅してしまった少女だ。
家族の兄と母以外に話せる人間がおらず、引きこもってしまっていた琴羽が、何故ここにいるのか。
それは、一本の電話を受けたことがきっかけだった。
柳月祈という、自分より年下の少女――――『彼』と同じく機械の姿で見えない人物が、ある一言を告げたのだ。
――――拓二が、病院に運ばれるほどの重傷を負った、と。
それを聞いて、居ても立っても居られなくなった。
自分が引きこもっている理由もかなぐり捨てて、琴羽は躊躇いなく外に飛び出した。
拓二のためなら、その道中も気にならなかった。
そして今この病院にたどり着いたわけだが――――
結果は、彼女を失望させた。
祈は、拓二の居場所を知らなかったのだ。
代わりというように、桧作夕平という少年が眠っている病室に、先程案内された。
彼は拓二とともに、同じ場所で怪我を負ったらしい。
琴羽は、夕平を見舞った。琴羽にとっても、全く知らない者ではなかったから。
彼は以前、三階の窓から落ちそうになった自分を助けてくれた人間(機械、と言うべきだろうか?)であると、琴羽は知っている。
例え琴羽にしてみたら他の有象無象と同様、忌避し恐れているおどろおどろしい機械の姿であっても、命の恩人には変わらない。すっかり遅くなってしまった礼を示すために、琴羽はその病室を訪れていた。
それが、ほんの数十分前のこと。
だが結局、祈以外の人間は機械であるということは間違いなかったし、我慢にも限界があった。病室を出て、一人になりたかった。
夕平や祈のことも、拓二の友達というだけで、良く知っているわけでもなかったため、こうしてここで所在なく過ごしているという経緯があったのだ。
「先輩……今、どこにいるの……?」
どうしていいか分からず、帰るにも帰れずにここにいる。
「会いたいよ……相川先輩……」
会えないままの拓二のことを想い、琴羽は不安と心配に耽っていた。
「――――Hey,look!」
その呟きに応えるかのように、聞き慣れない言葉が琴羽に投げかけられた。
「っ……!!」
気配を感じなかった。
この目が発現してから、機械を怖がって一層敏感になった琴羽でも、まるで気付かなかった。
今、自分の目の前に一つの〝人影が〟降り立っていることに。
驚き、そして警戒心を最上限にまで高めた。
ぐっと身構え、顔を持ち上げる。
「――――え……?」
そして――――唐突に自分の眼前に突き出された紙切れに、目が留まった。
そこには、中学生でも分かるブロック体の英文字で、たった一文が簡潔に記されていた――――
『You know,Takuji・Aikawa?』
〝その紙を差し出した男は、すうと目を細めた笑みを琴羽に浮かべてみせた〟。
初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。
【追記:五月十日】加筆修正しました。




