第七十五話
第七十五話、投稿完了しました。溜め回もとい、死に逝く準備は、これで最後。
――――実のところを言うと、俺はそれほど怒っちゃいなかった。
確かにいのりの判断と独断専行は、俺の意にものの見事に反してくれた。
それも、気付かなくてそうしたんじゃない。〝俺の意を分かっていながら、敢えて踏み抜いてみせたのだ〟。
ここまで堂々とした反骨心に、こんな状況じゃなければいっそ笑いすらしていただろう。
が、その実、俺の命を掬い上げたのもまた、暁と……そして、いのりのおかげだ。
怒ってないというのも、今ここで命を拾い、息をしていられるのが彼女らのおかげであると分かっていたからだ。
例えるなら夕平は、セコンドからリングに投げられたタオルだ。
測ったかのようなタイミングでの夕平の乱入は、助けられたというよりも、またしてもいのりに出し抜かれたような気分に近い。
この場にいないにも関わらず、ここまでいのりが予測出来ていたのかは分からない。
だが結果として俺は、あいつが差し出した救い船にまんまと乗っかったのだろう。そのことに、気付いていた。
どうやら俺とあいつは、同じ物の見方をしているようでも、単純な知恵比べなどでは分が悪いようだ。
「もしこれであいつらに何かあってみろ――――その時は、千夜川もお前もぶっ殺してやるぞ……!!」
だから俺は、こう言いつつも、そんなに怒っちゃいなかった。
本気で怒っているなら、今からでも夕平を無理やり外に摘み出している。
怒っていることがあるとしたら――――それはひとえに、自分のふがいなさだ。
桜季を殺すなどと大見得を切っておいて、結果は惨敗。力の差を見せつけられただけに留まってしまった。
そして何より、先程の相対で分かってしまった。
俺ではもう桜季には勝てない、そう『思ってしまった』。
参ってしまっていた。ライオンに挑むシマウマがいないように、根本のところで理解出来てしまった。次やっても、負ける――――と。
決死の覚悟も、奴には届かなかった。
突き立てた渾身のナイフは、まだ余力を残したままに防がれてしまった。
俺がもっと強ければ、夕平のことも、暁のことも、最初から問題のないことだったのだ。
暁に夕平を脅させてしまったのも、夕平までも巻き込んだ俺のせいだ。俺にもっと、こいつらを巻き込まないだけの力があれば。
「――――相川……頼むよ。そこまでにしてやってくれ」
だからこれは、自分に情けなくなった憤慨の意だ。
ここに来て姿なく現れたいのりに――――その頭脳に対し、どこか期待してしまっている俺の弱さを痛感させられてしまっているからだ。
今、俺の目の前でおろおろしている夕平がそれをどう取ったかは知らないが。
「相川、いのりちゃんは悪くないんだ。俺が、無理言って……だから、いのりちゃんを怒らないでやってくれ。怒られるなら、俺だ」
ある意味ブレないこいつに呆れつつも、そう真っ直ぐに自分の言いたいことを言えることが、どこか羨ましくもあったかもしれない。
だが、それはいいとして。
問題は――――次のいのりの言葉だった。
『桧作先輩には――――千夜川桜季と直々に、「喧嘩」をしていただきたい……そう、考えています』
「俺が……先輩と!?」
夕平も驚いているようだ。
それもそうだろう。何かと思えば、夕平を桜季と直接対峙させるときたもんだ。
俺でさえ易々と殺せる桜季に、闘いの『た』の字も知らないど素人である夕平が。
これが狂気の沙汰の果てと呼ばずして、何と言う?
「ふ、ふふ」
自然と、笑みがこぼれ出た。
めちゃめちゃに掻き回された肩の筋肉が、その拍子に鋭い痛みを訴える。苦しくなっても、少しの間、笑いを抑えられなかった。
「……それまでの自分のやり方を疑え、か。なるほどな」
確かにそれは、俺の考えになかったものだった。
おそらくこうしていのりと話さなければ、思いつきもしなかっただろう。
その『具体的な方法』がどのようなものであれ、それは、ここに賭けてきた俺の『道』を否定するものだからだ。
「お前には、有るんだな? 俺とは違う答えが」
『可能性はそこにある……私は、そう考えています』
可能性――――桜季の弱点。
決してそれで勝てるとは限らない。だが、いのりの思う勝ち筋は、今の俺より遥かに現実的に違いなかった。
『ですが、一つだけ条件があります。いえ、条件……というより、「お願い」ですね』
が、いのりは強調するようにこう言い置き、
『もし結果的に、その私の答えが正しくて……千夜川桜季を止めた時、少しでも私達のおかげだと思ったのなら――――〝その時は、私達のために千夜川桜季を殺すのを止めて欲しいのです〟』
「……!?」
一体、何を言ってるんだこいつは。こんな状況でまだそんなことを。
不可解な発言に、疑問が首をもたげたが、
「そいつは……カマ掛けのつもりか? お前の言葉に従う義理なんて、どこにも無いぞ」
『これはカマ掛けでも、心理戦でもありません。ただの「お願い」です。お願いなら、言うだけタダでしょう?』
「はあ……? 一体、なんのつもり……」
『私は、拓二さんを信じていますから』
不可解に不可解を重ね、いのりはこう最後に話した。
『……私からは、それだけです。後の判断は、拓二さんにお任せしますので、一度、この通信を落とします。よくお考えの上で、もし話があるのであれば、私を呼んでください。それでは……』
「あ、おい……!」
ぶつ、と片方の電源が落ち、通信が途絶えた音を最後に、端末は何も喋らなくなった。
「……ちっ、言いたいことだけ言っていきやがって」
最後に言い残した『条件』などというものも気になるが、今はいい。
今は、それよりも。
「…………」
俺は――――正直、迷っていた。
今までずっと、夕平を巻き込まない手段で桜季への対抗策を練ってきた。
仕掛けた罠も、鍛えた身体も、俺が出来る全てを生かしたつもりだった。
それは、暁の危険性が高まるのを恐れ、桜季の前に夕平を立ち会わせることを恐れ。
そして――――あの『三周目』と、同じ結末を繰り返そうとしている現状を、恐れたから。
――――俺は、一人立ち向かうことに拘ってきた。
桜季を始末し、復讐することに拘ってきた。
一人で終わらせるつもりで、誰にもこの荷を負わせたくなくて、長いループの中でがむしゃらに生きてきた。
だがしかし、このままでは本当に、またしても取りこぼしてしまう。
屋上、俺達四人、そして夕刻――――まるで解けない鎖のように、それぞれの前提条件は繋がり満たされていく。以前と何も変わらない、見たくもない繰り返しを看過してしまう。
きっと次が、本当のラストチャンスになる。これで失敗したら暁は死に、俺もみすみす見過ごされることはないだろう。
しかしそれも、〝本来生まれえなかったチャンスだ〟。
どういう風の吹き回しだか神の御導きだかは知らないが、あのまま殺されるはずの俺の命は繋ぎとめられた。
巻き込まないと決めたはずの暁の手によって。
厄介とあしらっていたいのりの頭脳によって。
一人でいた俺を――――俺とは別の方法を使って生かした。
「相川……」
そして、今ここに。
〝同じような考えをする奴が、もう一人いる〟。
一度、俺の命を拾ったように。
もしかしたら――――俺達の手で、暁を救えるかもしれない、と。
「俺は、お前と対等じゃないかもしれない。対等になりたいけど、お前の肩を組んでやりたいけど、俺は弱っちくて、見てるだけだった。情けない話だよな、こんなとこまでお荷物なんてよ」
「…………」
まず成しえないであろう復讐か、万が一でも出目のある暁の命か。
俺は――――……
「俺は、お前の邪魔になりたくない。だから言ってくれ。俺を外に置いていくなら置いていく、それともいのりちゃんの言うように、手助けになるかもしれないのなら、そう言ってくれ」
「…………」
「でも、これだけ言っとくけどよ、俺は巻き込まれたんじゃないんだ。――――〝最初から当事者なんだぜ〟?」
「……!」
と、その時だった。
――――もうこれ以上あたしを除け者にしないで! 全部を見せてよ!
――――まあここまで相当邪魔になってんだろうけどさ。それは知ってるけど。でもなんていうか、これ以上……アンタの負担にだけはなりたくない。言いたいこと分かる?
今の一瞬、俺は夕平の姿が、一人の少女の姿と被って空目した。
――――それもエレン、全部アンタを助けるためじゃない!!
血が無いせいで見た幻覚……ではないだろう。
現に今も頭の奥の奥で、声が反響している。夕平のものではない、勇ましい声が。
嗚呼、でも、そうか。
むしろ、何故今まで思い付かなかったのだろう、と自問するべきなのかもしれなかった。夕平と『あいつ』はよく似ていると、俺自身思っていたことのはずなのに。
あの時とはまた状況は様々違うが、〝俺はこの展開を知っている〟。
〝ある捕らわれた少女を救うため、彼女と奮闘したあの時と、まるで同じなのだ〟。
「でも、俺は――――!」
「頼むよ、相川」
――――じゃあやるわよ。じゃないと始まらない。エレンを助けられないじゃない。
そして俺は、あの時の彼女に――――その言葉に、何と返したか。
「最後くらいかっこつけさせてくれよ……な?」
暁を助けられると、本気でそう考えている目をしている。
いや、もしかしたら迷いはしたかもしれない。格の違いを味わい、一度や二度は勝てないとかもしれない。
それでも、夕平のなかで、彼なりの『道』を見つけようとしている目だった。
「…………」
『あいつ』のことを不意に思い出したせいか、その存在の証でもある十字架のネックレスに、肩が無事な方の右手が触れた。まだ止まらない指の震えで、カタカタと音が鳴る。
彼女から受け継いだ、友人の形見。これだけの激戦にもひび割れ一つせず、頑丈なものである。
「……『分かった。覚悟はいいな』……確か俺は、そう答えたんだったよな、メリー」
「え?」
俺の呟きに反応した夕平に、何でもないと手を振る。
「なあ、夕平……」
「お、おう?」
「……今まで悪かったな。邪魔だとか言ったりして。お前らだって、思うところは俺と大差無かったのに」
「え、それじゃ……?」
ゆっくり、ゆっくりと壁に手をついて身体を起こす。夕平が慌てて支えにきた。
その手を握り、覗きこむようにして目を真っ直ぐに捉えた。
「……暁を助けるために、一つ、頼まれてくれるか。夕平?」
「……おう! 任せとけよ、拓二」
いのりの考えは、あの時の『道』を否定するようなものだと、先程俺は述べた。
でも、違った。俺はもう一度、あの時と同じ局面に立っている。こんなにもすぐそばに、その答えはあったのに。今の今まで気付かなかった。
俺の『道』は、確かに今、ここに繋がっている。
そして――――その終着点は、近い。
◆◆◆
「……ふう」
拓二の小型端末は、謂わば子機であり、その本体である無線の電源を落とし、祈が溜め息を一つ吐いた。
言いたいことは全て言ったという、充足の息。そこには彼女なりに、緊張や期待やら不安が籠められていた。
「……あいつ、何て言うかな?」
隣で、それを見守っていた細波が、撫でるような丁寧で静かな声音で問いた。
「分かりません。あの人は確かに合理的思考に秀でた人ですが、それを根本から成し得ているのもまた、尋常でない執念ですので。聞き入れる可能性は五分あれば良い方でしょう。『賭け』にはもってこいですよ」
「賭け、って……」
細波はわずかに驚いたように目を見張ってから、何か言おうと口をもごもごさせた。が、結局して何も言うことなくその口をつぐんだ。
「……どうかしました?」
「……うんにゃ、なんでもねえ。それよりあいつら移動しなくていいのか? 理科準備室なんて場所、それこそ千夜川ならお見通しなんじゃ……」
「それは大丈夫です。向こうからすれば、わざわざ探す必要なんて無いのですから」
「そ、そうなのか?」
「人質をとった凶悪犯が、立て籠った施設内を人質片手に闊歩しますか? そういうことです」
「あ、ああー……そういうことか、おお、なるほど……」
「……すいません、ちょっとこの喩えは微妙かもしれません」
「おい! 納得しかけた俺の立場っ」
そんな二人の掛け合いの最中、割って入る者がいた。
『お話、済んだの?』
「あっ、と……」
飛んできたのは、流暢な英語だった。
あまりにもネイティブで、生粋の日本人である二人には、聞き取るのも困難な程だ。
それを、たどたどしく整わない発音で返す祈。
『……どうも、助かりま〝す〟た。無理を聞いてもらって、ありがとう〝ぜえ〟ま〝す〟た』
『すた? 私のところに来たのって、このため?』
『はい。拓二さんなら、外との連絡手段は欠かさないだろうと踏んで』
『……ふうん。お姉ちゃん、面白いわ。タクジお兄ちゃんが言ってたことも、ちょっと分かるかも』
車内、祈と真正面の形で、長椅子に寝転がっている少女はチェシャ猫のようにニマリと、興味深げに笑った。
「な、なんて言ってるんだ?」
「すいません、少し静かにしてもらえますか」
「…………」
にべもなく撥ね付けられた細波は、しょぼんと肩を落とす。
そんな彼を横目に、少女は祈に向けて続ける。
『でもね、お姉ちゃんは間違ってるよ。ユウヘイを連れてくるべきじゃなかったんだよ。それに、タクジお兄ちゃんの執念の邪魔になるようなことまで言って……』
かと思えば、子供のようにふくれ面を見せ、怒っているとアピールしている仕草で不満をたれた。
邪魔というのは、先程の『条件』のことだろう。
『その執念の結果がこれなのですよ。どう足掻いても、拓二さんでは千夜川桜季に勝てない。今はもう、そんななりふり構っていられません。……そのことは、あの人が一番よく分かっていることでしょう』
『タクジお兄ちゃんの想いを踏みにじっても?』
『あの人の想いを踏みにじった覚えはありません。お二人を救うことこそが、一番の本懐のはずです』
少女はしばしの間、無反応だった。
祈の言葉が聞こえてなかったかのように、じっと見据える。が、やがて小さく吹き出すように笑って言った。
『……分かってないなあ。お姉ちゃんは、知らないんだね。タクジお兄ちゃんが、どんな顔してあそこに向かったか』
クスクスクス、と妖しい笑い声が続く。
場が不穏な空気で重くなる。車内の温度が下がっているようだとさえ感じる。
雰囲気の豹変した幼女の様子に、祈、そして英語が分からない細波でさえも固唾を呑んだ。
舌足らず物言いなはどこかに失せ、まるで一気に成熟した女性であるかのような、饒舌な言葉遣いが車内に通った。
『あれは、怨嗟の笑みだよ。いたぶることに、そして殺すことに「遊び」を見出だした笑み。とっても素敵な、嗜虐が燻る時の笑い方』
「…………」
『賢いお姉ちゃんの思惑は、それでも絶対に叶わない。どっちか死ぬまで、このお話は終わらない――――「Totentanz」だよ。死神は生け贄を掲げて、そこでやっとお歌を歌い終わるの』
『Totentanz』。その言葉の意味は、
「〝死の舞踏〟……」
そばの細波が、その不穏な独り言にぎょっと目を剥く。
『結局、イノリお姉ちゃんは素人で、タクジお兄ちゃんはもうこの世界の住人なんだから。ユウヘイのこともそうだけど……これ以上は弁えて、無闇にそば近くまででしゃばるのを止めないと――――』
――――怪我だけじゃ、済まないよ……?
声は、形となって、向かい合っている祈の背筋をぞくりと這う。
これは、脅しているのだ。
少しでも自分達につまらないことをすれば、何時でもこちらを殺すことが出来る、と。
こうして今、少しでも拓二と干渉出来ているのも、本来ありえない『厚意』あってのものなのだ、と。
これが、この少女の――――否、『向こう側にいる者』の本性。内に籠めた歯牙は、今まで人間の姿を保つために隠していたに過ぎない。
彼らは――――死神のハミングに合わせて踊る、群れなす亡者なのだ。
だがそれでも、言っていることは至極正論であった。
祈は、指をくわえ、黙りこくった。
『……確かに、私――――いえ私達は、ただの素人です。ですからひょっとしたら、貴方の言う「おしまい」の引き金を、拓二さんは引いてしまうかもしれません』
拓二は今、どちら側に立っているのか。
それを確かめるための『お願い』でもあった。この世界で有数の、同じムゲンループの住人として、確信が欲しかった。
『あの人は、自分の考えられることは全てやり尽くしたはずです。たった一人で、お二人を巻き込むまいと必死になって、命を懸けてまで。なら私は……そんな拓二さんでは埋められない点を、埋めてあげたい。そう思ってます』
多くの理由があって、様々な建前が気持ちの前に浮かんでいて。
だが、本当のところは――――ただ遠くに行こうとしている拓二の手を取りたかっただけなのかもしれない。
『ですから私は……拓二さんを信じるしかないのでしょうね。これが根拠の薄い希望論だとしても、甘い楽観なのだとしても』
そばに居ることが叶わない現状が、とても歯痒い。
寄り添えず、直接会えない今が、とても辛かった。
瞬間記憶能力などという大層なものをぶら下げていながら、彼の顔を直に見たいと胸が締め付けられる程に恋しくて堪らない。
『イノリお姉ちゃんは、タクジお兄ちゃんのこと、好きなんだ』
『え?』
『顔。ちょっと赤いよ?』
頬に手をやる。
赤くなっていると言われて、本当にそうなのか、それだけでは分からなかった。
気付けば少女は、それまでの雰囲気を払拭し、ふっと子供らしく顔を微笑ませた。
『私もね、お兄ちゃんのこと気に入ってるの。とっても面白いから、ついつい見てたくなっちゃうんだよね』
にへら、と顔をほころばせた少女、ベッキーのその表情は、確かに年相応のものなのだった。
「……なあお二人さん、ちょっといいか?」
と、ちょうどその時口を挟んだのは、それまで話に付いてこれなかった細波。
「どうやら、話はついたらしいぜ」
そう祈に声を掛け、ベッキーには身振りで内蔵されているテレビに注意を向けさせる。
見ると、拓二と夕平が握手のように手を取っている様子が映し出されていた。
「そろそろですね……『通信、繋げてください』」
途中英語で、運転手に話し掛ける。
返事はなかった。というより、〝出来ないのだ〟。その口に施された、奇抜な縫い筋によって。
それに最初気付いた細波が、相当不気味がっていたものだ。生理的嫌悪と言ってもいい。
「……結局、喧嘩ってどうすんだ? まさか本当に夕平くんを千夜川とぶつけるわけじゃないよな?」
「いえ、その通りですよ? 桧作先輩なら、千夜川桜季に対抗出来ると、そう本気で思っています」
「ま、マジかよ」
我が事のように冷や汗が流れる細波に対し、祈は、
「ですが、タネはあります。ちゃんと賭けは成り立ちますよ」
そう言いつつも、どこか顔の筋肉をひきつらせたような、笑い慣れていない笑みを浮かべていた。
ある者はそれを、祈特有の緊張した際の表情であると見抜いただろう。
それは、そうだ。
何せ、彼女の策によって――――彼らの生死が掛かっているのだから。
「ただ、問題があるとすれば……出目の低い賭けの連続のようなものなので、頭でっかちの空想論で終わってしまうかもしれない、といったところでしょうか」
彼女は、理解していた。
今度こそ――――次に彼ら四人が相見えるその時が、最後の決着となることを。
◆◆◆
それは、なんてことない一人の少女の恋が発端だった。
少女は、一人の少年に惹かれ、彼を欲した。たったそれだけの、とりとめのない普通の出来事だった。
ただ一点。
一点だけ普通と違うことがあったとすれば――――そこには、多種多様な思惑が入り乱れていたことだった。
傍観する者、
嗤う者、
傷付く者、
混乱する者、
管理する者、
流される者、
片付ける者、
遊ぶ者、
身を挺す者、
そのそれぞれは、国籍も違えば、立場や格も違う。
そのそれぞれは、聡い者もいれば、愚かな者もいる。
そのそれぞれは、経験に長けている者もいれば、平々凡々な安穏とした日々を送ってきた者もいる。
決して一律でない人間達があらゆる面で手を加え、茶々を入れられることで、拗れ、今のこの舞台は歪んでしまった。
歪みのある舞台で踊っている者達は、さぞ踊りにくいことだろう。普段のステップを間違えたり、無様に躓いたりする者もいるかもしれない。
そして――――どんなものにも終わりは訪れる。
それが例え、そんな悲劇とも喜劇とも言い表しがたい珍妙なショーだとしても。
「……ふふ。やっぱり、来たね。ずっとずうっと、待ってたんだよ」
それは、嘘のように綺麗な夕暮れ時だった。
めらめらと赤く燃える太陽と、照らされて血のように鮮やかに染め上げられた空。
そんな空にここ周辺でも限りなく近い建物――――清上学園『六年制』校舎、通称B校舎の六階建ての屋上に、三つの人影があった。
夕陽を背に、キメ細やかな美しい黒髪をたなびかせる少女が、笑って口を開いた。
「ねえ――――夕平くん」
――――それは、これから起こることを皮肉ったかのように、とても美しい夕空だった。
初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。
【追記:十月二十一日】加筆修正しました。




