番外第六話:メリークリスマス
番外第六話、思い立って書き上げました。今年中の投稿はあと一個だと言ったな。あれは嘘だ。
番外編ということで、本編とは違い気負わず流し読みしてください。私もかなり自由に書き殴っているので。
「真っ赤なおっはなの~トナカイさんは~♪」
「ジングルベー、ジングルベー、すっずっが~なる~! ヘイッ!!」
「も~ろ~びと~こぞ~り~て~、むか~えま~つれ~」
そこには三人の少年少女が、陽気な様子で、ある一室を飾りつけしている。
それぞれ歌う歌がバラバラで息もあっていなかったが、三人とも楽しそうだ。真ん中の食卓を陣取るは、ケーキやターキー、シャンパンなどなど多種多様な用意の数々だった。
まさに今日この日、クリスマスという特別な日を祝うにはふさわしい。
「なあいのりちゃんよ、この花どこに置くんだ?」
「それはあの窓際に。三つで等間隔にお願いします」
「あいよー」
「いのりちゃん、細波さん遅れてくるんだって。どうしよっか、流石に人が少ないよー……」
「というか、自分達が用意したもん自分達だけでやるのもあれだもんな」
「……出来るだけ早く来るよう伝えておいてください、立花先輩」
はあい、とにこにこしながら返事をするその少女。
一方、少年は首を捻って言う。
「ほんと、『あいつ』もどこほっつき歩いてんだか」
「用事があるんだっけ。大事な用事……なんだろうね?」
「……なるほど、女か」
「それならここに来るなんて言わないんじゃない? ……たぶんだけど」
「にしてもさ、いのりちゃんがこういうの仕切ってくれるとやっぱ超助かるわー! なんつーか、手際がいいっつぅの? こんなパーティーみたいなん、初めてだぜ」
「いえ、私も……海外の知り合い方の受け売りでしかないので……」
「そうだよねー。どっかの誰かさんが前やろうとした時は、それはそれはお粗末だったもんねー?」
「さって、この食器を運ぶとすっか」
「あ、逃げたー!」
どたばたと子供のように騒ぐ二人を横目に、もう一人の落ち着いた風の少女は、ちらりと時計を見た。
「十二月二十五日が終わるまで……あと六時間、ですか」
窓の外は既に、濃い暗闇と、突き刺すような寒さを孕んだ冷気に包まれていた。
◆◆◆
とあるイギリスの姉妹達の場合。
『おはよ~……』
『ああうん、おはよエレン。ふわぁぁあ……』
イギリスは、十二月二十五日の午前九時。
二人の少女が、自分の部屋から階下のリビングに降り立った。
彼女らは目元をこすり、眠たげにしている。
一人は、背丈が高く、もじゃもじゃの金髪をかきむしりあくびをしている。
そしてもう一方は、二人が姉妹とは思えないほど美しく、可愛らしい少女。その周りの空気だけ粒子が舞っているかのように、雰囲気が年頃の少女とは思えないほどで、このクリスマスという日に降り立った天使かと見まがうほどだ。そんな彼女の足は動かず、姉の介助で座らされた車椅子に腰かけている。
『……ね、お姉様。今日クリスマスだよ』
『んー……? ああ、そうね』
『なんでここ、誰もいないのかな?』
『んー……』
だが、リビングには誰もいない。
リビングだけでなく、家の中が静かで、人の気配はない。
『……エレン、ほらあれ』
少し視線をさまよわせ、指さした。
その先には、飾りつけされたモミの木と、その木の下にラッピングされたプレゼントのような箱が
『あっ、プレゼント!』
『開けてみたら?』
『うん!』
にこりと笑いかけ、車椅子を器用に動かしながらプレゼントのもとへ近寄る。
そして、それを手に取ろうと身体をかがませたその時――――
『メリー、クリスマースッ!!』
声と同時に、もう一方のリビングのドアが開け放たれ、途端にクラッカーの破裂音に包まれた。
『わああっ! あははっ!』
妹が声をあげて喜び、その姉は苦笑する。
その広いリビングには一斉に、一体この家のどこに隠れていたんだと思いたくなるほどの大勢が押し寄せ、すぐに場がにぎやかになる。
彼らはみな、ネブリナ家の人間で、それぞれかしこまったスーツに身を包んでいた。実にシュールな光景である。
『エレン、メリー。おはよう!』
その先頭にいる、二人の父である壮年の男が口を開いた。
彼こそがここにいる者達のボスであり、ここイギリスの影の権力者でもある。
しかし今は赤い服とブーツ、そしてちらりと地毛が見えるその白髪と偽物の白いひげを蓄えて微笑むただのおじいさんでしかない。
『驚いたかな? サンタさんだよ、ほっほっほ』
『サンタさんだ、サンタさん!』
『よしよし、エレンは可愛いなあ、可愛いなあ!』
『マクシミリアン、素が……』
『おっとと』
部下の一人で、これまた車椅子の少女と引けを取らない程に美しい銀髪の女性が耳打ちし、サンタは我に返った。
『驚いたもなにも、毎年恒例じゃない』
一方姉の方はというと、腕組みしながらそっけなくそう言う。
が、ちらちらと視線が泳いでいるところを見ると、まんざらでもないといったようである。
『それじゃ、プレゼントいらない?』
『……し、仕方なしにもらってやってもいいわ』
『もちろんあげるともさ、ほっほっほ!!』
しかしこのサンタ、ノリノリである。
『エレン、ちゃんっ』
『わっ』
そんなひとだかりを押しのけ、とてとてとエレンの足に抱き付く小さな少女。
車椅子の少女はすぐに彼女に笑いかけた。
『ベッキーだ! メリークリスマス!』
『メリー、クリスマス。あのね。あのね。今日のために私、エレンちゃんにプレゼント、用意したの』
『わあ! ほんと!?』
『うん、えっとねー……』
ごそごそと、持っていた大きめの袋から、何かを取り出そうとしている。
『こらこら! サンタより先にプレゼントしちゃクリスマスの予定が……』
『まあまあマクシミリアン、お友達としてここで先に渡させてしまいましょう。貴方の物の方が質としては豪華なのですから、比べられたら可哀想というものですよ』
止めようとするサンタに、ここにいる全員のなかでも一際紳士調の男が、静かにサンタに告げた。
『……それもそうかな。まあ、いいか』
『ええ』
その言葉に納得した様子で、サンタはその髭を揺らして頷いた。
『はい、これ。あげる』
そんななかで、少女が隠し持っていた取り出したものがお目見えとなった。
『こ、これは……!』
車椅子の少女、そしてその姉が驚愕したその代物はというと、
『て、手……!?』
――――の形を模した、等身大チョコレートオブジェが、透明なケースに囲われていた。
『ええと、これは……?』
思わずしんと静まり返るその場に、姉の質問が口から出た。
その問いに、少女が平然と答える。
『チョコレート。りありてぃ? が出るように、〝ちゃんと本物からかたどって作ったの〟』
ネブリナの人間の数人が、想像してうめいた。
確かにそのチョコは、あまりにもよく出来すぎている。〝まるで本当に、まじまじとその形を見たかのように〟。
そして、『涙好き』の異名を冠するその少女の所業は――――大筋見当がついてしまう。
そんな不気味極まりないその彫像からはっと我に返り、姉が妹に話しかけた。
『え、エレン? い、いらなきゃ返してもいいのよ? それくらいする権利は……というか当たり前というか……』
『……あ』
『あ……?』
プルプルと震えたかと思うと、車椅子の少女が顔を上げた。
――――それはそれは、弾けるような満面の笑顔で。
『――――ありがとうベッキー! 私、これ一生の宝物にするね!!』
『コーティングしてるから、溶けないし大丈夫』
胸を張るベッキーに抱き付く少女は、演技でもなく本気で喜んでいるようだった。
姉の方は、完全に呆気にとられ口をぽかんと開けていた。
なんにせよ、場の空気が途端に弛緩した。誰もが『よかった……』というように安堵の息をついていた。
そんな彼女達の様子を見ていた親はというと、
『教育間違ったかなあ』
『今更ではないでしょうか』
こくんと首を傾げ、顎をしゃくっていた。
『失礼します、お嬢様方』
今度は、若い銀髪の女性が二人に話しかける。
『そろそろ、お着替えの方をお願いします。予定の方が詰まっておりますので』
『予定? 何それ?』
『はい、今日はこの後、九時十五分にお二人のおめかしが完了、九時半に家から出発し、そこから一時間車で移動したのち――――』
『ちょっ、ちょちょちょ!!』
それ以上の言葉を、サンタ姿のクリスマス計画者が遮った。
『それ言ったら駄目だよギル!? なに自然とネタばらししようとしてんの!』
『……ですが、これからの予定はご本人の了解のもとである方が――――』
『サプライズ! これサプライズだからっ!!』
そう言われても、といった様子で、女性は難しい顔で真剣に悩み始めた。
『と、とにかくみんな! そろそろ時間だから、目的地に集合!! ジェウロを手伝ってきて! ほら行った行った!』
このままでは収拾がつかないと考えたサンタ男が、ここに集まった部下全員に聞こえるよう声を上げた。
そこはカリスマ的人望のある彼の鶴の一声、すぐに彼ら親子を除くネブリナ家の人間全員がぞろぞろとリビングから立ち退き、今日の準備のために行動に移った。なんともシュールな光景である。
『まったくギルは……ワーカーホリックも程々にしてもらいたいもんだね』
小さくごちってから、二人の娘に向き直った。
『それじゃ、メリーとエレンも着替えの準備をしておいで。ギルが手伝ってくれるよ』
『え? エレンはさておき、あたしは服ぐらい自分で――――』
『何言ってるのさ。二人は今日の主賓だよ? パーティーは目白押しだよ、僕の可愛いお姫様達』
サンタ姿の二人の父親が、そっと微笑む。
『――――なんせ今日は、クリスマスなんだからね』
◆◆◆
「んああ? まだあの若造は来てねぇのか?」
一方その頃、粗暴な口調の男が、ダルそうに文句を言い連ねていた。
「もういいから飯にしよーぜー、俺ぁ腹へった」
「こら清道、行儀が悪いわ。やめなさい」
子供のようにフォークで食器を鳴らす男を、隣の老婦人がたしなめた。
「あいつらだって俺ら待たせんのは心苦しいって思うさ。そんな」
「屁理屈言わない!」
「ちぇー……こっちゃ無理やり仕事終わらせてきたってんのによー」
ぐちぐちとぶーたれている男を、見ていた二人がひそひそと囁く。
「何て言うか、通常運転だよな。あの人」
「うん……ていうか、むしろ『ガキのままごとなんかに付き合ってらんねえ』とかなんとか言って来ないだろうなって思ってたのに」
「ああー、確かに言いそう。それも忙しそうだし。でもじゃあ、何で……」
「あの、お二人とも」
そんなことを話していると、その本人が二人に声をかけてきた。
「もう少しで細波さん達もいらっしゃるようなので、よろしくお願いします」
「あ、はい。分かったー」
少女が応えると、彼女はいそいそと老婦人とその男のそばに寄っていき、二人と話をし始めた。
「……もしかして、いのりちゃんが何かしたとか?」
「でも、相手は有名な社長さんだよ……?」
「いやいや、こっちだって『あの』いのりちゃんだぜ? 弱味とか握ってそうじゃね」
「……うーん」
考えていると、スマホが着信を告げた。
「あ、メールだ。……あ、エレンちゃんからだよ!」
「ほえ? エレンから?」
間抜けっぽい声をあげる少年に、もう片割れの少女が画面を見せる。
メールは、『今バッキンガム宮殿に来ています!』という一文の後、庭を含めた外観とその内装、窓から見た外の景色を撮った写真が、いくつか載せられている。
「おお、すっげー!」
「ね。お父さんに連れてってもらってるらしいよ」
写真は、今にも雪が振りだしそうな曇りっぽい寒空も相まって、どこか幻想的な光景だった。
……ちなみにバッキンガム宮殿は普通であれば、夏だけにしか一般公開されていないはずなのだが、この二人には知るよしもない。
「いいなあ、俺もどっかに行きてえな。旅行とかさ」
「まあまあ。こうしていのりちゃんの取り計らいでみんなでパーティーも出来るんだし。それとも不満?」
「いや、そうじゃねえけどな」
「……来年になったらまず神社に行くし、私は夕平にバレンタインでチョコもあげるでしょ?」
「うん?」
「それから春になったらお花見して、夏は海行ったり休みで旅行したりして……」
そう言って、少女はそっと笑いかける。
「きっと来年……ううん、再来年もその先も、きっと色々出来るよ。ね?」
「……ああ。それもそうだな!」
その笑みに対し、少年もまた、ニッと笑い返した。
「みなさん、いらっしゃったようです」
幹事役の少女がここにいる全員にそう告げた。
「お。じゃあ部屋に来た時に始めようぜ。あいつらのサプライズみたいにさ」
「いいですね。そうしましょう」
「なんか、細波さん達の誕生日会みたくなってるねこれ」
「いいじゃねえかお祝いなんだから! ほら、社長さんたちもクラッカー持って!」
「うおい、ちょっと待てや! どこだよ俺のクラッカー!? どっか行っちまったぞくそ!」
「え、ちょっと……! 清道、スカートめくらないで!!」
どたばたと音を立てて騒ぎ、てんやわんやと慌て出す。
「――――いやあ、クリスマスにゃ素行調査がはかどってはかどって。ついつい遅れちまったよ」
そんなカオスの中、遅れてきた招待客の会話が部屋の外、そのすぐそばまで聞こえてきた。
「ま、おわびのケーキも買ったし。お前さんも一緒に食べようぜ。あー……この部屋でいいのか?」
ぐっとそのドアノブが回され、
「! ほらみんな、せーのっ!!」
そして、その部屋の扉は開かれた。
――――その次の瞬間、迎えるようなクラッカーの音が鳴り響き、そしてこう口を揃えた。
「「「「――――メリー、クリスマス!!」」」」
◆◆◆
アメリカ、アーミッシュ集落付近。
「――――うん、うん。大丈夫だよ。うん。来年はそっちに帰るから。お母さんに心配かけたくないし。……大丈夫だって! 食い扶持はどうにかできるからさ」
電話をしながら、集落に繋がるその公道を一人の少女が歩いていた。
彼女は多くの国々を放浪し、ヨーロッパ、ロシア、オーストラリアなどなど……世界のあらゆる場所で歌を歌っていた。
「とりあえずあと三つくらいお仕事が残っててさ、片付けたら日本に帰るから。うん、分かった。はーい。それじゃね」
放浪癖のある謎のティーンエイジャーシンガー。彼女はまるで渡り鳥のように、あちこちのクラブやレストランでその美声を轟かせ、行く先々で絶賛されて今や世界の歌姫としてその界隈で囁かれるほどである。
彼女を抱き込むスポンサーは数知れず、多額の金が彼女に支払われ、その旅を支援している。
それでも彼女をこうして特例的に、テレビへの露出も一切なく、一人自由にしているのは、『世界を旅する謎の歌声』、というキャッチコピーのままで世間に広めた方が良いという結論のもとだった。
「そういえば、今日はクリスマスかあ……」
ふと望郷の念にかられ、白む朝焼けの空を見る。
遠く遠く――――自分の故郷の方角を、何かの想いが絡んだ視線を向けて。
「……たまには、クリスマスソングでも歌ってみようかな」
五分、十分くらいそのままじっとしていただろうか。彼女はようやく足を進める。
――――We wish you a Merry Christmas,
――――We wish you a Merry Christmas,
――――We wish you a Merry Christmas,And a Happy New Year……♪
今日も世界のどこかに、歌を届ける。
初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。




