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第五十二話

第五十二話、更新しました。溜めの回という名の会話回という名の、話の進まない地味回です。次話の五十三話と合わせて前後編とお思いください(連続投稿でなくてごめんなさい)。

 ────神はわれわれを人間にするために何らかの欠点を与える。ウィリアム・シェークスピア



◆◆◆



 そこは、こぢんまりとした小さなカフェテリアだった。

 相変わらず大人しい音調のBGMが耳に抜ける。焙煎されたコーヒーのこくのある匂いが鼻腔を這う。


 その一席に、俺達は対面していた。


「…………」

「例えば……例えばの話だが」


 目の前には、まるで墨をすったかのような艶やかな黒髪の女。

 彼女は頬杖をつき、澄ましたような顔で、俺の言葉を聞いていた。



「────もし、世界が一年ごとに繰り返されてるって言ったら、アンタは信じるか?」



 そして、俺達の間には、安っぽいプラスチックのチェス盤と、その盤上に不規則に並べられた駒が鎮座していた。



◆◆◆



「一体何のことか、まるで分からないね」


 話は、ここから始まった。

 病室に入ってきた時、桜季は、まず第一声にそう答えた。


「その言い方だとまるで、私のせいで夕平くんが事故に遭っちゃったみたいに聞こえるけど」


 と言いつつも、俺に対して怒るでもなく、それどころか全然気にした様子もない調子だった。


「お巡りさんに色々聞かれちゃって、ここに来るのが遅れちゃったよ」


 そのまま、夕平の様子を見に近寄る。そして、安堵するように息を吐いた。


「容態は聞いてたけど、よかった……怪我だけで済んで……本当に」

「……まあ、そっすね」


 まあ、その反応もおかしくはない。

 何せ、この事故は────いや、殺人未遂は。

〝そもそも、夕平を狙っていたものではないからだ〟。


「……でも驚いたよ。柳月ちゃん、あの子がこんなに狼狽えるなんて……ってね」

「ああ……それは確かに」

「柳月ちゃんはどこ? それに、立花ちゃんもいると思ってたんだけど……」


 キョロキョロと見回す素振りで、二人の場所を尋ねてくる。

 俺はそれを返した。


「……少し考えたいことがあるんだと。二人とも。さっきまでいたけど、もう十分くらいしないと戻ってこないかも」

「そっか」


 逆に言えば、もう十分はここに戻ってこないというわけで。

 夕平も、まだ眠っている今、ここには俺と桜季しかいない。この会話を聞く者も、この場には俺達しかいないのだ。


 彼女とこうして二人きりになったのは、いつの日か、宣戦布告を言い放った時以来だ。

 あれから、状況は大きく変化している。

 目に見えることも、目に見えないものも、何もかも。


〝そう、今思えば、三週目(むかし)の時も、この事故こそがすべての起点だったのだろう〟。


「……ねえ、さっきのは、どういうこと?」


 ────掛かった!


「……何が?」


 しかし、だが、落ち着け。

 ゆっくりじっくり、会話を繋げ、話を聞かせることが大事だ。

 事を急くと逃げられてしまう……。俺が一つ、『切り札(きめて)』を持っていると勘づかれるわけにはいかない


「さっき、何か面白そうなこと言ってたでしょ。『お前がやったんだろ』……とか何とか」

「……いや、忘れてください。近くにいたなんて気付かなくて……何でもないんだ」

「私、どっちかと言うと記憶力良い方だから、忘れろって言ったってそうすぐには忘れないよ」

 

 桜季は小さく笑いながらそう言う。俺の出方を待って楽しんでいるようだ。

 まだつられるわけにはいかない。ここは少し引いて……。

 

「気分を悪くしたなら謝ります。ただ、ふと思い付いただけなんだ……よく考えたら無理なところが多すぎた。あり得ない」

「でも、このままの方が気分悪いというか、気になっちゃうよ。気にしないから教えてよ。何を思ったの?」

「いやいや、俺の妄想が口に出てしまっただけなんで……やめよう、今そんなことやってる場合じゃないし。仲違いする気なんて俺には……」


 俺の言うことが、自分にとって分の悪いものであると、桜季は分かっているはずだ。〝だからこそ、俺を放ってはおけない〟。


「嘘。君はそんな柄じゃないくせに」

「…………」

「ほら、二人が帰ってくる前に……ね?」

 

 桜季は余裕そうな態度を崩さない。

 俺の誘いに、『合わせる』ようにいとも簡単に乗ってくる。


 それが逆に不気味だ。

 しかし、それでもやるしかない。やらなけりゃ何も得られない。


「……夕平は居残りで授業を受けてた。それも、一人で。暁がそれを待っててもおかしくはない。二人は仲の良い幼なじみだから」


 急かされるままに先手を打ったのは、俺だ。

 緩慢に口を動かし、言葉をしっかりと選ぶ。言葉の抜け道を作らず、追い詰めるように丁寧に。


「その時間はちょうど雨が降っていて……夕平はもちろん傘を持ってるようなことするわけもないから、暁と一緒の傘に入ったと思います。どんよりとした曇り空だったのもあって、多分視界は悪い。例えば、そう────〝近くに知り合いがいたとしても、気付かなかったんじゃないか〟……」

「…………」

「例えば、ちょうどたまたま近くにいた千夜川さん……アンタにも」


 間違いなく、夕平達は桜季に全然気付かなかっただろう。もし二人に見つかっていれば、通報などしていなかったはずだ。そんな場合じゃない。


「善意の通報者……良い言葉だよな。自分でやったことを自分で通報する奴は普通いない。大した自信ですよ……」


 ここまで言えば、もう答えを言ってるも同然。馬鹿でも分かる。

 外堀を埋め、ここからは一気に畳み掛ける。


「……刑事ドラマの見すぎだよ。君、刑事コロ〇ボとか好きだったでしょ」

「なんなら古畑任○郎も好きですよ。……でも、ただのハッタリじゃない。証拠は、ありますから……」


 そう言って俺は、『あるもの』をズボンのポケットから取り出した。


 それは、銀色の小型懐中電灯だった。柄を回転させることで点灯するようになっており、今はライトのガラス部分が、固い地面に叩きつけられたように激しく破損している。


「…………」

「驚きました? 何故ここにあるんだ、って。何が何だか分からないっしょ? 顔色一つ変えないところは……まあ流石、ってとこか」


 しかし、かなり驚愕であるはずだ。この俺の『切り札』は。

 本来、ここにあるはずのない代物だから。


「運転手は、いきなり出てきた光に目を眩まされたと言っていた……この懐中電灯、ピッタリだと思いません? この、百均で売ってそうな……そう、〝そこらの文化祭で使いそうな懐中電灯はね〟」

「…………」

「これで目を奪い、事故を起こすなんて芸当……アンタなら出来るだろう?」


 そして一呼吸置いて、改めてはっきり告げた。


「……〝実は俺も、あの場にいたんですよ〟」


 果たして、このハッタリが通用するかどうか……。

 この懐中電灯(しょうこ)も、本当は俺が前もって買ってきた偽物だ。少なくとも、桜季が持っていたであろうものではない。

 

 この沈黙が、恐ろしく長く感じた。

 言いたいことは言った。三週目からずっと抱えていた疑念を、ここで初めて、本人に洗いざらいぶちまけた。

 ある意味、今の俺は純粋だ。聞きたいことを、その張本人に訊いているのだから。


 桜季は、ただただ意味深に笑っていた。

 取り乱すでもなく、困っている様子でもない。愉快そうに笑うのみで、大きな反応を示さない。

 まるで、俺が見当違いのことを言っているかのように、居心地の悪さが胸のなかでこびりついた。


「どうやら、君は私をどうにか悪者にしたいらしいね」


 そんな彼女が、やがてゆっくりと口を開いた。

 

「もし私が、君の言う通り、夕平くん達を危険な目に遭わせたとして。どうして警察の人に何も言わないで、わざわざ私にそれを言ったの?」

「…………」

「まずその時点で、その懐中電灯はブラフだと分かる。つまり、君が事故現場にいたというのは嘘と言ってるようなものよ。私を、どうにか屈服させようとしてる……でしょ?」


 確信を得ているような、はっきりとした物言いだった。

 躍起な気持ちになりつつ、突っ込む。


「……その言い回しも、俺の言ってることが図星だと言ってるように聞こえるぞ」

「そうかもね、ふふ」


 しかしやはり、俺の挑発にも乗ることなく、彼女はそっと笑う。


 この瞬間に、俺は内心で失敗を確信していた。


「でも、そうじゃないかもしれない。結局、君が私をどう捉えるかは、君次第。だから例え、今ここで私が、君の言うことに頷いても、だから何って話なのよ。それが嫌なら、警察でも交番でも、好きなところに行けばいいよ。止めないから」

「それは……」


 こう切り返されると、何も出来ない。上手い言い方だ。

 懐中電灯は、確かに桜季にとって予想外だったはずなのに。間違いなく、虚を突いたはずだったにも関わらず、気付けば曖昧なところに話が流れていく。

 そもそも俺は、例え桜季が認めたとしても、彼女を警察なんぞに突き出す気はさらさらない。しっかり俺の手で破滅させなくてはいけないのだ。


 俺が見抜かれてしまったのは、そこだ。


 準備した懐中電灯を使って行動を制限し、優位に立ち回れるかと思ったのだが……あてが外れた、といったところか。


「まあでも、面白い話だったよ。これでいい?」


 あっさりいなされたというか、言い逃れられたというか。ただ虚脱感だけが残った。

 やはり、ダメだった。少しでも動揺させられるかもと考えたが、相手にもされてないらしい。例え、本当にその現場を見たとして、この懐中電灯が本物だとして、おそらく失敗していただろう。


「……君のことは期待してるのよ。いつか言ったように……君は私と似てるから。願わくば、期待外れにならないようにね」

「ちっ……」


 しかし、そんな時だった。


「……でも、実はね。私にも、君にはいくつか訊きたいことがあるの」

「……?」

「いや、訊きたいことが増えた、というべきかな?」


 寝ている夕平が小さく呻いた。だが、起き上がる様子もなく、そのまま寝返りを打つ。


 それにちらりと視線を移す。

 そして、桜季から、こう話し掛けられた。


「ここでするような話でもないし――――そうだ。明後日の週末、予定はある? 出来れば、二人でどこかで会いたいな」

「え……?」

「私と、お話ししようよ。お話ししながら、何かのゲームしたりしながらでもいいね。ボードゲームでもしりとりでもなんでも……勝負内容は、相川くんが自由に決めていいよ」


 一体何の気紛れか、桜季本人からそう提案を持ちかけられたのだ。

 あまりにも唐突で、思いもよらないことだった。


「勝負……だと?」

「ええ。親睦を深めよう、ってね」

「ふざけてるわけでは……ないみたいだが」

「君が肩に力入りすぎなんだよ。変に生真面目というか……言われたことない? 誰かに」

「…………」


 ふふ、と俺を見て笑い声を漏らし、


「ならさ、こうしようよ。私が勝てば、君は私の質問にちゃんと答える。そして君が勝てば……君が知りたいことに、何でも正直に答えてあげる」

「……それだけか?」

「それが知りたかったんじゃないの? それより他に、何か知りたいことでもあったの?」

「……いや」

 

 一体何のつもりかは知らないが……。

 これを断る理由もない。俺に話があるというのも気になるし。


 結局こいつの思っていた通りに受け流されて癪だが、しかたなしに頷いた。


「分かった……」

「はい決まりね。相川くん、ちゃんとゲームは考えといてね? まあサッカーとかなら、どっかのお店とかじゃなくて、外に出ることになっちゃうけど」


 それだけ言うと、桜季はひらりと身を翻し、病室から出ていった。


「あ、柳月ちゃん。こんばんは」

「……千夜川先輩。いらしてたのですね」

「うん。でももう帰らないといけなくて……少し用事が出来ちゃってね、清上祭の仕事をもうちょっと進めないと────」


 そのすぐ外で、二三聞き覚えのある声が交わされる。

 そして、扉が開き、入れ替わりとなるようにいのりと暁が戻ってきた。


「すみません、拓二さん。遅くなってしまいました」

「いや……別にいい」

「……何か、あったの?」

「え?」


 暁が、何かに気付いたような顔で、俺に尋ねかけた。


「だって相川くん……怖い顔してるから」

「……なんでもない」


 安心させるように、心配してくる彼女に向けて笑いかけてやる。上手くいったかは分からない。顔の筋肉が重く感じた。

 少なくとも、先程までの桜季の方がはるかに上手に笑顔を作っていたと思う。


「少し、病院の空気にあたったからかもな……ちょっと、気分が悪い」

「大丈夫? 風邪引いてるんでしょ? 無理しない方がいいよ!」

「ああ、そうだな……そうするよ」


 その会話の間いのりは、ずっと感情の読めない視線を俺に向けていた。

 


◇◇◇



 桧作と友達になったのは、夏の暑くなる前だった。

 相も変わらず、学校に行けばいじめられる僕を、桧作はいちいち庇ってくれた。

 僕が蹴られれば、桧作が代わりに蹴り返してくれて、僕が罵られれば、代わりに怒ってくれる。まさに、僕の護衛だった。

 そう、桧作は、何時でも僕の味方だった。僕のために何でもしてくれる。桧作がいれば、僕は何も恐がらなくて済んだ。

 

 ────こいつ、ボーリング上手いんだぜ。こないだ、一本十円で千円ぶんどられてさー。


 僕は、桧作に連れられて、よく他のクラスメイトと大人数で遊ぶようになった。僕をいじめていたりその様子を傍観していた連中も含まれていた。

 桧作は、僕と彼らを仲直りさせようとしたのだろう。彼らは居心地悪そうに僕を見ていた。でも、僕は意外にも気を楽に出来た。

 桧作もいたし、それにこういう時は決まって千夜川先輩にもついてきてもらっていた。怖いものなんて何も無かった。


 ────わ、凄いね相川くん……またストライクだよー。


 桧作の幼なじみという立花暁という少女を知ったのも、その時くらいだった。

 若干人見知りがかった、小さな女の子。初めて会ってしばらくは、名前も知らなかったが。それでも頻繁に僕に話し掛けてくれた。振り返って見れば、桧作の口添えか本人の気質故か……とにかく彼女なりに、僕を気遣ってくれていたのだろう。


 正直、楽しかった。桧作のおかげで、僕は友達が出来たと思った。

 いじめも目に見えるほどに減った。学校に行くのが苦痛じゃなくなり、徐々に僕からあちこちに話しかけるようになった。

 桧作は便利だと思った。彼のおかげで、僕は自由に会話が出来た。一緒に盛り上がることも、楽しく振る舞うことも僕は許された。

 桧作と立花、そして違う学校の千夜川先輩と一緒に色々遊んだ。四人一緒に遊ぶこともあれば、二人だとか三人だとかで遊ぶこともあった。僕だけが用事があったりした時も、三人で遊んだりしていたらしかった。


 それだけ、特に僕ら四人は仲良くなった。

 怖いくらいに順調だった。


 ムゲンループに初めて感謝した。世界の繰り返しのことを、ムゲンループと呼ぶようになったのも、この時くらいのことだった。

 ムゲンループは、こうしてやり直せるために、神様が僕にくれたチャンスなのだと本気で思った。


 僕は、もう今までとは違うのだと自信があった。

 桧作と初めて会って、一ヶ月程した時のことだった。



 ────その事故が、突如として起こったのは。






初作品です。誤字脱字報告、または感想・批評等あればぜひお願いします。最低週一投稿を目指していますが、都合で出来ない際は逐一報告いたします。

【追記:六月三日】加筆修正しました。

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